第七章70
『一個』
三十分足らずのやり直し。この一周で、たった一個だけ掴み取る。
💊 確実性
なぜ苦しむ薬を選んだのか、その理由
ヌル爺さんに『薬』を頼む上で、一番重要だったのは確実性だった。
手に入る範囲の薬を調合し、全身の血流を狂わせて相手を死なせる劇物。
――飲めば、ものすごい苦しんだ挙句に絶対に死んでしまう。
苦しまないで死ぬ毒なんて以ての外だ。些細なことですぐやり直しを考えてしまう。
――そうすることで、ナツキ・スバルは怪物になっていく。
人の痛みも苦しみもわからない、人間離れした怪物に。
( •̀_•́ )
「そんなの、絶対にノゥ」
自分は裏切れても、みんなは、家族は裏切れない。
――地獄の苦しみを味わってでも、伸ばした手だけは引っ込めない。
😖 魂が引きずる
原因は消えたのに、涙も鼻水も止まらない
死んで、戻って、だから死ぬ原因になった苦しみはどこにもない。
でも、魂が引きずっている。涙も鼻水も、ボタボタ流れて止まらない。
(;゚Д゚)
「おい、シュバルツ……! どうした、突然……!」
(×Д×)
「ら、らいじょうぶ……」
駆け寄った彼が、素手で躊躇なく鼻水を拭ってきた。
汚いものを汚いと思わないで行動できるのは、すごい立派なことだった。
――一番どうにかできるはずの人間が失敗すれば、他の人たちはどうすればいい。
欲しくて手に入れた力じゃなくても、使いこなせるだろう、ナツキ・スバルなら。
菜月・賢一の、あの人の息子なのだから。
⏳ 短すぎる猶予
島全体が軋むように揺れる
拳を床に押し付けたところで、島全体が軋むように揺れる。
あの地獄絵図そのものみたいな光景と、それを作った最悪の敵が。
――もう二度と会いたくないと祈りさえ捧げた相手、トッドとの再戦だ。
『死に戻り』は、『幼児化』以来、完全に異常をきたしている。
紅瑠璃城の最悪の十秒間ほどではないが、猶予は尋常じゃなく短い。
――戻ってこられたのは、おおよそ三十分。
(╬゚д゚)
「クソ、婚約者のところに帰りたいとか言ってたくせに、なんでここにいるんだよ」
(´・ω・`)
「ヴァイツ、ちょっと手伝ってもらっていい?」
(・_・)
「――。オレが今、何を言ったか忘れたのか……?」
「ただ力を貸す、だろ。だから力、貸してくれ」
(´ー`)
「わかっているならいい……。それで、オレに何をさせたい……?」
「ほんの少しでいい。今、島にやってきた連中を足止めしてほしいんだ」
🧩 三人
死んだ顔ぶれを、思い出して並べる
(>﹏<)
「まず、考える時間がいる。――思い出せ思い出せ思い出せ、何があった」
全員、死に方は一緒。剣奴だけでなく、看守たちもだった。
――例外は、スバルとトッドだけ。
ただしスバルにも、みんなと同じ現象は起こっていた。遅かっただけだ。
――アラキアとグスタフ、そして偽セシルスの三人。
アラキアはトッド側の人間だから当然。では、あとの二人は?
毒ガスや魔法を疑っていたが、もう一個、弱々しい可能性が浮かんだ。
この剣奴孤島でだけ大きな影響力を持つモノ――『呪則』。
「だけど、呪則なんてただの脅しで、実在しないはずだ」
「グスタフさんが看守の人たちを全滅させる理由がねぇよ」
考えれば考えるほど、大虐殺とグスタフの意思は無関係に思われてくる。
(・_・)
「なんで、俺だけ効果が弱かったんだ?」
🎬 分水嶺
屈託のない笑みが、ただの微笑に変わる
(・∀・)
「――おや、バッスー、悩み事ですか?」
( ゚д゚ )
「うわっ!?」
「セッシー、これから島でとんでもないことが起こる」
「あの鹿人のお嬢さんやバッスーの『合』の方々の窮地。いえ死地といった感じでしょうか」
(╬゚Д゚)
「セッシー! 冗談じゃねぇんだ! みんながヤバいんだよ!」
(≧▽≦)
「それはより重畳! 危機と窮地と困難、大助かり!」
「それとも、まさか僕が無条件にバッスーの味方をするとでも?」
切れ長な青い瞳に、刃のような冷たさ。
「バッスーは僕を予感で魅せ! 期待で繋がり!」
「駆け引きで笑わし! そして山場で証明するんです!」
「いったい誰が、このセシルス・セグムントを魅せるのかを!」
空の彼方にいる観客、その存在を確信していなければできない大発声。
