リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章13

『砂の嘲笑』

裂け目に呑まれ、ばらばらに放り出される。目を覚ました先は、砂丘の地下だった。

🕳️ 落ちていく

指が、引き剥がされる

――空間が歪み、世界が破け、生じた裂け目の中に真っ逆さまに落ちていく。

まるで薄紙を破くような容易さと切れ目を晒し、あっさりと裂ける世界。

盛大な視覚効果とは裏腹に、鼓膜には何の雑音も飛び込んでこない。

聞こえたのは自分の叫ぶ声と、誰かが自分を呼んでいた声。

それすらも遠くなり、やがて聞こえなくなる。

触れ合っていた感触も遠ざかり、指が引き剥がされ、距離が離れる。

このまま、誰もいない、何もない場所に投げ出され、一人になるのだろうか。

🏮 カンテラ

ラムに、蹴り起こされる

ラム

「――いつまで寝ているの。いい加減に起きなさい、バルス」

スバル

(゚д゚;)

「ぽろろっか!?」

脇腹に鋭い感触が突き刺さり、衝撃に悲鳴を上げた。

体中にまとわりついた砂が埃となって舞い上がる。

スバル

「うぇ! ぺっぺ! かーっ! ぺっ! なんだ? どうなった!?」

足下は変わらず、粒子の細かい砂の海だ。

しかし見渡す周りの光景は判然としない。

何故なら暗い、暗すぎるのだ。

光を放っているのは魔石細工の一種。

ラグマイト鉱石を加工した、カンテラのような道具だ。

❓ ここはどこだ

分断されたのだ、とわかる

スバル

「ここ、どこだ? 何があった?」

ラム

「ここがどこかはラムの方が知りたいぐらいね。何があったかについては、バルスの想像よりも三歩は悪いわよ」

照明に照らし出される空間はやけにだだっ広い。

頭上にはうっすらと高い天井があり、地続きの壁が奥行きの広さを証明している。

スバル

「外気を感じないし、空も見えない。どっかに放り込まれたってことか……?」

ラム

「分断される前のベアトリス様のお言葉が確かなら、空間の歪みが原因でしょうね」

スバル

Σ(゚д゚)

「分断……そうだ、分断! 他の連中は!?」

ラム

「見ての通り、分断されたわ。監視塔までのまやかしをバルスの魔法が無効化……その結果、正しい道に入り込んだのか、それとも時空の歪みに閉じ込められて、永遠にここをさまようのかはわからないけど」

🔵 レムだけは

一人になっているのが、レムだったら

スバル

「言ってる場合か!? なんでそんなに落ち着いてんだよ! 俺とお前の組み合わせってことは……完全にランダムで飛ばされてるんだぞ!?」

エミリアやユリウス、戦闘力を一手に担った二人は問題あるまい。

メィリィやベアトリスも、それぞれの能力で単独ならばなんとかする。

アナスタシアもおそらく、『色欲』を撃退した切り札があるはずだ。

――だが、レムだけは話が別だ。

レムだけは完全に、他の面子と違って自立行動ができない。

最悪、たった一人きりになっていたとしたら。

それはこの寂しい砂の海で『死』を待つだけの存在となりかねない。

スバル

(#゚Д゚)

「俺たちが他のみんなと合流するのも大事だが、最優先はレムの確保だ! 俺はあいつを、こんな寂しい場所に置き去りになんかできない」

スバル

「俺が連れてくるなんて言ったから……『賢者』に会わせれば起こせるかもしれないなんて考えて、それでこんなことに」

😤 姉よ

ラムが、胸倉を掴む

スバル

「なんでお前はそうやって落ち着いてんだよ! レムのことが記憶からすっぽ抜けてるからって、心配じゃないのかよ!?」

ラム

(#`Д´)

「――っ! そんなわけがないでしょう!」

混乱するスバルの胸倉を掴むと、背後の砂の壁に強引に押し付けた。

ラム

「レムを心配しているのが自分だけだとでも思っているの? 図に乗るんじゃないわよ、バルス。実感がなくても、ラムはレムの姉よ。馬鹿にしないで」

ラム

「……あの子とは、微かに繋がってる感覚がある。だから少なくとも今は無事よ。それだけ信じて、ひとまず落ち着きなさい」

平静を装おうとする瞳に、隠し切れない焦燥と憂いがある。

スバル

(´・ω・`)

