第六章18
『砂の塔の番人』
目覚めた場所は竜車の中。全員が無事で、そして塔の上から、あの女が降ってくる。
🕳️ 暗い澱み
また、あの黒い場所にいる
――暗い、暗い澱みの中に意識はあった。
地にも空にも果てのない、闇だけが広がる黒い世界。
『死に戻り』するたび、何度か強制的に呼び寄せられていたような気がする。
ここにいた記憶を、外に引っ張り出せた試しがない。
出入りするのは初めてではないのに、外に出たときには入ったことを忘れる。
肉体も手足も目も耳も口もない。
上下左右もわからない。
それでも意識の中核にあるのは、耐え難く止め処ない激情――親愛であり、信愛であり、深愛。
ここへくれば、その愛情の源に出会うことができる。
意識はそれだけを学習し、再びここを訪れられたことに歓喜していた。
🗣️ 二つの声
邪魔をする声が、二つ
❓ 声
「ずいぶんと、浮かれきっているようなのデス」
❓ 声
「まったく冗談じゃないよね。ちょっとばかり運が良かったぐらいで勝ち誇って、その後も調子に乗られっ放しじゃたまらないよ」
本来なら届くはずのない声に、意識は振り返る。
振り返るには肉体が必要だ。そう考えて行動に移せば、闇はそれを与えざるを得ない。
かくして意識はナツキ・スバルになり、振り返る体と見回す視界を得た。
ただし出来損ないだ。本物のナツキ・スバルは到底再現できていない。
ナツキ・スバルを作るには、ナツキ・スバルはナツキ・スバルを知らなすぎる。
――だが、その欠落に、不完全なナツキ・スバルは気付くことができない。
🙉 理解しない
理解するための器官は、いらない
❓ 声
「並以下どころか人間以下、不完全ここに極まれりって感じじゃないか。そんな奴がさぁ、満たされていたこの僕を足蹴にするなんて何を考えてたんだ?」
二つの『意識』が揃って罵声を浴びせる。
片方は狂的に、片方は禍々しく。
だが意識だけのナツキ・スバルには、その憎悪が理解できない。
理解するための心が、脳が、用意されていない。
――なんとなく、そのための器官はいらない気がした。
欲求を覚えないものは、生み出すことも得ることもできない。
❓ 声
「怠惰! アナタ、怠惰デスね!」
肉体があると、対話する意思がないことを身振りで示せて便利だ。
気にすると見えてしまうので、気にしない。
🖤 影
前より、近くにいる
何も見えないはずの漆黒の闇、黒の中でより濃い黒を纏う影はいっそ鮮やかだ。
しなやかな指の両腕。細身でありながら柔らかさを感じさせる肢体。
それを包み込む闇色のドレス。
相変わらず、首から上は濃霧に覆われたかのように判然としない。
だが、そこに愛しい感情を抱かせる『誰か』がいることを、魂で理解している。
以前は腕と体つきだけだった人影が、今ではドレスの裾から覗く素足まで見える。
見えないのは、闇に隠れる顔貌だけだ。
❓ 影
「――愛してる」
出来上がったばかりの顎を引いて、ナツキ・スバルは応じた。
それだけのことに影が喜ぶのがわかり、申し訳ない思いが芽生える。
次の機会には、こちらからも愛の言葉が告げられるよう、『口』と『舌』が必要だ。
🛏️ 寝台
手を、握られている
目覚めた瞬間、スバルは『死に戻り』とは違う覚醒だと理解した。
周囲に光がある。肌寒さも薄れている。背中には柔らかい感触。
「ベッドで寝てる……」
白いタオルケット。枕と寝台の感触は、ここ最近で慣れ親しんだものだ。
すぐに竜車に備え付けの寝具だと気付けた。
上体を起こした瞬間、右手が誰かに掴まれていることに気付く。
ベッド脇の床に膝を突き、寝台に体を投げ出して眠るエミリアがいた。
「ぁ、は……エミリア、だよな? これ、無事に……」
左手を伸ばして頬に触れる。
白い頬は熱を持ち、その肌は常軌を逸して滑らかで柔らかい。
