第六章70
『一途な星』
四百年待った人が、たった二日で終わってしまうのを嫌がっていた。
😠 怒り
――痛みも恐怖も、なかった
ただ確かなことは、レイドの最後の一閃がスバルを呑み込み、蒸発させたこと。
そう、痛みも恐怖もなかった。――ただ、『怒り』だけがあった。
持ち帰れるものが、打開するためのヒントが、それらがある限り、スバルの『死』は無意味ではない。
それは、とんだ欺瞞だった。
弱くなかったなら、よかった。もっと、賢かったなら、よかった。
弱くて、馬鹿で、情けないナツキ・スバルしか、ここにいないから。
そんなスバルを、いつも、誰も、独りにしようとはしてくれなかったから。
🌟 死ぬッスよ
――即答、される
「――お前、俺が死ねって言ったら、死んでくれるのか?」
「――? お師様が死ねって言うんなら死ぬッスよ?」
まるで刺されるみたいに、ひび割れるぐらいに、痛々しく、胸の奥で悲鳴が上がる。
それが嘘や冗談ではなく、紛れもない彼女の本音であるのだと、その真っ直ぐな瞳を見れば一目でわかってしまう。
いっそ、黒い打算や思惑が垣間見えた方が、スバルの心は救われたかもしれない。
🦂 できるッス
――化けられる、と答える
「――シャウラ、お前、でかいサソリに化けるのできたりしないか?」
「化ける、ってーとちょっとニュアンス違うッスけど、できるッスよ~。あー、でも、プリティさに欠けるんであんまし好きくないッス。あーしは、かか様とお師様がデザインしてくれたこの姿が一番だと思ってるんで」
脈絡のない質問だったにも拘らず、シャウラはこれまた躊躇なくあっさり答えた。
彼女には、何かを隠そうという意図がない。
📜 四つ
――四つで、止まる
「シャウラ、質問ばっかで悪いんだが、聞きたいことがある。聞いた話だと、このプレアデス監視塔の『試験』にはいくつかルールがあるはずだな?」
「一、『試験』を終えずに去ることを禁ず。二、『試験』の決まりに反することを禁ず。三、書庫への不敬を禁ず。四、塔そのものへの破壊行為を禁ず。――ッス」
指折り数える仕草の最後、一番最後の指に手をかけ、そこで止まったこともそうだ。
「――五つ目は?」
「……ないッス。お師様、聞いてなかったッスか? あーし、四つまでしか言ってなかったはずッス」
🙅 NGッス
🌟話したく、ないッス
「シャウラ、改めて聞くぞ。塔の、五つ目のルールはなんだ?」
「――NGッス」
「……NG?」
仕草自体は子どもっぽいが、彼女の瞳は真剣どころの話ではなかった。
その静かで、しかしどこまでも深い激情は、哀願と呼ぶべき、脆く儚いものだった。
「NGッス。やだ、話したくないッス。五つ目のルール? そんなの、どうでもいいじゃないッスか。あーしとお師様の蜜月には、何の関係も……」
「関係ないわけあるかよ。俺も、みんなも、この塔の『試験』に挑んでんだ」
4️⃣ 四日
🌟たったの、二日ッスよ
「お前はお前で、この塔で役割があるはずだ。塔の星番……? それをずっとやってきたんだろ。本当かどうかわからねぇけど、四百年も! だったら――」
「――四日、ッスよ」
「……あ?」
「まだ、お師様たちが塔にきて、たったの四日目ッス。そのうち、最初の二日はお師様が寝込んでたから、あーしとお師様が会って、話して、くっつけたのは二日……四百年も待ったのに! たったの二日ッスよ……」
「一瞬で、一目でいいって、思ってたッス」
スバルの思い当たる限り、シャウラがスバルと同じ空間にいるとき、いつだって彼女はスバルを見ていた。
💗 全部
🌟お師様は、あーしの全て
「四百年、塔でずっと、お師様を待ってたッス。一目、見られたらそれで満足と思ってたッス。――でも、そんなの嘘だったッス」
「だって、お師様はあーしの全てなんスもん。お師様の全部で、お師様を想う全部であーしができてるッス。四百年の全部使ったって、お師様に伝えきれないッス。それが、たったの二日で……そんなの、嫌ッス」
「……だから、俺には五つ目のルールを話せない?」
「これを話したら、お師様は『試験』のクリア方法に気付くッス。だから、これを話しちゃったら……あーしと、お師様の時間が、終わっちゃう」
だって、四百年を語るには、あまりにも彼女の態度が軽々としていたから。
🕊️ 嫌わない
――嫌いには、ならない
