第六章85
『グッドルーザー』
騎士が伝説に挑む。その決着は、どちらも予期しない形で訪れる。
⚜️ 最優
――自分から、名乗る勇気
他者からそう呼ばれ、褒めそやされることへの誇らしさはあった。
だが、自分から『最も』『優れたる』などと自称したことは一度もない。
――はたして、自分はそれに相応しい努力をしてきただろうか。
限界を超えたか? 常日頃、力尽きるまで己を磨いたか? 他者の奮励に触発されて、より一層の努力を理想に誓ったか?
ユリウス・ユークリウスは、それを果たしてきた。
――故に、『剣』の頂たる存在を前にして、堂々と胸を張れたのだ。
😤 気に食わねえ
🩸オレの子分みたいなこと抜かす
「ああ、ああ、ああああ、あああああああああああああ――っとくらぁ!!」
「見栄、見栄、見栄……ああ、見栄かよ。やっぱりオメエ、オレの子分みたいなこと抜かしやがる。とことン、気に食わねえ野郎だな、オメエよ」
「生憎と心当たりはないが、その子分の男性には共感を抱かざるを得ないな」
「あぁ? 誰が子分が男だなンて言ったよ。オレの言ってる子分ってのは女だ。面ァいいが、理屈がうるせえ」
「女性……では、私とその女性の共通点とは?」
「理屈臭ぇところと、面がいいとこだよ」
🛤️ この道
――殻を破った方が、強くなれた
「いい女ってのは種族を選ばねえもンだ。生憎、抱けねえ女にゃ興味もねえがな。――オメエは、殻破った方が強くなれたぜ?」
「あなたがそう言うなら、そんな道もあったのかもしれない」
どうせ剣に縋るなら、なりふり構わない姿勢を示せ。――彼が、ユリウスに望んだのはそういう態度と覚悟であり、それもありえた道だった。
「私は、この道を往くと決めた」
「断言しよう。私は、騎士としての己を突き詰める。その上で、あなたが私を導こうとした道よりも、あらゆる面で優れたる私となろう」
「はン、どういう理屈でそうしようってンだ、オメエ」
「決まっている。――私の信じる騎士というものは、理想の体現だ。それは清く正しく、何よりも強い。ならば、騎士を名乗る私がそうでなくては話になるまい」
🗡️ 選定の剣
――初めて、剣を握る
「泣かしてやるよ」
言いながら、レイドは手にした箸を放り捨て、瞠目するユリウスの前で大きく後ろへ飛びずさった。
そこで初めてレイドは選定の剣を、本来の役目に従って引き抜く。
「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」
「そりゃオレの台詞だろ。……まぁ、すっぽ抜けたから忘れちまってたが」
「だろうと思って、代わりに言ったのですよ。――挑ませていただく」
「許すかよ、間抜け。ひいひい言わせてやるぜ」
🪶 身も心も軽い
――信じるべきだった
そうして己の不調を表に出さず、仲間も、自分さえも騙していたことの結果が、この塔へ到着して以来の連戦連敗、あの無様な敗戦へ通じたのだ。
ユリウスはまず、他者を信じるべきだったのだろう。
「断ち切られた絆は結び直せばよかった。何者でもないものが、何者にでもなれる……他ならぬ私自身が、その生き証人だったのだから!」
何者でもない平民の子が、この世で最も格好のいい騎士にだってなれたのだ。
🥢 変わらない
――箸のときと、同じだ
「幾度機会を得られようと、私はあの日、燃えるような少年に憧れ、騎士を標榜する背中に理想を見、『剣』の頂たるあなたへ挑むだろう――!」
「ぐだっぐだと、しゃらくさいってンだよ、オメエ!!」
「箸のときと、剣力が変わっていない……!」
「だぁから言ってやっただろうが。オレが強ぇのは剣が振れるからじゃねえ。オレが強ぇのは、ただオレが強ぇってだけが理由だってンだよ」
