第六章15
『砂に散る』
地下の空洞で、三人が互いを敵と見なしていく。※ 原作者も注意書きを添えた、描写のきつい回です。
✋ 締め上げる
細い首だ、と場違いなことを思う
細く、白い首にスバルの指がかかる。
力一杯に締め上げ、ギリギリと音を立てて頚骨が軋むのを掌に感じながら。
細い、女の子の首だな、という場違いな印象を得ていた。
本気のラムに抵抗されれば、スバルでは到底太刀打ちできない。
護身術程度であれば修得しているはずの彼女だ。
男に上を取られた場合の対処など、何通りにも持ち合わせているはず。
ただ、そのいずれも、せめて手足のいずれかが自由になっていればの話だ。
「――インビジブル・プロヴィデンス」
目には見えない暗黒の淀みが、ラムの手足をしっかりと押さえ込んでいる。
😡 憎い
些細なことが、積み重なって溢れる
「お前が、悪い。お前が、お前が、お前が!」
ラムが憎い。ラムが憎い。ラムが憎い。
些細なことが積み重なり、大きな切っ掛けを経て溢れ出す。
命の灯火が尽きる寸前にありながら、こちらを睨みつける薄紅の瞳。
まるで命を奪われるだけでは死なないと、そう言いたげな目だ。
「バラバラにしてやる、クソ女。……お前が、お前なんかが、レムとそっくりな顔で俺を見てたと思うと、反吐が出る」
🌪️ フーラ
ラムが、自分ごと吹き飛ばす
「……ら」
――ドンッ。
眼下、砂の大地が炸裂し、二人の体が吹き飛ばされる。
(゚д゚;)
「な、ぁ!?」
首を絞められながら、ラムはかろうじて風の魔法を詠唱した。
狙いを外すわけにも、正確につけることもできず、発生地点は自分の真下だ。
結果、自分ごと爆風にスバルを巻き込み、難を逃れた。
「掠れた……息をつく時間。それさえあれば……詠唱は、できるわ……っ」
⚔️ 睨み合い
殺し合いの、構えになる
腰の裏に手を回して鞭を取る。
同時にラムも自分の懐から小振りな杖を抜き、戦意を迸らせた。
「泣いて謝っても、もう遅いからな!」
「それはこっちの台詞だわ。バルスのような薄情者の色魔なんて、レムに会わせてあげる価値もない。輪切りになって、砂の上で枯れなさい」
「言ってろ!」
互いの間に落ちたカンテラの明かりを頼りに、円を描くようにして睨み合う。
👏 そこまで
アナスタシアが、割って入る
「――はい、そこまでや!」
「そこまで、や。おんなじ仲間同士やのに、その怖い顔で睨み合うんはちょっといただけんわ。いくらなんでも、限度があるやろ」
「限度? ああ、限度があるよ。その限度を踏み越えて、言っちゃいけないことを言ったのはこいつの方だろうが!」
「嫌やわぁ、話が通じひんのやから。ラムさんの方は?」
「愚問だわ。バルスの態度は目に余る……いい加減、我慢の限界よ。そんなに自分のことだけが大事なら、望み通りに一人だけの闇に落としてあげようじゃない」
「呆れて物も言えねぇよ。くたばれ」
⬇️ 降りろ
アナスタシアにも、苛立ちが向く
そもそも、何故、アナスタシアは自分だけは部外者みたいな顔をしているのか。
監視塔を目指す最初の切っ掛けを作ったのはどこの誰だと思っている。
紛れもなく当事者、最も強い動機を持つ一人であるくせに。
何もかも他人任せなのは何様のつもりだ。
(#゚Д゚)
「おい、お前。なに、上から目線で説教くれてんだ。降りろ」
「……あちゃー、そうきたん?」
「偉そうな口を叩く前に、まず同じ目線に立てよ。話はそれから聞いてやる」
――ビシィッ。
鞭を振り下ろすと、風を切る音と一撃を浴びる砂が舞い上がる。
🔪 ナイフ
アナスタシアが、
ラムを刺す
「あんな、ラムさん。確かに空気も悪いし、色々と気持ちがささくれ立つのもわかるんやけど……」
「そんな話は今はどうでもいいでしょう。それよりも、あの愚物を――」
