狼の国を読む WEB版・初見向け解説
20話収録

第七章3

『VSレム』

罠、罠、罠。逃げる少女は、ただ逃げるだけでは終わらなかった。

屋敷の掃除中、ラムに小言を言われるスバルとレム

🧹 いつかの屋敷で

「上辺を取り繕わせたら王国随一です!」

傾けた棚の裏を覗き込み、スバルスバルは自分の仕事ぶりに顔をしかめた。

ラム

「やれやれ、所詮はバルスね。恥を知りなさい」

スバル

「お前だって、俺に説教できるほど仕事してねぇだろ!」

ラム

「ラムはバルスと違って要領が本当にいいのよ。朝の割り振りの時点で、自分の担当が最小限になるよう誘導したわ」

テキパキ進める能力ではなく、仕事を避ける能力。

部屋の端では、メイド服の裾を揺らしてレムレムが動き回っている。

レム

「スバルくんは、上辺を取り繕わせたら右に出るものはいません。王国随一です!」

スバル

(;´Д`)

「名誉棄損で訴えられそうな表現!」

レム

「相手の立場になって考えれば、自然と見えてくるものもありますよ。レムはいつも、スバルくんのことを考えてますから」

細かなところまで目が届く。それが、万能メイドの基本だった。

蔦の罠に吊られて落ちたスバルと、頭上に伸びる蔦

🪢 輪っかの罠

宙に吊られて、落ちる

一瞬の浮遊感と、硬い地面に受け止められる痛み。

スバル

「いちち……ああ、大自然以外の追撃がなくて助かった。ナイフ様々だぜ……」

見上げれば、大樹の枝から地面へ蔦が伸びている。

足首の上を通ると締め上げて吊り上げる仕組みだった。

森に入って、すでに一時間以上。

痕跡の偽装は看破できた。距離は確実に縮んでいる。

だが、それをゼロにさせない障害があった。

レムレムが、森じゅうに罠を仕掛けている。

見つけた(痛い目を見た)罠の数は、十を下回らない。

自由の利かない足で逃げながら、足手まといを連れて、それをやり遂げている。

鞭で地面を打ち、跳ね上がる枝の罠を暴くスバル

📈 上達していく

レムは、戦いの中で成長している

草を結ぶ、浅い落とし穴。転ばせるための小トラップ。

蔦や倒木を使った、本格的な足止めの中トラップ。

そして――

腰から抜いた鞭を振るい、怪しい地面を強く打つ。

その地点目掛けて、強烈な反動を伴った枝の一撃が二発、三発。

直撃していれば、腕の一本や二本は折れて不思議のない威力。

森の奥へ進むごとに、罠の危険性と威力が増している。

容赦を失っているのではない。

スバル

「追いかけられて罠を作るうちに、どんどん学習して罠の腕が上がってやがる」

レムレムが頑張り屋の努力上手なのは知っていた。

記憶がなくても、その気質は失われていない。

――嬉しいことのはずが、今はそれが刃になって返ってくる。

木の皮に残された小さな引っ掻き傷を確かめるスバル

🍞 パンくず

手掛かりを残しているのは、誰か

罠を解除しながら、スバルスバルは少ない痕跡を探す。

木の皮が小さく毟られた跡。猫が柱を引っ掻いたようなささやかな傷。

こうした児戯のような跡が、ここまで導いてくれていた。

その正体は、『足手まとい』の痕跡だ。

レムレムがどれだけ懸命に消しても、ルイルイがそれを台無しにしている。

罠を作っている間、置いておかれた彼女が勝手にやっているのだろう。

朗報のはずが、スバルスバルの内心は晴れない。

あの大罪司教の存在が、自分の手助けになっているなど。

『名前』と『記憶』を直接奪ったのが彼女でなくても、三兄妹の罪は同等だ。

追いついたとして、ルイルイの扱いを譲歩するつもりはなかった。

両手で頬を張り、自分を奮い立たせるスバル

😤 理不尽への怒り

「どうして、こんな追いかけっこを」

スバル

「どうして、俺はレムとこんな追いかけっこしなきゃならないんだよ……!