🤺 挑もう
――友に、挑もうと思う
「泣きたくなってきたか?」
「――。いいや、伝説に挑んでいる実感に胸が弾む!」
「いいえ、ただ思っただけです。――ここでの目的を果たして帰参した暁には、我が友、ラインハルトに挑もうと」
――並び立とうとしなかったことを悔やんだこと。
最初から二振りの木剣を携え、ラインハルトの下へ赴けばよかっただけだ。
「はン、知らねえ名前だ。どこのどいつだ、その馬の骨」
「あなたの子孫だ。そして、当代の『剣聖』にして、私の友」
「かっ! ガキのガキなンざ、もう他人だろうが。道端で会っても気付きゃしねえよ」
🌈 極光
――虹が、世界を席巻する
「そろそろ、他人の話は飽き飽きしてンだ。オメエ、オレとお喋りしてえのか?」
「――。否定はしないが、否定しよう」
「時さえ合えば、私はあなたと二晩でも三晩でも言葉を交わしたい。だが、今はそのための時が惜しい。急げ、とも背を押されている。故に――」
「――アル・クラウゼリア!!」
美しく、可憐に、勇壮に、凛々しく、華やかで、神々しくさえ思える成長を遂げた彼女たちは、蕾ではなく乙女だった。
「たとえ、君たちに忘れられようと、私は君たちを愛している」
🔗 連係
――六色が、噛み合う
「イア! アロ!」
赤と緑の精霊がお互いの力を高め合い、燃え盛る炎を取り込んだ風が渦巻き、灼熱の竜巻がレイドの足下から生じた。
「クア! イク!」
黄色の精霊が白い床に隆起を生み、ユリウスの体を上方へ押し上げる。同時、青の精霊の輝きが大気中の水分を凍結させ、上へ飛んだレイドの上昇を妨害した。
「イン! ネス!」
その瞬間に生まれるささやかな差が、直後の結果の立役者だ。
🩸 目の下
――斬られたことは、忘れられない
音や光の概念を殺して、レイドの一閃が空間を割った。
何故ならそれは、『剣』という概念の顕現そのものであったからだ。
ならば、この世のあらゆる物を斬る一閃は、『剣』と『剣技』の極致にして本懐。
それに斬られたものは、斬られたという事実を永劫に忘れられまい。
だから、ユリウス・ユークリウスが左の目の下に受けた傷跡も永劫に消えない。
斬られた眼底が血を噴く。だが、目は閉じない。
「――アル・クラリスタ」
🎯 届いた
――眼帯が、宙を舞う
ユリウス・ユークリウス、生涯最高の剣撃が虹色を描く。
――『剣聖』の左目を塞ぐ眼帯が、騎士の一撃に貫かれ、宙を舞っていた。
「……届いた、のか」
言葉という概念はなく、六つの光がユリウスの成し得た偉業を称える。
🧣 エキドナ
「――ユリウス」
ただ、ユリウス・ユークリウスの覚悟を見届ける誰かの存在が、こうまでこの心を軽くしてくれたことを感謝し、騎士剣を掲げた。
⚔️ 正眼
――剣聖が、剣を構える
「――これがクソったれな『試験』なら、ここでオメエの勝ちだろうよ」
しかし、ユリウスとレイドの戦いは、もはや塔の『試験』の問題ではない。
一人の騎士と一人の剣士、男と男の決着を付けるために戦っているのだ。
無造作に棒を振るのではなく、正しく、敵を斬るために剣を構えたのだ。
「はン! 笑い話を笑えねえ奴だ。オメエ、なンてったっけ?」
その問いかけで初めて、レイドが正しくユリウスを認めたとわかったから。
「ユリウス・ユークリウス。忘れられやすい名なので、覚えていただきたい」
🌈 クランヴェル
――極光そのものに、なる
「――征く」
「――こい」
六属性を束ねた虹の光を放つのでも、剣に宿らせるのでもなく、己に纏い、極光そのものとなって相手を討つ必殺。
「――アル・クランヴェル」
