リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章16

『咀嚼の残滓』

戻ってきても、心が戻りきらない。おかしくなっているのが自分だと、わかってしまう。

🦷 壊れていく音

意識だけが、ずっと聞いていた

――何かが壊れていく音を、意識だけが延々と聞き続けていた。

痛み、痛みはある。息苦しさもある。

まるで、割れるように軋む頭の痛み――そう考えて、意識が苦笑した。

割れるように痛い、なんて話じゃない。

すでに割れるどころか、大事なものは全部砕け散ってしまった後だ。

おまけに痛みを感じる部分だってとうに潰れているのに、今さら何を言い出すのか。

考えるための器官は潰れ、生命の維持に必要な部分が根こそぎ失われて。

そうなってしまえば、人間は『死』を迎えるのだ。

👁️ 至近距離

ラムの顔が、すぐ目の前にある

ラム

「――ルス。バルス。しっかりしなさい」

ラム

「バルス、いい加減に起きないと、瞼を焼き切るわよ」

寝起きの頭に恐ろしい発言を聞かされて、意識が急速に浮上する。

ラム

「――バルス、起きたの?」

息遣いが届き、少し顎を持ち上げれば唇の触れ合いそうな至近距離だ。

無論、そんな色めいた事情があってのことではない。

そうでもしなければ互いの顔の細部が見えないほど、周囲が暗いから、それだけだ。

🤢 えずく

前回の光景が、消えない

脳裏に凄まじい勢いで蘇るのは、カンテラに照らされるラムの憎悪の形相だ。

そして、罵り合いを発端とした、何の意味も意義も見当たらない殺し合い。

スバル

「うぶ……っ」

自分の『死』はすでに、両手の指で足りないほど経験している。

身内が失われた経験だって、自分の『死』とほとんど同じだけ味わっている。

だが、スバルにとって『死』は決して慣れるものではない。

腹を裂かれ、首を断たれ、惨殺される姿を見てきた。

だが、ああして頭部を潰され、損壊されたのは初めてのことだ。

それも、最も信を置いている存在の一つ――パトラッシュの手で行われた惨劇だ。

🖐️ 噛むんじゃないわよ

ラムが、吐かせてくれる

必死に胃の中身を吐き出そうとするが、何も出てこない。

口の中は渇ききり、涎の一滴も流れ出てこない。

ラム

「――噛むんじゃないわよ」

一言そう前置きしたラムが傍らに腰を下ろし、その頤を持ち上げた。

心底つまらなそうな顔のまま、自分の白い指を喉の奥へと突っ込む。

ラム

「バルスの不器用は筋金入りだと知っていたけど、ここまでだと赤ん坊同然ね」

涙目になり、嘔吐感に任せるままに砂の上にそれをぶちまける。

胃液と水分を吐いただけだが、それでも嘔吐の前よりずっと楽になった。

ラム

「そう? 満足できたみたいでよかったでちゅね」

スバル

( ̄д ̄)

