狼の国を読む WEB版・初見向け解説
20話収録

第七章2

『アニマルトラッキング』

森に呑まれた少女を追う。だが、追いかけっこの相手は、ただ逃げるだけの相手ではなかった。

ベアトリスにゲートの壊れ方を説き聞かされるスバル

📖 いつかの講義

「お前は常に自分が死にかけの状態だ」

ベアトリス

「――いいかしら、スバル。今後、お前は常に自分が死にかけの状態だってことを理解する必要があるのよ」

スバル

(・∀・)

「わりと笑えない冗談言うじゃねぇか、この幼女様は」

ベアトリス

「幼女でもないし、冗談でもないかしら!」

ゲートは、魔法を使うために生き物の内側にある器官。

スバルスバルのそれは、使うなと言われていたのに乱発して壊れた。

排出できないマナは、体内に溜まり続ける。

スバル

「まさか、パンパンになって破裂するとか言い出すんじゃねぇよな?

ベアトリス

「冗談抜きに、その認識で正しいのよ」

溜まったマナが濁り、やがて――ボン、といく。

救いは、契約で魂が繋がっていること。

ベアトリスベアトリスは、他人からマナをもらう必要のある精霊だった。

スバル「これで名実共に、俺とお前は一蓮托生の仲ってわけだ!」

草の上で目を覚まし、消えた矢傷を確かめるスバル

🔄 くるくる、が途切れて

胸に、矢がない

回る視界が唐突に途切れ、意識が覚醒する。

溺れるような苦しみは消え、背中に大地の大きさを感じた。

スバル

(;´Д`)

