第六章37
『ハリボテの見る夢』
自分に何が残っているのかを確かめて回る。そして、一本道を折れ間違える。
🕳️ 収穫なし
捜索は、空振りに終わる
「ごめんね。一生懸命、手掛かりを探したんだけど……」
元々記憶をなくした自覚に乏しく、落胆はそれほど大きくない。
「――? お師様、どーしたんスか?」
「んにゃ、何でもねぇよ」
他意なく、悪意なく、深い考えもない。
つまり何も考えていないということだが、それが今のスバルには救いに思えた。
「見たところ、どうやら本の並びに規則性はないらしい。それどころか、昨日は見つかったはずの本も、記憶を辿ったが同じ書架に収まっていないほどだ」
「そいつはまた、厄介で不親切な図書館があったもんだな」
📜 禁則事項
この塔には、決まり事がある
「片っ端から本を抜き出して床に積んでおくとかダメなのか?」
🧣 エキドナ
「ボクの想像だが、それはやめておいた方が賢明だろうね。おそらく、それは塔内でやってはいけない禁則事項に触れる。――書庫への不敬、そう見なされかねないよ」
「床に本を放置するなんて、司書の経験者であるベティーも見過ごしてあげないのよ」
「ベアトリス様は、わりと床に本を積んでいたことが多かった気がしますが」
「あれは、床に置いておくのが正しい保存法の本だったのよ」
「実は、この塔の中で何個かしちゃいけない決まり事があるの。『試験』を終わらせないで塔を出ちゃダメとか、書庫で悪いことしちゃダメとか、塔を壊しちゃいけませんとか、そういう決まり事」
「はいはいはーい! 星番のあーしがするッス! ルール違反があったら、なんか勝手にあーしがビビッときて、そんで血も涙もないキリングマッスィーンになるッス!」
「血も涙もないキリングマシーン……お前が?」
🤝 抱き込み失敗
監督役を、抱き込もうとする
「本気でそんなに重要なポジションなら、俺とお前のよしみで色々見逃してくれよ」
「あ、悪い人ッス! お師様マジダーティーッス! そんなお師様のお願いなら聞いてあげたいこと山の如しなんスけど、これってあーしの意思とかわりと無関係なんで、諦めてスポーツマンシップに則って正々堂々の和気藹々と頑張ってほしいッス」
「使えねぇ」
「あひん」
😔 寂しげ
エミリアの目が、伏せられる
「……なんだか、スバルとシャウラ、すっかり仲良しさんね」
しかし、その軽口を叩こうとした勢いは、瞳を伏せたエミリアの表情に止められた。
エミリアは微笑んだりしていない。ただ、紫紺の瞳を寂しげに揺らしていた。
「あ、違うの。仲良しなのはすごーくいいことよ。沈んだ顔なんて、スバルには似合わないし……うん、全然いいの」
今は、何を言っても不正解になる気がするのだ。
そもそも、この場における正解は彼方に消えた記憶の中にしかない。
☝️ 上を目指す
メィリィが、選択を突き付ける
「ねえ、それでこのあとはどうするのお?」
「お兄さんの記憶の手掛かりは見つからなかった。それは残念だし、別にいいんだけどお、それなら次はどうするのかしらあ」
「また、上を目指してみるう? お兄さんの記憶のことは、いったん後回しにして」
🧣 エキドナ
「……そう、だね。それも、一考の余地がある」
「待って。急ぐ気持ちは私も同じよ。でも、スバルをこのままになんてしておけないわ」
🗼 塔に奪われた
記憶は、塔に奪われたのでは
🧣 エキドナ
「現状はこうも考えられないかな? ナツキくんの記憶がなくなったのは、この塔の『試験』の一環かもしれないと」
「スバルの記憶が、『試験』の一環?」
🧣 エキドナ
「ナツキくんの身に起きたことが塔と無関係とは考えにくい。――記憶は、大きく言えば塔に奪われたと考えられる」
「記憶が塔に奪われた、って響きは中二的でカッコいいと思うぜ。……そもそも、タイゲタの『試験』は終わってたって話だ。ここで記憶を抜かれるのって変じゃないか?」
🧣 エキドナ
「うん。だから、ボクは記憶が奪われた理由は直接的に『試験』が理由ではなく、禁則に触れたことが原因じゃないかと考えている」
「昨日の俺が、ここで禁則事項を破って頭ボカーンってなったんじゃないかってことか。正直、抜け道探そうとするのは楽したがりな俺らしすぎて反論できねぇけども」
⚖️ 罰は一律ではない
シャウラは、怒っていない
