第七章72
『馬鹿馬鹿しい噂』
呪具は手に入った。だが、トッドの用意した反撃は、島そのものを敵に変える。
🧻 保険
薄氷の上の砦が、城壁を越えさせてくれた
執務室の窓の外にシーツを垂らしておいたのは、最悪の事態に備えた保険だった。
ヴァイツに時間稼ぎを、タンザに道のりで臭いの強い香草を、イドラには高台に人を。
――薄氷の上に築き上げた砦が、相手の城壁を乗り越させてくれた。
(>﹏<)
「考えてる!」
まだべったりと血で濡れた黒い球。グスタフの体の中から引きずり出されたもの。
「とにかく、茂みで擬態だ!」
(;゚Д゚)
「に、逃げなくていいのか?」
「闇雲に逃げてもすぐ見つかる! 早く!」
逃げても、逃げっ放しでなくちゃならない。
――でも隠れれば、息を潜めている間は次を考え続けることができる。
👣 とん
必死で下りた高さを、軽々と越えられる
とん、と軽い音を立てて、必死で下りた高さを少女が突破する。
存在を疑わないときは意識の裏側に隠れられても、知られた状況では死角に潜り込めない。
――少し注意深く探されるだけで、見つかる不安が膨れ上がる。
小さく唸るアラキアが眉間に皺を寄せて、隠れている植木の方にやってくる。
気配、臭い、息遣い、心臓の音。どれが切っ掛けになったかもわからない。
「おいおい、なんだこれ? 総督の部屋が吹っ飛んでやがる!」
「この知らねえ美人は客か?」
――のしのしと中庭に現れたのは、音を聞きつけた五人の剣奴だった。
📢 見つけ次第、殺せ
一度でも捕まった時点で、終わりになる
( •̀_•́ )
「――聞け!!」
「グスタフ・モレロ総督が殺された!」
(╬゚Д゚)
「やったのは黒い髪の子どもと、灰色の蜥蜴人の二人だ! 見つけ次第、殺せ!!」
「総督の役目はアラキア一将が引き継ぐ! 呪則で死にたくなければ、二人を殺せ!!」
荒々しい声ではなく、感情的に殴りつけるのでもない。
――大勢に聞かせて動かすための、必要な感情整理がされた声だった。
冤罪だと訴えたところで、この島でまともな捜査も裁判も望めない。
そもそも、誰かに一度でも捕まった時点で、スバルたちは終わりだ。
💧 死ぬ人と話すな
首元に指を持っていって、声を出さずに
トッドが指差したのは、遅れて中庭に現れた剣奴たちだった。
指を自分の首元に持っていって、聞こえない声で――『やれ』。
「嬢ちゃん、何か知ってんのか? グスタフが死んだってのは……」
「あ……? 何が?」
枝を持った右手を大きく横に振る。彼女がしたことはそれだけで、十分だった。
――五人の剣奴、その全員の頭が内側から爆ぜた。
「死ぬ人と話すなって」
相手の頭の中に水を出してやれと、たぶんそれをやったのだ。
「コップ、一個分……」
――うまくいかなかった、という感じの不満。
人を殺しておいて、そのぐらいの感覚しか持っていないのは、おかしい。
「おい、お前、どっからきた!? 総督が……」
「言われてる。――死ぬ人と話すなって」
🔥 大混乱
――『呪則』の発動とは異なる理由の、剣奴孤島の大虐殺が始まった
――『呪則』の発動とは異なる理由の、剣奴孤島の大虐殺が始まった。
「クソ! 看守共が剣闘獣を島に放った! 逃げろ逃げろ逃げろぉ!!」
剣闘獣は看守の命令を聞いて、二人を探している。
――ただし、剣闘獣に剣奴それぞれの区別なんてつかない。
「どこにいる! とっとと出てこい、シュバルツ! 薄気味悪いガキめ!」
看守の様子には焦りと苛立ち、それに恐怖がある。彼らも死なないために従っている。
