第六章45
『罪人の抱擁』
死体を隠し、罪を隠す。それでも彼女は、こちらの頭を胸に抱いて話を聞こうとする。
🪨 隠す
――死を、隠すことにした
乱暴に掌で血を拭い、右腕に掠れた血の跡を残して袖を下ろす。
左腕に刻まれた『ナツキ・スバル参上』の文字も、袖を降ろして隠しておいた。
「とにかく、ここに長居はできねぇ……」
――悪いと心の底から詫びるが、スバルは彼女の死を隠すことにした。
そもそも、包み隠さず打ち明けて、いったい誰がこの状況のスバルを弁護できる。
「弁護も何も、ねぇよ。メィリィを殺したのは……俺じゃないかもしれなくても、殺した凶器は俺の両手だ」
🔍 探偵役
――探偵役自身が、犯人
「次、メィリィと会えたら……お前だけは、容疑者じゃない」
全滅と、絞殺と、スバルは二度もメィリィの亡骸をこの目で見たのだ。
クローズド系のミステリーのお約束、死者だけが容疑者から外れるパターンだ。
「探偵役自身が犯人ってのも、ミステリーのお約束だけどな」
探偵役の、別人格が犯人。このパターンもミステリーでは使い古されている。
『死に戻り』と組み合わされば、事件は永久に迷宮入りだ。抜け出せない、螺旋迷宮。
❄️ 冷たい
――額は、冷たかった
「言ってる、場合か……! とにかく今は、時間を稼ぐんだよ」
去り際、スバルは一度だけ、もう動かないメィリィの額を撫でた。
きっと、彼女はスバルに二度と触れられたくなかっただろう。
その証拠に、触れた額は悲しくなるほど冷たく、スバルを拒絶していた。
😰 呼び止められる
エミリアが、やってくる
「――あ、スバル! よかった、ここにいたのね」
(゚д゚;)
「――っ!?」
「ごめんね、驚かせちゃった?」
「――。お、どろいた。驚いたけど、それは、まぁ、なんだ、あれだ。いきなりだったからってだけで、全然平気」
「今の、また何かの悪ふざけ?」
すぐ背後の部屋では、今も眠り続けるメィリィの亡骸が転がっている。
ちょっと詳しく調べられれば、あっさり見つかる幼稚な隠し方でしかない。
「悪い、ちょっとトイレ」
👣 ついてくる
――離れて、くれない
「って、エミリアちゃん? 俺、トイレだってば。なんでついてくんの?」
「え? だって、あとちょっとしたらみんなで集まってお昼にするんだし、一緒にいた方がいいと思わない? 大丈夫、ちゃんと扉の外にいるから」
「おしっこの音聞かれることの心配はしてないけども……」
――エミリアは、何のつもりでスバルに同行したいと言ってきているのか。
前回の全滅時、スバルはエミリアとベアトリスの亡骸を見ていない。
まだ、スバルが存在を知らない、何者かが、あの塔の中にいたのだ。
🤲 顔に触れる
――敵意が、読み取れない
「スバル、大丈夫? やっぱり、まだ調子が戻ってないんじゃない?」
「――っ、だ、大丈夫。ちょっと考え込んでただけ」
「ホントに? でも、顔色が悪いと思うの」
「……よく見てるね」
「ん、そうよ、よく見てるの。なんだか、最近、気付くとスバルを目で追ってることが多くて……なんでかよくわからないんだけど、不思議ね」
瞬きしたほんの一瞬で、彼女の手がスバルの喉笛を掻き切らないとも限らない。
しかし、彼女の手つきに悪意や敵意が感じられず、スバルは途方に暮れる。
スバルに馴染み深いのは、厄介者を遠巻きにする雰囲気と、無関心の静寂。
――どちらも、ナツキ・スバルを孤独にはしても、傷付けはしない。
だから、目の前の少女が浮かべる感情が、本物か偽物か、わからない。
🕊️ 恩赦
エミリアが、
メィリィの話をする
「――そういえば、メィリィのことなんだけど」
「――っ」
何故ここでメィリィの名前が、という驚きが微塵も隠せていない、不意打ちの動揺だ。
「気が早いって怒るかしら。この塔から無事に戻ったら、メィリィのことをどうしたらいいかなって、相談するの」
「もちろん、あの子が一年前にしたことは悪いことだし、簡単に信じちゃいけないってオットーくんの言い分もわかるんだけど……砂丘を越えられたのはメィリィのおかげだし、まだ悪さするつもりなら、塔にくる前に色々できたと思う」
