第六章75
『ルイ・アルネブ』
幸せになりたかった少女が、どうして人の人生を食べるようになったのか。
🎀 幸せに
――幸せに、なりたい
――幸せに、なりたい。
――人生の良し悪しとは、生まれと環境が決める大博打。
それが、ルイ・アルネブが『暴食』の大罪司教として、無数の人間の人生を食い漁った果てに得た哲学だった。
ルイ・アルネブは、『暴食』を冠する大罪司教の三兄妹、その末妹だ。
秘匿された大罪司教、それがルイ・アルネブの立ち位置だった。
「まぁ、私たちが望んだってわけじゃないんだけどサ」
🦵 歩いた記憶
――歩いた経験が、ない
自由になる体がなく、動かせるのは意識だけ。
歩いた『記憶』はあるのに、歩いた経験はない。それが、自分という不良品。
「なんで、あたしたちはこんななのかなァ?」
「ああ……私たちって、なんて不幸な身の上なの」
そんな悲嘆に暮れる妹を慰めるように、兄たちは競い合うように食事をする。
『美食家』を名乗るライは、良くも悪くも味付けの濃い人生を愛する。
『悪食』のロイはとにかく数を優先し、雑味で空腹を満たすことに夢中になる。
📊 格付け
――他人の人生に、点数を付ける
多くの人生を咀嚼し、味を比べ合い、舌の上と頭の中で転がしてわかったこと。
――それは、『幸福』の絶対量の差だ。
それは言い換えれば、後ろから他人のプレイするゲーム画面を覗き込み、ああすればよかったこうすればよかったと、ぐちぐちと指差しながら嘲笑う行為に等しい。
ルイの行いはそれだ。自分本位な格付けと、身勝手な誹謗中傷。
だが、最初は愉しめていたそれも、すぐに飽きがやってきた。
「下手くそ、下手くそ、下手くそ。適当に生きるなら、私たちに寄越せよ、その人生。あたしたちの方がずっとずっとずーっとうまくやれる」
🤢 吐きそう
――飢えているのは、心の方
「あァ、美味しそうに食べるなァ、お兄ちゃん」
「あァ、楽しそうに食べるなァ、兄様」
「――あァ、私たちは、あたしたちは、今にも今にも、吐きそうサ」
それが、ルイ・アルネブが『飽食』を名乗る理由。
食べても食べても満たされない飢餓。彼女が飢えているのは体ではなく、心の方であるのだから。
🌍 外
――兄の体で、外を歩く
「――あはははは! これが、これが外を歩く気持ちなのね! お兄ちゃんも兄様も、こんなのずっとしてて……あァ、ズルいズルいズルい!」
「これが外の空気! これが外の水! これが外の土! これが外の血! あァ、すごいすごいすごい! 本物だ! 本物だァ!」
偶然だった。よもや、権能にこうした力があるとは思わなかった。
重要なのは、これが実現できたこと。――外を、歩けたこと。
👋 はじめまして
――兄妹が、初めて口をきく
「はァ? ライ、これって何のつもりなのかなァ。『美食家』なんて気取ってえり好みしてる間に、お腹が減りすぎておかしくなったんじゃないの?」
「あっははは! 違う違う、全然違うよ。違うし、違うから、違ってる、違ってるから、違ってるよ、違ってるからこそ!」
「あたしたちは、魔女教大罪司教『暴食』担当、ルイ・アルネブ」
何故なら、兄たちと会話することさえ、これが生まれて初めてだったから。
「お兄ちゃんと兄様の、可愛い可愛い三つ子の妹だよ。よろしく愛して、よろしく慈しんで、よろしく言祝いで、よろしくお願い、ね?」
😑 退屈
――外も、退屈だった
「思ってたより、外って退屈なんだァ」
結局、借り物の体は借り物の体だ。自由にならない自分の本体が、白い世界で閉じ込められているのは変わらない。
「結局、人生なんて……何を食べるかでも、どれだけ食べるかでもない。誰と食べるか、なのにサ」
兄たちは、自分の人生を生きている。だから、求めないのだろう。
ルイだけが、自分の人生を奪われている。だから、求めてやまないのだろう。
🎰 生まれは選べない
――人生を、選べる
ライとロイの認識では、『日食』は変化した肉体に思考が引っ張られるらしい。
その兄たちの話を聞いて、ルイは心底、馬鹿馬鹿しく思った。
己の肉体がなく、兄弟たちにすら自分の存在を十年以上も知られておらず、ついには人生の酸いも甘いも飽き飽きしてしまった自分より不幸ぶるなど、冗談ではない。
生まれは選べない。それが不幸な人間を生み出す全ての原因だ。だが、ルイは違う。
人生を、選べる。――全て、選び直せばいい。
幸せな家庭も、優しい父母も、豊かな生活も恵まれた環境も、素晴らしい友人も運命的な伴侶も、何もかもが『どこかで見たような幸せ』でしかなかった。
ルイ・アルネブは、最高の人生を探していた。――探していたのだ。
👀 好みじゃない
――ときめきは、なかった
「あれ? お兄さんって……ええと、そうそう、ナツキ・スバルだっけ?」
出会ってすぐときめくには、ナツキ・スバルの外見はルイの好みではなかった。
それでもルイが相手の名前を一目で思い出せたのは、兄の一人――ライ・バテンカイトスが少なからず執着していた名前だったからだ。
「ここ? ここはね、オド・ラグナの揺り籠……『記憶の回廊』だよ。死んだ人の魂が濾過される場所。ここに自我が残ったままでくる人なんて珍しいから、歓迎しちゃうよ、お兄さん」
実際、その歓迎の気持ちに嘘はない。ルイの、人恋しさはちょっとしたものだ。
💙 借りた声
――借りた声で、名前を呼ぶ
「――ああ、あったあった。これだよね、お兄さん」
途端、胸の奥から溢れ出てくる愛おしさに息が詰まった。
際限なく込み上げてくる、眼前の少年への愛おしさ。
「そんなに不安そうな顔をしないでください。――スバルくん」
――瞬間、強い強い拒絶があった。
「やめてください。そんな雄々しく飛びかかられては照れてしまいます。――なんてネ」
少年を愛おしく思う『記憶』を用いて、少年を力ずくでねじ伏せる。
❓ 覚えてる
――覚えているのが、おかしい
「――お兄さん、なんであたしたちが奪った『記憶』のこと覚えてるの?」
『記憶』を奪われれば当人が、『名前』を奪われれば他者が、当事者を覚えていられない。
それなのに、ナツキ・スバルは覚えていた。
「ちょっとお兄さんに興味が湧いてきたかも。お兄ちゃんには恨まれそうだけどサ」
「あたしたち、きっとお兄さんを愛しちゃうね」
「……ええ? 反吐が出るって、そんなのひどいなァ。これでも私たちも女の子なんだから、勇気を出して告白したのにひどいです」
🍽️ イタダキマス
――名前を呼んで、食べる
「――ナツキ・スバル」
――あなたは、どんな味わいがするの?