「お前な……」

今もラムの掌は、スバルの背中を優しく撫でている。

わかりづらく、辛辣な心遣いだ。

🗡️ 刺さったまま

あの言葉が、全部嘘とも言い切れない

脳裏に蘇ったのは、ひどく鋭く心を抉ったラムの言葉の刃だった。

前回の終局を招いた不和は、明らかに異常だ。

虫の居所が悪かった程度のことが積み重なって殺し合いになるなど、馬鹿げている。

――ただ、全て嘘と言い切るのも不自然だ。

通常ではありえないほど増幅されていたことは事実でも。

スバルがラムに感じた不満や憤りは、偽物ではない。

ならば、エミリアたちを心配しないスバルの態度に、ラムが不快感を抱いたのも事実だろう。

配慮するなら、ここで形だけでもエミリアたちの心配をすべきだ。

打算で仲間を心配し、仲間を欺く――嫌気が差す。

🐴 牙の列

パトラッシュの口を、直視できない

迷宮の向こうからやってくるのは、アナスタシアとパトラッシュだ。

闇に溶ける漆黒の地竜を遠目に見て、スバルの眼球が微かに震える。

閉ざされた口の中に並ぶ、刃と見紛う牙の列。

それが少女の頭部を噛み砕き、そして立て続けにスバル自身さえも。

スバル

「馬鹿か、俺は……いや、馬鹿だ俺は」

あの異常な不和の中、向けられた殺意が本物であったはずがない。

それでも、スバルは自分を殺した存在と向き合うことを繰り返してきたはずだ。

スバル

「そうだよ。レムだってラムだって、最初は……さ」

最初の関係は最悪だったし、命を狙われたことも、奪われたこともあったのだ。

それと比べれば、本意ではなかった先の出来事など、可愛いものだ。

――そのはず、なんだ。

💔 戻りきらない

心だけが、戻ってきていない

『死に戻り』したことで、『死』の直前の出来事や影響は置き去りにしたはずだ。

それなのに、消そうとしても恐怖は浮かび、あの瞬間の激情は蘇る。

スバルは延々と、その感情を押し退けるために抗い続けた。

そんなスバルの様子を、漆黒の地竜はただ寂しげに見守っているのだった。

💬 一人で喋る

アナスタシアが、ずっと喋っている

アナスタシア

「他のみんなも無事やとええけど……うちらの場合、パトラッシュちゃんがおる分だけギリギリ運が良かった方かもしれんし」

アナスタシア

「最悪、うちも切り札出すんは躊躇わんようにするけど、程々にせんと後がないから怖いんよ。せやから、二人のこと頼らせてな?」

アナスタシア

「……ちょぉ、ナツキくんもラムさんも話聞いてる? さっきからずーっと、うちが一人で喋っとるやないの」

スバル

「ようもまぁ、喋る内容が尽きずに続けられるもんだな。……今は他の奴らを見つけるために必死になるべきとこだろ。無駄口叩いてる暇なんてねぇよ」

アナスタシア

「無駄口やなんてとんでもやないの。それに、お喋りが尽きないんは普段はナツキくんの役目やん。今に限って静かぁにされたら、女の子二人……んーん、四人が不安になるやないの」

