第六章14
『砂上の信頼』
今度は右の道を選ぶ。だが進むほどに、体が重くなり、言葉が刺々しくなっていく。
🤚 温もり
頬を張られて、現実に戻る
冷たい砂の嘲笑と、触れた掌から伝わるラムの温もり。
どちらも今のナツキ・スバルにとっての現実であり、受け入れるべき『現在』だ。
「お前の指、すべすべしてて気持ちいいな……って、ぶべ!」
(¬_¬)
「図に乗るんじゃないわ。このバルスが」
「人の呼び名を悪口みたいな使い方すんのやめてくれます!?」
ついさっきまで、滅多に見えない優しさを見せてくれていたというのに。
もっとも、あのままでいられると照れ臭くて会話もできない。
🔥 三度目の死
焼死の記憶が、まだ残っている
『死に戻り』したことと、その『死に戻り』地点が早くも変更されたことを受け入れる。
――この砂丘において、スバルが迎えた『死』はこれで三度だ。
その内の二度は地上で、おそらく監視塔から放たれた光による死亡。
だが、三度目になる今回はこれまでとは全く違う、地下で化け物に襲われての死だ。
「あんな死に方だったのにな……」
全身を真っ赤な炎で存分に炙られて、何もかも無理解に沈んだまま焼き殺された。
灼熱の舌に体中を舐られ、あらゆる部位が焼けるというより溶けた。
人体が脂肪の塊とは知識の上では知っていたが、ああも簡単にドロドロと溶けるものなのか。
😰 こぼれ落ちるもの
戻る地点が動くと、救えないものが出る
「バルス、そろそろ落ち着いた? 大丈夫なら話をするわよ」
「あ、ああ。大丈夫、だ。……ここにいるのは、俺とお前だけか?」
「だとしたら、ラムは身の安全のためにバルスを置いて逃げているわ。そうしていないということは……わかるでしょう?」
ラムやアナスタシアには絶対に明かせない、スバルの抱く大きな不安。
『死に戻り』の地点が更新されたことによる、救いたいもののこぼれ落ちる可能性。
名前を喰われたレムを取り戻すことが、『死に戻り』によってできなかったように。
今回の更新で、分断された仲間に悲劇が起きていたとしたら。
「それだけは、絶対にダメだ……!」
🧣 二度目の合流
ベアトリスとの繋がりが、薄い
「バルス。――ベアトリス様とは、繋がっていないの?」
「試してみたけどダメだ。パスが通ってりゃ、ベア子の方から俺を感じることはできるはずなんだが……呼び出そうとしても、繋がりが薄い」
「瘴気のせいかもわからんね。精霊もよぅ息が続かんて、うちのエキドナもちょくちょくぼやいてるもん。……元気なんは、エミリアさんだけやったし」
「ベア子も、そうだったのかな」
気丈なベアトリスの場合、仮に不調でも自分から訴えるようなことはしまい。
その場合、スバルの方がちゃんとそれに気付かなくてはならなかった。
「だからそのためにも、他の奴らと合流する。――いこう、空洞の奥に!」
🍖 食われていない
あの焼死体は、餌ではなかった
スバルが掴んでしまった黒焦げの死体。
形状からして四足動物の後ろ足あたりだと思ったが、食われた形跡はなかった。
そして、そんな死体があそこには無数に転がっていたのだ。
ただ食事をするために炎を使う、というならグルメな魔獣として評価もできる。
だが焼くだけ焼いて死体を放置となると、話が変わる。
獲物が焼け死ぬのを楽しむ残酷な性格で、あそこはそのための場所と捉えた方が自然だ。
🔥 うなじ
余計なことを言って、焼かれる
「……うちの見たところ、ここいらは砂丘に間違いないはずなんやけど、地下かもしらんなぁって。ナツキくんはどう思う?」
「え? あ? ああ、そうだな。俺もそう思うぜ」
「寝るとき、下着は外した方が胸の形は崩れないわよね、という話よ。肯定するの? いやらしい」
(ノ゚Д゚)ノ
「そんな話を俺に振る方がいやらしいだろ!? ってか、そんな話じゃないよね!?」