胸の中央を見る。突き立ったはずの矢が、ない。

木々でこすった擦り傷も消えている。

スバル

「死ん、だ……のか」

塔から飛ばされて、ほんの十数分。

それだけで、命を落としたのだ。

戻ってきたのは、背負ったレムレムに首を絞められて昏倒したあと。

彼女が目覚めたことは、なかったことになっていない。

――だが、二人の姿はどこにもない。

森の入口で弓の脅威を思い、立ち上がるスバル

🏹 名前のない脅威

俺を殺した奴がいる

スバル

「それに、俺を殺した奴がいる。……さすがに、あの弓矢がレムの攻撃ってことはないはずだ」

弓と矢は、短時間で用意できるものではない。

鏃も矢羽もついた、尋常でない強弓の一撃だった。

あれに襲われれば、足の利かないレムレムはひとたまりもない。

何としても、その毒牙にかかる前に見つけなければならない。

たとえ、記憶のない彼女がこちらを味方と思わなくても。

スバル「いくぞ、ナツキ・スバル。――お前のすごさを見せてみろ」

権能を使っても味方の光が一つも見えないスバル

💡 反応なし

味方だと、思われていない

スバル

「――コル・レオニス」

監視塔で猛威を振るった権能。

周囲にいる味方の位置を、淡い光として捉える探査技。

発動は、確かにできている。

それなのに、光は一つも見当たらない。

スバル

「……ダメだ、反応がない」

遠すぎるのか。それとも――

レムレムが、スバルスバルを味方の範疇に入れていないからか。

一緒にいるルイルイの位置もわからないことが、その証拠だった。

スバルスバルが、彼女を味方扱いするはずもないのだから。

身を低くして森を進みながら考えるスバル

🧠 何を失ったのか

エピソード記憶の欠落

身を低くして森を進みながら、スバルスバルは考える。

レムレムは何もかも忘れている。

だが、組み伏せる技も、魔女の残り香を嗅ぎ取る力も残っていた。

物の名前や、体に染みついた反射は覚えている。

失われたのは、自分や他者の名前と、思い出にあたる中身。

自分を『私』と呼び、臭いから本能で警戒したのも、その証だった。

スバル「レムも混乱してるはず。ずっとは逃げられない」

落ち着いて自分を振り返る時間を、彼女は必ず作る。

ルイルイを連れているなら、なおさら足は鈍るはずだ。

草原に切り開かれた野営の跡を見つけるスバル

🏕️ 森が開けて

誰かがここにいた痕跡

森を抜けると、また草原に出た。

同じ場所へ戻ったかと血の気が引くが、草の背丈が違う。

前は三百六十度が森だったが、こちらは正面に地平線が見える。

目を引いたのは、草原を切り開いて作られた小さな空間。

焚火の跡と、切った草を並べた寝床らしきもの。

誰かが、ここで過ごしていた。

一番可能性が高いのは、自分を殺した相手だ。

即座に離れるべきだと、頭ではわかっている。

だが、密林を進むには刃物の一本が欲しかった。

スバル

「せめて、ナイフかそれっぽいものが見つかれば――」

背後から首筋に剣を当てられたスバル

🗡️ 首筋に、冷たいもの

「ほう、刃が欲しいか」

👤 背後の声

「――ほう、刃が欲しいか。それはずいぶんと間のいいところへ現れたな」

首の右側に当てられているのは、磨き上げられた剣の刃だった。

スバル

(;゚Д゚)

👤 背後の声

「貴様の命がこちらの……俺の手の中であることを失念するな」

声からして、男。年の頃はスバルスバルと同じか、やや上。

言葉の選び方には癖があるのに、不思議と違和感がない。

👤 背後の声

「この辺りでは見ない格好だな。手足も白い……地元のものではない」

口を開こうとすると、首筋を浅く斬られた。

👤 背後の声

「腰の鞭も、森で使うには不便極まりない。……貴様、俺を追ってきたわけではなさそうだ」

こちらの心中を、後ろ姿だけで読み取ってくる。

ボロで顔を隠した長身の男と向き合うスバル

🎭 振り返れば

ボロで顔を隠した男

👤 覆面の男

「――ゆっくりと振り返れ。おかしな真似をすれば」

スバル

「首を刎ねるって?」

👤 覆面の男

「いいや、手足を落とし、心の臓を抉り、貴様の目の前で焼き尽くす」

スバル

(╬゚Д゚)

