第六章81
『――お初にお目にかかる』
見栄を張り続けてきた男が、自分の一番大事なものを一度手放す。
🐉 全然ダメ
――話が、前に進まない
――『神龍』ボルカニカは長年の放置により、その精神の『死』を迎えていた。
有体に言えば、長い時間放っておかれてボケてしまったということだ。
「でも、そんなお年寄りみたいなことじゃ困るの! ねえ、ボルカニカ!」
「――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者」
「もう! 全然ダメ!」
「レイドは話も通じたし、何をしたらいいのか教えてくれたけど……」
🏛️ 六本の柱
――自分で、探すしかない
「今の私にできることを全部やらなくちゃ……!」
空間には周囲に六本の柱と、中央に巨大な柱が一本――ボルカニカは中央の柱にもたれるように蹲っている。
「下は……見えないようになってる?」
「そんな風に、外からズルして登るのは怒られる気がする……ううん、そもそも、私が一生懸命走ったくらいで、雲の上になんてこんなに早くこられない」
「それなら、やっぱり『試験』はこの場所になくっちゃおかしいわ!」
💥 尻尾
――虫を、払われる
「ボルカニカ、『試験』は何をしたらいいの?」
「――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん」
柱に触れようとした瞬間、エミリアは風の音を聞いた。
「……尻尾で、叩かれた?」
とっさの防御が働いたからこの程度で済んだが、反応が遅れていれば首が折られていたか、頭が吹き飛んでいてもおかしくない一撃だ。
それも、ボルカニカにとっては曖昧な意識の状態で虫を払ったに等しい挙動。
🧊 氷の兵隊さん
❄️本気で、いくから
「やっぱり、その柱に何かあるんでしょう」
「あなたは『試験』のためにここにいるんだもの。それは、『試験』のことを忘れちゃった今でも忘れてない。だから、同じことを繰り返し説明してるんだわ」
「――中途半端な気持ちじゃダメね。私も、本気でいくから」
まるでエミリアを女王として付き従うように、次々と生まれ出でる氷の戦士。
スバルには教えていないから、名前は付けてもらえていない。故に、エミリアが命名する。
「氷の兵隊さんと、アイスブランド・アーツ……!」
「――いくわ、寝坊助さん! 起きるなら、きっと早めに起きてね!」
🥢 片手だけ
――片手でも、届かない
「オラオラオラオラ、どうしたどうしたどうしたぁ! こちとら、箸一本減らされて片手だけになってンだぞ? それでも届かねえンなら、オメエ、これが遊びでなくてなンになるってンだ」
「ぐ……っ!」
「気分が変わりゃあ剣も変わる。オメエにはその爆発に期待してンだぜ? だってのに、いったい全体いつになったら変わンだよ、オメエ。それとも……」
「お行儀に拘って負けンのか、オメエ。それで満足かよ、オメエはよ」
🫥 必死さ
――剣に、必死さしかない
「――ずいぶんと、好き放題に言ってくれるものだ」
「あなたは幾度も、私にそうした言葉を投げかける。面白みのない戦い、お行儀のいい剣技、遊びが足りないとも……私も、身に覚えのある言葉だ」
「ハッ、だろうよ。オレほどじゃねえにしても、誰の目から見てもおンなじように感じるンだろうぜ。オメエの剣にゃ、必死さしかねえってな」
彼にはユリウスの、地金の上を覆った薄っぺらい理想が見えるのかもしれない。
🤝 いい友人
――胸襟を、開くべきだった
「思えば、私も君も、もっと自分の胸襟を開いて話し合うべきだったろうね」
🧣 エキドナ
「ユリウス……?」
「もしそれができたなら、君とはいい友人になれただろう。お互いに、同じ女性を大切に想い、憧れることができたのだから」
🧥 拾い直す
――マントを、纏い直す
「まーたこれかよ。これじゃ通用しねえって何度も言わせンじゃ……」
「たとえ! つまらないと言われようと、これが私の剣だ!」
「おおし、そいつだ!」
「いいや、違う!」
白い制服に白いマントを羽織り、騎士を体現する。
名無しであることはやめても、騎士であることはやめない。
🥢 棒振り
🩸オメエの中身は、棒振りだ
「オメエよ、オレはさっきの激マブと後ろのマブがきたとき、オメエが変わるってのに期待したンだぜ? なりふり構わねえで勝ちにくる。そういうオメエが見れるってよ」
