第六章86
『昨日の話』
角が折れたのは、この日のためだったのだと、ラムはようやく思う。
🃏 切り札
――狙いが、ようやくわかる
忠誠を捧げる主であるロズワール・L・メイザース、彼の最終的な目的を達成するためには、ルグニカ王国を守護する『龍』を殺す必要がある。
「時がくればわかる。――君の、君たち姉■にしか果たせない役割が」
「ようやくわかったわ。ロズワール様の狙いが」
――■■は、ラムの失われた角の代わりとして引き取られたのだ。
ラムと■■の姉■は、二人で一人の鬼として、『龍』を殺すために手元に置かれた。
💗 気分がいい
🌸信頼されていたと、思った方がいい
――今回の旅、■■を連れてゆくスバルたちにラムが同行するのを許した時点で、ひょっとするとロズワールはこうなる可能性を予期していたのではないか、と。
「――どうせなら、好きな男に信頼されていたと思った方が気分がいいわ」
ラムという女の十年間を、ロズワール・L・メイザースという男が評価したのだと、そう考えた方が、ずっとずっと気分がいい。
「――今、最高に気分がいいの。ぶちのめされなさい」
🧟 魔人
――優れたモノだけを、煮詰めた
『拳王』ネイジ・ロックハートは、徒手空拳だけを武器に何百回もの死合いを生き抜いた。
『肉食獣』ベリ・ハイネルガは、刀剣で掠り傷一つ負わない強靭な肌を持っていた。
『跳躍者』ドルケルは、魔法とは異なる、神出鬼没の力を発現した異端だった。
ネイジ・ロックハートが、ベリ・ハイネルガの耐久力とドルケルの神出鬼没の能力を手に入れればどうなるか。
それは、史上稀に見る凶悪な一個の存在の完成だ。
優れたモノだけを煮詰めた大鍋から生まれた、至高の『美食』そのもの――。
3️⃣ 三回
🌸先に、三回殴らせてあげる
「――三回、機会をあげるわ」
「三回、先に殴らせてあげる。試したいことがあるのよ。破格でしょう?」
三回、それは致命的な宣告だ。そもそも、一度であろうと耐えられるはずがない。
無意味に、こんな交渉を持ちかけるような少女ではないのだ。
「――姉様、参ります」
3️⃣ 三回とも
――三回とも、外れる
「まず、一回」
少女は伸び切った腕と、肘の関節――ここしか存在しないという定点へ膝を入れ、破壊した。
「二回目」
放たれた膝は、まるで最初から何もない空をなぞるために放たれたように、すんなりと少女の頭上を通過させられる。
「三回目」
「馬鹿ね」
🎲 時の運
🌸運にすら、見放される
「三回チャンスがあると思って勝負する人間は三回とも負ける。本気で勝つ気がないまま勝負するなら、運にすら見放されるわ」
「ありがとう。証明できたわ。――もう、時の運ですらラムの敵ではないと」
最も恐ろしい敵は、ラムにとって不条理な運勢そのものだった。
だが、ラムは自らの手でそれを調伏し、それさえも自分の足下にひれ伏せさせる。
😤 皮肉
――嫌っていた本能が、血を沸かせる
額から血が流れる。だが、その痛みと喪失感が、ラムの血を奥底から沸かせた。
憎たらしい鬼の本能、戦うことを歓迎し、力を振るえることに高揚し、殺すべき敵を殺すために血を沸かせる渇望が、ラムはずっと嫌いだった。
だからあの夜、自分の額に生える角が折れたとき、解放されたと思ったのに。
「皮肉なものだわ」
🔗 共感覚
――魂が、繋がっている
『共感覚』と呼ばれるそれは、時折、血の濃い存在の間に結ばれる実体のない繋がりだ。
つまり、眠り続けるレムは夢も見ていない。
――ずっと、瞼の裏の闇だけを見つめ、ただ何もない無の世界で息をしているだけなのだ。
――『共感覚』とは、異なる個人二人の間でオドが繋がって作用していると。
結局、それは俗説として片付けられ、証明された話ではない。
生まれながらに、自分と誰かが繋がっているなんて、素敵な話だ。
🙏 許して
🌸悪い姉様を、許してちょうだい
「――きっと、ラムは生まれながらにその子を愛してやまないでしょう」
たとえ赤子であったとしても、その絆を守るためなら手段を問うまい。
「許してちょうだい。こんなときに、あなたにも荷を背負わせる悪い姉様を」
スバル側の負担を送ろうと思えば送れるだろうが、スバルは馬鹿なのでそれはしない。
逆に、一方的に引き取ることで、味方の負担を減らそうとする。
「――馬鹿ね」
――故に、短期決戦だ。
💢 億の力
――百と千を、億で潰す
「ねえ、さ、まぁぁぁ――っ!!」
「遅いわね、ウスノロ。これじゃラムが老婆になるわよ」
相手の焦点、目の動き、力の入り方、それらの統合で狙いは心を読むより容易く読むことができる。
「もっとも、ラムは老いても可愛いけどね」
