リゼロを読む WEB版・初見向け解説
明るさ
字の大きさ
行間
地の文の書体

206話

第六章52

『神様、許してください』

五層の戦いを見下ろしながら、スバルは自分の限界を思い知る。

🥢 燃えない

――木の棒が、燃えない

――おぞましい剣舞が、吹き抜けの五層を舞台に展開されていた。

魔獣は掠めるだけで人体を炭化させるような法外な火力を叩き込んでくる。

だが、男はそれをあろうことか、何の変哲もない木の棒で易々と受け流す。

木の棒が火に焼かれないのは、焼かれるより早く木の棒を振っているから。

炎の剣撃を受け流せるのは、必要最小限の力を剣風で与えて剣閃をずらすから。

殺意が灼熱となって取り巻く空間で楽しそうなのは、その男の頭がおかしいから。

レイド

「そらそらそらそらそらそらそらそら! どうした、オメエ! 遊ンのか、オメエ! こないだとは違ぇ状況だ、狙いどきだぞ、オメエ!」

🌧️ 雨と同じ

――正論が、通じない

ユリウス

「いったい、あなたは何を考えている!? これだけの魔獣が地下から湧いた! 今は塔全体の一大事で、力を合わせて対抗すべき状況です!」

レイド

「はンっ! お行儀のいい剣筋の奴は考えることまで行儀がよろしいな。オメエ、そンなンで人生楽しめてンのかよ? オレの経験上、やりてえこと我慢してる奴より、やりてえことやってる奴の方が強ぇし楽しンでンぞ、オメエ」

