狼の国を読む WEB版・初見向け解説
20話収録

第七章19

『忌々しい再会』

グァラルを逃れ、森へ戻る。三日以上の道のりを逆走してでも、殴りたい相手がいた。

🎯 平原に、大の字で

死んでも、眠ってもいない

硬い土の上、大の字に寝転がって男は動かない。

死んでいるわけでも、眠っているわけでもなかった。

ただ目をつむり、乱れた呼吸を丁寧に整えながら、思考を組み立てていく。

ジャマル

「おい、生きてんのか?」

トッド

「――ああ、生きてるよ」

左の横腹に、太い矢が深々と食い込んでいる。

もう少し上なら、心の臓を穿っていた位置だ。

危ういところで命を拾った負傷だが、そのことへの感慨はあまりない。

🧠 追撃を止めて

「――獲物は、どっちかな」

ジャマル

「逃げた連中はオレが何人か引き連れて叩き潰す」

トッド

「――そりゃ悪手ってもんだろ、ジャマル」

トッド

「考えてもみろ。なんだって、連中は堂々とグァラルに入ってきたんだ?」

トッド

「――わざわざ乗り込んできた。街の外に伏兵まで忍ばせてな」

トッド「小勢で追撃なんてしたら相手の掌だ。――獲物は、どっちかな」

我が身を堂々と囮に使い、油断に乗じて敵を釣り出す。

怒りより、感嘆が胸中を占めていた。

トッド

「報復の機会はあるだろうさ。――奴らはどうせまたくる」

👊 三日以上を逆走して

「顔はやめロ。他なら許ス」

集落の中央、一番大きな木組みの建物へ乗り込む。

アベル

「――戻ったか。存外、早かったな」

いけしゃあしゃあと、そう言ってのける。

何も言わず、真っ直ぐ前へ突き進む。

見下ろすその鬼面を、伸ばした手で容赦なくむしり取った。

ミゼルダ

「待テ、スバル」

殴り飛ばす寸前、引いた右腕を後ろから止められる。

ミゼルダ

「顔はやめロ。他なら許ス」

スバル

「おらぁ――!!」

伸び切った胴体へ、拳を打ち込んだ。

スバル

「これでチャラになったと思うなよ、クソ野郎……!」

この一発を叩き込むためだけに、三日以上の道のりを逆走して戻った。

🐂 広場の真ん中で

「バッキバキだ!」

フロップ

「見たまえ、妹よ! これが、かの有名な『シュドラクの民』の集落だそうだ!」

ミディアム

「みんな、あたしみたいに腹筋バキバキだ、バキバキ! あんちゃん、バキバキ!」

フロップ

「バッキバキだ!」

情報の少ない未開の部族に囲まれている状況だ。

命の危機を覚えた方が、正常で適切な反応だとは思うが。

怯えや警戒、不安の類を一切見せない大物ぶりだった。

🧊 冷たい訂正

「この国に仕えるもの共が、貴様らの敵となったのだ」

レム

「アベルさん、あの方たちは私たちが巻き込んでしまったんです」

レム

「都市の前で立ち往生する私たちに親切にしてくれた。……ただそれだけの理由で」

アベル

「違うな、訂正してやる。俺たちや、外の連中を狙っているのは都市の兵ではない。帝国の兵だ」

アベル「この国に仕えるもの共が、貴様らの敵となったのだ」

否定し難い事実だと、理解はしている。

だが、理解することと、感情が納得することとは別問題だ。

⚖️ 落ち度の大半は

「俺だけでよかったはずだろうが」

スバル

「陣地の帝国兵に睨まれたのは俺のミスだ。敵対も、俺が選んだ行動の結果でもある」

アベル

「そうだな。『シュドラクの民』と接触する以前から、貴様の結んだ因縁だ」

スバル

「その因縁に言い訳はできない。敵を作ったのは、間違いなく俺だからだ」

スバル「――でも、その因縁のツケを払わされるのは、俺だけでよかったはずだろうが」

🏹 見張っていた二人

遠距離からの、合わせ技

街の外で待つよう、二人には事前に指示が出されていた。

追われて逃げ出したときに、フォローさせるために。

ホーリィ

「私とクーナがいなかったら、今頃はスバルの頭が斧で真っ二つになってたところなノー」

クーナ

「……あそこまでヤバい状況とハ、アタイは聞いてなかったけどナ」

クーナの目で見張り、ホーリィの腕が射抜く。二人の技能の合わせ技だ。

別れ際にクーナがくれた言葉が、ヒントを与えてくれていた。

感謝は、この二人まで。全部を予測していた男に、優しくするつもりはない。

😤 黙ってないで

「――それがどうした」

スバル

「おい、黙ってないで何とか言ったらどうなんだよ」

アベル

「――それがどうした」

スバル

「……本気で言いやがった」

アベル

「そも、俺は最初から貴様に忠告したはずだ。――容易い道のりではないと」

アベル

「焼かれた陣の最寄りの街など、敗残兵が目的地とする可能性が最も高い。自明の理だ」

スバル

「だったら……だったら、最初からそう言えばよかっただろうが!」

🪨 掌から、土が

「余計な手間を省いたまでだ」

スバル

「答えろ、クソ野郎。お前、なんで俺たちを……」

アベル

「余計な手間を省いたまでだ」

アベル

「貴様のような輩は、賢者の忠告よりも愚者たる己の目で見たものを重視する」

アベル

「俺の口から何を語るよりも、降りかかる雨滴の厳しさは雄弁だ」

アベル「おかげで痛感しただろう。――貴様らに、逃げ場はないと」

掌から土がパラパラと零れ落ちる。

たったそれだけの仕草で、八方塞がりだと突き付けられた錯覚を覚えた。

🪑 土の上に

初めて聞いた、自嘲

スバル

「……全部、お前の掌の上だってのか? 気に入らねぇよ」

アベル

「――。生憎と、俺の掌で転がせるのは一部の人間だけだ」

アベル「そうではない一部を御し切れなかったからこそ、今、俺は土の上に座っている」

表情は見えず、声の調子にも変化はない。だが、自嘲のようだった。

初めて聞いた、この男の自嘲だ。

配下の謀叛を許し、王座を追われた無冠の皇帝。今の場所こそが、その証左だった。

🚪 集会場の入口から

「いヤ、色男ダ。部屋に置いておこウ」

フロップ

「改めまして、僕はフロップ・オコーネル!」

フロップ

「以後、皆様によろしくお願いするよ!」

タリッタ

「礼を弁えているようナ、弁えていないようナ……」

タリッタ

「姉上、どうされますカ? 部外者には下がるよう命じテ……」

ミゼルダ

「そうだナ……いヤ、色男ダ。部屋に置いておこウ」

タリッタ

「姉上……」

非常にシンプルな理屈だった。

🗺️ 抜け道

「――城郭都市グァラルを陥落させる」

アベル

「商人、貴様はグァラルにどの程度親しんでいる?」

フロップ

「僕はなかなか、グァラルでは顔が広い方であると自負しているよ」

鬼面の向こうで、喉が小さく鳴った音を拾う。

アベル

「僥倖だ。拾い物だぞ、ナツキ・スバル」

アベル

「――都市に親しんだ行商なら、抜け道の一つや二つに心当たりはあろう」

スバル

「おい、待て、アベル。抜け道? 何を言い出した」

アベル

「巡りの悪い頭でも、使えば答えは見出せよう。ああ、貴様の考える通りだ」

アベル「――城郭都市グァラルを陥落させる。次の拠点として、あの都市が必要だ」

第七章19『忌々しい再会』終了。