第七章39
『悪辣』
壁の穴は塞がり、皇帝は一晩を許した。そして翌朝、鏡の中にいたのは十歳若いスバルだった。
💨 壁が治る
壊れたはずの壁が、ひとりでに塞がる
「逃がしてなるものか。何としても、閣下への不敬の報いを……」
(´ー`)
「おいおい、そりゃねえじゃろ。連中、手持ちの札全部使って乗り切ってんじゃぜ?」
「それをこっちで蔑ろにしちゃ、筋が通らねえって話になるわな」
(╬゚д゚)
「翁であれば、彼女らを取り押さえることなど瞬く間にできたはず!」
(´ー`)
「あの兜の若造、妙な手品を使いやがってよ」
「それとワシは、そこの狐娘の警戒もせんとじゃろ?」
ヨルナが紫煙を大きく吐く。煙は、ゆらゆらと壁の大穴へ向かった。
崩れた木材が蠢き、生き物の傷が癒えるように直っていく。
建物の修繕でありながら、どこまでも生き物的な光景だった。
「これにてすっかり元通り……主さんも、機嫌を直してくださりなんせ」
「迂闊に魔都に手出しできぬ理由……」
「もっとも、この女の危うさはそれに限った話ではないがな」
🏯 わっちの都
追撃をやめさせる、その理由
「あれらは城の外に出た。余と、貴様の提示した条件を満たしたわけだ」
「で、ありんすな。わっちらがその頑張りを反故にするのはいささか外聞が悪うござりんす」
皇帝を相手に告げるには、不敬どころの話ではない宣言だ。
――それでも、否定はされない。
誰もが、それを事実だと承知しているからだ。
「一晩、時間をやろう」
「ありがたく。でしたらわっちも、手紙の返事を吟味する時間がいただけんす」
「だが、貴公の態度は目に余る。自分は何度でも言わせていただく」
「くふ。オルバルト翁、何とかしてくりゃれ?」
( ̄∇ ̄)
「あれ、これもしかしてワシ、大抵の奴から善意むしれる最強の理屈ってやつ見つけとらね?」
(≧▽≦)
「くるか、ワシの時代」
「オルバルト翁!」
🔵 顔を見せない男
口数の少なさが、らしくないと言われる
護衛の三人目は、頭からすっぽりと青いローブを被っていた。
顔かたちを、周りに見せないようにしている。
「ずいぶんと口数が少なかったものよな。貴様らしくもない」
「……ですね。ただまぁ、顔を合わせるとややこしい方がおりまして」
「ぼかぁ、この魔都では貝になっているとします。――星も、それをお望みのようで」
――『星詠み』。
「星が望むか。くだらぬな」
「もしも本気で星の望みを軽んじていらっしゃるなら……」
「こんなところまでわざわざ足を運んでらっしゃらないと思いますよ、ぼかぁね」
(╬¬_¬)
「痴れ者が、余の胸の内をわかったように語るのか?」
誰にも聞こえぬ呟きが、口の中だけで囁かれて、消えた。
🌾 干し草の山
飛び込んだ先が、たまたま干し草だった
飛び込んだのは、疾風馬用の干し草を積んだ倉庫だった。
それがクッションになったから、三人とも助かった。
(;´Д`)
「うあー、死んじゃうかと思った! ナツミちゃんは無事?」
(>Д<)
「痛ェッ! 右腕も取れる!」
(>﹏<)
「笑えませんわよ!」
打ち身と擦り傷で済んだ二人と違い、アルの全身には裂傷と痣がある。
カフマの茨を受け、オルバルトを一時的に押さえた。
――その傷の一つ一つが、本来スバルたちが受けるはずだったものだ。
「そんな顔されたんじゃオレの背中の傷が浮かばれねぇ。剣士の恥だぜ?」
「……あなたを誤解していました」
「いつも飄々と適当で、何に対しても不真面目な頼り甲斐のない性格だとばかり」
「おいおい」
🦌 ヨルナ様の従者
追ってきた少女が、名乗りをあげる
「――その心配はございません」
「ご挨拶が遅れました。ヨルナ・ミシグレ様の従者、タンザと申します」
「警戒なさらず結構です。私は、皆様に危害を加えることはありません」
(´・ω・`)
「ホントに? でも、あたしたち、こことお城の壁、ぶっ壊しちゃったよ?」
「城も厩も、ヨルナ様が直してくださいます」
「ヨルナ様は皆様を使者としてお認めになられました。もう、誰にも手出しはされません」
「あの場にいたのが皇帝陛下だと、わたくしたちは知っていましてよ?」
「はい。誰も、この魔都でヨルナ様には逆らえません」
「ヴィンセント様も、それをご承知のことと思います」
「あなたにとって、ヨルナ様はどんな方ですの?」
人形のような瞳に、初めてうっすらと感情が過った。
瞬く間に消えるそれは、ほのかな熱を湛えているように見えた。
見上げれば、天守閣にあったはずの大穴は、影も形もなくなっていた。
🏨 這う這うの体
宿へ戻り、城で見たものを報告する
「そうか、あれがきていたか」
(#`Д´)
「それ以外に言うことありませんの? すいませんとか、ごめんなさいとか」
「何故、俺が謝罪しなければならん。貴様らはうまくやった」
「大儀であったと、そう褒めてやろうとしたところだ」
(╬゚д゚)
「褒めてやろう! 褒めてやろうと! その言い方が上から目線ですわよ!」
アルは体中包帯だらけの包帯男と化している。
黒い兜に包帯と、そのシュールさは留まるところを知らない。
「ですガ、ナツミやミディアムが無事でよかっタ」
「ほら、聞きまして? これが正しい反応ですわよ」
(°д° ;)