「――そうやね。どうでもええわ、もう」
ラムの顔が初めてスバルから外れて、真正面からアナスタシアを見た。
切っ掛けは、その左胸に突き刺さった衝撃だった。
「あ、く……?」
「どっちが有用か、見比べた結果の判断や。勘弁したってな?」
砂の上にラムが力なく崩れ落ちる。
乾いた砂に、流れ出す血が吸い込まれていく。
🧊 冷まされる
アナスタシアの正論が、怒りを冷ます
「お前、なんで……!」
「ナツキくんがちまちまやっとったら、ラムさんの警戒が解けんと殺し合いになっとったやろ? それで両方がケガしたり、両方が死んだりしたらどないするん。うち一人だけでこんな場所、脱出できんよ?」
「そんな目先の怒りに囚われて、目的を見失うやなんて馬鹿馬鹿しいと思わん? つまらんことで仲間を減らすんは、今回きりで十分やないの」
言葉が、ゆっくりと水を浴びせるように激情を冷ましていく。
ムカつくことだけ言って、実利には何の役も立たないラムとは違う。
失ってはあとが困る駒、そうであるのだ。
「……いいさ、今はお前の口車に乗ってやるよ」
🤝 握手
差し出された手には、届く距離がある
「仲直りと、こっからもよろしくの握手やね」
邪気のない顔で差し出される手を見下ろし、しばし考え込んだ。
アナスタシアは今と同じ微笑みを浮かべたまま、隠し持っていたナイフでラムを刺した。
そう、隠し持っていたナイフで。
差し出される右手は空だが、左手には今もナイフが握られたままだ。
握手のできる距離は即ち、ナイフの届く射程でもある。
手を握れば、少なくとも片手は封じられる。
この距離でナイフと鞭、どちらが有利なのかは考えるまでもない。
――殺される前に、殺すべきではないのか。
🖤 狙いを定める
握った瞬間が、狙い目だ
「ナツキくん? うちの手、取れんの?」
「いや、なんでもねぇよ」
薄く笑い、それからアナスタシアの右手に手を伸ばす。
握り合って、完全に油断が生じた瞬間が狙い目だ。
――インビジブル・プロヴィデンス。
黒い魔手がアナスタシアの細い首へと、ゆっくりと狙いを定める。
ラムのときのような失態は犯さない。次は容赦なく、黒い掌に喉を潰させる。
「ほんなら……」
ここだ、と確信する。
🌬️ 風の刃
背後から、風が走った
――その直前に、放たれる風の刃がアナスタシアの胴体を背後から両断した。
風が吹いた、そう錯覚した直後のことだった。
目の前で赤い飛沫が噴出する。
「え?」
という間抜けな声を漏らし、その肉体が真ん中で断たれる。
冷たい空気に、熱いものの湯気が入り混じった。
✋ 離せない
握った手が、離れない
そこには固く右手を握り合ったまま、上半身だけでぶら下がる肉体がある。
その両目を見開き、呆然とスバルを見上げた。
(ノ゚Д゚)ノ
「あ、あああああ――!?」
とっさに振りほどこうとするが、握られる手の握力が尋常ではない。
「は、放せ! 放せぇぇぇ!」
「いややぁ! ウチ、死にたない……!」
「もう死んでんだよ! 助かるわけねぇだろ!?」
想像以上にはっきりとした生の慟哭があって、スバルは悲鳴で言い返す。
「いや、いやぁ! 置いて、置いてかんでぇ……っ」
🔪 肩
ナイフが、肩に刺さる
腕にしがみつき、放り投げようとするスバルの肩に激痛が走った。
左手に掴んだままのナイフを突き立て、逃がさないようにしようとしている。
(ノ`Д゚)ノ
「がぁぁぁぁ――!? この、馬鹿、クソが、とっとと死ねよぉ!!」
「い、やぁ……っ」
乱暴に顔を掴み、強引に体を引き剥がす。
涙ながらに何かを叫ぶ少女を、やっとのことで遠ざけ、放り投げた。
半分になったその体は、まるで空っぽになったように軽い。
🩸 まだ立っている
ラムには、まだ息があった