(´ω`*)
「おお、間違いない、エミリアだ。……可愛い、やわっこい、あったかい」
🟣 二晩
ベアトリスが、呆れた顔で立っている
「――あんまりイタズラしてやるもんじゃないのよ。エミリアもずいぶん、スバルを心配していたかしら。二晩、寝てないのよ」
(゚д゚)
「おおっひょい!?」
「ベア――」
「しー、かしら。聞き分けのないスバルは嫌いなのよ」
とっさに口を左手で塞ぎ、眠り続けるエミリアをそっと見下ろす。
彼女は唇をもごもごさせながら、どこか幸せそうな顔で頬を緩めていた。
「危ね危ね……で、ベア子。こっちこい。抱きしめさせろ」
「何を馬鹿なことを……し、仕方ないかしら」
自由になる左腕で抱き寄せ、しっかりと胸に抱え込む。
「よかった……マジでよかった。本当に、心配してたんだぞ」
「……それはベティーの台詞なのよ。スバルや姉妹の姉が見当たらなくて、ベティーたちの方がよっぽど肝を冷やしたかしら。生きた心地がしなかったのよ」
言葉の途中で、少女が顔を伏せる。
胸に額を擦り付けるベアトリスの頭を撫で、無言でしばらく再会を確かめた。
🔢 数え上げる
名前を、一人ずつ挙げて確かめる
「安心していいのよ。ちゃんと全員、無事に揃っているかしら」
望外の返事に心が安らぐ。
だが、すぐにスバルはその太鼓判に嫌なデジャブを感じて顔を上げた。
「待て、ベア子。俺はぬか喜びは御免だ。本当に全員大丈夫なのか?」
「む、スバルに疑われるなんて心外なのよ」
「お前がプンプンするのもわかるけど、別に疑ってるわけじゃねぇよ。お前が俺を騙そうとしなくても、結果的に騙される可能性はある。……プリステラでもそれは痛いほど実感したばっかりだしな」
何を警戒しているのか、そこまで聞かされてベアトリスは察した顔になる。
「確認するぞ。俺と、エミリアと、ベアトリス。それに、レムとラムとパトラッシュ。アナスタシアにメィリィにジャイアンと……最後にユリウス。これで全員だ」
「お前の言ってる全員ってのは、この全員で合ってる……か?」
「……大丈夫かしら。それで全員なのよ。ベティーが忘れていて、スバルだけが覚えてる誰かがいるなんてこと、ないかしら」
ようやく、全員の無事という言葉に力が宿った。
🧼 抜けている
あの憎悪が、影も形もない
「……そう言えば、あの変な疑心暗鬼、抜けてるか?」
ベアトリスには意味不明の行動だが、自覚症状の有無は大事な要因といえる。
「ベア子は……いつものベア子だ。エミリアも、いつも通り可愛い」
「何を言い出したのよ……」
呆れ顔のベアトリスだが、その言葉に奇妙な不快感や苛立ちは感じない。
二人に感じるのは信愛の感情だけだ。
あの地下でスバルを苛み続けた、不可解な憎悪は影も形もない。
「瘴気と遠ざかったから、でいいのか。原因不明で治療法も不明なんて、そんなおっかないのを放置しとくのも胸が悪いけど……」
📝 試験
聞き慣れない単語が、混じった
「スバル、まだ具合が悪かったり、体調に不安があるなら寝ててもいいかしら。急いで起きる必要はひとまずないのよ。試験はベティーたちだけでどうにかするかしら」
(・_・)
「……なに?」
「今、なんてった?」
「だから、休んでていいかしら。ズル休みじゃなく、ちゃんと具合の悪いときぐらい寝てても怒ったりしないのよ」
「なんかすごい言われた覚えがある感じの微熱トークだけど、その部分じゃねぇよ? その後で……試験って言ったか?」
ベアトリスが「しまった」という顔をした。
隠しておきたかったからではなく、休ませておきたかったから、という配慮だろう。
「わかってるのよ。ちゃんと説明するかしら。本当はもっとちゃんと、落ち着いてから話した方がいいと思ってたのに……口が滑ったのよ」