「お師様、嘘ついたあーしを、嫌いになるッスか? 嫌いになって、顔も見たくないって……そう、思うッスか?」
どうして、『死んでくれるか』なんて言われたときより、辛い顔をするのだ。
――どうして、四百年も待ってたくせに、そこで全部、ゴールみたいに思うのだ。
「……嫌いになんか、ならないよ」
「お前が黙ってたのが理由で、たぶん、すげぇしんどい目に遭ったと思うし、正直、こんな風に追い詰められることもなかったって思うこともある」
シャウラを、四百年を孤独に過ごした彼女を、たった二日間を、生まれてきた意味を満たされたと幸せに思ってしまうほど堪能した彼女を、諸悪の根源などと思えない。
👁️ 複眼
――誰かが、ルールを破った
「だ、め……ダメッス……お師様! お師様、お師様お師様お師様お師様……!」
「シャウラ!? シャウラ、どうした!? こんな急に……」
「――誰かが、ルールを破ったッス」
彼女の丸い瞳の中、眼球の黒目部分が三つに分裂し、赤々と脈動を始めていた。
――左右三つずつ、六つの複眼。
🙏 殺せる
🌟今なら、あーしを殺せる
「お師様……! 今なら、まだ間に合うッス……」
「間に合う?」
「今なら、お師様が命じてくれたら、あーしは……あーしは、あーしを殺せるッス」
原理は不明だ。――だが、シャウラの体は発熱し、変化を起こしている。
「変化したら、間に合わないッス。あーしは、血も涙もないキリングマシーンになって、お師様を殺すッス。だって、こんなにお師様が欲しい……お師様が欲しくて欲しくてたまらない……だから」
「あーしに、死ねって言ってくださいッス。……そうしたら、あーし、お師様のこと」
5️⃣ 五つ目
――五つ目を、教えてくれる
「シャウラ、五つ目のルールを聞かせてくれ」
「お師様、そんな場合じゃ……」
「それを聞けたら、命じてやる。――安心しろ。お前が化け物になる前に、俺がお前に命じてやる」
「お師様の、女たらし」
「身に覚えがねぇ……」
「じゃあ、お師様はシャウラたらしッス。あーし専門の、たらし屋……」
「――五、『試験』の破壊を禁ぜず、ッス」
「ほら、目の色が変わったッス。――あーしの、好きなお師様に」
🩸 赤い蒸気
――さっきのは、嘘だ
「お、師様……早く。あーしが、あーしじゃなくなる前に……」
「言ってください、ッス……死ねって! お師様が言ってくれたら、あーしは……」
「シャウラ」
「お師様……」
「――悪い。さっきのあれは嘘だ」
「え?」
🕳️ 身投げ
――縁を、越える
シャウラに突き飛ばされたのは不幸中の幸いだった。
――スバルの体が、バルコニーの縁を乗り越え、宙へと飛び出すようなことは。
落下して、助かる方策がある、わけではなかった。
助かる方策など用意していない。スバルがしたのは純然たる身投げだ。
この周回は、この行動が許されるなら、絶対にそうするつもりだった。
何故なら、これで、スバルは自分の選択を迷いなく信じられる。
🤲 手を伸ばす
――追って、飛び込んでくる
「――お師様!!」
その瞳を見開いて、必死に手を伸ばしながら、シャウラが転落するスバルを追って、自分の手で殺そうとするのではなく、その命を救おうと、飛び込んでくる。
――大サソリの正体は、シャウラだった。
――シャウラは意図的に、塔のルールを隠していた。
――シャウラはスバルや仲間たちを何度も殺し、五つの障害として立ちはだかる。
「――俺は、お前を助けていいんだな」
誰を助けて、誰を助けなくて、誰を倒して、誰を守って、誰を愛するのか。
誰を愛していいのか、もう、迷わない。
🦂 変貌
――必ず、助けてやる
「――お師様ぁぁぁぁぁあああ!!」
伸ばされた腕が肥大化し、漆黒の甲殻を纏った大鋏へと変貌。
一瞬、血肉が爆ぜるような痛々しい肉体の変貌、それがテープを逆回しにするように収束していき、ついには禍々しき異貌――大サソリが完成する。
「――シャウラが泣くから、お前には殺されてやらねぇよ」
尾針が放たれる――より早く、落下の終点がくる。
数百メートルからの着弾に、ナツキ・スバルという存在は耐えられない。
「――必ず、助けてやる」
――大サソリには伝わらないメッセージを、砂風がさらう時間はわずかにあった。
第六章70『一途な星』終了。
スバル
シャウラ