「イタダキマス」
それが『暴食』の食事の手順――『記憶』を奪いたい相手の名前を呼んで、相手の肉体から『魂』の一部を剥離させ、それをいただく。
――『記憶』とは、『魂』に蓄積する澱のようなモノだ。
「――ゴチソウサマデシタ」
😳 まだ覚えてる
――食べたのに、まだ覚えている
『――お前、今、俺に何をしたんだ』
聞こえるはずのない声がして、初めて、ルイはナツキ・スバル当人と向かい合った。
「……お兄さん、まさか、私たちのこと覚えてるの?」
ルイの薄く小さな胸が、確かな高い鼓動を奏でた瞬間だった。
💥 パラドックス
――殺された記憶が、ある
「どうして、死んだときの『記憶』があるの?」
「だって、私たちが食べた『記憶』の中には、お兄さんを殺した『記憶』なんてないのに、お兄さんには殺された『記憶』がある!」
「なんなの、これは!? どういうことなの、これって!? 『記憶』は、妄想とは違うんだよ!? これはお兄さんが見た世界だッ! これは、お兄さんだけが知ってる、お兄さんの物語だッ!」
「新しい……新しい新しい新しい新しい新しい新しい新しい新しい! 新しい価値観ッ!」
🔁 死に戻り
――思い通りになる、人生
「――『死に戻り』」
「すごいすごい、お兄さん! 本当にすごい! 感動しちゃった。本当にそんなことできるのね。『死』を克服して、自由自在で!」
「――欲しい」
様々な人生を貪ってきたルイの導き出した結論、最高の人生とは裕福であることでも、大勢に愛されることでもない。
最高の人生とは、『思い通りになる』人生のことだ。
「私たちは、最高の人生を生きられる――!」
✌️ 二人
――二つに、割れる
「どうすれば、権能を奪える……違う。違うよ、違うし、違うから、違ってる! 暴飲ッ! 暴食ッ!」
「――あたしたちが、なればいいんだよ」
「私たちが、お兄さんになればいいんだ。あたしたちがお兄さんになって、『暴食』の権能に喰らわせれば……魔女因子を統合できる」
「三大魔獣って知ってる? あれって、私たちのずっと前の魔女因子の持ち主が作った怪物なんだって。あたしたちにも、似たようなことができる」
「――私たちは、やろうと思えば、何でもできる」
とにかく、魔女因子を二つに割って、ルイ・アルネブは二つに増える。
⏳ 待つ
――仕上がるのを、待つだけ
「「――あたしたちは、やろうと思えば、何でもできる」」
内側から、ナツキ・スバルを蝕んで。蝕まれたナツキ・スバルを、外側から余さずしゃぶり尽くして――ルイ・アルネブが、ナツキ・スバルを手に入れる。
「あとは、仕上がるのを待つだけでいい」
一度、喰らった相手から再び『記憶』を奪うには工夫がいる。
だから、『魂』から味付けを変えてやる必要がある。
🪞 元通り
――自分の体に、戻っている
「どうだ。お前が見たがってたものは見られたかよ。――ルイ・アルネブ」
「ぇ?」
自分の顔に手を触れ、ぺたぺたと感触を確かめる。
元通り。そう、元通り。――これは、ルイ自身の体だ。
「お前の見たがってたものは見られたか?」
――そして、『死に戻り』する権能を持った、想像を絶する狂気の存在だ。
😱 死にたくない
――死にたく、ない
「ぃ、やあああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁああぁああぁぁぁぁ――ッ!!」
「死にたくない! あたしたちは、死にたくない! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 嫌だ! 嫌だぁッ!!」
その存在と同化して、ルイは『死』を体感した。味わった。
一度として、楽な死に方がなかった。一度として、『死』を甘美に感じることがなかった。
「あんなの……あんなの、耐えられるわけない! あんな苦しみ! 喪失感! 耐えられるはずがない! 無理! 無理無理! 絶対に無理! 嫌だぁ!」
「あんなこと、耐えられるのは人間じゃない! 化け物! 化け物よぉッ!」
🗣️ 後悔する
――忠告は、していた
「――人間の心は、自分が死ぬことになんか耐えられないのぉッ!!」
幸せに、なりたかった。だが、今は、今の願いは、違う。
「死にたくない」
「――だから、俺はお前が俺を喰おうとしたとき、言ったんだよ」
「――絶対、後悔するってな」
第六章75『ルイ・アルネブ』終了。
ルイ
スバル