第七章23
『楽士ナツミ・シュバルツ』
旅芸人の一座として、正門をくぐる。ナツキ・スバルではなく、ナツミ・シュバルツとして。
🪞 粗末な鏡の中
イメージするのは、常に最も美しい自分
濃い目のアイシャドウ。
丁寧にカールさせた睫毛。
白粉で整えた肌の質感。
唇に、瑞々しく見せる朱色。
衣装が難題だった。
ひらひらした布を多めに纏い、体格を誤魔化す。
貴族の令嬢ではなく、旅芸人。
だから外見は、もっと『女性』を押し出していかなくては合わない。
これまでの出会いから、『美』のイマジネーションをかき集める。
――イメージするのは、常に最も美しい自分だ。
👏 破裂音
扉を開けると、沈黙が張り詰めた
扉を押し開く。
沈黙が生まれ、空気が張り詰めた。
それが如何なる感情による沈黙なのか、とっさの不安が理解を拒む。
だが、破裂音がした。
手と手が合わさる音。
祝福と、感服と、尊敬の入り混じった拍手だった。
「――見事ダ」
まだ不完全だった。
軽く喉に手をやり、小さく空気をそこで弾ませる。
歯車が噛み合ったところで、微笑む。
「ミゼルダさん」
( ゚д゚ )
「――っ、まさカ、声まデ? いったイ、いったイ、どこまデ……!」
(・・・・・・)
「なんだこレ」
「なノー」
🧊 絶対零度
同じ言葉が、二度目に飛んでくる
「そんなわけで、ナツミ・シュバルツ爆誕ですの」
(╬¬_¬)
「ふざけてるんですか?」
「え!?」
「化粧やかつらは、よくできていると思います」
「ただ、いつまでも女性のような話し方をする必要はないはずです」
「気持ちが大事でしょう? 常日頃から気を付けていないと、どこでボロが出るかわかったものではありませんもの」
「それに、自分が男であることに甘えていると、美の女神にそっぽ向かれ……痛い痛い痛い!」
かなり強く、耳を引っ張られた。
(´;ω;`)
「ミゼルダ姉様、レムさんが怖いですわ……」
「うム、泣くナ、ナツミ。……不思議ト、スバルとわかっていても可愛く見えル。タリッタも見習エ」
(>﹏<)
「姉上!?」
🕰️ 全員の時が止まる
ビアンカ、完成
「――揃っているようだな」
瞬間、全員の時が止まった。
――否、現れた人影と、それに化粧を施した本人以外の時が。
鴉の濡れ羽色の黒髪。
切れ長の瞳。
露わになった、白い肌。
極限の美貌を再現した、最高のジョーカーの手札。
( ゚д゚ )
「あ、アベルさん、ですか?」
「他に誰がいる。たわけた問いを投げかけるな」
「微調整は任せましたけれど……嫌味なぐらい、お上手ですのね」
「粉飾の手際を称賛されて嬉しいものか。とはいえ、貴様の技能には目を見張った」
(╬゚д゚)
「くっ、勝者の余裕……!」
🐯 論理の暴力
女装に抵抗がないのは、初めてではないから
「化粧に抵抗感がなかったのも、わたくし的には意外でしたけれど……」
「なんだ、婦女子を装うのを恥辱と思うとでも? 言っておくが、こうしたことは初めてではない」
「俺の立場を思えば、身を守る術は広く持ち合わせておくものだ」
皇帝の座に収まる前。
次代の座を巡った、暗殺合戦の日々。
自らの姿を偽り、時には性別さえも誤魔化して行動した。
犠牲を厭わぬ姿勢は、幼い日々からの積み重ねで形作られたものらしい。
「それでも、自分が美人だと自覚があるのはなんだか腹が立ちますわ……!」
「広く自国を見渡さなければならぬ立場で、自分自身さえ客観視できなくてどうして頂が務まる」
(´;ω;`)
「手間暇の、手間暇のかけ方が違いますのよ……神の贔屓……!」
📜 古事記に倣って
『クマソタケル作戦』
『女好き』、帝国二将ズィクル・オスマンを狙い撃ちにする作戦名だ。
誰からも異論はなかった。
実働班は五名。
残りの『シュドラクの民』は別動隊。
いざとなれば壁を攻撃し、陽動を引き受けてもらう。
ただしそれは、計画が失敗した場合の保険にすぎない。
🚪 最初の山場
検問を、正面から抜ける
