第六章90
『英雄』
監視塔の戦いが終わり、そして――第六章、最後の一話。
🕯️ さようなら
――できない約束ばかり、している
救いたかった。彼女を、この寂しい砂の塔から連れ出してやりたかった。
ナツキ・スバルはいつも、できない約束ばかりをしている。
その存在は、このプレアデス監視塔のルールそのものと結び付いていて、究極的にはレイドや、三層のモノリス同様――『試験』を進行するための舞台装置。
最後の最後まで、彼女はその『舞台装置』の役割に殉じたのだ。
ただの『舞台装置』ではありえない、そんな風穴をスバルの胸に開けていって。
「わかった。……きっといつか、俺はまたお前と出会う。だから」
「――だから、今はさようなら、シャウラ」
🦂 魔獣ちゃん
――あの、裸のお姉さんじゃない
(゚д゚;)
「いたっ! いや、わかったから、もう放していいって……いってぇ! おい、これ、耳から血が出る……こいつ! こいつ、本気で……!」
「……お兄さんったら、何やってるのよお」
「ちっちゃくても魔獣ちゃんなんだからあ、迂闊に顔に近付けたりしたら、目とか鼻とか食べられちゃっても知らないわよお」
「目とか鼻!? けど、こいつがそんな真似……」
「魔獣ちゃんよお、お兄さん。――あの、裸のお姉さんじゃないわあ」
それは言わずとも、小紅蠍がメィリィの加護の通じる魔獣であることの証であり――シャウラとしての自我がないこと、その証明でもあった。
💭 思い出した
――エミリアを、みんなが思い出す
「ベアトリス! 私のこと、わかる? メィリィは?」
「……心配しなくても、思い出したかしら。というか、忘れてたことを言われるまで忘れかけてたくらいなのよ。薄気味悪い感覚かしら」
「わたしも、ちゃあんと覚えてるわよお。お姉さんの方こそ、わたしのこととか、した約束とかちゃんと覚えてくれてるう?」
「ものすごい朗報だけど、ちゃんと整理したい。つまり? みんな、エミリアたんのことを無事に思い出したのか? それは、ええと……」
「――ラム女史が、ライ・バテンカイトスを討ったということだ」
💔 まだ
🟠レムを、思い出してくれたのか
この瞬間、ナツキ・スバルはひどく利己的に、エゴイスティックな希望を抱いた。
「――レムを、思い出してくれたのか?」
「……ごめんなさい、スバル。まだ、私はレムのことを思い出せてない」
「――っ! どうして!」
「ベティーも、なのよ。ラムの妹のことは、まだ思い出せてないかしら。それに……」
「まだ、ユリウスのことも思い出せてないのよ。『暴食』の被害の、全部が戻ってきてるわけじゃないかしら」
「――『暴食』の大罪司教、ロイ・アルファルドは生け捕りにしてある。厳密には、私の『名前』は彼に奪われたモノだ。だから、まだ戻らないのだと思う」
🧣 目が覚めた
――再現ではなく、本人だった
「エミリアさん、それにナツキくんらも、ずいぶんと久しぶりやねえ」
(゚o゚)
「……まさか、アナスタシアさんか?」
それは、人工精霊であるエキドナが扮し、トレースし切れなかった人間性の完全再現――否、再現ではない。
元々の本人の性質なのだ。それを、再現とは言わないだろう。
「そうそう。もう、長いこと居眠りしててしもたみたいで、心配かけて悪かったわぁ」
🧣 エキドナ
「何とかね。自責の念以外では、ボクが死ぬようなことはひとまずなさそうだ」
⛓️ 封印
――信頼と実績の、封印術式
ロイ・アルファルドは、全身を黒い結晶のようなもので包み込まれ、白目を剥いた状態で拘束――否、封印されていたのだ。
「相手は大罪司教……ただ、身動きを封じるだけでは不十分だろう。だから、可能な限り厳重に固めておいた」
「原理的には、陰魔法の応用かしら。シャマクで相手の意識を切り離して、そのまま固めてあるのよ。……これ、えげつないやり方かしら」
「何も、これは私が編み出した手法というわけではない。世界で最も有名な封印も、これと同じ術式を採用している。規模は桁違いだとしてもね」
「――『嫉妬の魔女』、よね」
⚖️ 持論
――簡単に死なせる人間は、碌な結末を迎えない
「問題は、どうしてこいつを生かしておいてるのか、だ」
「戻ってくる確証はない。私が彼を処断しなかったのも、それが最大の理由だ」
