第六章50
『――出来損ないこそアナタで』
偽物だと看破される。そして目覚めたとき、部屋の壁は文字で埋め尽くされていた。
🧊 偽物
――偽物、と呼ばれる
「何をそんなに狼狽えているの。ラムは問うた。答えるのがバルス……いいえ、あなたの役目よ」
「お、俺は、ただ……」
「ただ?」
スバルにできたことは、無様に口を開閉させ、失言をしないことが関の山だった。
その態度そのものが、言葉よりも雄弁にスバルの不審な行動を裏付けていた。
🪤 嵌められた
――嵌められた、のか
メィリィの亡骸が見つからなかったと、夕食の席での話し合い自体がブラフ。
自分の悪運が勝ったのだと、都合のいい真実を手放しに受け入れてしまった。
完璧な計画を練り上げた殺人犯が、決定的な場面で現場に舞い戻ってボロを出す。
自分ならばあんな間抜けは晒さないと、スバルは心のどこかで思っていた。
それをまんまと、自分が全く同じように――否、それ以下の無様さで演じ切った。
💢 不勉強
――演技が、下手すぎる
「――偽物」
「そう言われて反論がないわね。自分でも、自分の不出来な演技に自覚があった証拠かしら。扮する相手の下調べが足りない。不勉強にも限度があるでしょうに」
偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物、偽物――。
『ナツキ・スバル』の、出来の悪い、偽物――。
おぞましい泥はスバルの体中を埋め尽くし、その重みに膝の震えが止まった。
それを人は敵意、害意、悪意――あるいは、殺意と呼ぶかもしれない。
👁️ 視ていた
――見られていないと、思ったのか
「大体、俺が夜中に出歩いてたくらいでなんだってんだ。ちょっと考え事したくて、誰もいない時間に散歩してただけだろ」
「――誰にも、何も見られていないとでも思っていたの?」
「何も、誰にも見られていないつもりでも、地竜はあなたの不審な行動をちゃんと見ていた。そして、ラムも同じようにそれを『視て』いたわ」
唇に指を当てて、ラムがこの場にそぐわない仕草をスバルへ見せつける。
それは他ならぬスバル自身が、精霊部屋を出る前にパトラッシュ相手に見せた仕草だ。
「勉強不足、ここに極まれりだわ、『出来損ない』――」
👧 指南
――幻影が、殺し方を教える
スバルがなんと言い逃れしようと、ラムはもはや聞く耳を持たない。
となればスバルは、力ずくでこの状況を突破する以外にないのだ。
殺すことを考える。そのことへの抵抗感はもはやない。
それ以前に『わたし』は、大勢の命を奪った経験がある。
『――きっとコンディションが悪いせいねえ。左の重心、バランスが悪いわあ』
漆黒の戮殺者と長く過ごした『わたし』の知識があれば、女を殺すぐらい造作もない。
『相手の左側から踏み込んで、壁に頭から叩き付ける。それだけでいいわあ』
🧊 氷の檻
――足下から、氷が生える
合図もなく、切っ掛けもなく、スバルは相手の瞬きに合わせ、踏み込んだ。
微かに身を硬くしたラムへと向かって、躊躇わずに――彼女の『右』側へと。
「言葉に詰まれば暴力に訴える。野蛮で退屈な結論だわ」
「――そんな野蛮な男のところに、か弱いラムが一人で挑むとでも思ったの?」
その音が、スバルの踏み込んだ足下から発生、白く凍える氷の杭が突き上がる。
(゚д゚)
「こ、氷……!?」
ほんの一秒、瞬きの合間に氷の檻は完成し、スバルの身動きが封じられた。
❄️ 勘違いだったら
エミリアが、後ろにいた
「――全部、ラムの勘違いだったらよかったのに」
ラムとエミリア、二人の共闘は当たり前だった。
スバルと違い、彼女らには協力するという選択肢があるのだ。
結局、全ての場面でスバルは彼女らの掌で踊らされ続けていたわけだ。
「この場面で、軽薄さも装えなければ根拠のない大口を叩くわけでもない。演者として、二流どころか三流以下としか言いようがないわね」
「そんな演技じゃ、よほど余裕がない人間以外は騙せない。それなら、ラムたちの中で誰が一番精神的にタフだったか、考えるまでもないことでしょう」
「その言い方、褒めてくれてるのよね? ありがとう」
「……どういたしまして」
🩸 得意よ
ラムは、痛めつけると言う
「――スバル、こんな時間に何をしようとしてたの? ちゃんと、部屋で休んでてくれるはずじゃなかったの?」
「エミリア様、聞いたところで無駄ですよ。バルスであると、そう扱うことにも疑問を感じます」
「でも、スバルはスバルだわ。ラムにも、それはわかるでしょう?」
「あくまで、見た目が同じなだけの粗悪品……ラムはそう判断しています」
「少し痛い目を見れば、ラムたちの聞きたいことを話す気になるかしら?」
「痛めつける……拷問でもするってのか?」
「必要ならそうするわ。それに、痛めつけるのは好きじゃないけど――得意よ」
「――待って。痛めつけるだなんてダメよ。そんなことさせない」
