第六章62
『崩壊の地響き』
白い世界から戻ったスバルを待っていたのは、四人が欠けた書庫だった。
🎨 色づく
――世界に、色が戻る
――白い世界が剥がれ落ちて、その向こう側に色づく世界が再構成されていく。
巨大で荒々しい、圧倒的な神の絵筆が世界に色を付けていく。
そう呼ばれる超次元の異空間から、ナツキ・スバルの存在が引き剥がされていく。
少しずつ少しずつ、自分という自我が再形成されていって――。
🟣 触診
🟣落っことしていないか、確かめる
「――スバル」
「意識は? ちゃんとしてるかしら? うっかり記憶を落っことしてないか確かめた方がいいのよ。手始めに、ベティーのことはわかるかしら?」
「らいじょーぶらいじょーぶ」
「問題ない。覚えてるって。記憶は無事だし、お前のことも……ベアトリス、お前のこともちゃんと忘れてねぇ。もちろん、他のみんなのことも、だ」
「……まぁ、最初にベティーの名前を呼んだことは褒めてあげるのよ」
「――たぶん、大丈夫だ。約束も恋心も、全部この胸の中にある」
🕳️ 四人
――四人が、いない
🧣 エキドナ
「――ナツキくん、戻ったのかい?」
「……エミリアちゃん、たちは?」
「ベアトリスとエキドナと、メィリィ……?」
「お兄さんったらやっとお目覚め? すごおくハラハラさせられたんだから、お寝坊さんなのも大概にしてよねえ」
「俺が本を開いてすぐ、って場面じゃないよな? 俺はどのぐらい意識が飛んでた?」
「――。一時間ってところかしら。今までの本が数秒で済んでたところだったから、スバルに何かあったらって気が気じゃなかったのよ」
あの『記憶の回廊』は確かにどこかにあり、そこで過ごした時間もまやかしにはならない。
🚨 異変
――外から、何かが向かってくる
🧣 エキドナ
「君が文字通り、本に没頭している間にこちらも色々と異変が起きてね。この場にいない四人はその対処に駆け回っている」
🧣 エキドナ
「初めに異変に気付いたのはシャウラだった。そこはさすが、この監視塔の守り人という立場の表れだったと言えるかもしれないね」
🧣 エキドナ
「シャウラは、塔の外から何かが向かってきていると言っていた。異変の原因を確かめにいくと、止める暇もなく飛び出してしまって……」
「それを、あのカッコいいお兄さんが追いかけていったのよお。その間、銀髪のお姉さんとメイドのお姉さんが、眠ってる妹さんを迎えにいったってわあけ」
「それで四人ともこの場を離れたのか。――正直、寂しくもあるけど、それで正解だ。特にこの状況、居場所のわからない身内を作りたくない」
🍽️ 大罪司教
――邪魔が、入った
「何があったのか結論から話すよ。――レイドの本を読んで、あいつの過去を探る作戦は失敗した。過去は見られなかったし、それどころじゃなくなっちまった」
「過去が見られなかった、かしら? いったいどういうことなのよ?」
「邪魔が入ったんだよ。――『暴食』の、大罪司教だ」
🧣 エキドナ
「にわかには信じ難いことだが、『暴食』の大罪司教が本の中……この場合、本の中と言っていいのか疑問の余地はあるが、その中にいたと?」
「さっきもベアトリスに言ったが、記憶は抜け落ちてねぇ……つもりだ。仲間の顔ぶれも忘れてないし、パトラッシュへの愛情も本物だ」
「どうしてそこで地竜ちゃんの名前が出てくるのかわからないんだけどお……」
🔵 助けてくれた
――だから、忘れていない
🧣 エキドナ
「その太鼓判に価値があるのかを疑ってかかっているところなんだが……そこまで自信があるからには、何かしらの根拠があるんだろうね?」
「――『暴食』にやり込められそうになってた俺を、レムが助けてくれたからさ」
続く名前が持つ効力が響くのは、この場ではベアトリスだけだった。
あの場所で、心の折れそうになったスバルを激励し、立ち上がらせてくれた少女。
彼女の存在が、そんな隙を『暴食』に与えなかったと、そう信じている。
「スバル、詳しい話を聞かせてもらうかしら。それも……なるべく手短に、なのよ」
少女の言葉の最後、途切れた部分には微かな震動――塔が、揺れる感覚が重なった。
🌐 オド・ラグナ
――全てのマナが、還る場所
「ルイは、世界を壊されないための仕組みとか言ってたな。心当たりあるのか?」
「ベティーも、それについて詳しく知っているわけじゃないかしら。ただ、それがこの世界の中心点……全てのマナが還る場所、とされているのは知っているのよ」
「オド・ラグナは精霊の死と再生に深く関わる存在でもあるかしら。だから、ベティーたちとも無関係とは言い切れない相手なのよ」
🧣 エキドナ
「ただし、ボクたちはその出自からして特別だからね。存在がオド・ラグナを経由していないんだ」
「普通の精霊よりって……そうか。お前らが見た目よりも長生きしてるって話は、そういうところからきてるわけだ」
