リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章46

『メィリィ・ポートルート』

書架に増えた一冊を、スバル自身が開く。そこにあったのは、彼女の一生と、最期だった。

❓ 何故

――何故、が、頭を埋め尽くす

眼前の一冊――『死者の書』のタイトルが、メィリィの名であることは疑う余地がない。

何故、メィリィの名前がここにあるのか。

何故、死者の記録を残す書庫はこんなにも早く彼女の本を用意したのか。

何故、これだけ膨大な数の本がある中、メィリィの本があっさりと見つかったのか。

何故、運命はこうもナツキ・スバルへと容赦してくれないのか。

📕 まだ見ていない

ベアトリスは、中身を見ていない

エミリア

「――ベアトリス、本の内容は確認したの?」

ベアトリス

「――まだ、確かめていないかしら」

スバル

「――っ、そう、なのか?」

ベアトリス

「当然なのよ。扱いには、慎重にならざるを得ないかしら。そもそも、それがベティーたちの知っている、あのメィリィの本かどうかもまだわからないのよ」

エミリア

「メィリィが、この塔の中で……大変! すぐに探さないと!」

ベアトリス

「待つかしら! これが、本当にあの娘の本なら、急いで探しても無意味なのよ」

――その願いが儚く叶わないものだと、ナツキ・スバルは知っている。

🧮 計算

――読ませては、ならない

エミリアたちにメィリィの記憶を見られてはならない。

ベアトリスが見ていなかったのは僥倖だが、それも時間の問題だ。

ならば何とかして、メィリィの本を処分することができればいいのか。

――否、その結論は避けたい。スバルも、本の内容には強い関心がある。

メィリィの記録を覗ければ、その『ナツキ・スバル』を見られるかもしれない。

自分の内側にいるかもしれない、文字通りの潜在的な『敵』の姿を、見る。

🌟 悪気なく

シャウラが、平然と言い放つ

シャウラ

「なーんか騒がしく呼ばれたッスけど、どーしちまったんスか?」

エミリア

「実は、書庫にメィリィの名前の本が見つかったの。まだ、中は見れてないんだけど、その前にあの子の無事を確かめたくて……」

シャウラ

「あー、なるほど。二号、死んじまったッスか。あんまし考えにくいッスけど、死に方なんかいくらでもあるんで、そういうこともあるかもしんないッスね」

その内容にエミリアの頬が強張り、ベアトリスが怒りを覚えた様子で睨んだ。

シャウラ

「それで、肝心の本はどこにあるッスか? さっさと中身見たら、二号がどこでどんな風に死んじまったかわかるかもしんねッスよ」

スバル

「い、いい加減にしろよ、お前! さっきから、そんな言い方ばっかり……」

💡 読んでみたら

――お師様が、読めばいい

シャウラ

「怒んないでくださいッス、お師様。あーしに悪気はないッス! でもでも、実際、本があるんだからそうするべきじゃないッスか?」

スバル

「それは……せめて、全員揃ってから」

「――お師様が、本を読んでみたらいいんスよ」

シャウラ

「この書庫を見っけたとき、お師様と、もう一人のイキャメンが初体験は済ませてたじゃないッスか。その後、別に何にも悪影響出てないんなら……ね?」

シャウラの提案は、彼女の言動としては恐るべきことに理に適っている。

ならば、この提案は渡りに船――。

💔 傷などない

――心の傷など、ない

スバル

「――確かに、シャウラの言ってることにも一理あるかもしれない」

ベアトリス

「……スバル、本当にやるのよ? 一緒に、食事までしていた相手かしら」

一緒に旅をして、言葉を交わし、食事を共にした、ある種の戦友だ。

その『死』を見届けることで、どんな心の傷を負うのかとベアトリスは案じている。

――だが、そうではない。そうではないのだ。

ほんの数時間、見知った相手のように振る舞い、二度か三度の朝食を一緒にした。

たったそれだけの、ほとんど見知らぬ少女。――その死に、受ける心の傷などない。

エミリア

「何かあったら、すぐに本から引き剥がすから。髪の毛、引っ張るから」

スバル

「そこは穏当に、肩とか揺すって呼びかけてくれると嬉しいかな」

スバル

「――いく」

🌲 何も持たない

――女は、何も持っていなかった

――自分の始まりを意識したとき、女は何も持っていなかった。

