第六章80
『精神の死』
塔の頂で待っていたものは、強大すぎて、そして長く待ちすぎていた。
👃 怒りの臭い
――怒りを、吸い込んでいる
――怒りの臭いがする。
かぐわしく、芳醇で、純度の高い怒りの臭いがする。
「いいね、いいよ、いいさ、いいとも、いいから、いいじゃない。そんな風な怒り顔、俺たちに向けてくれる人って普段はいないからさァ。すごい貴重な感覚なんだよねェ」
ライ・バテンカイトス個人に対して憎悪を抱き、ライ・バテンカイトスを殺そうと狙うものはいなかった。
――『暴食』の権能の影響を受けない、第三者の存在が浮上したことで。
🌸 先手
🌸豚以下に真似されたら、迷惑
「――姉様も、わかってくれるんでしょォ?」
「言ったはずよ。――豚のように鳴きながら死になさいと」
「姉様ったら容赦なァい! 今の喰らってたら、豚の鳴き真似どころか、何にもできなくなって死んじゃってたとこだからッ!」
「考え直したのよ。豚以下に真似されたら、豚もいい迷惑でしょうから」
🍴 わかってる
――姉のことを、知りすぎている
「姉様がもっとすごいこと、こっちはちゃァんとわかってるからさァ」
その中に、ラムを姉と慕い、彼女の無限の可能性に焦がれる情熱的なモノがある。
その『記憶』の有する、ラムへの飽くなき信頼と期待は、目の前にいるラムとの落差を悲しいぐらい正確にバテンカイトスへ伝達していた。
「――角のない姉様なんて、レムでも代替できる紛い物でしかないってことだよねェ」
「あ、怒った? 怒っちゃった? 怒るんなら怒ってくれてもいいんですよ、姉様。考えてみたら、一度もちゃんとした姉妹ゲンカってしたことなかったからさァ」
🩸 代わりたい
――代わりたいと、思っていた
角をなくした鬼族の肉体が自分の体を扱い切れなくなるのは有名な話だ。
何度、その苦しみを代わりたいと思ったことかわからない。
だが、同時に思ってもいた。――自分では、彼女の抱える苦しみに耐えられまいと。
「本当ッ! 姉様ったら素敵ですッ!!」
――この美食に巡り合えた奇跡に、感謝感激雨あられだ。
💥 受けるはずのない傷
🌸まだまだ、評価が甘い
「じゃじゃーんと、反撃タイ――」
「うるさいわね」
受けるはずのない傷だった。少なくとも、神童ラムを最もよく知る存在に従えば、この傷を受ける未来はなかった。
「みっともなく鳴きなさいと言ったけど、見苦しい相手の声は聞き苦しくもあったわね。これ以上、付き合い切れないから、死なすことにするわ」
「『記憶』を頼りにラムを評価していたんだとしたら、まだまだ評価が甘いわね」
🔵 レムの姉様
ラムの可能性は、無限大よ
「ラムの地金を暴いたつもりでいたの? だとしたらお笑いね。――ラムの可能性は無限大よ。だって」
「――ラムは、レムの姉様だもの」
何の根拠もない放言、それが異常な説得力を持って響くのは、他でもない、バテンカイトスの内側にある『記憶』が姉の存在をそう捉えているからだ。
「――姉様は、妹のことも信じられない、究極の個人主義ってことだよねェ」
「……浅い物事の見方ね。どれだけ多くの人間の人生を味わっていたのか知らないけど、その人たちも浮かばれないわ。レムのこと以外は些事だけど」
🤝 運命共同体
🌸せいぜい、気張りなさい
「せいぜい気張りなさい、バルス」
「運命共同体なんて、ゾッとするけどね」
🏜️ 綱渡り
――敗北条件だけは、売るほどある
「ベア子! メィリィ! しのぐぞ!」
「わかってるのよ!」
「もお、人使いが荒いんだからあ!」
接近を許し、大鋏の一撃を浴びれば命取り。距離を置いて、尾針を放つための助走を稼がれれば命取り。
敗北条件だけなら、まさしく売るほどあるのが現状だ。
「これ、俺の戦いってより、俺と愉快な仲間たちの戦いだな!」
「言ってる場合なのお!?」
📏 離れられない
――塔から、離れられない
「お兄さん! ここだと身動き取りづらいわあ! もっと塔から離れた方が、魔獣ちゃんたちが暴れやすいと思うんだけどお!?」
「ぐ……! お前の言い分はわかる! わかるんだが、無理だ! 俺は塔から離れられない。これ以上離れると、わからなくなる!」
だが、最大の問題は安否確認よりも、負担の肩代わりができなくなること。
それ以上にスバルの心を鷲掴みにして離さないのは、敵討ちに臨んでいるラムだった。
万全なラムでなくては、ライ・バテンカイトスには対抗できない。
「迂闊に塔からは離れられない! ハンディ戦ばっかで悪いが、付き合ってくれ!」
