第七章21
『ズィクル・オスマン』
城郭都市を預かる帝国二将。『女好き』と呼ばれる男の、これは敗北の記録。
💈 二つ名
ズィクルは『女好き』と呼ばれている
色魔。
好色。
愛欲の徒。
帝国軍人にとっては、不名誉な呼び名の羅列だろう。
だが本人は、この呼び名を気に入っていた。
――否、誇りに思っていたといっても過言ではない。
理由がある。
『女好き』と呼ばれる以前の異名が、たまらなく嫌だったからだ。
その異名を忘れさせてくれた称号を、彼は誇らしく掲げている。
👨👩👧 姉が四人、妹が六人
女きょうだいばかりの家で育った
オスマン家は代々、帝国軍人を輩出してきた家系だ。
だがズィクルの代は血が偏った。
姉が四人。
妹が六人。
男兄弟は、一人もいない。
多くの人間は、そうした環境で女性への幻想を失う。
彼は逆だった。
外の女性に、理想と幻想を求めた。
女性に優しくしたい。
同時に、女性に優しくされたい。
尽くし、尽くされることを至上の喜びと考え、実践した。
その姿勢が、的確な用兵への嫉妬と折り重なった。
――そうして『女好き』の名がついた。
📜 秘密裏の密命
今年の演習には、別の目的があった
バドハイム密林周辺での演習は、毎年のことだった。
だが今年は違う。
開催時期が早められ、一部の将校にだけ目的が通達された。
――『シュドラクの民』との交渉。
そして出立前、秘密裏にもう一つの命令が下された。
(・・・・・・)
「隷属を誓わせるか、滅ぼせなどと……帝都は何をお考えなのだ」
皇帝ヴィンセント・ヴォラキアの治世は、八年。
血も流れ、火の手も上がり、命は失われる。
それでも、帝国始まって以来の平穏な時代だった。
戦いの申し子でありながら、どこか戦いを忌避する差配。
それは戦争をくだらないものとみなしているが故ではないか。
勝手にそう想像していたから、裏切られた気になるのかもしれない。
🍺 女性と過ごさない夜は
話の弾む、一般兵がいた
遠征のたびに、ズィクルは部下と酒を飲む。
それも上級兵や三将ではなく、もっと下級の一般兵とだ。
同行する部下の考えや嗜好を、把握しておきたいから。
この夜の相手は、やけに口が回った。
常に好奇心旺盛に、あたりを見回している。
何を考えているのかと聞けば――
この酒場が戦場になった場合の想定をしている、と冗談を言う。
常在戦場の心構え。
上官相手に物怖じしない態度。
好意が重なり、話すべきでない点まで話してしまった。
『シュドラクの民』への密命のことも。
明言こそしていないが、そうとわかる形で聞き出された感触があった。
もしこれが他国の回し者であったなら、極刑ものの失態だった。
🔥 思いがけぬ報告
穏便に済ませる計画が、崩れる
( ゚д゚ )
「――シュドラクの襲撃を受けて、陣が焼き払われただと?」
密林の西側を囲うように展開した、複数の陣地。
襲撃を受け、反撃もままならずに壊走。
逃げる背を撃たれ、さらに被害は拡大。
百以上の、犠牲者。
(´・ω・`)
「馬鹿な……」
穏便な計画は、崩壊した。
『シュドラクの民』が皇帝閣下の敵となったことだけは、確実だった。
🛡️ 背水
攻め込まず、増援を待つほうを選ぶ
(・・・・・・)
「情けない話だが、帝都からの増援を待ち、バドハイム密林の逆賊を討つ」
現状の戦力で森へ攻め入る選択肢もあった。
だが密林は彼女たちの領域だ。
生半可な数の有利は、消される。
確実な勝利には、圧倒的な有利が要る。
「正門を閉ざす準備を怠るな。この城郭都市の壁は越えられん」
( •̀_•́ )
「徹底して穴を塞げ! 抜け穴の類も見逃すな!」
🛡️ 三将
「その点、閣下にご報告が。焼かれた陣地より戻った兵の一部が、外からの襲撃に備えてすでに抜け穴を潰して回っていると」
(・_・)
「なるほど? 『将』以外の兵にも先が見通せるものがいるのは心強い」
――すでに背水。その状況で最善手を打たない道理はない。
🎭 場違いな報告
この数日、都市で話題になっているもの