暗い暗い、黒い黒い、森で一人、女はただ、一人でいた。

立って歩くこと。喋って伝えること。生きるために泣き喚くこと。

その全ての持ち合わせがなく、忘却の彼方へ消えたものだった。

言葉を知らなければ、嘆き方も知らない。

歩き方を知らなければ、抗い方も知らない。

生きる方法を知らなければ、死に逝く理由も知りようがない。

額に角を生やし、獰猛な殺意だけで蠢き続ける、凶悪で醜悪な戮殺の獣。

その牙が喉笛を噛み千切ることなく、襟首を引きずって巣へ持ち帰った。

🐺 獣の女王

――獣たちの、女王になる

気付けば、女は戮殺の獣たちを従え、一帯を支配する獣の女王となっていた。

気ままに獲物を襲い、腹が減れば食らい、気が向けば戮殺し、寝たいときに寝て。

生きたいように生き、殺したいように殺し、殺戮の母性の中で育まれていく。

かつて、自分がなんであったのか、そんな記憶はとうになくした。

そのまま、そんな獣の一頭として、良くも悪くも独りで死ぬと、思っていた。

🔪 黒い少女

――黒い少女が、全てを奪う

🔪 黒い少女

「――思った以上の大歓迎ね。一応、こっちに危害を加えるつもりはないのだけれど」

黒い少女だった。血腥い魔性の染みついた、黒い少女だった。

築き上げた全てを、女はそんな命知らずの黒い少女に奪われた。

それを為す術なく見届け、女は、またしても何も持たなくなった。

🔪 黒い少女

「連れ帰れと言われているの。だから、一緒にきてもらうわ」

🕷️ 躾

――『母』が、躾をする

❓ 母

「嘆き方も、抗い方も、生き方もなくしやがった? そんなそんな、つまんねー言い訳並べられても知ったこっちゃねーんですよ」

❓ 母

「嘆け、アタクシのために。抗え、アタクシのために。生きろ、アタクシを愛するために」

❓ 母

「何もかも、なくした忘れた失ったなんて言いやがるんなら、アタクシが躾けてやろーじゃねーですか。――それが、『母親』の務めってもんですからね」

地獄より地獄、悪夢より悪夢、邪悪より邪悪。

『母』はただ、その手段の全てが歪なだけだった。

言葉を思い出した。嘆き方は剥がされた。

歩き方を思い出した。抗い方は塗り潰された。

生きる方法を思い出した。死に方など望むべくもないと、刻み込まれた。

🛁 湯

――一緒にいる間だけ、薄れた

黒い少女はよく、女のところに顔を出した。

『母』と初めて会わされる前、熱い湯の中に叩き込まれたことを思い出した。

あるいはあれが、最後に、女が感じた解放感だったかも、しれない。

黒い少女は、異常に強かった。生き方以上に、殺し方を知っていた。

そして同時に、それ以外のあらゆるものが疎かった。

だらしがなかった。手がかかる相手だった。目が離せない相手だった。

地獄を見た。悪夢を見た。邪悪を見た。

もう一生、女は『恐怖』を忘れられないと、そう思っていた。

それが、だらしない彼女を手伝ってやっている間は、薄れてくれる気がして。

🕯️ 灰になって

――エルザが、死んだ

「――エルザが、死んだ」

死んだ。死んだ。灰になって、死んだ。

腹に槍が刺さり、両腕を失い、首がへし折られるところも見たことがあった。

それでもエルザは死ななかった。死なないと、そう思っていた。

『母』の躾にも耐えた。地獄と悪夢と邪悪の『恐怖』にも耐えた。

でも、エルザは死んだ。一人に逆戻りだ。群れを失い、エルザを失い、一人だ。

憎い、憎い、憎いのか。憎しみとはいったい、なんなのだ。

悲しい、悲しい、悲しいのか。悲しみとはいったい、なんなのだ。

嘆き方は知らない。抗い方も知らない。命の価値など、自分にすらない。

🎭 模倣

――女は、真似をする生き物だった

女は、ただ流されて生きてきたのだ。

獣といた頃は獣の生き方を真似て、『母』に躾けられてからは躾の言いなりになり。

エルザと過ごすようになってからは口調すらも彼女を真似て、模倣して、倣った。

人の真似をする、人型の生き物。望まれるまま、望んだように振る舞ってみせる。

女にできるのは他人の模倣、他者の真似事、人の形をした人ならぬモノ。

『エルザ』が死んだのならばどうするのがいいのか、誰かの真似をしたい。

どうすればいいのか。『エルザ』を失った、女は、誰の真似をすれば。

🔥 嫌だ

――嫌だ、と思った

望まれるままに、流されるままに、求められるままの、自分を形作ってきた。