「……悪い。ごめん。ホントに、今のは俺が馬鹿で最低だった」

ラム

「大体、いつものことよ。バルスがただ生きてるだけで反省ばかりしていたら、それだけで一日が終わるわ。無駄なことはやめなさい」

👁️ 千里眼

ラムの目も、この砂丘では効かない

スバル

「とにかく、合流を急ごう。ラム、その共感覚でレムの場所とか探れないのか?」

ラム

「難しいわ。あの子が眠っているから、伝わってくるのは鼓動ぐらいなのよ。他の手段なら『千里眼』があるけど……それも、あまり当てにならないわね」

スバル

「どうしてだ?」

ラム

「この砂丘、魔獣だらけで普通の動植物がほとんどいないわ。『千里眼』はラムと波長が合わないと視界を借りれない。魔獣とは重ならないわ。今回の顔ぶれだと、ラムが目を借りれるのはバルスの地竜ぐらいのものね」

スバル

「パトラッシュか。いや、それでも十分だろ」

ラム

「……それは、あまり意味がないわ」

🧣 四人と一頭

アナスタシアとパトラッシュも、ここにいた

アナスタシア

「ラムさんとナツキくん、話し合いは終わったみたいやね?」

スバル

(゚д゚)

「――アナスタシアと、パトラッシュ?」

アナスタシア

「ちょぉっと奥まで見てきただけやけど、他の子ぉらは見当たらんね。ここいらに飛ばされたんはうちたち三人……と、この子だけみたいや」

スバル

(#-_-)

「おい、ラム。ここにいるのはお前と俺の二人だけじゃなかったのか? どういうことだよ、説明しろ」

ラム

「ラムは一度も、ラムとバルスの二人きりだなんて言った覚えはないわ。バルスが勝手にそう判断して興奮していただけでしょう。見苦しい」

スバル

「レムが心配すぎて配慮に欠けた、って言った方が可愛げがあるぞ、姉様」

ラム

「ハッ」

⬇️ 砂の下

ここは、砂丘の地下らしい

アナスタシア

「うちの見たところ、砂丘の中なんは間違いないんやけど……たぶん、ここって地下なんやと思うんよ」

スバル

「地下? 砂丘の、さらに地下ってことか?」

アナスタシア

「砂丘の砂の下っちゅぅことやね。洞窟……やなしに空洞って話になるけど、地上と比べて明らかに気温が低いのと、空気が重たい」

ラム

「砂丘の地下……嫌な予感がするわね。砂蚯蚓の穴倉じゃないことを祈るわ」

スバル

(゚д゚;)

「う……それは……」

目のない砂蚯蚓の生態を考えれば、この明かりのない空洞の闇もぴたりと一致だ。

🪶 非戦闘員

戦える人間が、一人もいない

スバル

「っていうかこのチーム、戦闘力に難ありすぎるだろ……俺とラムとアナスタシアって、わざわざ非戦闘員で固めたのか!?」

ラム

「エミリア様の騎士の身で、堂々と自分を非戦闘員扱い……これはダメね」

スバル

「現実を弁えてると言ってくれ。ベアトリスなしで自惚れるほど、俺は自分の鞭捌きに自信はねぇよ」

ラム

「ちなみに、そのベアトリス様は? 契約者なら繋がりを感じないの?」

スバル

「生憎、俺とベア子は心では強く結ばさってるが、現実的な感覚は伴わない」

ラム

「使えない」

スバル

「うるせぇよ」

スバル

「で、お前は戦えるのか? どうなんだ?」

アナスタシア

「――いざとなれば、もちろん戦うとも。ただ、アナの命を削ることになる。ボクとしてはできるだけ避けたい。君たちに期待させてもらうよ」

🎒 非常袋

備品だけは、持ち出せていた

アナスタシア

「竜車が呑まれる直前に、ナツキくんの用意してた非常袋だけ掴んだんよ。おかげで明かりと、ナイフと、非常食だけは持ち込めたわけやね」

スバルが『非常持出し用』として、竜車に備えておいた文字通りの備品だ。

スバル

「やっぱこの手の知恵って馬鹿にしたもんじゃないよな。……これからも、初めて泊まる場所じゃ最初に非常扉の確認するのを忘れないようにしよう」

ラム

「戯言はともかく、バルスのお手柄でもあるわ。さ、褒賞に明かりを持たせてあげるから、キリキリと先導なさい」

スバル

( ̄д ̄)