「騎士なんてかしこまったフリしちゃいるが、オメエの中身はそれじゃねえだろ。オメエの中身は、オレと変わらねえ『棒振り』だ。窮屈で見てられねえよ、オメエはよ」
「ようやくわかった気がする。あなたが、どうして私にこうも執拗なのかが、だ」
「――あなたは、私に自分と同じモノを見ていたのか」
🏡 平民
⚜️私の在り方は、作り上げたものだ
「細けぇことは知らねえよ、青びょうたンが。オレぁオレのやりてえようにやるだけだ。そのオレの感が言ってやがンだよ。オメエは、一皮剥けた方が面白ぇってな」
「だからこそ、私は私であることを曲げない」
「あなたの言葉は正しいのだろう。……誰もが私を忘れた世界では語ることもなかったが、私はユークリウス家の嫡子ではなくてね」
「貴族の家を出奔した父は平民の母と結ばれ、二人の間に私は生まれた。だから、私の出自は平民のそれだ。……故に、私の在り方は作り上げたものだ」
「不細工なハリボテだろうが」
「そうかもしれない。私の本質は、礼服ではなく平服を纏い、友と笑い合いながら野を駆け回っていた頃の、理想を知らない粗野な幼子の方なのだろう」
🪞 見栄
⚜️見栄を、保とう
「だからこそ、私は騎士を装おう。見栄に拘り、本来の己を封じ込めよう」
「何も知らなかった無知な私は、しかし、理想と出会ったのだ。――私は騎士に憧れた。凛々しく、清廉とした騎士の姿に憧れたのだ。故に、憧れを貫こう」
「背筋を正し、身嗜みを整え、そう在りたいと願う姿を装い、意志を貫く杖とする。それこそが、私が永遠に被ることを決めたハリボテなんだ」
「見栄を馬鹿にするものもいるだろう。だが、それと同じぐらい、見栄を眩しく思うものがいるのだと信じている。――私が、騎士の在り方に焦がれ続けるように」
ユリウス・ユークリウスの在り方こそが、騎士の在り方だと思ってもらえたから。
🕊️ 恐れる必要はない
――騎士道の中に、私はいる
「忘れられたことを恐れ、悔やみ、嘆く必要などどこにもなかった。誰もが知り、誰もが焦がれる騎士道の中にこそ、私という存在がいるのだから」
そして、それと同じことは、この場にいてくれる『彼女たち』にも言えることだ。
🌈 蕾たち
⚜️君たちを、解放する
「これまですまなかった、我が蕾たちよ。失われた絆に縋り、君たちを手放そうとせず、ずっと不安な思いをさせた。その頸木から、今、君たちを解放する」
彼女たちもまた、『暴食』の権能に『名前』を奪われたユリウスを忘れた。
何もかもが変わってしまったから、残された何かを変えたくなかったのだろう。
「変わることを恐れる私がいた。だが、失う覚悟がなければ得られないものもある」
「我が蕾たちよ! 君たちを解放しよう。長く、こぼれた絆に縋り続けてすまなかった」
確かにあった繋がり、絆、魂と魂を結び付ける契約が、断ち切られる。
それは精霊術師にしかわからない、真に魂が結び付いた存在を喪失した痛みと嘆き。
💍 新しい契約
――今一度、呼ぼう
「――その上で、今一度、君たちを呼ぼう」
「君たちを愛している。この見栄っ張りの求愛を受け入れてくれるなら、改めて結ぼう。――私と君たちとの、新しい契約を!!」
躊躇いと逡巡、それはたったの一秒のことだった。
🌸 花盛り
――独りでは、ない
喜びがあった。怒りがあった。悲しみがあった。愛情があった。憎しみもあった。
それら数多の感情が、ユリウスと彼女たちの十年分以上もあった。
これが正解なのかはわからない。でも、正解にしたいと、そう思えた。
間違うことがあったとしても、自分は一人ではない。独りではない。
前を行こうとすれば、素晴らしき先人たちが作り上げてくれた理想がある。
足を止めかければ、愛情深く見守り続けてくれた蕾たちの温もりがある。
そして隣を見れば、そこには自分を形作った信念を捧げると誓う、主の横顔がある。
「――そうだろう。我が、麗しき花盛りの乙女たちよ」
⚜️ 最優の騎士
――お初に、お目にかかる
「これから先も、深く、優しく、傷付け合いながら、私はこの道を歩もう」
そこに、剣に身を砕くものとして憧れた頂点の姿がある。
だがしかし、ユリウス・ユークリウスの羨望は、その頂とは異なる場所に。
「お待たせした、『剣聖』レイド・アストレア。――お初にお目にかかる」
そして顔を上げ、この世で最も憧れる『それ』になり切って、名乗る。
「――私は『最優の騎士』、ユリウス・ユークリウス。あなたを斬る、王国の剣だ」
第六章81『――お初にお目にかかる』終了。
エミリア
ボルカニカ
レイド
ユリウス