――この本物の怪物は、本気で世界と話せると信じている。
( •̀_•́ )
「お前を、俺の仲間にする。こき使ってやるって、そう決めたよ」
(≧▽≦)
「――その無謀、嫌いじゃないです、むしろ好き」
屈託のない笑みではなく、ただ唇を緩めるだけの微笑。
――挑戦者と認めた証だったのかもしれない。
🩸 恐怖心がない
形のいい鼻から、血が滴っている
笑みを浮かべた唇を引き締め、セシルスがそっと自分の顎を指で撫でた。
――その、形のいい鼻から滴った血が伝い落ちる顎を。
見下ろせる範囲に、倒れている人影がいくつも。始まったのだ、大虐殺が。
「いやあ、厳しそうです。これはなかなか強敵が相手ですよ、バッスー」
(;゚Д゚)
「言ってる場合か!? 鼻血も、目からも!」
「ふむ……ここじゃ一滴も血を流していないのが自慢だったんですけどね」
(・・・・・・)
「死ぬのが、怖くないのか……?」
迷いも、戸惑いも、恐れも、不安も、緊張も、後悔も、ない。
生き物が最も怖がるはずの『死』への恐怖心が、この少年にはない。
血で汚れた袖を隠すように腕に巻いて、柵に背中を預けたまま動かなくなる。
俯いて瞼を閉じたまま、ピクリとも。
😢 ごめん
生存者を探して歩いたが、誰もいない
ゆっくりと足を引きずりながら、島の中を歩き回り、生存者を探した。
――だが、セシルスさえもその候補から外れた今、誰も現れなかった。
呆気に取られた顔でいるみんなの瞼を閉じて、軽く顔を拭ってやる。
それが、スバルにできる精一杯だった。
失敗した。順序を間違えた。
高台に上がる前に合流して、せめて一緒にいてやれば。
この頼りのない場所で不安がる女の子を、何もわからないまま死なせないで済んだ。
檻の中の剣闘獣も、みんな死んでいた。人間と同じ死に方で。
「……俺の方が、丈夫ってことかな」
🕰️ 一個だけ
話ができる可能性は、この相手にしかない
会わずに済むなら会いたくなかった。でも、これは避けられない対面だ。
――話をすることができる可能性があるのは、この死神だけだった。
近付いてくる足取りに躊躇はない。侮っているのではなく、問題視していない。
冗談や比喩表現抜きに、スバルはもう死にそうだった。
たとえチャンスでも、トッドは容易くヒントをくれる人間ではない。
――たぶん、一個だけだ。手に入る情報は、一個だけ。
その一個を、会心のものにしなければいけない。
誰が生き残っているのか。無駄だ。アラキアはどこか。答えるはずがない。
グスタフはどうしているのか。それも無駄撃ちになる。
――なら、あとは、この大虐殺の、方法か。
🌬️ 高台でも死んだ
――毒ガスは、ない。その選択肢を、スバルは頭の中から消した
――毒ガスは、ない。その選択肢を、スバルは頭の中から消した。
高台に居座ることを決めていたのは、風の強い場所なら安全かもしれないと考えたから。
でも、結果的にスバルもセシルスも被害から逃げられなかった。
外にいたものも倒れていた時点で、毒ガスの可能性はかなり低い。
なら、あとの可能性は――アラキアの、魔法。
その確信が得られれば、次は、次はもっと、ちゃんと。
『――ここですよ、ここ』
もう、どこにもいないはずの千両役者の声が、弱々しい思考に熱を生む。
❗ 呪則だ
一度は消した可能性を、声にしてぶつける
一度は消して、消し切れなかった可能性を、声を大にして死神にぶつけた。
その叫び声を聞いた刹那、トッドが動いた。
(╬゚Д゚)
「死ね」
訝しげな気配も、面倒そうな空気も、何もかもが掻き消えて殺意だけが残った。
突き出される冷たい刃が、胸に深々と埋まる。
絶対に助からないようにひねりながら抜かれた。
吐き出した血に、『薬』の包みが混じっていた。噛み破るのに失敗した。
――でも、これは『薬』は必要ない傷だった。
「口の中から、正気か?」
「……こ」
「――なんだ?」
(×Д×)
「い、っこ」
顔色を変えて、何よりも優先して、急いでスバルを殺した。だから、掴んだ。
――剣奴孤島ギヌンハイブを殺すのは、存在しないはずの『呪則』なのだと。
第七章70『一個』終了。
「結局、俺の根っこは怠けたがりの大馬鹿野郎なんだ」
ヴァイツ
セッシー
「――お前さん、こんなところで何してるんだ?」