ユリウス

「何を……」

レイド

「大体、気持ち悪ぃ火炙りの馬が走り回ってるぐれえで何の問題がある? 雨が降ったのと変わりゃぁしねえ。雨の方が面倒臭ぇな。オレぁ癖っ毛なンでな」

明確な殺意をみなぎらせて襲ってくる炎の魔獣の群れを、雨粒と同じ次元に喩える。

聞くものの心を無理解と混乱で満たす以外に何の意味も持たない。

🩸 荒療治

――自分で、骨を嵌める

レイドの理屈に思考を乱され、ユリウスは剣閃に迷いを生じる。

振り返ろうとした瞬間、ユリウスの左肩を蹄の一撃が捉える。

が、彼は蹄の威力を利用して身を回し、伸び切った魔獣の足を騎士剣で両断。

出血する左肩を己の騎士剣の柄で強く殴りつけた。

生々しい、肉と骨の音。レイドがスバルにした以上の荒療治、骨が嵌まる。

レイド

「かっ! それだ、それ。悪くねえぜ、オメエのその面」

🦶 お留守

――足下が、お留守だ

レイド

「けど、足下がお留守だ。まぁ、オレから見りゃどこもかしこもお留守番だがよ」

退屈そうに耳をほじるレイドの長い足が、背を見せたユリウスの胴を直撃する。

受けたユリウスの体が石をくるんだ布のように軽々と吹っ飛び、塔の壁へと激突させられる。

ユリウスは殺到した魔獣の胴を肩を、足場にして包囲網を突破し、まとまった隙を見せる魔獣たちへ左手を向けた。

――何も起きない。

突き出した左手を握り、ユリウスが痛恨の表情を浮かべる。

☠️ 皆殺し

――二、三秒で、全滅する

レイド

「――この期に及ンで、まーだ本気でやれてねえな、オメエ」

両手で二本、振るわれた木の棒が巻き起こす剣風が、十数体のケンタウロスの巨体を宙へ浮かび上がらせる。

レイド

「死ンどけ、駄馬共が」

胴を薙ぎ、心臓を穿ち、人体の上半身をへし折り、魔獣の全体を蹴り潰す。

宙に舞い上がり、地面に死体となって散らばるまでほんの二、三秒の出来事だ。

レイド

「ちっ、切りがねえな。次から次へと巣からわンさか湧きやがる」

🚶 出掛ける

――その性分は、どうにもならない

レイド

「人がお出掛け気分で降りてきて、食べ残しの皿だけ片付けちまおうってときに邪魔ばっかりしやがって。けったくそ悪ぃ奴らだぜ、なぁ、オイ」

ユリウス

「待ってくれ、出掛けると? この状況で、この塔から出ていくつもりだと、あなたはそう言うのか!?」

レイド

「なンせ、塔の中にゃ退屈な奴しかいねえ。オレの遊び相手ができたのが激マブ一人……オメエらじゃ、今のオレの遊び相手も務まらねえ」

ここで激発すれば、レイドとの交渉はご破算になる。そう、ユリウスの理性が考えたのだろう。

レイド

「どうにもなンねえな、その性分」

その内心が受けた痛みは、彼以外の余人には決して窺い知ることなどできない。

🫥 凡人

――殺せないものは、殺せない

眼下の乱戦は、凡庸の塊であるスバルが割り込むことなど考えることすらおこがましい次元にあった。

仮に彼に戦いを挑めば、スバルなど瞬きの間に四肢を落とされ、無様な敗戦を晒すこととなるだろう。

エミリアも、ユリウスも、ラムさえもそうだ。

この塔にいる全員が、ちっぽけなナツキ・スバルの力では到底太刀打ちできない力の持ち主なのではないか。

殺せないものを殺すことはできない。

ナツキ・スバルには、『死者の書』計画を実行する力などない、それを自覚した。

📣 後ろだ

――なのに、口が動く

愕然と立ち尽くし、表情をなくしたユリウスは背後の魔獣への気付きが遅い。

レイドは魔獣の存在に気付いているくせに、彼に忠告する気配がまるでなかった。

このままならば、書庫に、ユリウスの『死者の書』が加わる。

偶発的で、流動的な状況を利用して、彼を『死』に追い込むことでしか――。

スバル

(ノ゚Д゚)ノ

「――後ろだ、ユリウス!!」

🔥 一回り大きい

――一回り、大きいのがいる

躊躇わず、右へ側宙する細身を掠めて、背後から放たれた業炎が五層の床を大火力で焼き払う。

爆発的な火勢が空間を赤く染めるのは、その炎撃を繰り出した魔獣の個体が、これまで相手にしていた個体と比べて一回り以上も大きいためだ。

大人と子どもほどもある体格差、成体と幼体――そのレベルの違いであるとスバルには感じられた。

🤝 頼んだ

ユリウスが、見上げる

彼の視線は頭上、窮地を知らせた姿勢のまま固まるスバルへと向いていた。

疑念、戸惑い、躊躇、懸念、様々な負の色合いの感情が彼の双眸の奥で渦巻く。

ユリウス

「――エキドナを、アナスタシア様を頼んだ!!」

そこに込められていたのは、ひび割れて傷だらけの信頼、それに縋る懇願だ。

疑念と、戸惑いと、躊躇と、懸念があって、それでも彼は止まらず、決断した。

弾かれたように、スバルは床に張り付くように重かった足を動かして走った。

行き先はわからない。逃げるのか、そうでないのか、それすらわからない。

レイド

「――はン。本当に、どうもなンねえな、その性分」

👧 見殺しなら

――何故、叫んだ

――何故、叫んだ。何故、あのまま、死ぬに任せなかったのだ。

『見殺しなら、自分で殺すのと違って感触が手に残らないはずでしょお?』

レイドが姿を現してから、一度も出てこなかった幻影だ。

その少女の声が、まるで『自分の首は絞められたくせに』と呪うようにスバルを責め立てる。

スバルの行動は矛盾している。思考と行動と、願いと目的と、一致していない。

これでは消極的な見殺し、決定的な場面に自分が関わりたくないだけではないのか。

🟣 捜したのよ

ベアトリスが、駆けてくる

ベアトリス

「捜したのよ! 今、そっちにいくのはマズいかしら!」

スバル

「べ、ベアトリス……!? それに……エキドナ!? お前ら、なんで一緒に……」

🧣 エキドナ

「……よりによって、ここで君と出くわすのか、ナツキくん」

その隠し切れない猜疑心が、スバルの置かれた立場を否が応でも自覚させる。

――エキドナは、知っているのだ。

そしておそらくそれは、彼女だけに限った話ではない。

全員が、スバルの身に起きた出来事を共有しているはずだ。

🤝 繋がったまま

――手を、離さない

躊躇を覚えるスバルと裏腹に、ベアトリスが一方的にその手を取った。

🧣 エキドナ

「ベアトリス、本気かい!? 彼は檻の外に出ている! この状況でだ!」

指を突き付ける、その仕草に見た目以上のプレッシャーが宿った。

スバルにはこけおどしでも何でもない、銃口を向けられたに等しい状況だった。

🧣 エキドナ

「どくんだ、ベアトリス! ここまで怪しい行動をされて、彼と同行するなんて危うい選択はできない! 彼はラムが主張する通り、ナツキ・スバルではないんだよ!」

ベアトリス

「そんなことないのよ! 手を繋げば……こうして触れているベティーにはわかるかしら! スバルと、ベティーとの契約は繋がったままなのよ」

🧣 エキドナ

「……だとしても、信用はできない! この状況下で檻の外に出ているんだ! いったいどうすれば彼を信じられる?」

🏳️ 降参

――もう、いい

スバル

(´-_-)