「だから、シュバルツを差し出せば……」
「バカ言え! 奴ら手当たり次第だ! 区別なんか付けちゃいねえよ!」
「で、でもよ、シュバルツの、あの噂が本物なら……ッ」
全部敵だと割り切れる看守やアラキアより、ずっと手強いかもしれない。
――誰が敵で、味方なのかわからないから、迂闊に頼りにもできなくて。
😔 間に合わなかった
薬を作ってくれた人のところへ、間に合わない
(´;ω;`)
「シュバルツ様……」
彼女の隣には翼の生えた鼠の死体。たぶん、タンザが一人で倒した魔獣だ。
――でも、タンザがくる前に、その魔獣は治癒室を荒らして、人を殺した。
しゃがみ込んだタンザの足下に、骨と皮だけのよぼよぼのお爺さんの死体。
( ゚д゚ )
「シュバルツ、戻ったのか!」
(・∀・)
「ふん、お前も死ななかったか、トカゲ野郎……」
「シュバルツ様、飛び交う話は本当なのですか? グスタフ総督のお命を?」
(・_・)
「グスタフさんを殺したのは、帝都からきた使者……アラキアだよ」
「いや、アラキアを使ったトッドだ」
「トッド……? 何者だ、それは……」
(;゚Д゚)
「大罪司教より怖い奴だよ」
🚧 退路がない
呪則は消えたはず、という前提で考える
「グスタフ総督が死んだのなら、私たちを縛っている呪則も消えたはず」
「跳ね橋を上げて、島の外へ向かうか?」
(>﹏<)
「ば、バカ言え! その鍵がねえだろ!」
「それに、跳ね橋なんて動かしたら、すぐに狙い撃ちにされちまう!」
呪具は手元にある。呪則のない今、島を出ること自体はできる。
――でも、制御塔と跳ね橋の二ヶ所で待ち伏せされる可能性があった。
ヌル爺さんも、剣奴たちも、このままでは死んだままの世界を生きることになる。
――そんなの、菜月・賢一の息子の選ぶべき道じゃない。
「せめて、相手をする方の数が減らせれば……」
🫣 手札
隠している手札があるだろう、と迫られる
(¬_¬)
「……な、なぁ、だったら、もう隠すのやめていいんじゃねえか?」
「隠すのやめろって……何を?」
「言い方はともかく、ヒアインの気持ちはわかる。そろそろ、話してくれまいか」
「――君の、御父上の話だ」
( ゚д゚ )
「……俺の、父さん?」
(´・ω・`)
「でも、普通のサラリーマンだぜ……?」
👑 隠し子
言われている中身が、まるで違った
(×Д×)
「……俺が、皇帝閣下の、子ども?」
「黒髪に黒目、あの皇帝閣下の落とし胤が、国のどっかにいるって! それが……」
( •̀_•́ )
「――シュバルツ、君なんだろう」
「言ったはずだ……お前が何者なのかはわかっている……」
「だが、どうだろうと、オレはお前に力を貸す、と……」
――その重みが今になってはっきりわかる。全く見当違いの考えからきていたことも。
「タンザ、お前はなんで違うって……」
(・_・)
「――シュバルツ様、私はこの目で見ています」
「シュバルツ様が、皇帝閣下とご一緒されていたところを」
カオスフレームでのことだ。仮面を付けたアベルと、小さくなった状態で一緒にいた。
――タンザは、スバルが『ナツミ・シュバルツ』が縮んだ姿だと、知らないのだ。
「タンザは、俺をなんだと……?」
「――。あの、黒髪の女性と、皇帝閣下との間の」
🗣️ 旗頭
その噂を、誰が流したのか
「……皇帝の隠し子って話は、なんで話題なんだ?」
「今、島の外では皇帝閣下への反乱軍が起こっているそうだ」
「その反乱軍の、旗頭とされているのが……」
「皇帝の隠し子?」
