第六章87
『遠い眼差し』
雲の下と雲の上で、二つの戦いが同時に終盤へ向かう。
🌫️ 揺れる意識
――こういう運ばれ方は、初めてではない
ぐらぐらと、ものすごい勢いで頭が揺らされている。
誰かが自分の腰を横抱きにして、懸命に走っているのだとわかった。
(-_-;)
「いい加減にしてよねえ、エルザ……」
相棒、相方なんて言うほど信頼していないし、姉や母なんて呼べるほど近しくもない。
友人なんて関係性じゃなくて、知人というほど遠くもなくて。
――エルザは、自分のことをなんだと思っていたのかと。
🩸 止まらない
――言葉の上から、熱いモノが溢れる
ごぼっと、食べたものを戻してしまったかと思うが、違う。
それは、自分の体の深いところから溢れ出した、赤い赤い血だった。
「クソ! 血が止まらねぇ! ベア子! どうしたらいい!?」
「とにかく! 吐いた血は出し切らせるかしら! 窒息したらマズいのよ!」
手足、動かない。頭、ぐらぐらする。
全身が猛烈に熱く感じるが、特に熱いのは背中だ。
ただ、薄ぼんやりと、何もかもが曖昧な世界に、引っかかるモノがある。
(´ω`)
「やく、そく……」
💥 最大の光
――当たりどころが、悪かった
大サソリの体色が変化した瞬間、炸裂した光はこれまでで最大のものだった。
不幸中の幸いは、光の正体である尾針の直撃を免れたこと。
もしも尾針に掠められでもしていれば、少女の小さな体は一瞬で蒸発していただろう。
そうならずには済んだ。だが、逸れた尾針が砂海を砕いて、その際に発生した衝撃波をまともに喰らった。
黒いマントが吹き飛び、破れた衣服の下にはズタズタになった地肌が見える。
重度の裂傷と火傷に見えて、スバルは一瞬、目の前が暗くなる。
🦁 引き取る
🟠何のための、俺だ
「馬鹿か俺は! 何のための俺だ」
常に発動し続けている『コル・レオニス』――仲間たちの負担を引き受ける力を使い、メィリィが受けた致命傷に近いダメージを引き取る。
「大丈夫だ。俺ならできる。――やれるだろ、ナツキ・スバル」
以前までなら、ここで狼狽え、取り乱し、無様な醜態を晒したかもしれない。
しかし、『ナツキ・スバル』の辿った道のりを歩いて、スバルは己を見つめ直した。
⚖️ 配分
――両方は、支えきれない
「――エミリアたんと、ユリウスは大丈夫だ。エキドナとパトラッシュ、レムもセーブ」
反応の途切れたエミリアは気掛かりで、レイドと戦うユリウスの様子も気になる。
だが、信頼がそれを押しとどめた。
そこへ、メィリィの瀕死の重傷を引き取るのは、まさに自殺行為。
命に関わるメィリィの方を優先せざるを得ず、スバルはラムから流れ込む負担の程度を下げるしかない。
(#-_-)
「あとで、絶対どやされる……」
『コル・レオニス』の効果はあくまで負担の肩代わりであるはずだが、実際に血の味を感じるのは、ある種のフィードバックがスバルの肉体に起きている証だ。
下手をすると、同じ死因の死体が二つ生まれることにもなりかねない。
🐎 塩対応
――加護が切れれば、ただの害敵
今襲ってきた餓馬王は、先ほどまでスバルたちを乗せてくれていた一頭だ。