「へーい……って、これ褒賞?」

二人がパトラッシュの背に乗る。

この図式、どう考えてもスバルが従僕のポジションだ。

🌬️ 細い風

出口は、まだずっと先だ

まるで状況を忘れたような、スバルとラムの軽口と言い合い。

それはきっと、互いの心の中にある不安を直視しないように、虚勢を張っただけ。

そのことはたぶん、二人とも気付いていて、何も言わなかったけれど。

スバル

「風は……きてるような、きてないような」

ラム

「きているわ。ただ、風の細さを考えると地上と繋がっているのはずっと先ね」

ラム

「エミリア様やユリウス様は、微精霊の導きで迷うことはないはずよ。その点でも、人選に悪意があると疑いたくなるところね」

🤫 こっそりと

ラムは、最初は取り乱していた

アナスタシア

「ラムさんやけど、ナツキくんが起きる前……飛ばされてすぐはかなり取り乱しとったんよ。レムさんが見当たらんくて、今は気丈に隠してるけど」

スバル

「……そうか」

記憶の中から妹の存在が掻き消え、それから一年間を過ごしたラム。

二人の間には、消えてしまったものがきっとうっすら残っている。

他の誰でもなく、スバルだけはそう信じなくてはならなかったのに。

アナスタシア

「まぁ、揃ってズブズブと暗い顔されるんも面白ぅないし、反省したんなら真っ直ぐ前見んとあかんえ? せやないと、大事なことも見落としてまうんやから」

スバル

「……調子崩れるな。お前、あんまりいいこと言うなよ」

🔇 何も出ない

魔獣に、一匹も出くわさない

スバル

「魔獣の巣かも、なんて警戒したわりに……一匹も魔獣と出くわさないな」

ラム

「それはラムも気になっていたわ」

誰もいない、何もないことに焦りはある。

だがそれ以上に募るのは、不安と嫌な予感だ。

害敵が出ないことは歓迎すべきだが、静かすぎることにも嫌な予感は拭えない。

――まるで、世界から切り離されたように。

スバル

「まさか本当に、どことも繋がらない亜空間に呑まれたわけじゃねぇよな?」

アナスタシア

「したら、うちたちが頼りにしてる風はどっからくるのかってお話やね。この空洞の主で、尋常でなく大きくて凶暴な魔獣の鼻息やなんて想像でもする?」

スバル

「それを笑い飛ばせねぇのが怖いよ」

🔱 分かれ道

右の道が、怖い

スバル

「分かれ道だ」

ラム

「右か左か、といったところね。どうする?」

スバル

「俺の知識だと、こういうときは右を選べってクラピカが言ってた」

アナスタシア

「誰やのん」

ラム

「それで、バルスはどっちに行きたいの?」

スバル

「……正直な話、左だ」

ラム

「クラピカのことはいいの?」

アナスタシア

「誰やのん」

字面だけ見れば、そのやり取りは軽口に見えるだろう。

だが実際には、三人の顔色は悪いし、表情は硬い。

言葉を解さぬパトラッシュさえ、険しい目つきで右の道を睨みつけていた。

原因は、右の道から感じる圧倒的な負の感覚だ。

抽象的に言えば嫌な予感。もっと言葉を選べば、それは恐怖心に近い。

🖤 胸の内側

右へ行けと、何かが喜んでいた

スバル

「右は……ヤバいと思う。碌なことにならない気がする」

ラム

「珍しく、バルスに同意だわ。アナスタシア様は?」

アナスタシア

「カララギ流の多数決なら、二票入った時点でひっくり返せへんし……それにうちもここで右を選ぶ勇気は、正直なところ持ち合わせがないわ」

左の道へ向かって、真っ直ぐ進む。

砂の壁越しにも感じていたプレッシャーが遠ざかり、肩の力が抜けるのがわかった。

ラム

「――嫌な場所だわ」

左の道を選んだのは、本能的にそれを忌避したのもある。

だが、理由はもう一つある。

――スバルの胸の内側で、右の道への快哉を叫ぶ何かの存在がある。

それの言うことに従うことが、恐ろしかった。

⏳ 進展なし

何時間歩いても、何もない

口数も激減している。

疲労感のせいでもあるが、時間経過すらも曖昧になったが故の精神の摩耗も手伝った沈黙だ。

わかっていることは、ただ、何の進展もないこと、それだけだ。

スバル

「……あの分かれ道、右だったかな」

ラム

「久しぶりに喋ったと思ったら弱音? やめなさい。みっともない」

しかし、彼女の毒にも覇気がない。

このまま何も見つからないのでは、という不安に彼女も支配されているのがわかった。

📌 針の正体

ラムは、あの一瞬で見ていた

スバル

「地上の、あの光の連射……なんだったと思う?」

ラム

「針だったわ」

スバル

「針?」

ラム

「細かい原理はわからないけど、細長い針を魔力で飛ばしていたのよ。針が熱を持っていたのは、飛ばす魔法の作用でしょうね。ただ、針自体も特別製だったようよ。弾かれて砂の上に落ちたあと、崩れて消えていたから」

