第六章60
『ひとつ分の陽だまり』
白い世界で、記憶を奪った当人が、答えたくない問いを差し出してくる。
🕯️ 嫌われ者
――魔女教とは、何なのか
「……そもそも、魔女教とか『暴食』とか、タイザイシキョーってなんじゃらほい」
「――魔女教ってのはサ、早い話、この世界の嫌われ者の集まりだよ」
「さすがのお兄さんも、『嫉妬の魔女』って名前ぐらいは聞いたんじゃないの? 魔女教ってのは、その魔女様と縁が深くて……まァ、信者みたいなもんだと思えばいいよ」
「……じゃあ、さっきのは、大罪司教ってことか」
「悪党の名前だってわかる」
「やだな、やだね、やだよ、やだから、やだってば、やだってのにさァ」
👥 私たち
――一人称が、揺れている
「それと、その一人称はキャラ付けのつもりか? それとも、一人軍隊みたいなカッコいいアピールかよ。私たちだのあたしたちだの、安定しねぇけど」
「あァ……気にしなくていいよ。ちょっと、自我が多すぎるもんで、どれが主体になるかふわふわしてるだけなんだ。もう、わりと飽き飽きしてるんだけどサ」
「仕方ないよね。お兄ちゃんと兄様からの贈り物なんだし、ちゃんともらってあげなきゃ妹として失格だ。兄妹なんだから助け合わないとサ」
「……そりゃ、兄想いで可愛い妹だな。俺は一人っ子だから羨ましいよ」
「そうかい? 今頃、お兄さんにも弟か妹ができてるかもしれないじゃん?」
「怖いこと言わないでくれる!? 想像したくねぇよ!?」
🏠 親不孝
――言い当てられる
スバルがいなくなれば、見つかるまで捜し続けるのがスバルの両親だ。
出ていくときに挨拶も言わなかった息子のことを、母はどう思っただろうか。
どうか、スバルの異世界召喚が、転生であってくれたならと思う。
「――わかるよ、お兄さん」
「――ッ! ふざけるな! お前に俺のことがわかるかよ! 勝手なことばっか言いやが……」
「――父さんと、お母さんに申し訳ないんでしょ? お別れの一つも言えないで、なんて親不孝な息子なんだって後悔してる。ううん、後悔はずっとしてた。今も昔も、ね?」
その理解者気取りの発言は、しかし間違いなく、スバルの心の一端を言い当てていた。
🚫 触るな
――体温を、拒む
「どうしてわかるのかって? わかるに決まってるじゃない。だって、あたしたちや私たちほど、お兄さんのことわかってる人間なんて一人もいないんだから」
「――触るな!」
ともすれば、その体温に弱った心を委ねてしまいそうになるのが怖い。
「お前は、なんなんだよ! 何が言いたいんだ!」
「あたしたちはただ、お兄さんに安心してほしいだけだってば。大丈夫、大丈夫。ちゃァんと、父さんとお母さんへの想いには区切りはついたよ。心はすっきりしたって。表向きはね」
「表向きは、全然健康。心になァんにも抱えてないみたいに見える。上手だね、お兄さん。上手なのが悲しいね、お兄さん」
🔢 残り四人
――同じ名前が、他にもいる
「お前が『暴食』なら、似たようなのがあと六人いるんじゃないか?」
「お兄ちゃんと兄様まで含めたら、ちょうど六人かな? ああ、でも、最近二人減ったから今は四人かも。あの二人も、さっさと死ねばいいのにね」
「……その調子だと、仲間意識は低そうだな」
「当たり前じゃん。大罪司教なんて名乗ってるけど、私たちなんてどうせ世界の嫌われ者の集まりなんだし。呼び方が違うだけで、『魔女』と一緒だもん」
「『魔女』も大罪司教も、呼び方が違うだけで同じものだよ。魔女因子に適合したろくでなしが、時代と立場で違う呼ばれ方してるだけだから」
🧺 濾す
――魂が、濾される場所
「お前って、もしかして神様系?」
「ここは、見ての通りの場所。なァんにもなくなる場所で、だから何もない場所。そんな場所に一人でぽつんといるから、ここの守り神みたいに見えるよね」
「ん、ん、ん、んー、そうだね。……早い話、ここは魂が濾される場所だよ」
「魂を、濾す?」
「一度使った雑巾は、洗って干したらまた使うでしょ? 魂もおんなじなんだよ。こびりついた汚れを落として、また綺麗な状態で再利用する」
「その、こびりついた汚れってのは……記憶とか、経験って意味か?」
「その方がわかりやすいなら、それでいいんじゃない? お兄さんの好きにしなよ」
⚙️ 仕組み
🍽️あれは、ただの仕組みサ
「そのオド・ラグナって神様はずいぶんと意地悪なんだな」
「神様なんて大層な代物じゃないよ、あんなもの。あれには、そんなご立派な思想とかってものはないんだもん。ただの仕組みサ。世界を壊されないための仕組みだよ」
「魔女因子も、加護も、『剣聖』も、『魔女』も、全部眼中にないのサ。オド・ラグナにいいところがあるなら、平等で公平で贔屓目なしの無関心ってだけ」
ここまで、ずいぶんと素直に話をしてくれる少女だ。たぶん、嘘らしい嘘もついていないと考えられる。
🎯 下手人
――奪ったのは、お前か
吐いて、吸って、もう一度吐いて、それから、彼女を見る。
「――俺の、昨日までの記憶を奪ったのは、お前か?」
「そうだよ?」
下手人は呆気なく、スバルの問いかけに答えた。
ルイは、知りすぎていた。彼女は深く、スバルの心情を知りすぎていた。
不思議と、胸に湧き上がってくるのは怒りではなく、納得だ。