「早まれば、全てを失う可能性もある」
「命のあるなし、取り合い奪い合いは最後の手段。――人を簡単に死なせる人間は、碌な結末を迎えない。ホーシン語録やなしに、ウチの言葉」
「大勢を不幸にして、今だってみんなを苦しめてる。……そんな奴でも、アナスタシアさんは殺すなって言うのか」
「殺さなならんときは殺すよ。そう決断するし、いざとなったら手も汚す。でも、衝動に任せるんは違う。――ナツキくんも、こっち側の人間やと思う」
「せやから、いなくなった誰かのために涙も流せる。……ウチは、血も涙もない非情なナツキくんより、そっちの方が末永いお付き合いがしたい思うわ」
😴 限界
――五年以上、過ごしていたみたいに
記憶を失い、その間に何度も死に、その後にも何度も死に、記憶を取り戻すために己と向かい合い、目覚めては塔を襲う五つの障害と激突し、権能で仲間たちの負担を引き受けながら戦って、最後にはシャウラを失って。
それこそ、ほんの数日なのに、五年以上もこの塔で過ごしていたみたいに。
「スバル! ああもう、やっぱり無茶しすぎたのよ!」
「スバル、平気、大丈夫だから。今は、少しだけでいいから休んで? また、起きたらちゃんとお話ししましょう。私も、話したいことたくさんあるから」
😤 極悪人
❄️お師様の、フリューゲルが悪い人だと思う
シャウラのことはスバルの責任ではない。
エミリアたち、全員の責任であり、もっと言うなら。
(`・ω・´)
「――お師様の、フリューゲルが悪い人だと思う」
仮に、彼が世界を救った三英傑の一人だったとしても、シャウラを寂しがらせ、スバルを泣かせた時点で、エミリアの中では極悪人の仲間入りだ。
「あのね、スバルを『緑部屋』で休ませてあげたあとなんだけど、みんなには一緒にきてもらいたいところがあるの。……会ってもらいたい人がいて」
🐉 対面
――騎士として、これ以上の誉れはない
「――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者」
「まま、待つのよ、待つかしら。お、驚くで済ませていい問題じゃないのよ!?」
「はぁ~、さすがにウチもこれは予想外やったわ。なんやの。『神龍』さんて、大瀑布の向こうにいるって話やなかった?」
「このような形ではありますが、お目にかかれて光栄です。私はルグニカ王国近衛騎士団所属、ユリウス・ユークリウス。御身の逸話の数々、この胸の奥にしかと」
「『三英傑』の一角、レイド・アストレアと言葉を交わせただけではなく、ついには『神龍』ボルカニカと対面できたのです。ルグニカ王国の騎士として、これ以上の誉れがありましょうか。……ここは、なんという塔なのか」
🕳️ 魂が虚ろ
――ボケているのでは、なかった
「ボルカニカなんだけど、ここで長く待ちすぎちゃったせいでボケちゃったみたいなの。体は元気だから、すごーく暴れたりするんだけど……」
(゚д゚)
「偉大な『神龍』が、ボケてしまった……?」
「エミリア、たぶんそうじゃないかしら。これはボケてるんじゃないのよ」
🧣 エキドナ
「ああ、そうだね。最初はわからなかったが、今は感じる。これは精神の摩耗ではない。魂が虚ろなんだ」
「魂が虚ろ……つまり、中身が入ってないかしら。だから、決められた発言と、限られた反応しかできない。九割寝てると思えばいいのよ」
「九割……でも、すごーく強かったのよ?」
🧣 エキドナ
「魂が入っていたら、その比ではなかっただろうね」
🩸 龍の血
――城の血と、この龍の血は違う
「ただ、魂が虚ろでも、『神龍』の肉体には違いないかしら。それなら、プリステラの人間たちを助ける方法はあるかもしれんのよ」
「――なるほど。『神龍』の、龍の血を手に入れるんやね」
エミリアの、王選に参加した目的――ルグニカ王国が保存する『龍の血』を獲得し、その血を使ってエリオール大森林の凍土、その凍結を解く。
「……エミリア、混乱させて悪かったかしら。ただ、エミリアが考えてる『血』と、このボルカニカの血は違うものなのよ。だから、そっちは叶わないかしら」
「――最後の心の臓の響き、龍の心血として器に注がれたり。その血、真の龍の血として王城へ託され、人と龍との盟約の証とならん」