スバル

(゚д゚)

「……あの騒ぎの中、よく見てたな」

ラム

「ちらっと見れば、そのぐらいはわかるでしょう」

スバル

「目的はなんだと思う?」

ラム

「監視塔に近付くものを倒す……にしては、バルスを執拗に狙ったのが謎ね。弱い敵から減らすのは戦術の基本だから、それかもしれないけど」

スバル

(´;ω;`)

「クソ、否定できねぇ!」

🪢 縛り上げて

ラムには、覚悟がある

スバル

「賢者と友好的な接触は、難しいってことか」

アナスタシア

「それは早計やと思うわ。あっちからしたら、うちらの素性も目的もなんも知らんと仕掛けてきたわけやろ? 話し合いの生じる隙はあると、うちは思う」

ラム

「それに最悪、用事があるのは賢者の知識であって人格じゃないわ。喋らないなら縛り上げて、適当に痛めつけてでも喋らせたらいいだけよ」

スバル

(゚д゚;)

「姉様、それ悪役サイドの言い分だよ!?」

ラム

「欲しいものがあるなら手段を講じる。子どものお使いじゃないのよ」

本気が伝わってきて、スバルは自分の覚悟の甘さと底の浅さを思い知らされる。

それだけ、レムに尽くす本気が彼女にある証拠だ。

しなければならないのは、成果をもぎ取るための覚悟。

賢者と相対したとき、それがどんな相手でも、非情に割り切ることができる覚悟を。

🔥 焦げた臭い

何かが、焼ける臭いがする

パトラッシュが息を詰めた。

地竜は進路を睨みつけ、目つきを厳しくしながら小さく唸る。

ラム

「――原因は、これね」

鼻腔に滑り込むのは、香ばしい何かの焼ける臭いだ。

スバル

「……火の臭い、だと思うか?」

ラム

「他のものには感じないわね。かといって、炊事の施設が整っているようにはとても思えないけど」

スバル

「これが火なら……臭いの原因は、文明人がいるからだよな?」

縋るような問いかけに、ラムもアナスタシアも簡単には頷けない。

アナスタシア

「道の先にいるんが人でも、友好的とは限らんね」

🤫 明かりを消す

こちらの灯りを落として、近付く

スバル

「……明かりを隠して、進むか。火を使ってるってことは、向こうの方に明かりがあるってことになる。俺らの方は最悪、隠しててもいい」

ラム

「バルス」

スバル

「あん?」

ラム

「何かあったら、置いてまっしぐらに逃げるわよ。恨まないようになさい」

スバル

「そのときは呪わせてくれ」

怖気づきそうになるのがわかったからか、ラムの言葉に勇気付けられる。

スバル

「――! 明かりだ」

通路の向こうに、微かに揺らめく赤い光を見つけた。

⬇️ 滑り落ちる

足下が、抉れた

静かに曲がり角に到達し、壁に背を当てながら向こう側を窺う。

わずかに熱気を孕んだ風が額をくすぐり、思わず目をつむった。

――ざざっ。

直後、スバルの足下がふいに抉れ、砂の滑り台がその身を斜めに転がす。

スバル

(゚д゚;)

「な――!?」

粒子の細かい砂は耐えるに能わず、一番下まで真っ逆さまに滑り落ちる。

おおよそ十数メートルの急斜面を転がった。

🦴 手に触れたもの

握っているものが、わからない

今の驚きで、思わずカンテラは手放してしまった。

手近なところにあればと体の周りに腕をやり、固いものに手が触れる。

一瞬、カンテラを見つけたのかと思った。

だがそれは、先ほどまで握っていた硬質なそれと比べて別物の感触だ。

表面はカサカサで、触り心地は木の棒のようである。

持ち上げてみると軽いが、太さと長さはそれなり。

スバル

「なんだ……?」

恐る恐る臭ってみると、ほんのりと感じるのは炭のような臭いに感じられて――。

🔥 火が点いた

焼死体の、真ん中に落ちていた

そう思った次の瞬間、突然の明かりが真後ろに発生した。

背後に出現したソレは赤く揺らめく原始的な輝き。

炎と呼ばれるそれである。

そして炎が照らし出した世界に、スバルは自分が握るモノの正体を見た。

――それは、おそらく、生き物の足だ。

動物だったものが、その全てが炭屑になるまで焼き焦がされた、その結果だ。

そして座り込んだスバルの周囲には、そんな炭屑となった元生き物が散乱していた。

スバルは無数の焼死体の真ん中に、滑り落ちていたのだ。

スバル

(ノ゚Д゚)ノ

「おぁ!? わ! わぁ!?」

🐴 頭がない

馬でも、人でもないものがいる

――ギャアアアアッ!!

