第七章6
『はるか南の地』
捕虜になった。武器も自由も奪われた場所で、まず知るべきは、ここがどこなのかだった。
♟️ いつかの一夜
「囚われの身になったことが一番でしょうね」
「なぁ、行商人やってて一番ヤバかったのってどんなときだった?」
「なんですか、それ。また嫌な質問をしますねえ……」
「ガーフィール、商人を二歩前進ですよ」
「あ! オットー、てめぇ!」
「僕が人生で危なかったことは何度かありますが、危険な集団に囚われの身になったことが一番でしょうね」
「危ねェ連中ッだァ? 野盗にッでも襲われッたかよ」
「フルフーや竜車も引き離され、武器も道具もない状態で簀巻きにされて、死を覚悟したもんですよ」
⛓️ 縛られたまま
「あの子らは今、牢に入れてる」
――捕虜。
その一言で思い出したのが、あの一夜の四方山話だった。
武器も道具も取り上げられ、自由も奪われ、得体の知れない相手に囚われる。
確かに、『死』を覚悟して当然の状況だ。
「レム……俺と一緒に、女の子がいたはずだ。どうなった?」
「無事だよ、無事。二人とも元気だ。ちょっと元気すぎるくらい元気」
人好きする笑みを浮かべているが、鎧の下は戦士のそれだ。
騎士は華やかで、戦士は無骨。求められるモノが違う。
騎士には人心の安堵を得る清廉さがいる。戦士に必要なのは、戦うための力のみ。
👢 折れた指を
「聞かれたことに答えりゃいいんだよ」
詳しく聞こうとした瞬間、折れたままの三本の指に激痛が走った。
後ろ手にされた負傷部位を、片目に眼帯をした男が踏み躙っている。
「囚われの身の自覚が足りねえ奴だな、てめえは。聞かれたことに答えりゃいいんだよ、違うか?」
「ジャマル、やめろ! また気絶しちまうだろ!」
「どうせ三本折れてんなら、あと二本も……」
「ちっ。トッドに感謝しとけ。胸糞悪ぃ」
「水辺でお前さんらを見つけたのはジャマルの部隊だったんだが……そこで、お前さんの連れの子にだいぶ抵抗されたらしくてな」
「俺、あいつ、嫌い……」
「はは、奇遇だな。俺もあんまり好きじゃないよ」
🌲 探し人
「お前さん、『シュドラクの民』かい?」
「聞きたいことはひとまず一個だけだよ。――お前さん、『シュドラクの民』かい?」
「……しゅどらく?」
「その反応でわかった。お前さんは無関係だってな」
「おいおい、待てよ。まだ何にも答えてないだろ」
「士族を聞かれて偽る奴はいない。聞き覚えがない奴もな」
「俺たちの探し人だよ。あのでっかい森……バドハイム密林のどこかにいる」
右も左も、果てなく地平線まで緑が続いている。
奥行きもそれに匹敵するなら、比喩抜きにアマゾンに匹敵するかもしれない。
「帰るのが何年も遅れたら、婚約者にそっぽ向かれちまうよ」
🔪 家宝、ということにした
剣狼の国紋
「お前さんの荷物を漁ったら出てきたナイフ、あれはどこで手に入れたもんだ?」
――森で会った、覆面の男から譲られたもの。
もしあの男が彼らの探す『シュドラクの民』だったなら、話すのは恩人への裏切りだ。
「――。あのナイフは俺の家のもんだよ。家宝だ」
「そうなのか? おいおい、それじゃ、お前さんちょっとしたもんじゃないか」
「――待て」
ナイフの謂れは、ひとまずいい。問題はもっと別のところにある。
――剣狼の国紋、それに皇帝。
🏴 風になびく青
剣に貫かれた、黒い狼
足を止め、周囲に改めて目をやる。
いくつもの天幕、焚火、嘲笑する男たち、大きすぎる森。
そして大きな天幕の傍に、風になびく青い旗があった。
――青い旗の中央には、剣に貫かれた黒い狼が描かれている。
この一年、いつまでも異世界人だと胡坐を掻かないため、常識を勉強してきた。
その成果と、剣に貫かれた狼――『剣狼』とが一致する。
王国と帝国の国境を飛び越えていたことを、このとき初めて理解した。
📣 背後で爆発
「――ヴォラキア万歳!」
南を支配する、最も大きな国土を持つ大国。
肥沃な大地と温暖な気候に恵まれた土地では、当然の如く仕組みが形成された。