🛡️ 衛兵
「――次、お前たちは?」
「わたくしたちは、旅芸人の一座でございます。北から流れ、この都市へ参りました」
見覚えのある衛兵だった。
前回、正門を担当していた一人だ。
つまり、最初の関門としてこれ以上ないほどうってつけの相手。
「……もしかして、この都市でも何か不安がおありですの?」
🛡️ 衛兵
「実は、今この街には帝国軍が駐留してるんだが、東の部族と揉めてるらしいんだ」
🛡️ 衛兵
「連中は夜の見回りなんて称して、街の酒場を自分たちで占拠しちまう。やってられねえよ」
衛兵と兵士は、そもそも所属が違う。
衛兵はこの街に帰属し、兵士は帝国に属する。
顎で使われる謂れはないわけだ。
😢 古い、古い話
作り話の被害を語ると、門が開く
「以前、帝国兵の方々に無理やり捕まって檻に入れられたり、奴隷のように扱われたことが」
「わざと足をかけて転ばされたり、ひどいときには刃物で脅されて……」
🛡️ 衛兵
(╬゚Д゚)
「ゆ、許せねえな……!」
――どれも、嘘ではない。
「もし、わたくしを哀れに思ってくださるなら、ぜひとも中へ入れてくださいな」
「この、帝国兵の方々が殺伐とさせた空気、一新してみせますわ」
「一番の見物は、なんといっても一座の華、舞姫の舞でしてよ」
ヴェールの向こうからの眼差しを浴びて、衛兵が硬直する。
全てが露わになっていないにも拘らず、彼の喉は凍りついていた。
🛡️ 衛兵
「入っていいぞ」
🎻 寄ってらっしゃい
フローラの演奏で、人が集まる
「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「はるか東の大瀑布、大水の彼方より、時を超え、世界を跨いで受け継がれし、歌と舞!」
軽やかな音が結び付いて、音楽となる。
🛡️ 通行人
「お、何が始まった?」
🛡️ 通行人
「へえ、こりゃ別嬪揃いじゃないか……」
何より、勝算は真ん中に控えている。
💃 薄絹を脱いで
――俺を見ろ
ヴェールを手で持ち上げ、顔貌が露わになる。
聞き惚れていた人々の視線がそちらへ向く。
殴られたような衝撃が、彼らを突き抜けた。
「まったく、悔しいこと」
「さあ、出番ですわよ、ビアンカ――!」
ただ腕を上げただけの一動作。
にも拘わらず、存在の奥底から滲み出る品があった。
それは空気に溶け出し、一瞬で大通りを支配する。
一瞬たりとも目を離してはならない。
本能に訴えかける、美の慟哭。
――俺を見ろ、と。
五分足らずの舞が終わる。
割れるような拍手と歓声が、大通りを包み込んだ。
勝ち誇った笑みに、何一つ反論が浮かばなかった。
🏨 三日が経過
潜入から三日、興行は十回を数える
潜入から三日。
合計十回の興行。
それなり以上の反響。
「聞いておりますの、そこの二人! 気を抜いてはいけませんわよ」
(¬_¬)
「たるんでねーとは言わねーけド、逆にアンタはなんなんだヨ……」
「どうしてナツミハ、誰も見てないところでも自分を偽っているのカ、私やクーナにはわかりませン」
「神は細部に宿ると申しまして、一見無駄にも思える細かな拘りこそが、それにリアリティというものをもたらすのです」
(・∀・)
「手を抜かない姿勢が大事、そういう話なわけだね。僕も大いに勉強になるよ!」
🌙 寝ているところを見たことがない
この男が眠るところを、誰も見ていない
「――無駄話とは、ずいぶんと余裕のあることよな」
気丈として見せまいとしているが、横顔には微かな疲れの色。
常に敵陣の中で気を張っているのだ。
「ビアンカ、あなたこそ少しは休んだらどうですの?」
「今さらですけれど、わたくし、あなたが寝ているところを見たことがありませんわ」
( ゚д゚ )
「あれ? あれれ? 言われてみると、僕もビアンカ嬢が寝ているところを見た覚えが?」
瞬きすら、両目同時にすることをしない。
「疲れませんの? その生き方」