🔢 何回目
――何回目なのか、と聞かれる
「――昨日の俺も、やっぱりここにきたってことか」
「厳密には、ちょっと来方が違ったけどね。でもまァ、目的は同じだった。結果がほんのりと違っただけ。でも、すごいね。素敵だね。何回で、ここまでこられたの?」
「ねえ、答えてよ、お兄さん。私たちは答えてあげたじゃん。――お兄さんは、あたしたちに食べられてから、何回目のお兄さんなの?」
ぞわりと、そのルイの質問にスバルの背筋を悪寒が駆け上がった。
彼女の瞳は、問いかけは、明らかに『死に戻り』の確信を知るものの在り方だ。
彼女が『ナツキ・スバル』の記憶を奪ったのなら、彼女が『死に戻り』を知っていることには何の不思議もない。
🍴 暴飲暴食
――五回目、と答える
「――知られちゃダメってこと? そのことなら、もう遅いよ、お兄さん。だって、私たちがお兄さんと会ったのって、もう昨日のことなんでしょ?」
「知られちゃダメの『ルール』なら、とっくの昔に破ってる。でも、記憶の回廊の出来事は簡単には外に漏れない。だから、怖い怖い『魔女』が動かないの」
「ねえ、お兄さん。何回目?」
「……五回目、だ」
「――っ! すごい、すごいね、すごいよ、すごいわ、すごいじゃない、すごいんだってば、すごいからこそ、すごいって憧れるからこそ……暴飲ッ! 暴食ッ!」
(゚Д゚;)
「ぐぁっ!」
✋ 力が抜ける
――首に、手をかける
「――さ、わるな、この耳年増がっ!」
「油断、したのか? 残念だったな! この体勢なら、俺の方が圧倒的に有利だ! このまま首を絞められたくなかったら、俺の記憶を……」
「返せって? 返さなかったら首を絞めるの? 私たちの、か弱い女の子の首を? ……そんなこと、お兄さんにできちゃうわけ?」
「――できないと、思うのか?」
「思うっていうか、知ってるんだよね。だってほら、今のあたしたちって、お兄さんよりお兄さんのこと知ってるぐらいだし」
介錯と、そんな大義名分があっても、スバルは仲間の頭に石を振り下ろせなかった。
「――腕から、力が抜けちゃったね、お兄さん」
💀 上書き
――記憶が戻れば、今の自分は消える
「でもまァ、よかったじゃない。『ナツキ・スバル』の記憶なんか取り戻したら、今のお兄さんは死んじゃうわけだし、自殺なんて馬鹿な真似しないで済んでサ」
「……あ?」
「あれ、何その変な反応。まさか気付いてなかったの? 記憶が戻ったら、今の自分に上書きされて、その存在は消滅する。……これって、死んだのと同じだよね?」
「――今、『ナツキ・スバル』は死んでるよね。どこにもいないんだもん。でも、『ナツキ・スバル』が戻ってきたら、今度はお兄さんが死ぬよね。どこにもいけないんだもん」
☀️ ひとつ分
――陽だまりは、ひとつしかない
「あのさァ、そこまでして『ナツキ・スバル』って取り戻す価値があるのかい? お兄さんだって、同じことができるはずだろ? 周りの人たちだって、おんなじようにお兄さんのことを好きになってくれる。――それの、何が悪いわけ?」
悪いのか、と言われれば、きっと何も悪くなどない。
――あるのは、ひとつ分の陽だまりしかないという、どうしようもない事実だけ。
しかし、完全に、自分の存在が消えるのは、目を背けていた。
二つの記憶が混ざったり、『ナツキ・スバル』のどこかに今のスバルの存在が残ったり、そういうことがあるのではと期待していたのだ。
「どうなんだろね? 記憶、戻った人のこと見たことないからわっかんないなァ」
🎭 代弁
――誰かの心の中を、読み上げる
「お兄さん、せっかく生まれた命なんだから、謳歌しなきゃダメだよ」
「――記憶が人を形作るんだよ、お兄さん」
その響きは、言葉は、あるいは確か、二度目の『死』を迎える直前にも――。
「それに、こんなこと言ったらなんだけど……『ナツキ・スバル』って、あんまり理想的な男性像って感じじゃないよ?」
「可哀想なエミリア! その生まれがかつての魔女と同じというだけで、誰からも忌避される哀れな娘! ああ、それでも一緒にいてあげる自分はなんて優しいんだろう!」
「弱く脆いベアトリス! 頼れるものもなく、たった一人で孤独の時間を過ごしてきた寂しがりな女の子! 暗く危うい道筋を、自分が手を引いてあげなくちゃ!」
「何の……何のつもりだ!?」
「『ナツキ・スバル』が思ってたことの代弁だってば。欲しいのは優越感。いつだって、誰かのためだなんて思っちゃいないサ。都合のいい連中だけ周りにはべらして、手を差し伸べる快感に酔ってる」
❔ さァ
――どうしたいの、と迫られる
「そんな『ナツキ・スバル』に、本当に今の自分を譲り渡すつもりなの?」
それはルイからの、『暴食』からの、ナツキ・スバルへの告解の要求だ。
死にたくないと、死にたいのかと、仮に死ぬとして、そんな奴のために死ぬのかと。
「――さァ、どうしたいの、お兄さん」
またしても、今度は自ら誘導して、スバルの腕がルイの細い首に当てられる。
「どう? どうする? どうなの? どうするの? どうするのサ? どうしたいの? どうやりたいの? どうとでもできるよ? どうなっちゃってもいいよ?」
「――どうしたいの? お兄さん」
第六章60『ひとつ分の陽だまり』終了。
スバル
ルイ