多数の種族と民族が入り乱れ、強者が全てを手に入れ、弱者は失い虐げられる。
「――神聖ヴォラキア帝国」
「――ヴォラキア万歳!」
(;゚Д゚)
「うお!?」
神聖ヴォラキア帝国と呼びかければ、ヴォラキア万歳と答える。
それが彼らの常識であり、国民性の一端なのだ。
🤐 明かせない
身分という切り札が、封じられる
「……俺がルグニカの人間だって、迂闊にばらせなくなった」
一代限りとはいえ、正式に叙勲を受けたルグニカ貴族の端くれである。
王国の中でなら、身分を明かせば便宜も図ってもらえる。
だが、ここは違う。
四百年以上前、両国は幾度も国土を巡る大戦争を繰り返した。
今なお冷戦状態にあることは疑いようもない。
「絶対無理だ」
本当に、不幸の不幸の不幸の中の、小さな幸いだった。
🔒 鉄の檻
「鼻や歯は大丈夫でしたか?」
陣地の端に設置された、整然と並ぶ鉄製の檻。
その中に、ぺたりと座った少女がいた。
「レム!」
「――っ、あなたは」
変わらぬ敵愾心で睨まれる。それでも、まずは無事が確かめられれば――
小股で急いだ結果、足がもつれて前のめりに倒れた。
手が使えず、顔面から鉄の檻に激突する。
「ちょっ、いきなりなんですか!?」
「いや、悪ぃ……お、怯えさせるつもり、は……」
「怯えたりしません! 馬鹿にしないでください。……鼻や歯は大丈夫でしたか?」
(・∀・)
「え!? 心配してくれたの?」
📦 数日後に
補給隊と一緒に出る
「そんな誰彼構わず噛みついてると、狂犬なんて異名を付けられるぞ」
「言うに事欠いて、私を犬呼ばわりですか。体臭だけじゃなく、失礼な人ですね」
「見ての通り、俺たちは森にいる『シュドラクの民』と戦うために布陣してる。下手にうろちょろしてると、別の陣地の奴らに捕まるぞ」
「ジャマルだらけの陣地で、腹いっぱい靴を食わされる可能性もあるってことか」
「俺は痛いのとか嫌いだから、なるべく話して進めようとするけど」
🚨 治療という言葉
「どうもこうもねぇ、全員死ぬぞ!」
「そう言えば、あいつはレムと一緒に檻に入ってないんだな。どこいったんだ?」
「あの子なら、治療のために連れていかれました」
「治療……治療?」
呆けたあと、真顔になって牢に飛びつく。
「治療って言ったのか!?」
脳裏をよぎったのは、最悪の可能性だった。
彼女が治療を受けることで正常に戻り、大罪司教として復活する可能性。
そうなれば、この陣地の帝国人が束になっても多数の犠牲が出る。
「どうもこうもねぇ、全員死ぬぞ!」
💥 金色の弾丸
包帯が、巻かれていた
「悪い! ここに、金髪の恐ろしいガキが――」
天幕をめくろうとした瞬間、中から凄まじい勢いで金色の弾丸が飛び出す。
狙い違わず鼻の下を直撃し、尻餅をついた。
そして、とっさに地面についてしまった。――指の三本折れた、左手を。
「ぐぎゃああああ――ッ!!」
「あー! あー! うーあー!」
悶え苦しむ胸の上に跨り、キャッキャとはしゃいでいる。
額の傷は、魔法ではなくシンプルな医療手段で手当てされている。
治ってほしくないところに、治癒が及ぶことはない。懸念は杞憂だった。
「こんなに懐いてる子を知らない子扱いして、大切にしてる子には冷たく当たられてる。お前さん、大変みたいだな」
🛠️ 無駄飯喰らい
「働かざるもの食うべからず」
「で、お前さんはどうする? 数日後の補給隊に同行するってことで進めていいのか?」
「あ、ああ、それで頼む。けど、世話になりっ放しなのは悪いな」
「うん? それなら安心しろい。無駄飯喰らいを置いとくつもりはないから」
「これだけの陣地だ。人手はいくらあっても足りないからな」
「……働かざるもの食うべからず、ってか?」
「そうだな。まさにそれって感じだ。お前さん、いい言葉知ってるじゃないか」
第七章6『はるか南の地』終了。
スバル
オットー
ガーフィールが向かい合っている。
トッド
ジャマル
レムが、やってきた部隊を叩きのめしたのだ。
エミリアの一の騎士。
ルイ。