「知らないのも無理ないのよ。今の話は禁書庫に封じられた記録……もはや外の世界に名の残らない、『強欲の魔女』エキドナが残した記述の一文かしら」
「その血を残した龍は死んでないとおかしい……そうなると、そこで頭の中空っぽでも生きとる『神龍』さんやと筋が通らんねえ」
🤔 迷い
❄️そんなの、すごーく変なのに
しかし、それをしたいと思う反面、エミリアは迷ったのだ。
――ならば、自分は別の手段でエリオール大森林の永久凍土を溶かせるなら、もう王選に参加することを辞退し、舞台から降りるのかと。
「……そんなの、すごーく変なのに」
「すごーく残念なのはホントのことよ。でも、いきなりのことだったから、驚いちゃったのが大きくて、実感が湧いてなかったから……私は、へっちゃら」
むしろ、近道やズルはできないのだと、そう言われたも同然だと思える。
🚪 開く
――誰も、拒まない塔にする
「もう、この監視塔にくるための砂丘も、誰も拒まないってこと……かな」
「危ないこともあるかもしれないけど、それこそちゃんとみんなで気を付けて使ったらいいと思うの。私たちだけじゃ、判断できないこともたくさんあると思うし」
良くも悪くも、ここをどうにかする権利はエミリアたちにはない。
だから、もっと多くの人間で知恵を持ち寄り、一番いい方法を探すべき。
🧣 エキドナ
「……いささか他者に期待しすぎな気はするが、君らしい結論だ。ボクは、アナやユリウスが反対しないなら反対しないさ」
「責任無責任の話をするなら、調べもせずにここを放棄する方がよっぽどなのよ。ベティーは反対しないかしら。個人的に、興味深くもあるのよ」
🧊 悪寒
――『神龍』が、東を見た
一層の床、柱に寄りかかる最初の姿勢に戻ったボルカニカ、その『神龍』がゆっくりと首をもたげ、塔の外に視線を向けたのだ。
それが明確におかしな態度だと、少なくともエミリアだけは感じ取った。
(°_°)
「――なに?」
ゾクッと、背中を冷たい指でなぞられるような感覚があり、エミリアは慌てて悪寒の原因――ボルカニカの眺める方、塔の東側へと目を向けた。
👋 平手
🌸怒りではなく、泣きなさい
「もし、そこにフリューゲルがいるんなら、俺は絶対に許さねぇぞ。あいつには、言ってやりたいことが山ほどあるんだ。そうでなきゃ、シャウラは……」
「バルス、落ち着きなさい」
「自分の無力の腹いせに、シャウラを使うのはやめなさい」
「シャウラのことは聞いたわ。うるさくて品がなくて、バルスを慕うなんて目が完全に腐り切ってしまっていたけれど……消えなくちゃならないほどではなかった」
「惜しむなら、怒りではなく、泣きなさい。バルスの八つ当たりの理由にされるより、寂しいと泣かれた方がシャウラは喜ぶわ。――ラムもそうだから」
「強く想う相手だけは間違えていると、今でもそう思っているけれどね」
⏳ 消化
――食べ物なら、消化に時間がかかる
「何のことはないわ。ただ、『暴食』は他人の記憶を食べると話していたでしょう。もし、それが本当に食べ物のような扱いなら、消化に時間が影響すると思ったのよ」
「エミリア様は、奪われて数時間で取り返すことができた。なら、騎士ユリウスやプリステラの被害者、それにレムは?」
(゚д゚)
「……まさか、消化され切った?」
「――わからないわ。ただ、戻ってくるのにも相応の時間がかかるだけかもしれない。もしそうなら、希望はある」
💗 自慢の妹
ラムは、レムの姉様だもの
「『暴食』の大罪司教を倒すのに、レムの力を借りたわ。結果的に勝てたけど、その代償は大きい。……この子には、かなりの重荷を支払わせたでしょうね」
「角があった頃の働きをしたわ。バルスなら、内側から爆ぜていたぐらいの」
「そのことで、目が覚めたレムに恨まれるかもしれない。でも、悔やみはしないわ。ラムは、レムの姉様だもの。この子が憎もうと恨もうと、それは同じ。……なら、その先を良くしていくために、触れ合うだけよ」
「――。レムは、お前を憎んだりは」
(๑•̀ᴗ•́๑)
「そうでしょうね。――よくできた子だわ。自慢の妹よ」
過去を悔やむのではなく、未来を良くするために挑むと。
「結局、使わないに越したことはないんだよな……」
🍽️ 現れる
――光の消えた地点に、女の子がいた
「……何か、妙な空気を感じるのよ。これは」