🧚 妖精
――誉め言葉では、ないらしい
「俺的には、ベアトリスは精霊ってより妖精って感じの可愛さだと思うんだが」
「……それ、前もスバルに言われたかしら。無知なスバルにはわからないようだけど、ここでは妖精って言葉は誉め言葉ではないのよ」
「む、そうなのか。そりゃ失礼した。すまん。言い直すと、食べちゃいたいくらい可愛いって意味だったんだ」
「食べちゃうって気持ちと、可愛いって気持ちが同列になったらおかしいのよ!」
「あれ、そうかな? 可愛いものを何となく口の中に入れちゃうとかない?」
「そう言えば、悪い動物ちゃんたちだと、自分の赤ん坊をうっかり口の中に入れて、噛み殺しちゃうこととかあるのよねえ」
📚 編纂室
――ここは、本を作る場所
「俺は、それがわりと納得のいく説明だと思ってる。死んだ人間の魂が再利用される仕組み……そこで洗い落とされる『記憶』が、この書庫で『死者の書』って本になる」
言い換えれば、『記憶の回廊』とは『死者の書』を作るための編纂室なのだ。
「本当なら、オド・ラグナがやってたはずの魂の濾過作業を、勝手に自分でやってる。それで、削ぎ落とした『記憶』を自分の腹に入れて、文字通り他人の『人生』を食い物にしてきたってわけだ」
――それこそが、『暴食』の有する力の正体なのだ。
🎫 籤
🟣同情の余地なんて、存在しない
ありとあらゆる人生をつまみ食いして、その中から自分に相応しい幸福な人生を見出すのだと。
それは、当たりが出るまで籤を引き続ける作業に等しい。
ルイたちの判断が、ではない。それが特別、外れた考えだと思えないことがだ。
無限に籤を引く権利を得れば、誰もが当たりが出るまで籤を引くことを選ぶだろう。
「たとえそうでも、普通なら他人が犠牲になるとわかっていて、籤を引き続けることはできないはずかしら」
「犠牲があるとわかっていて、それでも籤を引き続けるのは正気の沙汰じゃないのよ。だから、大罪司教に同情の余地なんて存在しないかしら」
最初の一歩を踏み外し、以降も人の道を外れ続けたのは当人の選択だ。
誰であれ、その報いは受けなくてはならない。
💡 仮説
――本が、空だった理由
「でも、変な話よねえ。どうして、生きてた頃のその人のことがわかる本が、そんなよくわからないところに繋がっちゃったわけえ?」
「――一つだけ、仮説があるのよ」
「通常、これを本の形で読み取るのがこの書庫の機能……だけど、その記録を他の使い道に利用されていたら、どうなると思うのよ?」
「……上の、赤毛のお兄さんがそうってことよねえ」
「メィリィの考えで当たりかしら。……レイドが、そうなのよ」
🧣 エキドナ
「レイドの記録は今現在、別の形で使用されている。――試験官としての、レイド・アストレアをこの塔に再現するために」
「ああ!」
📕 空白
――攻略本には、ならない
「レイドの記憶は閲覧じゃなく、再現に使われているかしら。だから、さっきのスバルには読めなかったと推測できるのよ」
「それと、昨日の俺が『記憶の回廊』でルイに記憶を喰われたことも説明がつく」
実際、ルイはスバルとの遭遇は昨夜に続いて二度目だと言っていた。
一度目の接触でスバルの記憶を喰らい、二度目の邂逅で食べ残しさえも平らげようとしていたのだと。
「しかし、そう考えると、この本はレイドの攻略本には絶対ならないわけか。……や、それどころか、『暴食』と望まぬタイマンさせられる危険な一冊ってことに」
🧣 エキドナ
「そうだね。とはいえ、思わぬ形ではあったが、ナツキくんの記憶が失われた原因、それが掴めたことは僥倖と言えるだろう」
⚜️ 火急
⚜️笑えない話を、させてもらう
「――エキドナ! 皆は無事か!?」
🧣 エキドナ
「ユリウス、ずいぶんと慌てた様子だね?」
「目覚めてくれたか、スバル。それは僥倖だ。私が誰かはわかるか?」
「そうだな、最初にその心配だよな。ええと、あなたは……?」
「――やはり」
「嘘だよ! 冗談だよ! お前はユリウス・ユークリウスだよ! 真剣な顔で何がやはりだよ! ちゃんと戻ってきたわ!」
「ふ。私の方も冗談だ。君の治らない幼稚さへの意趣返しだと思ってほしい。――このあと、少し笑えない話をさせてもらうのでね」
🐾 足音
――地響きの、正体
「シャウラ女史が感じ取った異変が何なのか、塔の外を確認してきました」
「そのシャウラの姿が見えねぇけど……」
「彼女は、塔の外壁から脅威に対して対応中だ。ただ、とても手が足りない」
「微かな地響きがあることは、君たちも感じていただろう。これは、足音だ」
「足音?」
「――アウグリア砂丘の各所に存在した魔獣が、一挙にこの塔へ押し寄せている。シャウラ女史が応戦しているが、中へ押し込まれるのも時間の問題だろう」
第六章62『崩壊の地響き』終了。
ベアトリス
スバル
メィリィ
ユリウス