無数の赤ん坊が一斉に泣き喚いたような、高くひび割れた鳴き声が上がる。

スバルの知る限り、魔獣はどれも歪で醜悪ではある。

だが何かしら既存の生物と掛け合わせたような、そんな形態であることが多い。

白鯨や大兎にしてもそうだ。どれも、動物としての基礎が存在した。

しかし、今、目の前に存在する魔獣には、その概念を当て嵌めたくない。

細いが、大地を力強く駆けるためのたくましい四足。

その四足に支えられる胴体があり、臀部から長い尾が揺れている。ここまでは馬と同じだ。

だが、本来なら馬の首が頭部へと続くはずの部分に、人の胴体がある。

人の胴体はさらに二本の腕を持っている。

そして人の胴体の首から上には、頭がない。そのまま、『角』が生えている。

ならば鳴き声を上げる口はどこにあるのか。

人の胴体の胸から腹にかけてが縦に裂け、横向きに牙の生え揃った口腔がある。

スバル

「……化け物だ」

背中からは炎の鬣を生やし、信じられない火力で砂の空洞を焼いている。

その火力を見れば、周りに転がる焼死体を誰が作り上げたのかは歴然だ。

🔥 息吹

何もできないまま、焼かれる

スバル

「……ここも、罠か」

講じる手段がない。

とっさに腰の後ろに手を回し、鞭の柄を掴んだが、それで何ができるとも思えない。

砂の上で身を回し、乱暴に炭屑の一つを蹴り上げてぶつける。

急斜面へ取りつき、上の通路へと戻る。

きた道を逆走することになるが、それは構っていられない。

――そこまで考えたところで、自分の体が微動だにしていないことに気付く。

牽制に炭を蹴り上げたことも。

振り返って急斜面を昇ろうと試みたことも。

それ以前に鞭へ手を伸ばしたことも、どれもこれも達していない。

――何故ならそうなる前に、魔獣の息吹がスバルを焼いているからだ。

💧 溶けていく

痛みが、遠のいていく

喉が焼かれ、肺の酸素を燃やし尽くされ、声など欠片も上げられない。

焼かれた肌が一瞬で泡立ち、皮膚が膨れて破裂する。

見たこともない体液が体中に溢れ、即座にそれが蒸発し、血が本当に沸騰する。

のけ反ることも、苦しみに転がり回ることもできない。

筋肉と脂肪が灼熱に焼かれ、溶かされ、ぐずぐずになっていくのがわかる。

痛みが遠のき、スバルは炎の中で溺れる錯覚を味わった。

火傷、そう火傷だ。火傷の深度について、どこかで見たことがある。

三段階までいくと傷痕が残るし、皮膚を移植しなければならないと聞いた。

火傷、これ、治るのか。

ただでさえ顔に自信がないのに、火傷なんて負って愛想をつかされないだろうか。

エミリアに、ベアトリスに、レムに。

❓ 誰か

「――ルス!!」

何か聞こえた。誰かが呼ぶ声が聞こえた。

馬鹿。なんだ。逃げるって言ったくせに。

溶けて、燃えて、眠い。

溶けて、消え――。

🔁 また戻る

「いつまで寝ているの」

ラム

「――いつまで寝ているの。いい加減に起きなさい、バルス」

スバル

(゚д゚;)

「ぐらんぶる!?」

周りを見回す。

暗い、何も見えない。それは、つい数秒前の恐怖を呼び起こすもので。

スバル

「ひっ」

ラム

「……呆れた。ただの暗闇にどれだけ怯えるの。子どもじゃあるまいし」

静かにその場に跪くと、彼女はその手でスバルの頬を撫でた。

ラム

「情けない顔」

スバル

「……俺の顔、溶けてないか?」

ラム

「――エミリア様以外の前では、蕩けてたところは見たことないわ」

頬に触れる掌の熱は、味わったそれとは比べ物にならないほど、温い。

故にスバルは理解する。また、自分は『死に戻り』して舞い戻ったのだと。

そしてここは、砂丘で迎えた二度の『死』とは、また別の出発点であると。

――砂海に流れる冷たい砂が、焼かれたスバルを嘲るように見ている気がした。

第六章13『砂の嘲笑』終了。