第七章17
『忍び寄る凶気』
前触れもなく『死に戻り』した。死因も、相手も、何ひとつわからないまま。
🥶 全身を濡らす汗
デジャブでは、ない
見覚えのある光景。聞いたことのある会話。
あったような気がする出来事ではない。**実際にあった出来事**を繰り返している。
――『死に戻り』した。
前触れは全くなかった。瞬きした直後に、世界が切り替わった感覚だ。
実感がなさすぎて、権能の誤作動を疑うほどだった。
「馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は」
この力が『死』以外を引き金に発動したことは、一度もない。
時を遡った以上、自分は命を落とした。それは絶対だ。
「――OK、それは呑み込んだ。呑み込んで、次はどうする、俺」
🔍 死因を探して
何も、出てこない
焦点を当てるべきは死因だ。十数秒前を振り返る。
「……何も出てこねぇ」
路地特有の日陰の臭い。そして、微かに聞こえた硬い音。
拾えたのは、そのくらいだ。そのどれも、死と繋がらない。
四六時中、身辺に気を張り続けることはできない。
些細な変化を汲み取れるほどの達人でもない。
ナツキ・スバルは、紛うことなき凡人だ。
だからこそ、考えることと行動することをやめてはならない。
「――状況は、シャウラに最初に殺されたときに近い」
何が起きたかも、死因もわからず、死んだことだけが確かな状況。
🤔 一番近くにいた人
殺す理由が、あるか
死因を探るなら、下手人も探ることになる。
狙撃でないとしたら、最も濃い容疑者は一番近くにいた人だ。
だが、動機に合理的な説明がつかない。
金目当てなら、門の外で角を奪って街で換金すれば済む。
自分を間に挟む意味がない。
これまで自分を殺したものには、皆、何かしら合理的な理由があった。
「フロップさんは、なんで俺たちにこんなに良くしてくれるんだ?」
「うん? それはまた唐突な質問だね」
🌍 その答え
「――復讐だとも!」
「僕と妹が、君や奥さん、姪っ子ちゃんに良かれと思ってしていることは……」
朗らかな勢いと、発言内容の物騒さの落差がすごい。
「親に捨てられ、みなしごを引き取る施設で育ったんだが……そこがなかなかひどい環境だった!」
「初めて、殴られることなく越えられる夜を迎えて、僕は誓ったんだよ。――復讐をね」
「復讐って……その、みなしごの施設の人に?」
「いいや、違う。――世界にだよ」
「僕を殴った大人たちは、僕を殴りながら幸せだっただろうか? 違うんだ。彼らも不幸なんだよ」
「不幸な大人が、不幸な子どもを殴っていたんだ。こんな救われないことがあるだろうか」
「僕と妹は、不幸を押し付ける世界に復讐するために足掻いている。君や奥さんたちを助けたのも、その一環さ」
🩸 別の道を選んで
剥き出しになった、喉
下手人ではないと決めたなら、次は迫る『死』の回避だ。
道を変え、タイミングをずらし、同じ行動をなぞらない。
「フロップさん、この道は風水的にあまりよくない卦が出てるんだ」
人の好い相手は、不自然な言葉に食い下がらず、頷いてくれた。
「では旦那くん、こっちの道から――」
振り向いた彼が、何かに気付いたように目を見張った。
何かが後頭部を掴み、強引に上を向かされる。
剥き出しになった喉を、熱い感触が通り過ぎた。
血が、弾けた。
血を、血を、ちちちちちち、血を、止め、止めて、とめとめとめめめ――
🐎 遠くの悲鳴
巨大な車輪が、迫る
また、同じ言葉から始まった。
とっさに自分の喉に両手を当てる。熱い感触も、噴き出す血もない。
つまり、死んだのだ。またしても。
宿に戻れば、敵に拠点を教えることになる。
そう思い至り、大通りへ出た。人目があれば手は出しにくいはずだ。
「まさか、狩人……!?」
密林で一度自分を殺し、その後も一度狙ってきた相手。
戦える相手を避け、非力な同行者といる今を選んだのだとしたら。
遠く、複数の悲鳴と怒号。切迫感が、別の音を伴って近付いてくる。
――巨大な車輪が、こちらへ迫っていた。
衝撃に呑まれ、体が跳ねて転がり、壁に激突し、さらに重なる衝撃。
どこが痛むのではない。ナツキ・スバルこそが『痛み』だった。
3️⃣ 三度目
敵がいる、以上のことが何もわからない
最初の即死。二度目の首切り。三度目の轢死。
いずれも偶然ではありえない。紛れもなく、自分を殺す意思だ。
三度死んで、なお『敵がいる』以上の情報を得ていない。
