第七章35
『語らう夜』
野営の焚火をはさんで、それぞれが持たざるものの話をする。持たざる皇帝も含めて。
🔥 野営の焚火
兄妹が育った場所の話になる
「あたしとあんちゃんがいたとこは、そりゃもうひっどいとこだったんだよ」
みなしごを引き取る施設。
毎日殴られながら育った。
不幸な大人が、不幸な子どもを殴る世界。
――だからフロップは、世界への復讐を誓った。
(´▽`)
「あたしはあんちゃんの言うことは、むつかしくて全部はわかんないけどさ」
「でも、あんちゃんが胸張って大股で歩いてるときは、応援したいんだ」
「それが世界への復讐でも、ですの?」
(・∀・)
「そうそう! まぁ、どうやるのかよくわかんないんだけど」
話の発端は、彼女がルイの世話をする手際の良さだった。
「施設には、あたしとあんちゃん以外にも子どもがいたからね」
「あんまり楽しくなかったから、髪の毛くらい伸び伸びしたいよね」
焚火に照らされた金髪が、二人分きらきら光る。
まるで姉妹のようだ。
📝 覚えておく
感謝したらどうか、と水を向けてみる
「その点、あなたはもっと感謝した方がよろしいのではなくて?」
アベルは応じない。代わりに、こう言った。
「ミディアム、貴様と兄の出身は?」
( ゚д゚ )
「ほえ? アベルちん、あたしの名前知ってたんだ?」
「名前ぐらい覚える。くだらぬ感心はよせ」
「貴様とフロップはどこの出身だ。先の施設の代表は?」
(´・ω・`)
「院長先生のこと? 名前は忘れちゃったなぁ」
「でも、あたしとあんちゃんがいたのはエイブリークってちっちゃい町だよ」
「エイブリーク……西側の町だな。覚えておく」
(・_・)
「――? 覚えてどうすんの?」
「然るべき対処だ。俺が直接するかは別として、だがな」
「国民の生の声を聞いて、すぐさま国政に活かそうというわけですの?」
働きには報い、愚かしさには報いを。
『血命の儀』で、落命寸前のスバルに望みを言えと迫った必死さ。
あの裏にも、同じ信条があった。
✋ 空の両手
他人が手ぶらでいることが、許せないらしい
「――あなたは、他人が手ぶらでいることが許せない方ですのね」
「多くのものが持たざるものとして生まれ落ちる」
「その資格を得ながら手放すなど、あってはならぬ」
(¬_¬)
「持たざるものとして生まれるって、皇帝陛下の口から聞くと嫌味ですわよ」
恵まれた立場から言われては、立つ瀬がない。
そう受け取ったスバルに、アベルは視線も合わせず。
「――? なんですの?」
「立場には相応の責務が伴う。負い切れぬ荷を負えば、愚か者は潰れるだけだ」
「気格や矜持も、日々の自認が磨くしかない」
🪞 剥がれた際の
黒髪と着衣を、検めるように見られる
アベルの視線が、スバルの黒髪と着衣を検めるように動く。
「偽りの、作られた自認はやがて地金を晒すことになる」
「貴様は装うのがずいぶんと手慣れた様子だが、その分、剥がれた際の取り繕いには労を要そう」
(・・・・・・)
「――――」
「成果さえ出せば、俺は他者の趣味嗜好に口出しはせぬ」
言葉には配慮がなく、理解を求めるゆとりもない。
だから真意は半分も伝わらない。
残ったのは、無遠慮に心を凌辱された痛みだけだ。
「……話しすぎたな。あとは任せる」
扉が閉まる音。
(´・ω・`)
「……なんですの、あの男」
――まるで、悪役令嬢の負け惜しみではないか。
(´・ω・`)
「ナツミちゃん、平気?」
大きな掌が、頭を撫でる。
「あたしはこのでっかい体で頑張る担当で、むつかしいことはお任せだよ」
「ミディアムさんは大人ですわね」
(*´ω`*)
「そんなの初めて言われた!」
💅 爪の手入れ
焚火の前が、二人きりになる
夜が更け、焚火の前はタリッタと二人になった。
白い紋様を消し、文明人らしい装いのタリッタ。
上着を脱いで袖をまくった姿は、男装の麗人そのものだ。
「どこで化粧を覚えたのですカ」
きっかけは大したものではない。
散々な中学校時代を過ごした男が、高校で華々しく返り咲こうとしただけ。
「ただ、ちょっと凝り性なところがありましたから……」
「やるなら徹底的に、お出ししても恥ずかしくないものをと」
結果、スバルの高校生活は終わった。
以来、女装は二度とすまいと決めた。――この様である。
人生、何が役立つかは終わってみるまでわからない。
スバルの場合は、終わっても終わらないので、なおさら。
「……ナツミの姿勢ガ、私は羨ましいでス」
(゚д゚;)
「って、えええ!?」
(>﹏<)
「ド、どうしてそんなに驚くんでス……!?」
「ああ、いえ、あまり言われたことがない言葉だったもので……」
🌒 三つ違いの姉
ずっと姉の後ろに隠れて育った、と話す
「私ハ、昔から姉上の後ろに隠れて育ちましタ」
「姉上は知っての通りの人ですかラ、いずれ族長になるものと誰も疑っていなかっタ」
「私もでス」
「姉上とハ、歳が三つ離れていまス」
「でモ、私が姉上を大きく感じるのハ、たった三つの歳の差が理由ではありませン」
「それは歳の差ではなク、もっと違う何かの差でス。それが何なのカ、私にはわからなイ」