「今のはラムさんの悪ふざけ。この非常事態にそんなお話するわけないやんか」
「だ、だよな? そうだよな。焦った。そもそも、ラムもアナスタシアも形が崩れるとか気にするほど胸とかないし……」
(´∀`)
「ああっと、ごめん、ナツキくん、手が滑ってたわ」
(ノ゚Д゚)ノ
「過去形で熱い!?」
カンテラがうなじに押し付けられて、魔鉱石発光の余熱に首が焼かれる。
途端に焼死の感覚が蘇って戦慄する。
📖 魔獣の生態
知識を、持ち寄っておく
「実際、砂蚯蚓だけに関わらず、魔獣と出くわす可能性はあるよな。この砂丘にいた魔獣だけど、対策を話し合っておいた方がよさそうだ」
「砂蚯蚓は外見の醜悪さと悪臭が目立つけど、凶暴性に反して肉体はそれほど強くはないわ。図体も大きいし、ラムの魔法で簡単に殺せる。……なんなら、バルスの鞭も無力ではないかもしれないわね」
(・o・)
「マジで? 鞭でダメージ入るの?」
「性格は案外臆病やって話やし、痛い思いしたら引き返す場合もあるらしいわ」
「袋鼠はできれば出くわしたくないわ」
「ネズミなんて名前に反して凶悪な魔獣なのか?」
「うんにゃ、戦闘力はないんよ。たぁだ、戦い方がえげつなくて。自分の体がパンパンになるまで空気で膨らんで、敵の近くで爆発するんやね。で、自分の血とか内臓とか浴びせてきよるんよ」
「一匹がそれをやって臭いがつくと、他の袋鼠も群れでやってきて同じことをするわ。血塗れになるわよ」
(゚д゚;)
「怖っ!」
❓ 心当たりなし
あの化け物を、二人とも知らない
「じゃ、次は俺が砂丘で遠目に見た魔獣なんだが……馬の体に人の胴体がくっついて、背中から火を噴く魔獣って、知ってるか?」
「……残念やけど、うちに心当たりないなぁ。ラムさんは?」
「ラムの方も残念ですが。聞くだに嫌悪感ばかりが募る魔獣だけれど」
「知らない、か……」
「本当に知らないか? こう、パトラッシュの頭の部分が人の胴体になってて、ちゃんと腕も二本付いてる。で、胴体の胸から腹の部分が縦に裂けてそこが口。それから人の胴体の首から上は、頭の代わりに角が生えてて……」
( ̄▽ ̄;)
「えぇ……何それ。めっちゃ気持ち悪いやん……」
「正直、ひいたわ」
詳しく説明すればするほどに、女性陣の好感度が下がっていく。
「そもそも、そんな魔獣を見かけたならその時点で報告なさい。なんでそんな危なそうな魔獣を見過ごすの」
「いや、それはその……夜のことだったんだよ」
🔱 また分かれ道
今度は、右を選ばせたい
「ナツキくん、ラムさん。――お喋りはいったん、止まっとこか?」
「分かれ道、や」
相変わらず、顔をしかめたくなるほどの怖気が漂っている。
そして、それが流れ込んできているのは明らかに右の道であるのだ。
「右と左、どっちへ行きたい?」
「クラピカ理論に従うと、右に向かうのが正解だ」
「誰やのん」
「右の道から感じる、この嫌な予感については無視するの? これは条件にはならない?」
『死に戻り』までして得た機会、むざむざと二人を『死』へは進ませられない。
🪤 人為的
ここは、誰かが手を入れた場所だ
「確かに右からあからさまに嫌な雰囲気はきてる。けど、これはちょっとばかりあからさますぎるだろ。まるでくるな、と言わんばかりだぜ?」
「あの『砂時間』を突破する仕掛けもそうだし、監視塔の前の魔獣の花畑もそうだ。あれは自然のもんにしちゃ手が込みすぎてる。そう思わなかったか?」
「つまり、ナツキくんは砂時間も花畑も、この空洞も人為的なもんやって言いたいん?」
「そうだ。遠ざけたいから、色々と罠も仕掛ける。ここが人為的なもんじゃないなら、ここまでの小一時間で俺たちが魔獣と出くわさないのはなんでだ? メィリィもいないのに、魔獣の住処だったら遭遇しないのは不自然だ」
「だから、ここは人の手が……いいえ、賢者の手が入った場所だと」