状況が悪くなった途端、利に聡い魔獣がまさかの裏切り――ではなく、メィリィの加護が切れて、通常営業の塩対応に戻っただけの話。
そして、そんな魔獣はこの砂海に、今や無数に存在している。
「そっちもわかってる! ……メィリィに深追いさせたのは俺のミスだ。その分のツケは俺が払う」
ただし、凄まじい勢いで利息は積み重なっていき、ラムへの融資を減らしながらもスバルはすでに青色吐息の状態だった。
🤝 パートナー
🟣一人で抱え込むのは、よすのよ
「スバル、何もかも一人で抱え込むのはよすのよ。ベティーとスバルはパートナーで、メィリィも仲間の一人かしら。助けるって、約束したのはスバルだけじゃないのよ」
じわりと、温かな光がメィリィを癒していく感覚、それがスバルにも彼女越しに伝わってくる。
この温もりの分だけ、ベアトリスが皆を思ってくれていることも。
🔥 一緒に
🟣ベティーを、仲間外れにしない
この置かれた状況を打破まではいかずとも、変える手段は確かにあった。
ただし、その手法のモデルがスバルにとって最悪の相手であったため、実行を躊躇する。
「スバル! 躊躇う理由がベティーのためなら、いらないかしら! 理由がベティー以外なら、あとで一緒に謝ってあげるのよ!」
「一緒に苦しみたいし、一緒に喜びたい……ベティーを仲間外れにしない! それが、ベティーとスバルの契約の条件かしら!」
(*゚▽゚*)
「愛してるぜ、ベア子」
(๑•̀ᴗ•́๑)
「ベティーの方が上なのよ」
🦁 セカンドシフト
――負担を、分配する
「――コル・レオニス、セカンドシフト」
みんなの想いを背負って立つ、孤独な王様としての在り方、それを叱られた。
かといって、自分の積み荷を誰かに押し付ける恥知らずな『強欲』にはなれない。
だから、スバルがこの権能の果てに望むのは――共に在りたいと、スバルをそう望んでくれる仲間と荷を分かち合うこと。
「……めちゃめちゃしんどいかしら!!」
「ああ、めちゃめちゃしんどいんだ!!」
一人では立てない『小さな王』を、支えたいと思ってくれるみんなのおかげで立っていられる。
🌟 届かない
――受け取る意志が、ない
その正体はシャウラであり、今も彼女とは『コル・レオニス』を通じて存在が繋がっていることを感じる。
しかし、残念ながらスバルとベアトリスが味わう負担をその紅蠍へ引き渡すことはどうやらできない。
――受け取る意志が、今の彼女にないからだ。
『小さな王』を支えられるのは、支えたいと思ってくれる相手だけ。
実にわかりやすく、融通の利かない力。だからこそ、傲慢にならずにいられる。
「ベア子! 頭と体で違うことして!」
「――っ、難しい注文してくれるもんなのよ!!」
「――E・M・M!!」
🖐️ 六つの手形
――塔の、本当のてっぺん
プレアデス監視塔の最上層、一層よりさらに上、真の意味でのてっぺんへの到達。
(・o・)
「――誰かの、手形?」
その視界にあるのはモノリスの表面に押された複数の手形――全部で六つの、異なる男女の手形だった。
「……もしかして、シャウラのお師様とか、レイド?」
❓ 私の?
❄️これって、私の……?