真実は、本物の皇帝と偽皇帝の戦い。
でも、知られているのは本物の皇帝と、皇帝の息子をトップにした反乱軍の戦い。
――誰がどうやって、そういう形式にしたのか、想像もついた。
内紛自体の大義名分にすると同時に、いなくなったスバルを探す意味もあるのだろう。
スバルが死んでいないと、そう考えているからの状況とは思う。
――口が裂けても、『信じている』とは言わないが。
「――シュバルツ様」
その呼びかけに、ほんの少しの畏れ多さみたいなものが込められているのを感じて。
――見回して、決めた。今の状況で、求められていることを果たすのだと。
🌬️ 嫌な感じだな
配置転換は叶った。叶い方が違うだけで
城郭都市でアラキアを助けたのは、失点の回復と、配置転換を叶えるのが目的だった。
実際、配置転換自体は叶った。――叶い方が期待と違うだけで。
全てはアラキアを謀るためについた、一個の嘘が原因で。
(¬_¬)
「ジャマル、死んでも迷惑な奴め」
帝国宰相、ベルステツ・フォンダルフォンの手先として島へ送り込まれる有様である。
『実行を命じるだけの楽な仕事』――それも全部嘘だった。
「格上を殺す方法なら、いくらでも考えてあるんだがな……」
看守と剣闘獣、剣奴の半分も巻き込めば、島の個人は狙い撃ちにできる。
「――万全なんて、存在しないからな」
「真人間ぶるのはやめろよ。制服以外、連中とほとんど変わらない」
剣奴孤島の看守は全員、ともすれば剣奴になっていておかしくない経歴の帝国兵だ。
「頼むから、俺とカチュアの平穏を乱さないでくれよ……」
🎺 やんごとなき御方
看守たちの顔色が、見過ごされなかった
(╬゚Д゚)
「――トッド・ファング!!」
「……何考えてんだ、お前さん」
( •̀_•́ )
「トッド、投降しろ。それで、あの女の人……アラキアにも、やめさせるんだ」
「――。とりあえず、理由を聞くが?」
「簡単な話だ。――この島の呪則を支配する呪具は、俺の手元にある」
「くだらない駆け引きだ。第一、呪具だと? そんなものがあるなら……」
「――これだ」
( ゚д゚ )
「おいおい」
トッドなら、間違いなく島のどこかに隠して、その在処も含めて交渉材料にする。
――そうしないで現物を持ってきたのは、いったい何が目的なのか。
「――神妙に、聞き入りなさい、無礼者」
「現在、この帝国全土を揺るがしている大乱、そこに流れる噂の数々を」
「こちらにおわす御方こそ、帝国を揺るがす事態の中核」
「誤った帝国の在り方を正すために立ち上がられた、やんごとなき御方」
――息を呑み、顔色を変えた看守たちの反応を、トッドは見過ごさなかった。
彼らは事前に、近い話を耳にして、疑惑の芽を胸の中で育てていたのだ。
🪓 やれ
要求が伝わるより早く、腰に手が回る
「さあ、看守の皆様、速やかに――」
その要求が伝えられるよりも早く、トッドは腰に手を回し、渾身の力で薙ぎ払った。
弧を描く斧の刃が、隣に立った二人の看守へ襲いかかる。
――どちらも即死。動揺したままの勢いで、あちらに与するのは防いだ。
刎ね飛ばした看守の首に飛びつき、その頭を思いっ切り正面へ蹴飛ばす。
血を撒きながら飛んでいく頭が、目を見開いた少年たちの方へ飛ぶ。
――次の瞬間、通路に真横から突っ込んだ黒い大鷲の巨体が、
その周囲にいた少年たちを、破壊に呑み込んでいった。
第七章72『馬鹿馬鹿しい噂』終了。
「シュバルツ! このあとどうすんだ!?」
スバル
「いない」
トッド
タンザ
イドラ
ヴァイツ