第七章74
『イドラ・ミサンガ』
何度死んでも届かない。――そして、正直なだけの男が選択を迫られる。
👣 破滅の足音
――助けられない命がこぼれ落ちるのが、最も恐れていたことだった
――助けられない命がこぼれ落ちるのが、最も恐れていたことだった。
スバルが『死』を迎え、通り過ぎてしまうことで、確定する現実。
その、逃れられない誰かの『死』が、ひたひたと近付いてくることが、最も。
(╬゚Д゚)
「ああああああ――っ!!」
袖を掴んだのはタンザで、丸い瞳を涙目にした彼女が必死に首を横に振る。
――これも、見た。もう見た。見て、見てしまって、見知ったモノで。
(´;ω;`)
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁ――!!」
「まだ――」
(・_・)
「思ったより脆いな」
重く硬い音と共に視界が大回転する。高々と上がった視界に、不格好に走る体が見える。
――前のめりに倒れるそれが、頭のない自分の体だとわかる。
😱 引き返せない
――もう絶対に死んではいけない
リスタート地点が、ヒアインと執務室に隠れている最中まで後ろ倒された。
――あの瞬間から、スバルの心には破滅が盛大に嗤っている声が聞こえていた。
「びしゅ――」
気の抜ける声と共にグスタフの頭が吹き飛んだとき、スバルは知った。
――もう絶対に死んではいけない。
誰かの『死』が確定したら、それはもう、スバルが殺したのと同じだ。
救えない世界の確定は、ナツキ・スバルがしでかした殺人だった。
このまま永遠に死ななければ、誰も死なせずに済むなんて、幻想が。
――無様に死んだスバルの命が、それが幻想に過ぎなかったと証明してしまった。
🖤 死にたくなかったら
最初からこうすればよかった、と悔やむ
「実際のところ、どうなんだ? お前さん、本当に皇帝閣下の子どもなのか?」
(╬¬_¬)
「……人の言葉を先読みするなよ」
( •̀_•́ )
「これ、だろ、呪則に必要なのは。死にたくないなら……」
( ゚д゚ )
「――。お前さん、そいつは」
(╬゚Д゚)
「――俺が! 今! 話してるだろうが!!」
(´ー`)
「やれやれ、わかったわかった」
あっさりと指示に従うトッドを見て、スバルは愕然とする。
「おかしな奴だな。お前さんがこうしろって言ったんじゃないか」
(×Д×)
「そ、れは……こんな、簡単な、ことで……」
皇帝の隠し子がどうという話じゃなく、最初から呪具を盾にすればよかったのだ。
――怯えて焦って、安易な選択肢に飛びついたせいで、全部台無しにした。
❌ 見抜かれた
使い方を知っているか、と逆に聞かれる
(・∀・)
「時にお前さん、それの使い方知ってるのか?」
( ゚д゚ )
「え……?」
わかりやすいスイッチも、持つだけで伝わってくる仕組みも、なくて。
「――だろうな」
両手を上げたまま、振り上げた足でスバルの手を蹴飛ばした。
黒い球が真上に跳ね上がる。それを思わず目で追って、また馬鹿な真似をした。
――上を向くということは、相手に首を差し出すのと同じことなのだから。
――トッド・ファングを止める方法なんて、思いつかないのだと。
🌾 家訓
――正直に商売し、広く信頼と信用を集めるように努力すること
帝国の北西部にある小さな農村。ミサンガ家が代々、粉挽屋を続けていた土地。
村の川沿いの水車、その管理を領主から任され、村の製粉の一切を取り仕切っていた。
だが、家業を鼻にかけて暮らしてはいなかった。
不作の折には税を村人に代わって負担し、本来は村の長がするべき役割を代行した。
――正直に商売し、広く信頼と信用を集めるように努力すること。
水車での製粉には、集まった穀物を懐に入れる者も多い。世間の目は厳しい。
だからこそ、謙虚な姿勢が大事なのだと、父から強く言われてきた。
――決して豊かさを独占しないで、周囲と苦楽を分かち合う。
🍺 憧れ
――自らの力と信義を重んじて、決して卑しい在り方を選ばない戦士の生き方を
「真っ当で、いい暮らしじゃないか。羨ましいよ」
手にした大剣を振るって各地の戦場を旅する傭兵業だと、男は身分を明かした。
碌に外の世界を知らなかったイドラにとって、男の語った世界は驚きに満ちていた。
危険で残酷で、しかし同時に忘れられない熱が満ちているものであると。
――自らの力と信義を重んじて、決して卑しい在り方を選ばない戦士の生き方を。
「イドラ、お前の従姉妹がいるだろ。実は、彼女が気になっててな……」
何の躊躇いもなく従姉妹を紹介し、婚姻の夜には新たな家族の誕生を酒で祝った。
――男が従姉妹と共謀し、家業を奪ったのは、それからひと月後だ。