六つの手形の一番端にちょこんと押された手形――端の二つだけが明らかに小さい。
おそらく、その二つだけが女性の手形だからだ。
(°_°)
「この手形って、私の……?」
そんなことはおかしなことなのだが、そんな気がしてならない。
そのモノリスに押された手形の一つ、それが自分のモノのように思えるのだ。
🐉 戻ってきた
――『神龍』が、降りてくる
「――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者」
「――っ! 戻ってきた!」
「それに、モノリスが壊されちゃったらすごーく困っちゃう……」
「いくわ、みんな! ボルカニカは、首の白いところが弱いから!」
💫 一振り
――尾の、一振りだった
「――ぇ?」
天地がひっくり返るエミリアの周囲、七体の氷兵がいっぺんに砕け散った。
全員、その頭部だけを器用に砕かれて、為す術もなくマナの塵へと姿を変える。
ボルカニカの尾が高速でエミリアの足を払い、同じ尾で氷兵たちの頭を割った。それを、高速の尾の一振りで実現した。
スバルの鞭が一なら、ボルカニカの尾撃は千か万か、それぐらいの差があった。
(・_・;)
「なんで、私には優しくしたの……?」
👁️ 目と鼻の先
――違うことを、喋っている
「……汝は、何をしているのだ」
(・o・)
「えっと……?」
「さっきまでの、ずっと繰り返してたのと違うこと喋ってる!」
「そうも奔放に飛び跳ねて、転びでもしたらなんとする。万一があれば、叱責を受けるのは我であろう。……皆、汝には頭が上がらぬ故」
ボルカニカのエミリアを見る金色の瞳、そこには穏やかな色が宿っている。
それは優しく穏やかに、慈しむようにエミリアを見つめていて――。
🕰️ 遠いモノ
――四百年前の、名前が並ぶ
「フリューゲルやレイドは何処へいった? 別れ際に言葉もなくては、シャウラが寂しがるぞ。ファルセイルも、喧しく騒ごう」
「ファルセイルって、ファルセイル・ルグニカ? 四百年前の王様?」
ルグニカ王国の三十五代目の国王にして、四百年前の『魔女』の時代に国を統治した偉人。
そして、他ならぬ『神龍』ボルカニカと盟約を結び、長きにわたるルグニカ王国の繁栄の第一歩を刻んだ『最後の獅子王』。
(; ̄Д ̄)
「まさか、私……森の母様たちのこと以外にも、まだ何か忘れてるの!?」
🕯️ サテラ
――そう呼ばれ、息を詰めた
「何かあれば話せ。汝の憂いなら我が取り除こう、――サテラ」
銀髪に紫紺の瞳、そしてハーフエルフ――その特徴を備えたエミリアを見れば、この世界を生きる多くの人間は同じ存在を連想する。
ある人はサテラと呼び、ある人は最悪の災厄と呼び、ある人は『嫉妬の魔女』と呼ぶ。
ただし、ボルカニカが、親愛を込めてサテラの名を呼ぶのは不思議なことだった。
💢 その一言
――その一言が、起点になった
「どうして、『嫉妬の魔女』に優しく話しかけるの?」
あるいはサテラでも、『魔女』でもよかったかもしれない。
そして、エミリアは『嫉妬の魔女』とそう呼んだ。
「――『嫉妬の魔女』」
これは、良くない変化だと直感する。
その感覚に従い、エミリアは弾かれるように後ろに飛んだ。それで正解だった。
空間が圧縮され、直後に膨らみ、爆ぜた。
ほんの刹那、頭を下げるのが遅れていれば、エミリアは死んでいた。
😢 哀しみ
――瞳に満ちていたのは、悲痛だった
真っ直ぐ、相手の金色の瞳を見つめるエミリアは、そのボルカニカの態度をただボケてしまっているからと、そう言い捨ててしまいたくなかった。
だって、ボルカニカの瞳には哀しみが、悲痛なそれが満ち満ちていたから。
「サテラ、そうだ、サテラ。『嫉妬の魔女』と成り果てた汝を、我らが止めねば」
「……仲良しだったの?」
「あの日、我が躊躇わなければよかった。あの日、我が躊躇わなければ、誰も――」
問いかけへの答えはなかった。だが、そのボルカニカの震える声が、答えそのものに思えた。
❄️ 名前だけでも
❄️私はエミリア
「――スバル、ベアトリス、ラム、レム、メィリィ、パトラッシュちゃん、エキドナ、ユリウス、アナスタシアさん」
助けなくてはならないみんなを、同じ目的のために顔を上げているみんなを。
そうすることで、エミリアの胸の奥、そこから知らない力がモリモリ湧いてくる。
「――『嫉妬の魔女』、サテラ!!」
(๑•̀ᴗ•́)9
「――いいえ、違うわ。私はエリオール大森林の『氷結の魔女』、エミリア」
「――名前だけでも、ちゃんと覚えてね!」
――プレアデス監視塔を取り巻く最終局面、雲上と雲下で同時に光が爆発した。
第六章87『遠い眼差し』終了。
メィリィ
スバル
ベアトリス
エミリア
ボルカニカ