――優れた姉への劣等感。それはレムが抱いていたもの。
――憧れた背中への劣等感。それはスバルが苛まれていたもの。
(´;ω;`)
「姉上ハ、どうして私を族長ニ? 私にそれが務まるなんテ、とても思えませン」
「この旅の間ニ、答えを出さなくてはなりませン。いいエ、覚悟を決めなくてハ」
「覚悟……それは、族長を引き継ぐ覚悟、ですの?」
細い顎が、引かれる。
答えを出す、ではなく、覚悟を決める。
彼女は、拒絶する権利が自分にはないと思っている。
🚪 逃げてもいい
拒む権利はない、と思い込んでいる相手へ
「逃げても……」
「エ?」
――期待されていたのは、たぶん逆の言葉だった。
「しっかりしろ」と背中を押されることを、彼女は望んでいたかもしれない。
「負い切れないと、自分よりも向いた誰かがいると思うのであれば……」
「荷物をまとめて馬車を離れても、わたくしたちは咎めません」
「デ、ですガ、私がいなくなれば戦力ガ……」
「もちろん、その不安はありますわね。ですけれど、どうとでもしますわ」
「私ハ、必要ないト……」
「いいえ、それは大きな間違いです」
「わたくしも、タリッタさんには一緒にいてほしい。でも、それはわたくしのワガママでしょう?」
「わたくしが生きるために、あなたに心を殺せと言うのですから」
――自分は、他人にはなれない。
どれほど憧れ、妬み、身を焦がしても、なれない。
せめて、自分が好きになれる『自分』になる。
失望と落胆と、ほんの少しの達成感を繰り返して、羽化する蝶のように。
数時間前、同じ焚火で聞いたアベルの持論と、重なってしまった。
🤐 語り切らぬ物語
それ以上は、聞き出せないと受け止める
逃げられたことは、救いでもあった。
自室に閉じこもったままなら、誰かのために何かをしようとは思えなかった。
戦える準備が整うまで、逃げることは悪いことではない。
「自信や覚悟モ、足りませン。ですガ、それだけではなク……」
「どうすれバ、それを償うことができるでしょうカ」
「過ちと償い……タリッタさんが、ですの?」
「ア」と、小さく息が漏れる。
見開かれた瞳に過ったのは、話してしまったことへの後悔だった。
(・_・;)
「おかしなことヲ……忘れテ、くださイ」
語り切れぬ物語を、語り切らない。
それ以上は聞き出せないと、スバルは受け止めた。
🕰️ 三時間交代
また明日、という約束が交わされる
「――兄弟、そろそろ交代の時間だぜ」
「アベルとルイがローテーションから外れてるのは不満ですが……」
( ̄▽ ̄;)
「やめとけやめとけ」
「アベルちゃんが皇帝の座に帰り着いたとき、夜番させてたのが理由で処刑なんてやべぇだろ?」
「恨みつらみの話を言い出したら、わたくしの首が何個並べばいいのか……」
「自覚あんなら抑えてくれよ。一緒にいてハラハラするから」
誰も言ってこなかったから、アベルはああも傲岸不遜なのだ。
実権を伴わない逃亡者の間に、少しでも矯正しておく必要がある。
「もしかしたらタリッタさんから人生相談があるかもしれませんわ」
「そのときは、経験豊富な先達として導いてあげてくださいな」
「経験豊富な先達って、オレと対極的な描写な気がしねぇ?」
「苦手を克服するチャンスですわよ。ピーマルと同じですわ」
(´-ω-`)
「今のがあんまり胸に響かねぇのってオレだけかなぁ……」
「ナツミ、また明日……でス」
「――。ええ、また明日」
その弱々しくも確かな約束が、希望に聞こえた。
👁️ 片目を開けて
眠る三人が、驚くほど静かな理由
車内は幕で仕切られ、前後で寝床を分けている。
眠っているのは三人。皆、驚くほど静かだ。
「いびきがうるさいと、周りに居場所がバレちゃうからねー」
――必要に迫られて身につけた技能だと気付いたのは、あとになってからだ。
「……寝ていても憎たらしい顔ですわね。落書きでもしてやりましょうかしら」
「――なんだ、じろじろと不躾であろうが」
(゚Д゚;)
「起きていましたの?」
「片目を開けてって、映画じゃないんですからそんな……え、本気ですの?」
「何故、貴様相手にくだらぬ冗談を言ってやる必要がある」
宣言通り、片目が開いている。
その黒瞳の光が、嘘ではないと証明していた。
「どうして、ちゃんと眠れませんの? わたくしたちが、あなたの寝首を掻くとでも?」
「極小でも可能性はある。注意不足で命は落とせん」
窓の外には、焚火の明かり。
アルとタリッタが、危険が近付かないか警戒している。
( `皿´)
「――いったい、誰のためにああしてると思ってやがる」
「これだけの状況になってもまだ、俺たちの前で両目もつむれないのか」
ナツミ・シュバルツの皮が剥がれ、ナツキ・スバルが現れる。
それでも、アベルの表情は揺るがない。
右目と左目で、交互に瞬きするだけだ。
「俺の在り方を歪めようなどと思い上がるな。貴様の領分を弁えよ」
「そうかよ……ああ、そうかよ! 俺は高いびきかかせてもらうぜ」
――魔都カオスフレームへの到着は、もう目前だった。
第七章35『語らう夜』終了。
ミディアム
ナツミ
アベル
タリッタ
アル