だったら、『母』が望むなら、この、価値を見出せない命を、奪われても。

――嫌だ。

そこで、終わるのは嫌だった。ここで、終わるのは嫌だった。

焦燥感が、心を灼く。望まれるままに生きてきた魂が、自らの望みを訴える。

せめて、答えが知りたいのだ。

🌙 書庫の夜

――夜の書庫で、声をかけられる

夜だった。砂の塔の、書庫で、『死者の書』があるその場所で。

🟠 少年

「――なんだ、お前もきてたのかよ」

瞬間、心が跳ねる。内心に気付かれると、そう恐怖した。

自分が、誰の書を求めて、こっそりとここへきていたのか、などと。

🟠 少年

「俺はちょっと、探したい本があってな。ホントならみんなと協力した方がいいんだろうけど、逸る気持ちが堪えられなくて……」

🟠 少年

「――夜更かしするなよ」

見られたくなかった。知られたくなかった。気付かれてはならなかった。

ならばいっそ、仕込んだ全てを動かして、本気で何もかもご破算に――。

🗣️ 薄っぺらい

――薄っぺらいなァ、お前

「――薄っぺらいなァ、お前」

音は立てずに、息も殺して、戻ってきたはずだ。それが何故、バレたのだ。

🟠 少年

「気持ち悪く媚びるなよ。誰も、お前にそんなこと望んじゃいない」

🟠 少年

「すまし顔するなよ、言いなりのお人形。自分の胸の奥の、望みも聞こえねぇか?」

🟠 少年

「望みに耳を傾けろ。そうすれば、少しは自分ってもんが見えてくる。自分ってもんが見えてくれば、やりたいこともわかる」

🟠 少年

「――その顔、いいね。味わい深い」

少年の手が、女の垂らした三つ編みを掴み、倒錯的な快楽を宿した目で見つめてくる。

🟠 少年

「自分の望みがわかったら、自分ってヤツが見えてきたら、もっと『らしく』行動しろよ。お前の退屈な悩みも、つまらない苦しみも、俺が覚えててやる」

🟠 少年

「――俺が、覚えていてやる」

🩸 殺人事件

――ナツキ・スバルの、殺人事件だ

🦂 女

「――昨日の夜の話だけど、わたしはどのぐらい真剣に受け止めたらいいのかしらあ?」

🟠 少年

「ここじゃなんだな。場所を変えよう」

🟠 少年

「悪いな」

声が耳元で囁かれた直後、軽い体を床に突き飛ばされた。

馬乗りになってくる少年の顔が見える。――見たこともないほど、凶悪な顔で嗤っていた。

🟠 少年

「それを、直接聞くのはルール違反だ」

🟠 少年

「今回はルール違反で脱落だが、次はもっと大胆な活躍を期待してるぜ。これまでみたいに、どしどし頑張ってくれ」

「これはこれで、面白い話になる。――ナツキ・スバルの、殺人事件だ」

殺される。理解は、そこまでしか至らない。

あの森で独りでいた頃から、何もできないまま、意味などなく。

――殺して、やる。

🌀 混ざる

――喋り方が、混ざっている

スバル

(ノ゚Д゚)ノ

「う、ぁぁぁぁぁ――ッ!?」

スバル

「わ、わたしは……あ、え、俺? 今、今、今今今、どう、な、え?」

ベアトリス

「深呼吸! 深呼吸するのよ! 無理に喋ろうとしなくていいかしら! エミリア、本に触っちゃいけないのよ!」

エミリア

「でも、ベアトリス、スバルの様子がおかしいわ! この本が……」

ベアトリス

「たぶん、深く潜りすぎたに違いないのよ。喋り方が混ざっているかしら」

エミリア

「スバル、思い出して。大丈夫、あなたはナツキ・スバル、私の騎士様。天下不滅の無一文、お控えなすって皆々様……それから、それから……」

――スバルは、自己を呼び戻した。

スバル

「お、れ……あ、エミリア、ベアトリス……俺は、俺、だよな? わたしじゃなく、俺で……エルザは、いなくて、えと……」

ベアトリス

「棘みたいに、刺さった別の記憶をゆっくりと抜いていくのよ」

👁️ 静かに

――シャウラが、静かに見ている

ユリウス

「エミリア様、お待たせしました。道中、ラム女史に話を聞いて――」

🧣 エキドナ

「あの少女の名前の本が見つかったのは事実なのかい?」

ユリウスと、エキドナと、最後尾のラムが追いつく。

その三人へと、エミリアとベアトリスが現状の説明を始める。

それを、足下に落ちた本には無関心に、シャウラが静かに眺めている。

黒い瞳を細めて、感情の窺えない眼差しで、ただ、静かに。

――静かに、眺めていた。

第六章46『メィリィ・ポートルート』終了。