「そんでもって、賢者の性格があまり良くないのを俺たちはもう知ってる」
🤝 乗ってくれる
二人が、右へ付き合ってくれる
「……確かに、バルスの言い分にも一理あるわ」
(゚д゚)
「――! マジで?」
「なんで言うた自分が驚いとるんよ。おかしない?」
「本音やと、うちは右には絶対にいきたない。せやけど、三人の意見が揃って左になるように誘導されてる……そう言われると、頷きたくもなるんよ」
「だから、バルスの言い分を全面的に肯定するわけじゃないけど、一部に関しては肯定しないでもない。そうなると、右の道を確かめるのは吝かじゃないわ」
「ナツキくんの言うことに従うんは癪やけど、付き合ってくれるって」
(・∀・)
「――し! よかった、サンキュな。二人とも、後悔はさせねぇ」
「選んだ責任ぐらい自分で取るわ。勝手にラムの分の重さまで背負おうとするんじゃないわよ」
🪨 体が重い
手足が、意思に従ってくれない
右の道は案の定、足を竦ませた負の感覚が満ち満ちていた。
分かれ道の最初を抜けたら安定した空間が待っている――そんな期待は裏切られる。
むしろ呪いじみた負の想念は、強まる一方だった。
「体が、重い……」
重量が増しているとか、見えない妖怪に背中に乗られているとかではない。
体が重く、足が進まないのは全て精神的な問題だ。
心は怯えていないし、頭だってはっきりしている。
ただ、その意思に手足がうまく従おうとしてくれない。
肉体だけは理性や魂の方針に逆らい、本能的な拒絶感を露わにする。
「なんだ、ちょっと歩き難いかもだが、大したことないな。意外とゴールとか近いんじゃないかなんて……」
「バルス」
「お、どうした?」
「うるさい」
🤐 黙って歩け
ラムが、口をきかなくなる
「なぁ、気持ちはわかるけど、黙って歩いてるのも芸がないと思うんだが」
「楽しむために歩いてるの? 目的を思い出しなさい」
「そうじゃねぇけどさ……」
「黙って、歩きなさい」
現状、体の重さは精神の重さと同期している。
気分的に重たいから体も重いという悪循環だ。
そうならないように、適度に気を紛らわしたい。
というより、ラムならそのぐらいわかるはずだ。いつもは配慮してくれる。
やはり、相当辛いのかもしれない。
「言うてなかったけど、ラムさん、地下で目ぇ覚ましてすぐはだいぶ取り乱しとったんよ」
(#`_´)
「――っ! 余計なことを……!」
「今はお互い、話さん方がええよ。心がささくれ立ってるときは、誰とどんな話してもええ結果にならんもん。な?」
📉 狭くなる
道幅が、どんどん狭まっていく
「道が、どう見ても狭くなってきたな」
上下左右、いずれの間隔も狭まってきている。
その高さと道幅は、巨体の魔獣が通ることは不可能な域に達しつつあった。
かろうじて、パトラッシュが通るだけのスペースはある。
だが竜車を通す幅はないし、砂蚯蚓やケンタウロスが通ることも不可能だろう。
つまり少なくとも、この道の先にあの化け物が待つ最悪だけは免れそうだ。
「だけど、道が狭くなるってことはますます注意が必要そうだ。とっさのときに動けないだろうし、お前らも警戒しててくれ」
――チッ。
😠 舌打ち
スバルが、爆発する
(#゚Д゚)
「――おい」
今、ラムがしたのは、スバルの言葉に対する舌打ちだ。
「さっきから、お前、ホントに何のつもりだ?」
「別に」
「別にじゃねぇよ! 何のつもりなんだって聞いてんだよ!」
たまらず声を荒らげ、すぐ脇の砂の壁を蹴りつける。
「人が黙って進んでりゃ、ちくちくちくちくと聞こえてんだよ! 舌打ちも今のが初めてじゃねぇだろ? なぁ、オイ、何のつもりなんだよ!」
「別に何のつもりもないわ。ラムからバルスに言うことは何もない」
「嘘つけよ! 馬鹿か、お前? 隠す気があるんなら全部隠せ! ちらっと出してこれ見よがしにしといて、何もありません? クソ馬鹿の発想か、ボケ!」