「隠し事できないのが、お前の可愛くて良いところの一つだよ」
🗼 場所
ここが、どこなのか
「ここは、どこだ? 竜車の中、なんて小ボケは挟まなくていいからな?」
「スバルも、想像がついていると思うかしら」
物憂げに吐息し、それから腕を組む。
少女は天井を――その向こうの外を見上げる仕草で、軽く踵を鳴らし。
「――プレアデス監視塔」
「あの砂丘の果てにあった監視塔、その中にベティーたちはいるのよ」
🔵 第六層
円い、途方もなく広い部屋
軋む音を立ててドアが開くと、薄暗い空間と乾いた風に出迎えられた。
壁にびっしりとこびり付いて淡く光る苔と、そこかしこの魔法灯。
「プレアデス監視塔の第六層……まぁ、最下層ってことかしら。砂海から見える塔の外見からだと、第六層は地下に埋まってる部分になるらしいのよ。砂の上に出るのは第五層から……といっても、あんまり区別はつかないかしら」
床は一面石造りで、空間のど真ん中にぽつんと竜車が鎮座している。
その竜車を中心に広がる円形の空間は、ざっと半径で二、三百メートル。
楕円ではなく、正確に円形として建造されているのなら。
その正確さと、掛けた手間の膨大さに空いた口が塞がらない。
「……大昔の無駄手間って考えると、ピラミッドとかが思い浮かぶな」
「ぶつくさと、またわけわからんこと言ってるみたいなのよ」
🦕 ジャイアン
地竜の無事を、確かめる
(ノ*゚▽゚)ノ
「おー、ジャイアン! お前も無事で何よりだ! ジャイアン、死んじゃいあん!」
「なんで急にそんなくだらないこと言い出したのかしら!?」
「いや、やっとかなきゃいけない気がして。でも、無事で嬉しいのは本気だぜ」
デザート仕様のガイラス種はタフが売り。
その文句に恥じないしぶとい生き様を見せ、ジャイアンは難局を乗り切った。
「そろそろ、小芝居も落ち着いていい頃なのよ。疲れるからいくかしら」
🏥 第四層
パトラッシュと
レムは、上にいる
「いや……ジャイアンがここにいるのに、パトラッシュが見当たらないなって」
「早合点するんじゃないかしら。あの地竜……パトラッシュなら、第六層には置けないから第四層にいるのよ」
「四層? 上ってこと? なんで?」
「ケガしてるから治療中かしら。竜車の中に姉妹の妹……レムの姿もなかったはずなのよ。状態が思わしくないのはみんな、四層に置かれているかしら」
(゚д゚;)
「治療中って……レム、治るのか!?」
思わず飛びついてしまう。
その剣幕にベアトリスは驚いた顔をするが、すぐに近付くスバルの鼻を摘まんだ。
「結論から言うと! すぐにどうこうってことじゃないのよ! ただ、寝かせているよりマシな状況にしたってだけかしら! 地竜もそうなのよ!」
「……そうなのか」
「ほら、凹んでる場合じゃないかしら。なんとかする方法はきっとあるのよ。それを確かめるために、今はみんなで監視塔の試験に挑んでるかしら」
🪜 螺旋階段
上まで、何段あるのか
「階段かしら。よく見ると、ちゃんと壁のあたりに階段があるのよ」
円状の外縁に段差がある。
それは膨大な量の段差となり、広大な円形の塔をぐるりと回る螺旋階段を呈していた。
(゚д゚)
「え……? これ、上るの?」
「これを上るかしら。頑張れば、そんなに時間はかからないのよ」
(ノ゚Д゚)ノ
「頑張ればって言われても……上まで何段あるんだよ!?」
その声は空しく塔の中に木霊し、おそらく相当上まで響いて、悲しく消える。
「その意気かしら。ファイトなのよ。ベティーも応援するかしら。――上に着いたら呼んでくれると、とても助かるのよ」
「させねぇよ、ショートカット!? お前も一緒にこいよ。歩け! 汗を掻け!」
💥 着弾
上から、何かが落ちてきた
「マズいかしら。スバル、下がるのよ――!」