「でも、それだと、シャウラが怒るはずなんじゃないの? 規則に違反したら、シャウラが怒るはずでしょう?」
「バルスが愚かしくも規則を破った可能性はわかりますが、シャウラは今もラムたちに牙を剥いてはいない。これはどう考えるの?」
「まさか、本気でバルスのために役割を放棄したとでも?」
「さすがにそれは楽観が過ぎるだろう。ただ、シャウラ女史はこの塔で行われる罰則の実行役である自覚が希薄だ」
「我々に提示された禁則は四つ、その禁則を破った場合、与えられる罰は一律ではない可能性もある。例えば書庫への不敬の罰は記憶の喪失……」
そこで、ユリウスは言葉を切った。彼の黄色い瞳が、ふとスバルへ向けられる。
その瞳の奥を過った感情、それは複雑怪奇でスバルには内実が読み取れない。
「本当に記憶がなくなるだけなら、目覚めて四、五時間のバルスの記憶を生贄に捧げて確かめるって手段もあるわよ。被害は最小限で済むわ」
(ノ゚Д゚)ノ
「人の記憶をモルモットにするのはやめろぉ! 記憶がその人を形作るんだぞ! ほんの四、五時間でも俺は俺だ!」
「冗談よ」
🌱 返してもらえる
『試験』を終えれば、戻るかもしれない
「ここで手当たり次第に足掻きまくるってのは俺も反対かな。なんか、往生際悪くジタバタしてても、落っことした記憶が見つかる気があんまりしないんだよ」
「それは、何か根拠がある発言なのかしら?」
「感覚的な話だよ。それに、これが本当に『試験』の一環なんだってんなら、ひょっとすると塔の『試験』をまるっとクリアすると、俺の記憶もひょっこり戻るかもだろ?」
それは不信感からくる否定ではなく、驚きから希望の種子を拾い上げる反応だった。
「そう、よね。スバルの記憶がこの塔に吸われちゃったんなら、きっと、塔の『試験』が終わったら返してもらえるかもしれないわよね」
「吸われちゃったって表現はちょっと可愛すぎる感あるけど、その意気その意気」
「ん、この意気ね!」
「まったく……どっちが励まされてるのかわかったもんじゃないのよ」
🩸 レイド
二層には、初代『剣聖』がいる
「二層にいく階段って、どこにあるんだ?」
「それは四層にあるの。四層から、二層までいっぺんに繋がってる階段があって……あるんだけど」
「昨日のような独断専行はしません。それは朝食の席でも誓わせていただいた通りです。ただ、それがなかったとしても……」
「初代『剣聖』レイドは強敵って話ね。さて、どうしたものかしら」
「あー、ごめん。それで、そのレイドってのはなんなの?」
相変わらず、状況に置いてけぼりのナツキ・スバルであった。
✋ はぁ!
チート能力を、探してみる
「問題は、記憶をなくした俺が満を持して何の役にも立たねぇ」
「小麦粉をばら撒いて、粉塵爆発でやっつけるとかうまくいかねぇかな……」
石造りの壁に手を当てて、スバルは「はぁ!」と念を発動してみる。
が、掌にざらついた感触と、空しい気持ちが胸に込み上げただけである。
壁に手を当てたまま、軽く身をよじって蹴りを放つ。爪先が痛い。これも外れだ。
🚱 永久に
魔法は、二度と使えない
「そうなると、魔法ってわけか。ベアトリス、俺が使える魔法を教えてくれ」
「魔法なら、スバルは永久に使えなくなったのよ」
(゚д゚)
「永久に!? なんで!? 禁呪にでも手を出したのか!?」
「使っちゃダメって言われてた初級魔法を使いすぎて、ゲートを壊したかしら。だから、スバルは二度と魔法が使えないのよ」
「初級魔法で壊したんだ!? だせぇ!」
記憶の有無とは無関係に、ナツキ・スバルの異世界生活は底辺スタートだった。
✨ 変身ポーズ
何ももらって、いないらしい
エミリアたちが準備をする間、スバルは自分に特殊な能力がないか確認に余念がない。
壁を叩き、壁に念じ、ちょっと塔内を駆け回ったりして、様々な方面から考えた結果。
「これ、もしかすると何ももらってないな……」
ほんの少し、記憶の自分より体力がついている気がする。
だがそれは、この記憶にない一年間でスバルが培った成果なのだろう。
親の期待にも応えられない凡人が、相応の努力の末に勝ち取った程度の実力。
「一応、変身ポーズまで試してみたんだけどなぁ」
「あとは、ピンチで覚醒する可能性に賭けるしかねぇな。……クソ」
🫱 借り物
覚えていない絆に、縋るしかない
記憶がなくなったこと。それはもはや疑いの余地はないだろう。