「やめてくださイ、死んでしまいまス……」
「俺が被り物なら、貴様らはなんだ? 痴れ者と道化といったところか?」
「出来の悪いハロウィンみてぇになってるしな、オレら」
🕸️ 白蜘蛛
あの顔を体現できる者は、一人しかいない
「あれは、あなたの影武者ということでよろしいんですのね?」
「姿形を似せたものだけならいくらでもいようが、俺を体現できるものは一人しかおらぬ」
「チシャ・ゴールド……九神将ですわね。確か、『白蜘蛛』?」
「そうだ。知恵が回り、大軍の指揮を得意とする。そして」
「アベルちゃんを最初に裏切った奴と」
裏切りの『九神将』、その最初の一人。
アベルの信頼も厚かっただろう人物が、成り代わって玉座にいる。
♟️ 先手を打つ
向こうも魔都に来ていた、その狙い
「では、やはり彼らもヨルナ・ミシグレを味方にするために?」
「それは考えにくい。あれが説得や交渉に耳を貸すなどと、そう考えるほど奴は無謀ではあるまい」
「――? だったら、何をしに?」
「アベルちゃんがカオスフレームにくるの読んでるって、それマジで言ってんの?」
「あれはかなりの精度で俺の思考を辿ってくる」
「玉座から飛べた先と城郭都市の攻略の流れ、九神将の配置……自然、魔都に要地は絞れる」
「先手を打って、ヴィンセント・ヴォラキアとヨルナ・ミシグレの和睦を破談とする」
「後々に現れた俺が、紅瑠璃城の天守に易々と上がれると思うか?」
「あー、そういう……なんつーか、悪知恵が働く奴だな、オイ」
ヨルナを、敵でも味方でもない無効票として浮かせる。
それが、あちらの狙いだった。
「……じゃあ、わたくしたちの到着が一日遅れていたら」
「あれの策が成っていた。故に言ったのだ。大儀であったと」
――先の一言は、彼なりの本気のねぎらいだったのか。
部下を褒めるのが下手な上司にも、限度がある。
💋 寵姫の座
城主の想いが、誰に向いているのか
「ヨルナさんがあなたのことを憎からず思っていることだとか」
「色男なのは生まれつきだから仕方ねぇけど、それならそれでイケメン税払ってくれよ」
「貴様が何を言っているのかまるでわからんぞ、道化。それから、貴様も心得違いだ」
「……だから、それがあなたなのでは?」
「額面通りに受け取るな。ヴォラキア皇帝とは俺のことのみを意味しない」
「過去にも未来にも、ヴォラキア皇帝はいる」
(・o・)
「つまり、ヨルナちゃんの狙いはアベルちゃんの金とか地位ってこと?」
「あれが欲しているのは帝国の頂……ヴォラキア皇帝の寵姫だ。俺である必要はない」
(´・ω・`)
「……なんか、可哀想ですわね」
「貴様の中で進めた話で、勝手に俺を憐れむな」
「親書の内容を明かすつもりはない。だが、貴様たちの期待を裏切る返答にはならぬ」
⚖️ 信賞必罰
褒美を求めないでいることは、許されない
「そのやべぇご老人、すでに相手に取り込まれていると思います?」
「あの爺さんが『参』ってことらしい。『弐』のアラキア嬢ちゃんと『肆』のチシャも持ってかれてる」
(゚д゚ ;)
「見事に上のナンバーを押さえられてますわね!」
「喚き立てるな。……おそらくだが、オルバルトは向こうの陣に加わってはいない」
「現状は九神将として、皇帝の命に従っているだけだ」
「オルバルト・ダンクルケンも、どう動くかが読み切れぬ男だからだ」
「結局、九神将を全然御し切れてないという話なのでは……?」
「八年前、まだヴォラキアの剣奴だったオレが、島で起こった反乱に巻き込まれたって話」
「島の剣奴が死合いの観戦してた上級伯を人質にしてよ、解放しろって要求したんだ」
「厳密にはオレと、まだロリだった頃のアラキア嬢ちゃんだ。……そこの詳細はいずれな」
「即位直後の騒動の際、剣奴孤島で働いた剣奴がいたとは聞いていた」
「褒美を求めなかったとも聞いたが……それが貴様か、道化」
功績を挙げながら褒美を求めないものに、アベルの帝王学は容赦がない。
アルも、今度は褒美をもらわずに逃げられないだろう。
🪞 十歳若返った
鏡の前で、言葉が出なくなる
「うー!」
(;´Д`)
「またあなたですの……」
額を弾いて下がらせる。構ってほしいと訴える様子は、嫌いではない。
――相手がルイでなければ。
「あれじゃね? 兄弟が死にかけたってのは感じてるとか」
それが事実なら、ルイの態度はスバルを案じてということになる。
――認めるのは、心情的に厳しい。
「化粧を落として、服を緩めて……泥のように眠りますわ」
――翌朝。
扉の向こうが、やけに騒がしい。
それが目覚まし代わりになって、意識が引っ張り上げられる。
(>ω<)
「あたっ!?」
ベッドを降りようとして、肩から床にすっ転んだ。
――ベッドから床までの距離に、足が届かなかったのだ。
室内のあらゆるものが、昨夜より妙に大きく見える。
「おい、おいおい、何の冗談だ、これって……」
ぶかぶかの服に手足を取られながら、鏡へ這いずる。
( ゚д゚ )
「なんだ、こりゃ……」
――そこにいたのは、十歳近く若返った、幼いナツキ・スバル少年だった。
第七章39『悪辣』終了。
カフマ
オルバルト
ヨルナ
ヴィンセント
ミディアム
アル
ナツミ
タンザ
タリッタ
ルイ