🛡️ 部下
「はい。どうやらこの数日、都市では旅芸人の一座が話題になっているらしく」
(・_・)
「旅芸人……」
緊迫した戦時下にそぐわぬ報告だ。
だが叱責する理由はない。
戦時下を意識した生活を民に強いるのを嫌ったのは、他ならぬ自分なのだから。
(´・ω・`)
「取り締まれというなら、あまりそうしたくはないぞ」
「市民の反感は爆発する。わからないではないだろう」
🛡️ 部下
「もちろん、閣下の仰る通りです。ですから、取り締まれなんて言いません。ただ……」
😤 高まる不満
兵の間で囁かれている言葉がある
🛡️ 部下
(・・・・・・)
「閣下、あまり大きな声では言えませんが、兵の中でも不満が高まっています」
🛡️ 部下
「都市にこもり、防戦の構えを敷く閣下に対しても思うところがある様子」
(´・ω・`)
「――。そうか。いや、それはあって当然だろう」
先制攻撃を許し、多くの兵を死なせたのは自分の落ち度だ。
その後も、挽回の機会が与えられないまま。
矛先が自分へ向いても、不思議はない。
🛡️ 部下
「口さがないものの中では、閣下のことを――」
(╬゚д゚)
「――言うな」
二将なんて地位を得ても、その罵りだけは受け止められない。
🍷 宴席の許し
不満を解消する場を、設けることにする
(・_・)
「なるほどな。つまり、兵たちの不満を解消する場を設けろということか」
🛡️ 部下
「はい。そのために踊り子たちが利用できるのではないかと」
(¬_¬)
「その踊り子とやらは大層美しいのだと見える」
🛡️ 部下
(≧▽≦)
「それはもう! あ、いえ、きっと閣下のお目にも適うかと存じます」
(・∀・)
「ふんふん、それはなかなか期待が高まるな」
(´ー`)
「よし、わかった。この場はお前の口車に乗せられてやるとしよう」
ただし――
🎶 大仰な前口上
ベールが、外される
🎵 楽士
(・∀・)
「――これよりお目にかけますは、大瀑布の彼方より参りました麗しの舞姫」
🎵 楽士
「日の光を呑み込む艶めく黒髪に、精霊の祝福を受けた美しき白い肌」
ゆっくりと、もったいぶりながらベールが外される。
( ゚д゚ )
白い肌。
背に流した、長い黒髪。
だが、前口上では表現が不足していた。
髪でも、肌でもない。
――目だ。
切れ長で、睫毛の長いそれ。
整った顔貌の、最も優れたるところにある。
思わず喉の渇きを覚えたのは、本能が渇望したからだ。
💃 絃の音
誰もが、呼吸を忘れた
🎵 楽士
「今宵、お目にかけますは我らが舞姫の故郷、大瀑布の果ての舞」
絃の弾かれる音が、緩やかな音楽へ結び付く。
うるさく会話していた『将』たちも、赤ら顔で息を詰めた。
長い手足。
揺れる黒髪。
誰もが、言葉を失った。
帝国兵は狼の群れだ。
だが、知性も言葉も持たない獣ではない。
だから息を呑み、呼吸を忘れ、その舞に魅入られる。
👁️ 外れない視線
その目から、目を離せない
黒髪でも、白い肌でも、造詣の美しさでもない。
――目だ。
切れ長の瞳が舞台を睥睨し、広間の最奥を見つめている。
そのひと時も外れない目が、脳髄を直接掴んで離さない。
やがて、舞姫はゆっくりと広間を縦断する。
そして目の前で跪き、両手を差し出した。
🗡️ 剣を求める仕草
舞姫が差し出した手の、意味を悟る
それが剣を求める仕草だと、自然に理解した。
舞は熱を増し、次の段階へ。
剣舞へ移る上で、舞姫が剣を欲している。
渡さない、という選択肢がなかった。
部下も『将』も、誰もその行為を邪魔立てできなかった。
そのぐらい、これは定められたことなのだとばかりに自然で。
だから――
💃 舞姫
(¬_¬)
「――貴様の負けだ、ズィクル・オスマン」
引き抜かれた剣が、喉元に突き付けられる。
そう冷酷に宣言されてなお、自らが『女好き』故に敗れたことを理解できない。
その目から、この瞬間に至っても目を離せない。
冷たく、多くを惹きつけるカリスマ。――どこかで、見たような。
第七章21『ズィクル・オスマン』終了。