「もう、いい」

ふいに、音を立てて、それまで張り詰めていたものが切れた。切れてしまった。

スバル

「見ての通り、降参だよ。……もう、お前らの好きにしてくれたらいい」

🧣 エキドナ

「殊勝な態度を見せれば、こちらの態度が軟化するとでも思っているのかな? だとしたら、それは大きな勘違いだ。ボクは君に、心を許さない」

スバル

「いいよ。それも含めて自由にしてくれ。――この塔は、もう駄目だ」

🧣 エキドナ

「とぼけないでくれ! 君たちの目的は、祠の『魔女』だろう!? それが叶ったから、こうして本性を現した。……アナの直感に従っておくべきだった」

💥 コンビニ帰り

――全部、こぼれ落ちる

ベアトリス

「スバル、スバル! どうしてしまったのよ! そんな言い方、スバルらしくないかしら!」

スバル

「俺らしいって、何なんだ。お前らが見てる、俺らしさって、どこに」

🧣 エキドナ

「……記憶をなくした。そんな、出来の悪い演技をまだ続けるつもりなのかい。妹の記憶が消えたラムや、自分を忘れられたユリウス、大勢が大切な人の記憶を消されたことを知りながら、君はまだそんな残酷な演技を!」

スバル

(#゚Д゚)

「演技!? 演技だと!? ふざけるな! 演技なら、もっとマシに演じられる立場にするに決まってんだろ!? 誰が……誰が好き好んで、『ナツキ・スバル』になろうとなんかするかよ! なれるもんかよ、こんな気持ち悪い奴に!!」

スバル

「お前らよってたかって、知らねぇんだよ! 誰なんだよ! 何もかもなくしたんだよ! 俺はコンビニ帰りなんだ! 今日一日、店員と口利いた覚えしかねぇんだよ!」

スバル

「それがいきなり異世界? 砂の塔? 死体! 『試験』! 偽物! 『ナツキ・スバル』! ふざけるんじゃねぇ! ふざけるんじゃ、ねぇ!」

🙏 許してください

――帰して、ください

スバル

「そうだよ! どうせ俺が悪いんだよ! ここじゃないとこにいきたかったんだ! 家に帰りたくなかったんだよ! 偽物の顔張り付けて、父ちゃんとお母さんに迷惑かけてんのが怖かったんだよ! だから、最初はワクワクしてたさ、最初だけな!」

スバル

「なんで、今いきなりキレてんだって思ってんだろ? 俺だってわかんねぇよ! でも、今いきなり限界がきたんだよ! 俺なんてこんなもんなんだって、ぶちって何かが切れたんだよ! 望まれたって何もできない! できやしない! だから!」

スバル

「だから……もう、許してくれ。許してください。俺を、うちに帰してください……。神様が、俺に罰を与えようと、したんなら、わかりました……俺が、悪かったんです」

頭を通路の床に擦り付けて、赦しを乞う。

誰に頼めばいいのかわからないから、神に祈った。

知っている全ての神の名を浮かべて、祈った。

しゃがみ込んでしまったスバルの隣に寄り添ったまま、ベアトリスの掌がそっとスバルの背を撫でている。

その答えを聞くことが、スバルにはあまりにも恐ろしかった。

⚖️ 信じない

🧣それでも、信じない

🧣 エキドナ

「……ボクは、君を信じない」

🧣 エキドナ

「泣いて縋られようと、一欠片の疑念が拭い切れない以上、ボクの答えは同じだ。ボクは……ボクには、アナの体を借りている責任がある。彼女を無事に取り返すためなら、誰に憎まれようと、恨まれようと、構わない」

🧣 エキドナ

「……だけど、戻ったアナに顔向けできなくなることも、したくない」

そう言って、エキドナがスバルの額へ向けていた指をゆっくりと下ろした。

🧣 エキドナ

「ベアトリス、君は彼といけばいい。ボクはユリウスのところへいく。彼と合流して、何もなければ上で会おう」

ベアトリス

「……わかったかしら。ほら、スバル、今は立つのよ。立てないっていうなら、ベティーが担いででも連れてくかしら」

🫳 袖

――袖を、掴んでしまう

――エキドナを、アナスタシア様を頼んだ!!

🧣 エキドナ

「――これは、何のつもりかな?」

何のつもりかと聞かれ、とっさに答えが出てこない。

🧣 エキドナ

「ボクは、譲ったつもりだ。それがどうして、こうなる?」

スバル

「……ユリウスに、頼まれて」

🧣 エキドナ

「彼に? 馬鹿な。彼がそんな判断を……しかねないのは、わかるが」

何故、何もかも手放そうと、放り出そうとした世界のために、この体は動く。

🦂 赤い光点

――暗がりに、赤い点がある

🧣 エキドナ

「ああ、埒が明かないな。とにかく、最後にユリウスを見かけた場所を……」

彼女の背後――通路の向こうに、赤い光点が浮かんでいる。

赤い光点、暗がりに浮かぶそれが、ゆっくりと動いて、スバルの黒瞳を捉える。

スバルは直感的に、それが、『目が合った』のだと理解した。

闇に同化する黒い体躯、赤々と輝く光点、異様に発達した鋭い一対の鋏。

何よりも特徴的なのが猛々しく震える尾針――。

――想像を絶するほど巨大なサソリが、尾針をこちらへ向けている。

ベアトリス

「スバル!!」

――光が、通路を席巻し、衝撃波が石造りの四層を激しく撃ち砕いていく。

第六章52『神様、許してください』終了。