胸に飛び込んできたベアトリスを受け止め、抱え上げる。
「馬鹿! だっこしろって意味じゃないかしら! 下がるのよ!」
――直後、凄まじいプレッシャーが頭上に発生する。
その圧迫感の原因は猛然と迫り、次の瞬間にはスバルの眼前へと着弾した。
激震が巨大な塔を揺るがし、生まれた爆風と砂煙に吹き飛ばされかける。
背後にジャイアンの巨躯がなければ、転げ回っていたことだろう。
🌟 歩いてくる
煙を破って、女が現れる
煙を引き裂くような突風と、その向こう側から堂々と姿を見せる人影。
――それは間違いなく、スバルが意識を失う直前、最後に見た顔だ。
黒に近い褐色の髪をポニーテールにして、大胆に手足を露出した装い。
その上から黒いマントを羽織った、ずいぶんと偏った衣装の人物。
背丈はスバルと同じぐらいか、やや向こうの方が高い。
気だるげだが、目力のある美貌があった。
「……お前が、『賢者』なのか?」
女は目の前にくるまで何も答えず、しげしげとこちらを見るだけだ。
その視線は全身を舐めるようで、正直、落ち着かない。
ケンタウロスを容易く葬り、想像を絶する距離から飛び降りても平気な人外。
下手を打てば、即座に消し炭にされてもおかしくない相手だ。
「お、おいって……聞いてる? ほら、あの、俺の仲間が世話になってるって話で、別に敵対するつもりとかない……んですよね?」
😄 溶ける
女の顔が、笑顔に変わる
🌟 女
「……三つ」
「へ?」
その声はやや掠れてはいたが、続けて聞けばおそらく美声と判断できるハスキーボイス。
心情の読み取れない目の前の女にしては、可愛げがあるなとぼんやり思う。
🌟 女
「ま、それはいっか。そんなことより、見つけた」
それまで真剣に、内を覗き込もうとするかのような態度だったものが。
ゆっくりと大きく、時間をかけて、凍ったものが溶け出すかのように。
女の口元が横に広がり、それは笑顔と呼ばれる形になって。
「――お師様」
(゚д゚)
「……は?」
🤗 タックル
シャウラと、名乗る
予想外すぎる反応に呆気に取られて、スバルは後ろを振り返る。
当然だが、そこにはジャイアンの姿しかない。
「お前、ここにきて急に重要キャラのフラグ立ててきたのか!?」
「そんなわけないかしら! 現実を見るのよ!」
(ノ´▽`)ノ
「お師様ぁ! もうもうもう! 待ってたッスよ~!」
飛び込んできた女のタックルを食らい、押し倒される形になる。
間に挟まれるベアトリスが「むきゅー!」と悲鳴を上げた。
「お師様! お師様! 長かったッス! 寂しかったッス! もうずっと、このまま近付く奴らを狙撃するだけの人生かと思ったッス!」
「ま、待て! 待て待て! なんだ!? 何の話だ!?」
「なんだってひどいッスよぉ! お師様が命令したんじゃないッスかぁ。祠に近付く奴らの邪魔をしろって……方法はまぁ、別ッスけど」
「そもそも、お前は誰で! なんなんだ!」
「何を言ってるッスか! シャウラッス! プレアデス監視塔の星番! お師様の可愛い教え子のシャウラッスよぉ!」
(ノ`Д゚)ノ
「覚えがねぇ――!」
🦵 えい
エミリアが、飛び出してくる
「――大変! 大変よ! 起きたらスバルがどこにもいないの! みんなに急いで知らせて、探しにいかなきゃ……」
焦燥感でいっぱいだったエミリアは、竜車を出たところで絡まり合う二人を見つける。
――と、実はベアトリスもいるのだが。
「エミリア……たん! 起きてくれて助かった! 実はこいつが……」
(・へ・)
「えい」
(ノ゚Д゚)ノ
「痛い!? エミリアたん、なんで今、俺蹴ったの!?」
「よくわからないけど、すごーくもやもやしたの」
騒ぎに気付いたユリウスたちが合流するまで、『賢者』(仮)との悪戦苦闘は続いた。
第六章18『砂の塔の番人』終了。
スバル