🕳️ どうして
正直に生きても、報われる日は来なかった
粉挽きを細工し、成果を偽ってきたと嘘をつかれた。村の意見は真っ二つに割れた。
決着がつく前に父は病死し、心労が祟った母もそのあとを追うように亡くなった。
( •̀_•́ )
「もう、我慢の限界だ。私は、何としても自分の家を守る……!」
正しく権利を取り戻すため、裁判を申し込もうと村の人間に立ち合いを頼んだ。
――これまでの正直な商売が培った信頼が、正義を行うと信じた。
約束の場には誰も現れず、逆に家からは武装蜂起の準備が見つかった。
村人たちは正直なイドラよりも、嘘つきだが利益を寄越す男を選んだ。
――勝ち目は、一欠片もなかった。
「――戦士になりたかったんだろ、イドラ! だったら今だ! 今がそのときなんだよ!」
――正直に生きたって、報われる日なんて、こないはずだろう。
⚖️ 選択の、時
――それで、いったい何が、救われるのだ
目の前でヴァイツを殺され、勇敢なタンザが通路の外に投げ落とされる。
――それを目にしながら、イドラはただ硬直して何もできなかった。
その臆病が理由で、二人よりも自分が長生きできたというなら、皮肉すぎる。
何もできなくて、何かできた二人を見殺しにした。
あの男がシュバルツに注目している今なら、死んだと思って見逃されるのでは。
――このまま、自分だけでも、助かることが。
選択の、時だった。イドラ・ミサンガが、何を犠牲に、何を得るのか。
正直であれば信頼されると馬鹿正直に信じて、全部失った男は――
「――せーのっ」
――それで、いったい何が、救われるのだ。
🗣️ 叫び
外れた肩が入り、傍に斧が転がっている
(>﹏<)
「い、やああああ――っ!!」
「生きてるのは知ってた」
背中越しに振り上げた斧が落ち、抜かれたナイフの一閃で右手が肘から吹っ飛ぶ。
――重労働なんて知らない、なまっちろい細腕が、飛んだ。
舌打ちして振り向く男が、ナイフを投げる。
それは背後、シュバルツを担いで逃げる、蠢く風景を狙って投じられたもの。
――息を潜めて隠れていたヒアインが、シュバルツを担いで逃げ出した。
倒れた衝撃で外れた肩が入り、左腕が動くようになった。
そしてその傍に、男が落とした斧が転がっていた奇跡が連続する。
🌾 粉挽屋の倅
嘘つきにならずに済んで、よかったと思う
「逃げたと思わなかったのか?」
(・・・・・・)
「いいや、逃げたと思っていた。だが、こうも信じていた」
「奴が、逃げないでいてくれたらいいと」
そんなヒアインが逃げないでいてくれたらいいと、馬鹿正直に信じただけ。
――やっぱり、人間簡単には変われなかった。
自分が戦士だなどと言い張った嘘も、すぐバレた。
正直に、広く信用と信頼を。たとえ、善人ぶっていると笑われたとしても。
――イドラ・ミサンガは、戦士にも、詐欺師にも、なれない。
(¬_¬)
「知らんよ」
――あの日、シュバルツのおかげで、嘘つきにならずに済んで、よかったと思った。
🐢 届かない
いつ刺されたのか、わからないまま倒れる
周囲の風景を片っ端から擬態して、何が正解なのかもわからなくなった状態。
そんな体が、不意に力を失って前のめりに倒れる。
背中の真ん中に、大振りのナイフが深々と突き刺さっている。
――いつ、刺されたのかわからない。
(×Д×)
「おか、しいよ、なぁ……」
「い、のちってのは……花みてえに、綺麗なやつから、摘むって、昔、聞いて……」
(´;ω;`)
「しゃ、喋るなよ……今、いくから、今すぐ……っ」
「だったら、俺みてえな、根性の汚ぇ奴が、先に死ぬって、おかし……ぁ」
「でも……」
亀が這うよりも遅い速さで、ありんこよりも小さい動きで、這う。
――ようやく届いたときには、ヒアインの色が、元の灰色に戻っていた。
もしかしたら、死にながら走っていたのかもしれない。そうに違いない。
全部を救えなかったから、全部を殺したのと同じで。
⚡ 青き雷光
左半身を黒焦げにしたまま、屈託なく笑う
(・∀・)
「――おや、そこで唸ってるのってもしかしてバッスーですか?」
「いやはや、こんな場面で出くわすとは奇遇ですねえ」
(≧▽≦)
「なかなか賑々しい事態になりましたが、盛り上がってます?」
声がした後ろを振り向けない。何とか体を起こして、全身の力を使って――
「わざわざ命懸けで振り向かずとも結構ですよ」
自分から前に回り込んできて、セシルスがスバルの顔を覗き込んで言った。
――体の左半身を黒焦げにされながら、屈託なく笑う『青き雷光』が。
第七章74『イドラ・ミサンガ』終了。
スバル
トッド
アラキア
イドラ
ヒアイン
セシルス