「――バルス」
その場に尻餅をつき、痛みに喘いでいたスバルの前にゆらりと影が立つ。
その半身を血で染めた細身の少女――ラムだ。
死んだと思われた彼女はまだ息があった。
そしてその執念のままに、魔法でアナスタシアを殺害したのだ。
「……この、馬鹿野郎。死ぬなら、一人で死ね」
満身創痍どころの話ではない。
胸の傷の出血は止まっておらず、遠からず失血死を迎えるだろう。
だがその前に、スバルを道連れにすることはできる。
🧠 代償
『見えざる手』の、ツケがくる
「インビジブル・プロヴィデン……!?」
再びその力を解放せんとした瞬間。
脳が焼け付くような痛みを発し、頭蓋骨を錐で穿たれる苦しみが炸裂した。
「が!? あぁ!? ごおぁ!?」
切り札を限度を超えて使用しようとした代償か。
頭蓋骨の中で巻き起こった地獄の饗宴に、意識がバラバラにされる。
右肩の痛みなど、比較にならない。
拙い鞭の抵抗どころか、その場でのた打ち回るスバルは格好の獲物だ。
瀕死のラムはただ、その憎悪だけを燃料に肉体を動かす。
ゆっくりとスバルへ向かって、血塗れの杖を振り上げる。
🦷 音がした
訪れるはずの『死』が、こない
「ふー」
詠唱が始まる。そしてそれは――。
そうなる直前に、冷たい砂の空洞に、固いものが噛み砕かれる音が響いた。
耳障りなその音は連続し、水音と肉の咀嚼される音が入り混じる。
死ぬ、切り刻まれる、それを確信していた。
だが、訪れるはずの『死』は一向に訪れない。
掌が真っ赤に染まり、原因が自分の目――血涙を流したのだと気付く。
脳に直接、錐を突き刺すような痛みは『見えざる手』の代償に違いあるまい。
🐴 傍らに
パトラッシュが、こちらを向かない
「パトラッシュ?」
呆然と座り込んでいるスバルの傍らに、漆黒の地竜が寄り添っていた。
「お前は、無事だったのか。ええと……」
「なのに、なんで……ラムは?」
力尽きて倒れた、のだろうか。
あまりにご都合主義な展開だが、ラムとて致命傷を負っていたのだ。
「パトラッシュ……悪い、乗せてくれ」
呼びかけ、その背中に触れるが、地竜は指示に従わない。
それどころか、いまだにスバルの方へ一度も顔を見せようとしない。
🦷 振り返る
口元に、桃色の髪が絡んでいる
「おい、パトラッシュ。聞いてんのか? おい」
次第に、苛立ちが募り始める。
それはラムやアナスタシアに対して感じたそれと近しい。
普通ではありえない速度で降り積もる、負の感情の螺旋だ。
(#゚Д゚)
「おい、パトラッシュ、お前、こっち向け! おい!」
乱暴に背中を叩き、声を荒げる。
パトラッシュが首をもたげた。
振り返ったパトラッシュの口が、常軌を逸して赤く染まっている。
その紅は、もはやこの短時間ですっかり見慣れてしまった色だ。
だが、気付きたくはなかったし、気付くべきではなかった。
その牙に、『桃色の髪の毛』が無数に絡みついている。
🌑 顎が開く
相棒に噛み砕かれて、死んだ
「ひ」
巨躯の向こう側に、見失ったラムが倒れていた。
うつ伏せなのか仰向けなのか判断が付かない。
頭を見れば簡単にわかることだが、だからこそわからないのだ。
そして、それを為したパトラッシュは今、スバルを見つめている。
その爬虫類に似た黄色い眼は、ひどく鋭く、狂気に染まっていて。
「――やめ」
くわ、と目の前でその顎が開くのが最後の光景だ。
意識が途絶える直前まで、自分の体が噛み砕かれる音を聞いていた。
頭が砕かれ、耳が死んでからもずっと。
どこで音を聞いているのか不思議で笑ってしまいそうになった。
だが笑う口はないし、笑えるだけの命はないし、笑えることなんて何もないし。
相棒に噛み砕かれて、死んだ。
第六章15『砂に散る』終了。
スバル