「邪悪すぎる脅迫!」

振り返った先にいたのは、奇妙な風体の男だった。

背丈はスバルスバルよりやや高く、手足が細く長い。

服装は上等な貴族風で、この場にはあまりに場違い。

顔に巻かれたボロは、元はマントだったはずのものだ。

装備を見て、スバルスバルは気づく。

――弓矢が、ない。

スバル

「……どうやら、あんたは狩人じゃないっぽいな」

『姿隠し』で視界から消える覆面の男

👻 消える

『姿隠し』

スバル

「もしかしてそちらさん、瞬間移動できるか、透明になれたりする?」

覆面から覗く黒瞳が細められる。怒りではなく、興味の色だった。

👤 覆面の男

「何故、そのような発想をするに至った?」

近付く前に、周りは警戒していた。

自分の警戒を超えて動ける者が大勢いるのは知っている。

だがこの男から感じる気配は――失礼を承知で言えば、普通だ。

ラインハルトやガーフィール、ヴィルヘルムやユリウスを知る目から見て。

直後、目の前の男が視界から消えた。

スバル

「いなくなった……けど、目の前にいる?」

👤「――正解だ。『姿隠し』は気配までは消せん」

寝床は囮で、少し離れた場所から息を潜めて見ていたのだという。

事情を聞き終えて「下手をしたな」と告げる男

🧩 事情を話す

「下手をしたな」

青い髪の少女を見なかったか。答えは、否。

👤 覆面の男

「この森ではぐれたとあれば、そうそう合流などできるものではあるまい」

スバル

「悪いが、そうはいかねぇ。それこそ、俺の命より大事な子なんだよ」

無謀を嘲笑う態度。だが男は、その目を指差した。

👤 覆面の男

「嘘偽りを述べる目ではない。……それで多少は興が乗る。俺が、知恵を貸してやろう」

疑う気持ちが出てこない。胡散臭くはあるのに、それ以上の説得力があった。

おそらくそれは、この男の持つ天性のカリスマだった。

事情を聞き終えた男の第一声は、辛辣だった。

👤「下手をしたな」

痕跡が囮だったと気づかされるスバル

🦊 撹乱

痕跡は、囮だった

👤 覆面の男

「――その娘、頭はそれなりに回るな?」

レムレムは賢い。記憶を失っていても、それは変わらない。

👤 覆面の男

「だとしたら、貴様は謀られた可能性が高いな」

スバル

「は、謀られた? 俺が騙されたってのか?」

👤 覆面の男

「例えば、自ら草原に痕跡を残し、逃げた方向を偽装するなどだ」

――涎を垂らし、駄犬のように痕跡を追いかけて走り出した。

それが、実際に起こったことだった。

スバル

「確かに、森の入口から奥で痕跡は見つからなくなった」

👤 覆面の男

「その場合、往々にして相手の選ぶ方角は真逆だ。心理的にも、最も遠ざかる方法を選ぶのが理に適う」

スバル「……悔しいけど、納得だ。クソ! レムの奴!」

投げ渡された革鞘の小刀を受け取るスバル

🤝 貸し借り

「こいつは間違いなく、あんたへの借りだ」

駆け出そうとしたスバルスバルへ、男が何かを投げつけた。

革の鞘に収まった、小さなナイフ。

👤 覆面の男

「鞭の一本で立ち向かえる森ではあるまい。せいぜい、うまく使うがいい」

スバル

「いいのか? 俺は何にも返せてねぇぞ」

👤 覆面の男

「構わぬ。たまには俺も施しがしたいだけだ」

スバル

「――俺の名前はナツキ・スバル。こいつは間違いなく、あんたへの借りだ。受けた恩は必ず返すよ」

深々と一礼する。男は「ふん」と鼻を鳴らした。

駆け込む寸前で足を止め、スバルスバルは森を指差す。

スバル

「中におっかない狩人がいる。遠くから弓で仕留めにくるから、どっかいくなら、この森は迂回推奨だ」

👤「――。なるほど。わかった。留め置こう」

恩人が、いきなり狩人の手にかかる展開だけは避けられた。

泥に残った小さな足跡を見つけるスバル

👣 本命の足跡

「ようやく、尻尾を掴んだぞ」

もらったナイフの切れ味は鋭く、枝葉を落として進むのに大きく役立った。

酷使しても刃こぼれの気配がない。かなりの名刀なのかもしれない。

元の草原へ戻り、ひっくり返らされた周辺を探る。

これ見よがしな痕跡と、ちょうど反対の方角。

不均等な形で残された、消しきれなかった足跡。

レムレムのぶんは消せても、ルイルイのぶんまでは消せなかったのだ。

消そうとした努力の跡がある以上、こちらがさらなる囮ということはない。

スバル「ようやく、尻尾を掴んだぞ、レム……!」

仕掛けられた枝の罠に打たれて吹き飛ぶスバル

⚡ 足下で

――罠?

泥についた足跡は誤魔化せない。これなら追いつける。

勢い勇んで踏み出した、次の瞬間だった。

足下で、結ばれた蔦が切れる。

支えていた枝が反動たっぷりに射出され、横合いから脇を打った。

スバル

「げおっ」

自分の腕ほどもある枝の横薙ぎ。体が盛大に吹き飛ぶ。

泥の上を転がり、しばらく立ち上がれない。

スバル

「い、今のは、まさか……」

――罠?

逃げながらも、逃げるだけでは終わらない。

記憶をなくしながら、己の持てる力を尽くす少女。

――これは二度目の、レムレムとの本気の戦いの始まりだった。

第七章2『アニマルトラッキング』終了。