「~~っ! こんなの、絶対の絶対、あとでひどいんだからあ!」
⚖️ 重くする
🟣重くするだけで、結果は変わる
「羽土竜ちゃんたち! 出番よお!」
「あいつらに合わせてくれ!」
「――っ、わかったのよ! 『ヴィータ』!!」
ここまで、羽土竜の吶喊をそよ風のように受けていた大サソリが、無視できない威力の直撃に複数ある足を止める。
「今のって……ベアトリスちゃん、何したのお?」
「お前の操る魔獣を、ぶつかる前に重くしてやったかしら。速さと硬さは変わらないけど、重くなるだけで結果は変わるのよ」
「魔獣には悪いが、命と時間のトレードオフだ。使える魔獣の数と種類は豊富、ベア子のアシストがあれば可能性は無限大……!」
❗ 消える
――一つ、反応が消える
「――あ?」
激しい戦いを繰り広げていると思しき面々、そんな中から一つの反応が消えていた。
――頂上へ向かう、エミリアの反応だ。
「――ッ、落ち着け、馬鹿野郎」
「だとしたら、反応が消える速度が一瞬すぎる」
思えないし、思いたくない。信じている。だから、これはおそらく、別の問題だ。
「どこで、何と相対してるかはわからない。でも、戻ってくれるのを信じてる」
🐉 十五メートル
――呼吸さえ、許可がいる
「――『神龍』ボルカニカ」
だが、そんな大物であるエミリアをして、『神龍』の前では身動きを封じられた。
呼吸さえ、相手の許可なくしてはいけないのではないかと思わされる。
青く、深い色味を帯びた鱗は宝石のように煌めいていて、一枚一枚が鍛え上げられた宝剣よりも鋭いもののように思われた。
その頭部には二本の太く大きな角が生えており、搾りたてのミルクのように白い。
🏅 三英傑
❄️何百年経っても、仲良し
「……三層が『賢者』で、二層がレイド、それで一層がボルカニカ」
「もしかして、大昔の三英傑が全員、塔の『試験』に関わってるの?」
「何百年経っても仲良しなんて、すごーく素敵ね」
エミリアは、約束を重要視する存在が好きだ。
スバルのことはとても大切だし、信頼しているが、約束を守ってくれないところはダメダメだと思っていた。
エミリアも、スバルとベアトリスの二人を約束破りで叱りたくはないのだ。
✊ どんとこい
❄️どんな目で見られても、へっちゃら
「あのね、ボルカニカ! 私は『試験』を受けにきたの! 一層の『試験』! それに挑むわ!」
「どんな大変な『試験』かわからないけど……でも、大急ぎでお願い! 私が頑張らないとスバルたちが困ったことになっちゃうの。何でも、どんとこいよ!」
「私、誰かに点数を付けられるのは慣れてるの。私のことをハーフエルフって理由で嫌う人も、エキドナみたいに意地悪な子もいたけど……でも、スバルやラム、ベアトリスたちみたいに、期待してくれてる子たちもちゃんといる」
「だから、どんな目で見られてもへっちゃらよ!」
🔁 同じ言葉
――同じ挨拶が、返ってくる
「――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者」
「――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん」
「……あれ?」
「あの、それってさっきも聞かせてくれたお話よね? 私が一層にきた人で、あなたがボルカニカ……それで合ってる?」
「……あ! もしかして、自己紹介をしてないから? ごめんなさい。私はエミリア、ただのエミリアよ」
「……これでも、ダメ?」
🧊 冷たい
――鱗が、冷たい
エミリアが考えたのは、ボルカニカが怒っているわけではないという可能性。
あるいはその場合の方が、怒っているよりもっと悪いかもしれなかった。
「――冷たい」
触れた鱗を氷のように、あるいは冷え切った鋼のように冷たかった。
いったい、どれほどの時間を停滞して過ごせば、ここまで熱を失うものだろうか。
ボルカニカの、深きを見つめるその瞳は、エミリアを映しているようで映していない。
⏳ 試験開始
――忘れて、しまっている
「もしかして、お爺さんすぎて『試験』のこと、忘れちゃってる……?」
肉体の『死』ではなく、精神の『死』が、長命の龍をも襲ったのだと。
大図書館プレイアデス、第一層『マイア』の試験。
制限時間『仲間たちの生存時間』。挑戦回数『不明』。挑戦者『一名』。『試験内容』不明。
――試験、開始。
第六章80『精神の死』終了。
ライ
スバル
ベアトリス
メィリィ
エミリア
ボルカニカ