「可愛い顔で、ずいぶんと不細工な悲鳴ね」
百の、千の大技を、億の力で捻り潰す。これは、もはやそういう戦いだった。
✅ 正解だった
🌸角を折られて、正解だったわ
「やっぱり、角を折られて正解だったわ」
あの夜がなければ、いつか角の誘惑に屈していたかもしれない。
角をなくしたおかげで、ラムは自分の嫌った『鬼』にならずに済んだ。
「そもそも、あの夜がなかったらロズワール様にもお会いできないのだから、比べるまでもなかったわね」
「連続して飛べないんでしょう? 手品は見飽きたわ。その顔も」
「ま――」
「待たない」
⚰️ 供養
――力で以て、供養とする
そのことごとくを封殺し、ラムは百の、千の、万の犠牲者を力ずくで弔う。
『暴食』に取り込まれ、鍛えた技を、歩んだ道を、愛した想いを、踏み躙られ、蔑ろにされた彼ら、彼女らのために、力で以て供養とする。
もう、技を、道を、想いを、利用されることはない。
何一つ、ラムには通用しないのだから。
「自分の責任は、自分で取りなさい」
🍴 自分の顔
――自分からは、逃げられない
「あら、久しぶりね。会いたかったわ、その顔に。上から三番目くらいだけど」
誰になろうと、頼ろうと縋ろうと、自分からは逃げられない。
角を折られようと、ラムが鬼であることが変えられなかったように。
「そう言えば、螺旋階段で気になることを言っていたでしょう。――あなた、弟や妹がいるようね。弟妹のために、意地を見せたらどう?」
「おれ、たちの……ぼく、たちの……妹、に……」
「手を出すな、とでも? 生憎だけど、そんな主張ができる立場だと思うの? 一度でも誰かの訴えに耳を貸したことがある?」
「それ、れもぉ……」
「考えて――」
「――姉様は、優しすぎます」
――逃げたのだ。
🤤 欲しい
――全てが、色褪せてしまった
「ははッ! あはははッ! あはっははははァ!」
勝てない。勝てない。あれには勝てない。
あれは、美食の皿にも悪食の皿にも載らない、そういう存在だった。
「あれを、喰い尽くしたい。全身全霊で味わい尽くしたい」
この世に『本物』があると知ってしまった今、全ては色褪せていた。
あれほど煌めいて見えた豪勢な食卓が、泥団子を乗せた砂場遊びと成り果てた。
「アレが、欲しい」
🔪 見えざる刃
――逃げ道が、囲われている
「――ぁ?」
そこに無言で指を伸ばし、バテンカイトスは自分の指先が切れるのを見た。
――見えざる刃に、囲まれている。
しかも、彼女は実際にこの場に足を運んですらいない。にも拘らず、彼女はこちらの逃げ道を捕捉し、先んじて見えざる刃を設置した。
「……はは、本気で?」
彼女は、バテンカイトスを逃がさなかった。この目に重なって、逃がさない。
🩸 血文字
――両手を、犠牲にする
「あァ! 待って、待ってくれ! 待った待った、あと少し! あと少しだけでいい! あと少しだけでいいからッ!」
見えざる刃に腕を叩き付ける。両手の手首が吹っ飛び、傷口から血が噴き出した。
「受け取ってくれ、僕たちの想いッ! 見届けてくれ、俺たちの願いッ!」
壁に描いたその血文字が、心の底から求めてやまない相手へと届くように。
「あァ、愛して――」
――言い切る前に、『暴食』の大罪司教の首が風の刃に斬り飛ばされていた。
⚖️ 応報
🌸拠り所にしたそれに、滅ぼされる
「――フーラ」
弟妹のために命を懸ければ、ラムも慈悲を与えないではなかった。
だが、奴はそれを餌にラムを謀り、自らが生き残るための道具とした。
「剣を握るものは剣に、魔に縋るものは魔に、炎に委ねるものは炎に。――そして、鬼に願うものは鬼に、拠り所にしたそれに滅ぼされる」
――それが、ラムの信じる応報の摂理だ。
🐉 いい子ね
――守りたいと、思ってくれたのか
漆黒の地竜はその体を使い、器用に背後にレムの姿を隠していた。
「――いいえ、違うわね。あなたも、レムを守りたいと思ってくれたの?」
「そう。……いい子ね、パトラッシュ」
💗 昨日の話
――たくさんの、昨日の話をしよう
あの日、ラムの角が折れたのは――。
「――今日、ここで、ラムがレムの姉様だってわかるためにあったのよ」
「今まで以上に、あなたと話をしたい。あなたとラムが、どんな時間を過ごしたか。どんな昨日を重ねたのか、足りない思い出を一緒に埋めましょう」
「たくさんの、昨日の話をしましょう」
「――愛してるわ、レム」
奇しくも、歪んだ大罪司教の最期の言葉と同じモノを口にしながら、それはやはり同じ音であっても、同じ響きにはならない。
愛を知らぬモノと、愛に生きるモノとでは、決して同じ響きには、ならない。
第六章86『昨日の話』終了。
ラム
ライ