スバル

「四人、ね」

🕸️ 敵対ばかり

気付けば、寝首を掻かれる想像をしている

前回、殺し合いに陥った不和の中。

ラムの敵意とパトラッシュの害意、明白におかしくなった二人はわかりやすい。

だがアナスタシアのそれは一見して判断しづらく、最後まで心の色がわからなかった。

ナイフを隠し持ったり、取り成すように見せかけて隙を窺うなど、狡猾さは油断ならない。

常日頃、意識していなければどこで寝首を掻かれてもおかしくは――。

スバル

「……なんだってそうやって」

――敵対することばかり、ずっと考えているのだろうか。

👊 自分を殴る

異常なのは、自分の方だ

通路の正面を向き、ラムたちに見えない位置で自分の頬を殴る。

手加減抜きの一発に口の中が切れ、鋭い痛みと血の味を舌先に感じた。

ラムやアナスタシア、彼女らが異常なのではない。

現時点で異常性を手放せていないのは、他でもないスバルの方だ。

スバル

「すげぇな。自分で自分がおかしいのがわかるって、ゾッとしねぇ」

🖤 覚えのある地平

この感覚には、心当たりがある

自分が狂っているのか、相手が狂っているのか。

自分以外の何もかもが間違っていると、そう驕ったことがスバルにはあった。

究極的には当然、それは全て誤りである。

最後には自分が間違っていたのだと認めることができた。

だから、それは正しく、鮮やかな記憶だ。

だが、現状のスバルはその自分の異常性を、正常さの中で認識している。

その上でその異常性を飼い馴らせていないのだから、それはひたすらに恐ろしい。

この荒涼とした心の感覚と、どこまでも孤独に狂っていく飢餓的な狂気。

――これは狂人、ペテルギウス・ロマネコンティの至っていた地平だ。

自らの狂気を自覚して、異常性を正常に認識する、あの狂人の見た景色だ。

🗣️ 被害妄想

スバルが、正直に打ち明ける

ラム

「バルス、どうかしたの?」

スバル

「いや、なんでもね。靴の中に砂が入って気持ち悪いだけ」

ラム

「黙り込んで、は別にしても、何かを抱え込んで女を不安にさせるものじゃないわ。そうさせたくないなら、もっとうまく隠すようになさい」

まるで見透かされているようで、心がささくれ立った。

スバル

「説明しづらいのをどうにか説明すると……ちょっと今、被害妄想が激しい」

改めて言葉にすると、想像以上にフワッとした内容になってしまった。

🗯️ 軽口

普段どおりのやり取りが、影を薄める

ラム

「ご安心ください。バルスは喜んでいます。苦難を喜ぶ変態なので」

スバル

(ノ゚Д゚)ノ

「何の話? ねえ、俺の何を見た上での判定なの? あんまり自由にサンドバッグにするなよ? 知ってる? 打っていいのは打たれる覚悟のある奴だけだよ?」

ラム

「ハッ」

小馬鹿にするように鼻を鳴らす態度は、ほぼほぼ普段の彼女そのものだ。

すでに平静を取り戻せている彼女が羨ましくもあり、妬ましくも憎たらしくもある。

そしてそう考える自分に、嫌気が差した。

ただ、それでも普段の軽口を交わしていれば、不穏の影の色は薄められる。

それは紛れもなく、スバルが彼女らとの日常の中で作り上げた光明そのものだった。

🔵 レムへの反応

ラムの情は、思ったより深い

――レムについて、ラムがやけに敏感に反応するのが気にかかるのだ。

スバル以外の誰の記憶にも残っていないレム。

彼女と双方向に絆を結んでいるのはスバルしかいない。

そのレムの孤立した事情に、ラムは限りなく親身に近付こうとしている。

レムの記憶が彼女の中に残っていないのは、この一年で嫌というほど思い知らされた。

ただその一方で、ラムは『スバルから知らされた真実』以上に重く受け止めている。

思い出したわけではない。

なのに、思い出したのに匹敵するラムの想い。

彼女は情が、おそらくスバルの考える以上に深い。

――ただ、本当にそれだけなのだろうか。

ラム

「……いやらしい」

スバル

(ノ゚Д゚)ノ

「いや、いやらしくねぇよ。そんな目じゃねぇよ。それこそ被害妄想だよ!」

🌫️ 瘴気

不和の原因が、わかる

アナスタシア

「ナツキくんの動向には注意するとして……原因は、あれかなぁ」

ラム

「アナスタシア様もお気付きですか」

二人が揃って正面を指差す。

――目の前に、あの分かれ道が姿を現したのだ。

アナスタシア

「さっきから嫌ぁな風が流れてくるんは感じてたけど……原因がわかったわ」

ラム

「この悪い風が不和を呼ぶ。メィリィの話だと、バルスの体臭は魔獣を呼び寄せるそうだし、元々、相性が悪い……いえ、良いのかしらね」

スバル

「これ、この嫌な感じがなんだかわかるのか?」

ラム

「バルスの現状と、バルスの体臭と、掛け合わせると答えは一つよ」

スバル

「体臭って何度も言うな」

ラム

「瘴気」

⛩️ 魔女の祠

この先に、あるかもしれないもの

スバル

「魔女の、あれか。となると、この先にいるのって……」

ラム

「確信はないけど、元々、砂丘の奥に『魔女の祠』があるのは周知の事実。ああして砂海が解けた以上、何かの間違いで繋がっても……」

アナスタシア

「とんだ近道になった、言うことなんかなぁ。それで、やけど」

精神を掻き乱し、殺し合いを呼ぶほどの不和を生んだ原因を瘴気と断定。

二手に分かれる分かれ道。

右からは瘴気が漂い、左には――スバルだけが知る、あの化け物の巣。

⬅️ 左

今度は、声が揃った

アナスタシア

「で、どっちに進むんが正解やと思う?」

問いかけに、スバルとラムは顔を見合わせる。

そして、寸分の狂いもなく声を合わせ、言った。

スバル

「――左」

ラム

「――左」

そういうことになった。

第六章16『咀嚼の残滓』終了。