その、精霊騎士の究極の一撃を、白い一閃が真正面から迎え撃った。
🧣 橋渡し
🧣責任重大な、大役
自分という不自然な存在の目的は、生まれた瞬間から尽きていたと。
🧣 エキドナ
「――君も、君の大切に想う子たちも、失わせたくないんだ」
🧣 エキドナ
「体をボクに譲り渡し、一時的に自身のオドの中に潜んだ君は、外界からの干渉を受けない状態だ。――オドは、ある種の固有の世界だから」
アナスタシア・ホーシンが、ユリウス・ユークリウスを忘れてしまう。
だから彼女は。しかし――。
🧣 エキドナ
「どうやら、この塔へきたのは全員、筋金入りの頑固者のようでね。――誰も、失われっ放しで終わるほどの可愛げはないらしい」
🧣 エキドナ
「――君の騎士の一番カッコいいところを見ないなんて、そんなもったいない真似、ケチな君らしくないじゃないか」
📣 いったれ
――届くはずのない、声
その場所に、ましてや命懸けの戦いの最中に、誰かの声など届くはずもない。
だが、声は確かにユリウスを打った。
その、大きく丸い瞳に宿った光が、明らかに直前のそれと変わっていて――。
「――いったれ、ウチの騎士」
――その一言に、必要だった最後の剣力の一押しが宿った。
「イア! クア! アロ! イク! イン! ネス!」
「お、おおおぉぉぉぉ――っ!!」
🪞 ひび
――器が、耐えられなかった
「何故……」
「ちっ、ああ、クソ、つまンねえ幕引きになっちまったじゃねえか」
腕や足、首や頬といった体の各所にガラスがひび割れるような傷が広がっていくのだ。
規格外のレイド・アストレアという魂の働きに、ロイ・アルファルドという容れ物が耐えられなかった。
「結局のとこ、アレだ。オレって人間はオレ以外の器に収まり切らねえってこった」
「では、いっそあなたが!」
「ま、こいつに喰われてやってなきゃ、最後まできっちりやれたかもしンねえな。その場合、オメエが眼帯落とした時点でやっぱ終わってンだぜ?」
🏆 勝ち逃げ
――オレの、勝ち逃げだぜ
「かかか。何事もままならねえもンだな、弱ぇ奴ってのは。泣きたくなったか?」
「馬鹿か、オメエ。もっぺン生きるとか、そンな面倒な真似誰がするか」
「やりてえことはやりてえと思ったときにかますってのがオレの流儀だ。オメエもそうした方が、よっぽど楽だっただろうぜ」
「……助言には感謝する。だが、私にはそちらの方がよほど茨の道なのですよ」
「オメエ、勘違いすンなよ? オメエの剣が届いたのはまぐれだ。これがオレの体なら、オメエじゃ鼻くそだって付けられねえよ」
「その剣力、心の底から尊敬します」
「野郎の憧れなンざいらねえよ。――オレの勝ち逃げだぜ、ユリウス」
「ええ、最後まで。――あなたの勝ちだ、レイド・アストレア」
「はン、いい面するぜ、負け犬が」
🧣 ウチのもん
――お初に、お目にかかります
光がほつれるように赤毛の偉丈夫が消滅――代わりに白い床に倒れているのは、白目を剥いた矮躯の少年だ。
「――お初にお目にかかります」
「ウチは」
「――ウチは、アナスタシア・ホーシン」
「ウチは、この世の全部が欲しい。……で、えらいカッコいいお兄さん、お名前は?」
「私はユリウス・ユークリウス。――あなたの、一の騎士」
「お忘れかもしれません。ですが、私はあなたに剣を捧げた身。あなたのために、持てる力の全てを尽くし、その志をお支えするもの」
「そうなん? よう覚えてへんのやけど……でも」
「一目見て、思うたんよ。――このお兄さん、ウチのもんにせなあかんて」
奪われた『主従』の絆の再生が、二層『エレクトラ』にて果たされる。
第六章85『グッドルーザー』終了。
レイド
ユリウス
アナスタシア