相手は、死亡する自分に情報を何ひとつ残さない。
そして、もうひとつ。
慎重な相手なら、目撃者の口を封じるのが自然な成り行きだ。
――これまでも、自分と一緒に彼は殺されていたのではないか。
🏃 走ろう
「一秒も無駄にできないだろ!」
「――フロップさん、走ろう!」
「急な話だな!? どうしたんだ!?」
「どうもこうもない、人生は限られてるんだ!」
足を止めて説得するのは悪手だ。強引な理屈で押し切る。
目的はもう、旅の護衛を雇うことではない。
この『死』の連続から、今すぐ救い出してもらうためだ。
🍶 端で潰れてる
ここらで一番の腕利き
「ここで一番の腕利きを雇いたい」
🍺 店主
「……ここらで一番の腕利きっていや、ロウアンのことだろうよ」
指差された先、端のテーブルに突っ伏している男がいた。
長いざんばら髪を適当に括り、腰に刀を差した五十がらみ。
テーブルには空いたグラスがいくつも並んでいる。
「……あれが腕利き、なのか?」
🍺 店主
「酒癖が悪いのは間違いないが、腕は立つ。酒癖は悪いがな」
「二回言われると、不安しか立ち込めてこねぇ」
💰 手札の全部
「払えるのは、これが限度額いっぱいだ」
「頼みたいのは護衛だ。それも、今この瞬間から」
🍶 ロウアン
「……やけに語気が荒い。兄さんたち、さては結構危うい立場かぁ?」
テーブルに置いたのは、魔獣の角を売って得た金子の全部。
🍶 ロウアン
「某の腕は高い……と言おうと思ったところが、初手でこれとあっちゃなぁ」
🍶 ロウアン
「疑っちゃいない。遊びじゃないって話も、本気らしい」
「旦那くん、よかったのかい? あのお金は……」
「いいんだ。今、この瞬間の安全には代えられない」
🍶 ロウアン
「……妙な気配だ。さては兄さん、つけられてやがったな?」
三度自分を殺した相手は、今回も諦めてなどいなかった。
💥 入口から
倒れ込んできた、大柄な男
苦鳴をこぼしながら、大柄な男が店内に倒れ込んできた。
「おい、君! 大丈夫か、しっかりしたまえ!」
うつ伏せの男が、屈み込んだ彼の腕を掴んだ。
「――っ! フロップさん! 離れろ!」
男の体が膨張し、真っ赤に光り、破裂した。
火の魔石だ。おそらく、体内に入れられていた。
炎が燃え広がり、爆心地からたなびく煙を浴びた男たちが目と鼻を覆って絶叫する。
🛡️ 酔客
「み、店の中にいたらダメだ! 全員、早く外に出ろ!」
刺激物の煙が、外へ逃げるよう人を追い立てている。
制止の声を上げようとして、間に合わなかった。
入口に殺到した男たちが、二つ目の爆発でまとめて吹き飛ばされた。
⚔️ 裏口が開かない
銀色の、一閃
🍶 ロウアン
「店長! 裏口から出るぞ! 正面は見張られてる!」
煙を吸わないよう姿勢を低くしろと手で示す。
その戦況判断は、確かだった。
🍺 店主
「――! 裏口が開かない!」
🍶 ロウアン
「ええい、どいてろい! このぐらいの扉――」
走った銀色の光が、閉ざされた扉を一刀の下に切り捨てた。
誇りもせず、彼は扉の残りを蹴破る。
そこで、ふと息を詰めた。
――ここまで周到な相手が、攻撃の手を緩めるだろうか。
⚫ 炎の向こうから
長柄の斧を握った、人影
裏口から身を乗り出した体が、後ろへ傾いて倒れる。
額から上が潰れていた。誰が見ても、死んでいた。
絶叫しようとした店主の胸に一撃が突き刺さり、上半身がひっぺがされる。
即死だった。
立ち込める黒煙。炎の向こうから、ゆっくりと何かが姿を見せる。
顔に濡らした布を巻きつけた男が、長柄の斧を握っていた。
「き、君はいったい、何者なんだ。どうしてこんなことを」
「こんなことが許されると――ぉ」
毅然と糾弾しようとしたその頭が、斧の直撃を受けた。
😱 へたり込んで
「なんでぇ!」
後ずさる力も、這いずる勇気もない。
見ているのが怖くても、目を離すのも怖くてできない。
「なんで、なんで……なんで!」
男は何も答えない。ゆっくりと斧を持ち上げ、真っ直ぐ頭上に掲げる。
「なんでぇ!」
⚫ 布を巻いた男
「――お前さんにゃ何も教えないぜ? また逃げられたら困るだろ?」
当然のことを告げるような、その声音と調子。
その声を、どこかで聞いたものと照合しようとして――
振り下ろされる斧が、頭蓋を割った。
小さな硬い音が、した。
第七章17『忍び寄る凶気』終了。
スバル
フロップ。やや遠い大通りの喧騒。
レムがいる。何とかして戻らなくては。