信じるべき証拠が多すぎるし、正直、今は『信じたい』気持ちの方が強かった。
ここにいたい。ここしか、今はない。だから、そのための力が欲しかった。
「結局、覚えてない絆に縋り付くしかないってわけだ。泣けてくるぜ」
エミリアたちが真剣に、身を案じてくれていることが伝わってくるほど。
スバルは借り物の立場にあやかる自分が呪わしかった。
――それでも、一緒にいくと言い張ったのはスバル自身だ。
🪢 自分を打つ
鞭は、体も覚えていない
腰の裏に備え付けられていた鞭を抜き取り、何となしに振るって壁にぶつけてみる。
引き戻す。自分の足を打った。
「ぐお……! こ、こういうのは体が覚えてるもんじゃねぇのかよ……!」
そもそも、愛用の武器に鞭を選んでいるところからどうなのか。
剣や銃ではなく、鞭を選ぶところに人と違うことカッコいいと勘違いしている性質が感じられる。
🎭 ハリボテ
――ハリボテでは、ないか
記憶を失い、一緒にいたはずの人たちに心配をかけ、役立たずになった挙句。
体に刻まれた歴史だけは残して、ガワだけ整えてある。
ハリボテではないか。
「は」
内心、自分の脳内に浮かんだ四文字の言葉が、馬鹿笑いしたくなるぐらいくだらない。
――ナツキ・スバルがハリボテでなかったことなど、いつあったのだ。
「あー、やめだやめ。アホらしい。自分で自分のモチベ下げてる場合かよ……」
「こんなときのために、やってきたことの日記でも残しておけよ。使えねぇ」
🌀 螺旋階段
道を、折れ間違える
「ととと、こっちじゃねぇや」
一本、道を折れ間違えて、スバルは別のフロアに出ていた。
正面に大きく広がるのは螺旋階段――異常なほど巨大な、下層へのフロアだ。
六層から四層まで上がるには、百数十メートルもの高さを階段で上がる必要がある。
「元の世界との共通点を探す、みたいなことは前の俺もやったのかね」
前の俺、という表現に自分でおかしくなる。
本来であれば、自分の以前も以後もない。過去も現在も、自分は地続きだ。
🕳️ 落ちる
――天地が、ひっくり返る
「――お?」
それは本当に、何気ない吐息だった。
思いがけないことを受け、思わずこぼれたものだ。
それ以上でも以下でもない。ただ、それぐらいささやかな衝撃に、背を押されて。
その、それ以上でも以下でもない吐息をこぼして――天地がひっくり返る。
「ぁ?」
足が、地面を離れていた。――否、離れたのは足だけではない。体だ。
体ごと地面を離され、宙に投げ出され、完全に天地を見失い、浮遊感に呑まれる。
浮遊感に呑まれ、ナツキ・スバルの存在が、落ちてゆく――。
😱 おかあさん
自分を、見失う
「ま、て、待て待て、待て――」
落ちている。転落している。墜落している。はるか高みから、はるか地上へと。
螺旋階段を大きく外れ、大口を開ける巨大な黒い闇に呑み込まれている。
振り回される感覚、そのまま、込み上げる嘔吐感、酸っぱい胃液が宙に溢れた。
エミリアに呆れられる。ベアトリスに怒られる。ラムに冷たい目で見られる。
ユリウスにため息をつかれる。エキドナに肩をすくめられる。メィリィに笑われる。
そんな場違いな焦燥感に、スバルは自分の本質を見失い、喪失した。
記憶の次は、自分を見失って、なくしものばっかりで。
「おかあさん」
酸味まじりの呟きが漏れたのと同時に、ナツキ・スバルは失神した。
🔁 また
――目覚めて、最初に聞こえたのは
「――スバル! ねえ、スバルってば、大丈夫なの?」
腕に触れる細い指の感触と、間近に感じる息遣い。
――すぐ目の前に、恐ろしく整った月の妖精がいた。
「じゃなくて、エミリアちゃん……?」
「ああ、スバル、よかった。目が覚めたのね。すごーく心配したんだから」
緑色の蔦に覆われた部屋、その蔦で編まれたベッドの上に横たわる自分。
「エミリア、そんな優しい態度だとスバルは反省しないかしら。もっときつく言ってやらないと、ベティーたちの心配が伝わらないのよ」
「そうよね。ほら、ベアトリスもこう言ってるでしょ? スバルが見当たらないって大慌てで、倒れてるところを見つけて泣きそうだったんだから……」
「言わなくていいことまで言わなくてもいいかしら!」
そのやり取りを見ながら、スバルはただ、大いに首をひねった。
(・_・)
「え? なに、夢?」
第六章37『ハリボテの見る夢』終了。
スバル
ユリウス
ベアトリス
ラム