不意に、『緑部屋』の中心に発生した現象――光が溢れ出し、スバルたちが驚愕する。
(゚д゚)
「――は?」
「……女の子?」
スバルは、その『女の子』の名前を知っていた。
「――ルイ・アルネブ」
🌿 精霊が消えた
――部屋が、空っぽになった
「下手な刺激はしたくないところね。……それとバルス、気付いている?」
「――部屋の治癒の効果が切れてる。精霊が、いなくなったのよ」
(゚o゚;
「え……な、嘘だろ!?」
「だとしたら、あの大罪司教と無関係ではないでしょうね」
しかし、そのラムの言葉は続けられなかった。それよりも早く――黒い終焉が、プレアデス監視塔へと襲いかかったからだ。
🌑 黒い影
――最後の障害が、この期に及んで
「パトラッシュ! ラムを――!」
――その直前、草の上を転がっているルイの姿が視界の端を過った。
「――っ! ああ、クソ! クソったれ!!」
こないと信じていたかった、五つの障害の最後の一つ――スバルに執着する、『魔女』の黒い影が、この期に及んで監視塔へと襲いかかってきていた。
「――バルス! しっかりなさい! レムが泣くわよ!!」
――それより早く、黒い影がナツキ・スバルを丸ごと呑み込んでいたからだ。
🖤 愛してる
――今は、その言葉が地雷なんだ
『――愛してる』
「悪いが、それには答えられねぇよ。……今は、その言葉は俺に地雷なんだ。そう言ってくれた相手の手を、掴み損ねたばっかなんでな」
「けど、負けねぇよ。俺は、負けない。何度でも、戦う。何度でも何度だって、戦う。今度こそ、約束を守る」
「――明日の明日のために、何度だって戦ってやるよ」
「――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん」
次の瞬間、直上より降り注ぐ凄まじい青い光が、世界を包む闇を直撃した。
🌱 草原
――砂丘では、ありえない光景
「いや、どんだけ甘えんだ……お前、そんな可愛いとこ見せて、次のヒロインレースでトップに躍り出る気……」
「あーぅ?」
(゚Д゚;)
「う、おわあああ――っ!?」
「な、な、な、なんだ、てめぇ!? 何のつもりだ!? また、俺をおちょくって……」
「うー、うー? うあー」
「ここ、どこだ……?」
ここは、アウグリア砂丘ではない。かといって、ルイと対峙した『記憶の回廊』というわけでもなさそうだった。
「エミリア――!! ベア子!! ラム――!!」
💧 袖を引かれる
――薄青の瞳が、開いた
――立ち上がろうとする腕を、そっと誰かに引かれた。
ガクガクと膝が震え、スバルの全身がわけのわからない汗を掻き始める。
それは、言葉にならない衝撃だった。それは、たとえようもないほどの激情だった。
ゆっくりと、瞼が震えて、薄く開き始める。
その向こうに閉ざされていたのは、湖のように澄んだ薄青の瞳。
楽しげに華やぐそれが、好きだった。
時に悪戯っぽく輝くそれが、好きだった。
胸を締め付けるほどに懇願するそれが、好きだった。
――ずっと、ずっと、ずっと、その輝きに焦がれていた。
「――レム」
(゚﹏゚)
「レム、レム……レムっ、レムぅ……れ、む……れむぅ……!」
❓ あなたは
――アナタハダレ、と
だが、その間、ただの一度も、彼女の声は聞けなかった。
今を、明日を、新しい彼女の声が聞きたかった。
「れ、む……大丈夫、だ。ゆっくりでいいから……」
「――あなたは、だれ、ですか?」
――アナタハダレ、と。
🦸 英雄
🟠俺は、お前の英雄だ
――この可能性は、予期していたはずだ。
もちろん、それでスバルの受ける衝撃が、痛みがゼロになるわけではない。
何より、ナツキ・スバルはすでに言われている。
『かっこいいところを、見せてください。スバルくん』
「――俺の名前はナツキ・スバル」
「今はまだ、思い出せないかもしれねぇ。でも、俺は……」
「あなた、は……」
(๑•̀ᴗ•́)9
「俺は、お前の英雄だ。――レム、会いたかった」
傷だらけの英雄像を背負い、少年は少女のため、再びそう名乗った。
――もう一度、誓いをここに。ゼロから、彼女との物語を始めるために。
第六章90『英雄』終了。
スバル
メィリィ
エミリア
ベアトリス
ユリウス
アナスタシア
ボルカニカ
ルイ
レム