「恩赦、ってヤツか」
「自由にしてあげるって言っても、それはみんなに反対されちゃうと思うわ。でも、もっと別の、それこそ座敷牢の外で暮らすくらいは、ね?」
「もちろん、メィリィ本人と話してみて、あの子がそれを望んだらって条件付き。私が勝手に先走って、あの子に嫌われちゃったら大変だもの」
💢 馬鹿馬鹿しい
――くだらねぇ、と吐き捨てる
――エミリアが思い悩んでいるメィリィは、この手が殺したけれど。
それでも君は、俺のことを信じてくれるのかと。
「……馬鹿馬鹿しい」
「え?」
「くだらねぇって、そう言ったんだよ。自分でもわかってたはずだろ。気が早い? その通りだよ。こんな……こんな状況で、先の展望の話なんか、できるもんかよ」
感情的に罵って、スバルはすぐに自分の発言に唇を噛んだ。
この行いには、何の正当性もない。ただの八つ当たり、子どもの癇癪だった。
🫂 抱き入れる
エミリアが、頬を挟んで叱る
(#゚д゚)
「スバル!」
「ぶ」
「急にどうしたの。機嫌が悪くても、そんな言い方したらダメじゃない」
傷付く感情のままに俯くと予期したスバルを蹴散らすように、真っ直ぐな目で。
「不貞腐れて、辛い気持ちならちゃんと話すの! 私でも、ベアトリスでもいいわ。スバルが困ってるなら、私だって一緒に困ってあげる」
「でも、一人で抱え込んで、一人でむしゃくしゃして、一人で終わりにしちゃうのはやめて。そんなの、悪かった頃のロズワールみたいじゃない。真似しちゃダメよ」
ぐいっと頭を引き寄せ、自分の胸の中にスバルの頭を抱き入れ、優しく撫でる。
「わかってくれる? 私の心臓、全然怒ってないから。幻滅もしないから、話して」
🗣️ 打ち明けよう
――全部、話してしまおうと思った
押し付けられた柔らかな感触、その向こう側に、命を刻むリズムを感じる。
瞬間、スバルの心に湧き上がったのは、強烈な恥の感情だった。
ここまでしてもらって、あれだけ酷いことを言って、それでもなお、優しくて。
――本当に、いるのか? スバルを殺そうと、企んでいる何者かなんて。
――転落死だって、本当はただの事故だったんじゃないのか?
一番心が汚くて、危険なのは、本来ならいなかったはずの異分子だけなんじゃないのか。
「エミリア、俺は……」
「――うん」
「俺は……」
記憶をなくしたことも、メィリィのことも、死ぬたびに時を遡っていることも。
全部、信じてもらえないかもしれない。でも、信じてもらえるかもしれない。
🏃 火急
ラムが、割り込む
「――エミリア様! バルス!」
「どうしたの? 今、スバルとすごーく大事な話をしてて……」
「それは、見ればラムにもわかりますが……中断してください。火急の、用件です」
「……すぐに三層の、書庫へお越しください。ベアトリス様が、大変なものを」
「ベアトリスが?」
「アナスタシア様……いえ、エキドナでしょうか。とにかく、あの方と、ユリウスを探すわ。バルス、エミリア様とご一緒して」
「スバル、さっきの話、忘れてないから」
「……うん」
📚 凶兆
ベアトリスが、待っている
「――きたかしら」
「ベアトリス、ラムに呼ばれてきたの。何か、大変なものを見つけたって」
「いい知らせ、とは言えないのは確かなのよ。むしろ、凶兆と呼ぶべきものかしら」
「ベティーは朝から、このタイゲタの書庫を調べていたのよ。仕組みとして禁書庫と近くて遠い、この部屋を解析しようとしてたかしら」
「ま、前置きはいい。何があったんだ? 教えてくれ」
「上から三段目、一番右にある本なのよ」
📕 その名前
――背表紙に、その名前があった
ぎっしりと、書架には本が詰まっていて、背表紙の異世界文字は読み取れない。
だから、ベアトリスが教えたがった本、そのタイトルもわからない。
少なくとも、この書庫にある以上、それが『死者の書』であることは確かで――。
「嘘……」
これほどの驚愕、遅れてすぐにやってくる悲嘆。
いったい、何が彼女の心をそれほど強く、手加減抜きに打ち抜いていったのか。
「――メィリィ・ポートルート」
第六章45『罪人の抱擁』終了。
スバル