🔢 優先順位
「ここにきたのは、賢者に会うためじゃない」
「ずいぶんと、バルスは進むのに熱心な様子ね?」
「当たり前だろうが! 何のためにここにきたと思ってんだ? 賢者に会うためだろうが!」
「違うわ。――ここにきたのは、賢者に会うためじゃない」
「ああ?」
「ラムたちがここにきたのは、レムのことを元に戻すためよ」
「同じ、ことだろうが! 賢者に会って、レムを助ける! 一緒だ!」
「一緒じゃないわ。レムを助けることが先にきて、賢者に会うのはその後ろ。優先順位が違う。……そう、優先順位が違うのよ」
その言葉の最後で、ラムが声を震わせた。
これまでの無感情な彼女のそれを総合して、余りあるほどの烈火の怒りだ。
🗡️ 一度でも
「レムのことを心配した?」
「ラムはレムのために、妹を思い出すためにきた。それなのに、今は何をしてるの? レムもいないのに、こんな場所でのらりくらりと……ふざけないで」
「誰もふざけてなんかねぇだろ……! こうなったから、こうなった以上はこうなったときにしかできないことをすんだよ。違うか?」
「ええ、そうかもしれないわね。でも、こうなったことを確かめる以前に、バルスは一度でもレムのことを心配した?」
「……あ?」
「地下で目を覚まして、バルスはレムのことを心配した? エミリア様のことは? ベアトリス様のことは? 見当たらない誰かのことを、ちゃんと心配した?」
確かに今回、目覚めたスバルは取り乱して皆の安否を確認しようとはしなかった。
だがそれは、ラムたちもそのことを知らないとわかっていたからだ。
スバルなりの、配慮だ。気遣いだ。
それなのに。
💔 どうでもいい
言ってはいけないことを、言う
「いいえ、してないわね。バルスはしてない。バルスは、レムのことなんてどうでもいいのよ。エミリア様やベアトリス様のことで頭がいっぱいなの。別にそれでもいいわ。それだけの男ってだけだから。でも、レムが可哀想」
「……黙れ」
「レムはバルスのこと、信じてたんじゃないの? ああ、それもバルスから聞かされただけの都合のいい話だからわからないけど。案外、適当なことを言っているだけかもしれないわね。女の前では都合のいいことばかり言う。エミリア様やベアトリス様もお可哀想だわ。こんな男に騙されて!」
(#゚Д゚)
「黙れよ!」
「いいえ、黙らない。何度でも繰り返すわ。――バルスは、レムのことなんて、どうでもいいと思ってる。このまま見つからなくても、せいせいするだけなのねって」
🖤 引き摺り下ろす
見えざる手が、投げ落とす
(#`Д´)
「――ふざ、けるなぁ!!」
視界が真っ赤に染まり、ぶつけられる軽率な発言に脳神経が燃え上がった。
高みからこちらを見下ろし、身勝手な言葉をぶつける高慢な女に怒りが爆発する。
掴みかかり、引き摺り下ろす――そんな時間ももどかしい。
「インビジブル・プロヴィデンス――!!」
Σ(゚д゚)
「――く、あ!?」
頭の中を駆け巡るどす黒い気持ちを、そのまま胸へ下ろし、解放する。
生まれ出でた黒い掌は快哉を叫び、地竜の背中の上へと這い上がった。
そして、こちらを糾弾する桃色の少女を投げ落とした。
✋ ぎりぎり
手が、首にかかっている
悲鳴を上げ、ラムが砂の上に乱暴に転がる。
目には見えない魔手の暴力に、ラムは何が起きたのかわかっていない顔だ。
その砂の上で寝転がるラムのすぐ傍に、スバルは駆け寄っている。
「ふざけるな」
自分がレムを、なんとも思っていないなどと、冗談じゃない。
怒りのあまり、全てがどうにかなったような、そんな過熱した思考のままに。
「――ぅ」
――スバルは仰向けのラムに圧し掛かり、その細い首を絞めていた。
ぎりぎり、ぎりぎり。
ぎりぎり、ぎりぎり、ぎりぎり。
第六章14『砂上の信頼』終了。
アナスタシア