目覚めたレムレムが記憶を失っている可能性は、考えていた。

前例がある以上、元通りで目覚める期待は大きく持てなかった。

それでも支えてやれると思っていた。

エミリアエミリアやラムラム、ベアトリスベアトリス――仲間と助け合えるはずだったから。

それなのに今、頼れるもののいない森で、逃げる彼女を追いかけている。

運命はいつも、最も過酷な道を用意する。

それも、自分だけでなく、周りの大切な人たちへ向けて。

両手で頬を強く張る。

スバル

「――泣き言は、もう十分かよ、ナツキ・スバル」

苦難という鞭に打たれ、そのたびに立ち上がってきた。今日もそうする。

自分にまとわりつく魔女の残り香を意識するスバル

👃 どれだけ臭うのか

異世界生活史上、最も魔女臭い男

無数の罠が証明している。レムレムは、追跡を確信している。

そうでなければ、これほど過剰に罠を仕掛ける理由がない。

確信できている理由は、やはり魔女の残り香だ。

残り香は日ごとに薄れるが、『死に戻り』の直後や頻度で大きく増す。

この半日、監視塔で幾度も回数を重ね、そのまま飛ばされてきた。

スバル「――異世界生活史上、最も魔女臭い男が今の俺」

逃げても距離が開かないとなれば、彼女も焦れてくる。

焦らせて相手のミスを誘うのは常套手段だが、今回はそれを避けたい。

友好的な関係を、新しく築きたいのだから。

投げ込んだ草の塊で巨大な落とし穴が暴かれる

🕳️ 見え見えの痕跡

「――そら!」

剥がされた木の皮を見つける。今度はわかりやすい位置にあった。

――わかりやすすぎる位置に。

目端が利いて気配り上手な彼女なら、あからさまな痕跡は消したはずだ。

それが残っている。

草原の足跡での攪乱。熟達していく罠の腕。そして、この大きな剥ぎ跡。

違和感というパズルが、頭の中で組み上がっていく。

抜いた太い草の塊を、進むはずだった道の先へ投げ飛ばす。

壮絶な音を立てて草むらが沈没し、大穴が大地を呑み込んだ。

周囲の木々がへし折れ、倒木が次々と穴へ落ちて埋め立てていく。

落ちていれば、身動きもできないまま生き埋めだった。

追跡のヒントそのものを、罠にして口を開けて待っていた。

スバル「――俺の知ってるレムは、これで終わらない」

木の枝から飛びかかってくるレムと、受け止めるスバル

💥 木の上から

「――はああぁぁぁ!」

罠が足止めにならないとき、彼女ならどうするか。

相手の位置は臭いでわかる。頼りにしているパンくずの正体もわかった。

ならば、それを逆手にとって直接、原因を絶ちにくる。

スバル

「痺れを切らしたら、自分から仕掛けてくる。――そうだろ、レム!」

皮を剥がされた木を見上げた、ちょうどそのときだった。

歯を食い縛ったレムレムが、枝から飛びかかってきた。

読みは的中した。問題は――

飛びかかってくる彼女を、止められないことだった。

スバル

「ぐおあ!」

不自由な足でここまで動けることも、

自分の体がとっさに受け止めようとしてしまったことも、想定外だった。

血を流しながら深く頭を下げるスバルと、地に伏すレム

🙇 やり直させてくれ

「俺に、もう一度チャンスをくれ」

レム

「どこまでもどこまでも、しつこい人!」

スバル

「ま、待て、レム、話を聞いて……」

レム

「くどいです!」

振り回した腕が当たり、鼻血がこぼれる。

レム

「鼻が曲がりそうなんですよ! あなたが近付いてくると、すぐにわかります」

立てる自分と、這いつくばる彼女。有利に見えて、腕力一つでひっくり返る差だ。

スバル

「俺の第一印象が悪いのは自覚がある。これでも十八年、自分って存在と付き合ってきてんだ。だから、やり直させてくれ」

スバル

「俺が悪かった。何もかも忘れて不安なお前に、一個も説明してやれなかった」

必要なのは、自分を守る言葉ではない。訴える言葉だ。

スバル「お前が大事なんだ。守りたいだけなんだ。――俺に、もう一度チャンスをくれ」

両手を上げたまま、その場に深々と腰を折る。

静かな怒りを込めてスバルを見上げるレム

🧊 本当の理由

「それだけ、ですか?」

レム

「――それだけ、ですか?」

スバル

「……え?」

レム

「あなたが私に弁明するのは、それだけなんですか?」

その声に込められていたのは、静かな怒り。堪え難い怒気だった。

レム

「その体からとてつもなく邪悪な臭いを漂わせていることは、もちろん怪しいと思っています。でも」

レム「あんな小さな女の子を見捨てようとしたことは拭えません」

レム

「そんな非情で卑劣な相手を、どう信じろと言うんですか」

叩き付けられた言葉が、脳に浸透していく。

目つきの悪さでも、なすりつけられた残り香でもなかった。

――自らの行動で、彼女の信頼を毀損したのだ。

何も知らない彼女の目には、ルイルイは幼くか弱い少女に見えていた。

そのことを、見落としていた。

答えを出せずに立ち尽くすスバル

🤐 答えが出ない

何を言えばいいのか、わからない

とっさに、答えが見つからない。

謝罪と、言い訳と、真実と。どれを優先すべきなのか。

子どもを見捨てようとした事実を謝る?

あれには理由があったのだと言い繕う?

奴は幼い怪物なんだと、事実を激白する?

どれを選んでも、あの不信の眼差しを変えられる気がしない。

そしてそれは、すでに確定してしまった自分の行いの結果だった。

レム

「――何も言わなくなりましたね」

彼女は上体を持ち上げ、距離を取ろうとする。

打ちのめされた相手は、もう追ってこないと思ったのかもしれない。

もちろん、そんなことはない。手は差し出し続ける。

お別れなんて、そんなことはない。そんなことはないのだが――

レムに飛びついた頭上を巨大な矢が通過し、大木が砕ける

🏹 木々の向こうに

「――レム!!」

去ろうとする背へ、名前を呼ぼうと手を伸ばしかけた。

その視界に、変化が生じる。

鬱蒼とした木々の向こう。わずかにちらついた影。

――見覚えが、あった。

スバル「――レム!!」

くる、と思うより早く、その背へ飛びつく。

驚いた小さな体が硬直する。

くるむように抱きしめた、瞬間だった。

強弓から放たれた矢が頭上を通過し、大木がど真ん中を射抜かれて吹き飛んだ。

第七章3『VSレム』終了。