「――。それを貴様が言うのか?」
「それを刹那でも許すほど、俺は俺を軽く見ていない」
🚪 遠慮のない足音
待っていた誘いが、向こうからやってくる
「旅の一座がいるのはここか。開けろ。都市庁舎の使いだ」
(>﹏<)
「あ、ちょっ、ちょっと待ってくださいまし!」
「はっ、笑わせるな、待つかよ。こっちは兵隊様だぞ」
首を掴まれる。
へし折る目的ではなく、あくまで言葉を封じるためのソフトタッチ。
それでも、隔絶した力の差を感じさせられる。
「お前、反抗的でいい目してるな。目つきが悪いのもいい。オレ好みだ」
(;゚Д゚)
「お、褒めに与り、光栄、です、わね……っ」
強い風が吹き込み、黒髪が頬をくすぐる。
窓辺に佇む舞姫を見て、ジャマルは驚くべきことに口笛を吹いた。
「ははぁ、こいつが噂の舞姫か。道理で、絶対に引っ張ってこいってわけだ」
そして、皇帝の顎を掴んだまま振り向く。
――かかった。
😤 見られながらの支度
着替えも荷造りも、見張られたまま進める
着替えも荷造りも、堂々と見られながら進めなくてはならない。
その屈辱は、そうそう拭えるものではない。
「了解した! さあさ、みんな準備をしよう!」
「フローラ……」
沸々とした怒りが、その一言に霧散する。
あえて付け加えられた言葉は、『無血開城』を思い出させるためのものだった。
「ほら、ビアンカと二人もご準備を! 特に、ビアンカは踊り以外は何にもできないポンコツなんですから!」
(>﹏<)
「いや! あえてお尻は振らなくていいんじゃないかな、ナツミ嬢!」
🪓 絶対に見たくない顔
手洗いから出たところで、鉢合わせる
都市庁舎の廊下。
手洗いから出ると、見張りが誰かと話していた。
「――へえ、お前さんが夜の余興に呼ばれた踊り子か」
心臓が、凍り付いた。
「うん? どうした。そんな驚いた顔して。おいおい、取って喰いやしないぞ」
ほんの少し前に、宿で聞いたのと同じ冗談。
だが、聞き流せない。
本当に取って喰う気がないのかと、問い返したくなるから。
「お前さん、本気でどうした? どこかで俺と……」
気分が悪くて、と言い訳したい。
だが、嘘は見抜かれる。
『死に戻り』を利用しようとしただけで、この男はナイフを突き立ててきた。
嘘は、避けなくてはならない。
(;゚Д゚)
「少し、その、怖くて……」
「怖い? 俺が?」
「あなたも、です。少し強引に連れてこられたものですから」
――嘘ではない。この男が怖いのは事実だ。
「あ、ジャマルか。だったら納得だ。そりゃ、怖がらせて悪かったな、お前さん」
「ああ見えて、あいつは俺の義理の兄貴になるんだ。全く似てない、天使みたいな妹が俺の婚約者でね」
美を追求した日々は、無駄ではなかった。
🪤 外との連絡
連絡がつかないと思っていたが、済んでいた
外と連絡をつける隙がなかった。
作戦の成否に拘らず、別動隊と連携できなくては話にならない。
――だが、それはすでに済んでいた。
(´・ω・`)
「ナツミが見張りを連れ出したあト、残りの見張りを惹きつけておくから仕事を済ませろト、そうビアンカに言われテ」
( ゚д゚ )
「な、な、な……」
「貴様に伝えて不自然に動かれるより、天然の囮として使ったまでだ」
「幸い、適度に仕事を果たしたと見える。褒めて遣わす」
(╬゚Д゚)
「うるさいですわよ! こっちが、こっちがどんな怖い目に……!」
「お、落ち着くんだ、ナツミ嬢! ほら、可愛い顔が台無しだよ!」
「あなた、絶対に終わったら殴りますわよ……!」
「終わったあとのことを考えているとは、ずいぶんと余裕があるようで結構だ」
この傲慢な舞姫に見惚れないものなど、大罪司教でもない限り存在しない。
第七章23『楽士ナツミ・シュバルツ』終了。
エミリア。
ラム。
レム。
ベアトリス。
プリシラ。
アナスタシア。
ミゼルダ
ナツミ
クーナ
ホーリィ
タリッタ
ルイ、
ミディアムもこちらだ。
ジャマル
トッド