🎭 姿を変える
――姿を、変える者がいる
「それは、明らかに本来のバルスにあるべき点が欠けすぎています。水門都市……プリステラでの話はお聞きしました。そこに、姿を変える大罪司教がいたそうですね」
「……ええ。その大罪司教に、違う姿に変えられてしまった人たちを元に戻すのも、ここにやってきた理由だもの」
「それなら、その大罪司教がラムたちの誰かに化けている可能性は?」
「大罪司教本人でなくても、自由に姿形を変えられるなら外見は当てにならない」
正直、スバルにとっては言い掛かりでしかない推論でしかない。
そしてそれ以上に、スバルは――否、『わたし』が今の話題に拒絶感を催す。
🐸 蛙
――『わたし』の記憶が、逆流する
――躾と、そう称して行われた『わたし』への仕打ち。
最も恐ろしかったのは、自分の体を無数の『蛙』へと作り変えられたときだ。
自分の意識があるのは一個体だけなのに、無数の細分化した自分が逃げていってしまう。
元に戻れなくなる恐怖と、そもそもの『元』を忘却していく感覚。
生命としての存在価値の暴落は、元通りになった瞬間、心の底から感謝したものだ。
自分の姿形とは、己の根幹のアイデンティティに直結する。
それを意のままにいじくり回すということは、その存在に対する冒涜だ。
❗ 居場所
――死体は、見つかっていない
「今すぐ、口を割らせるべきです! 本物のバルスと、メィリィの居場所を聞くために」
「――ぁ?」
怒りに燃える彼女の瞳には、この場でスバルを虚言で引っかける策動を感じられない。
つまり、メィリィの亡骸は、ラムたちに見つかっていないのだ。
ラムやエミリアでないなら、いったい誰が、メィリィの亡骸を移動させたのか。
スバルでも、ラムたちでもない、別の思惑が働いている――。
📣 記憶喪失だ
――俺は、記憶喪失だ
(ノ゚Д゚)ノ
「――俺は、記憶喪失だ!!」
「は……?」
叫んでからスバル自身、何故、今この瞬間に言ったのだと自分がわからなくなる。
「この期に及んで、何をふざけたことを……!」
「ラム! スバルはこう言ってるわ! やっぱり、理由があるのよ!」
「本気なの、エミリア様!? こんなの、信じる価値もない……!」
「信じる価値はあるわ! それが、これまでの私たちの時間でしょう!?」
エミリアの訴えに、ラムの頬がわずかに強張った。
🔵 レムは
――レムは、どうなるの
「ラム、一緒にスバルの話を……」
「――レムは、どうなるの?」
瞬間、潤んだ瞳を閉じたラムが、その小柄な体躯を回し、エミリアへ躍りかかった。
「邪魔を、しないで!」
足捌きと体捌き、関節を最小限に動かし、最大限の効果を発揮する形で投げ飛ばす。
エミリアの足が着地する位置に、ラムの脱ぎ捨てた靴があった。
「忘れたと、もう一度言ってみなさい」
「そ、うじゃ、なくて……」
「その顔と、声で。レムを忘れたなんて、もう一度でも……」
ラムを、目の前の泣きそうな少女を、止めるための言葉が浮かばなかった。
ナツキ・スバルではなくて、『ナツキ・スバル』になら、それができたのだろうか。
「ダメよ、ラム! やめて!!」
🦴 肩が外れている
――檻の、外にいる
「――づ、ぁ!? 痛ッ!?」
「これ、肩が外れてんのか……? 脱臼? したことねぇぞ……」
スバルの背後にはエミリアが魔法で作った氷の檻がそのまま残されていた。
不思議なのは、スバルがその檻の外に転がっていたことだ。
「――それで、肩、か?」
強引に、それこそ肩でも外せば通り抜けることはできたはず。
問題は、意識のないナツキ・スバルがどうやってそれを為したのか。
「――エミリアと、ラムはどこにいった?」
✍️ 壁一面
――壁が、埋め尽くされている
『ナツキ・スバル参上』
石の壁を削り、荒々しく、無地のキャンパスに書き殴るように、刻まれた文言。
それをやったのは、壁の傍に落ちている石の欠片か。
『ナツキ・スバル参上』『ナツキ・スバル参上』
『ナツキ・スバル参上』『ナツキ・スバル参上』『ナツキ・スバル参上』
部屋中の壁を埋め尽くすように、びっしりと、病的に、刻み込まれた文言。
壁にそうした模様があるのだと、半ば錯覚させるほどに執拗に刻まれたものだった。
「――ぅ、あ」
🩸 いるはずがない
――背後から、声がする
「――あぁン? なンだこりゃ、気持ち悪ぃ部屋だな、オイ。なンだってこンな気持ち悪ぃ飾り付けしてンだ、オメエ」
今のスバルの驚きは、その、粗野で突き放した声色に、聞き覚えがあったからだ。
それも、すぐにでも忘れたいほどに忌々しい記憶が――。
「オメエ、こンなとこでボケっと何してやがンだよ、稚魚。群れからはぐれた稚魚なンざ、でけえ魚の餌食になンのがお約束だろうが、オメエ」
ここにいられないはずの男が、確かに、嗤っていた。
第六章50『――出来損ないこそアナタで』終了。
スバル
レイド