第六章79
『READY STEADY GO』
塔の外で、二層で、屋上で、階段で。四つの戦いが、同時に始まる。
👁️ 予兆
――攻撃の、兆しがある
恐ろしいのは、こちらへ致命打を放り込むつもりの一撃が、それらしい掛け声の一つもなく放たれること。
放たれる白光には嫌な思い出が多い。半分くらいはこれに殺されている。
だが、それだけ殺されれば嫌でもわかることがある。
「初速と、攻撃の予兆……!」
複眼と尾針、それぞれが攻撃の瞬間にささやかに光を増す。
見間違いかと思うほどか細い変化の兆し、それがスバルが命懸けのトライ&エラーで掴み取った生存の目。
「初速が一番、遅い……!」
🔁 試行錯誤
――足りないものは、失敗で埋める
人生はトライ&エラーだと、どこかの偉い人が言っていた。
だが、足りないものは失敗を重ねるしかない。真理だ。
そして、スバルには『幸運』にも命懸けの状況をトライ&エラーする能力があった。
それを駆使して、生存の目を探る。――これが、ナツキ・スバルの土俵。
「期待に応えられなくて悪かったな、俺!」
「何を言ってるのよ。スバルが期待に応えられなかったことなんて、一度もないかしら」
🦇 羽土竜
🦂足を止めたら、こっちのもの
「足を止めたら、こっちの思いのままなんだからあ!」
それらはまるで、死を恐れぬ弾丸のように大サソリへ迫り、その硬い外殻へと躊躇なく角を叩き付ける。
そこへ、入れ替わりに猛撃を叩き込むのは異形の中の異形、人馬一体のケンタウロス、『餓馬王』だ。
傷を焼けば再生できないのだ、と不必要な見識がそこで得られた。
命には価値がある。紛れもなく、価値の差もある。だから、勝つために魔獣の命を使う。
🎣 一本釣り
――鞭で、釣り上げる
「俺を見過ごすのは、正しいけど間違ってるぞ!」
かつての強敵の屍を使い、冒涜的な仕上げを施されたギルティウィップ――音を切り裂く、ナツキ・スバル最速の一撃。
狙いはダメージを与えることではない。
「うおらあああ――っ!!」
「一本釣りなのよ!!」
「吹き、飛び、やが、れええええ――っ!!」
✂️ 自分を撃つ
――自分の尻尾で、戻ってくる
薙ぎ払うような大鋏の一撃が、大サソリ自身の尻尾を根本から叩き切る。
その白光が、尾を失った大サソリを捉え、凄まじい勢いで露台の方へと吹き飛ばす。
「と、とんでもねぇ曲芸しやがる! けど、それで尻尾がなくなったってんなら、かえってこっちとしちゃありがたい……」
「って、オイオイオイオイ!」
逆だ。――傷口から、千切れた尻尾が再生する。
「硬いし治るし賢いし、シャウラらしくねぇ特徴ばっか増やしてんじゃねぇぞ!?」
🐴 共闘
――魔獣に、助けられる
放たれる白光から逃れる術が地上にはない。となれば、活路を見出す先は上空だ。
「ベア子! オリジナルスペル、第二弾――!」
術式が発動する直前、スバルとベアトリスの体が横合いからかっさらわれる。
「地下で初めてお前を見かけたときは、まさかクライマックスで共闘することになるとは思ってもみなかったぜ!」
「今、危うく奥の手を出しそうだったんじゃなあい? もっと慎重にやってよねえ。お兄さんとベアトリスちゃんの奥の手が、わたしにとっても命綱なんだからあ!」
「ナイスセーブ! ナイスフォロー! このまま、戦うフィールドを変えるのってやれるか!?」
🧗 駆け下りる
――壁を、垂直に走る
「お、おおおおおお――!?」
「わばばばばばばばばばばばばなのよ!?」
攻撃力の高い餓馬王を筆頭に、中空を飛んでいる羽土竜、地上には巨大な砂蚯蚓――味方となれば、戦略はぐっと広がる。
「バラエティに富んだ攻撃手段の数々! メィリィ! 俺とお前って、ひょっとすると思った以上に相性がいいのかもしれないぜ!」
「やめてよねえ、お兄さん! わたし、ペトラちゃんやベアトリスちゃんに睨まれるのなんて絶対に嫌なんだからあ!」
加護も使いすぎれば毒となる可能性は十分あった。
もし戦いの最中にメィリィが倒れれば、たちまちスバルたちの敗北は確定だ。
5️⃣ 壊せる
――塔のルールは、壊せる
「でもお、決定打がないのは一緒でしょお? いつまでも逃げ回ってても勝ちは拾えないんじゃなあい?」
「お前の言う通り、俺たちじゃシャウラを……あの大サソリを何とかできない。だから全部の鍵は、エミリアたんが握ってる」
「『試験』を終えずに出られない。『試験』の決まりは破れない。書庫への不敬は許されない。塔を壊してはならない。そして……」
「そして?」
「――『試験』を壊すことは禁じない。この塔のルールは壊せる」
シャウラは塔のルールに縛られている。だから、彼女はスバルたちを殺したくないと思っても、大サソリと化して殺そうとする因果から逃れられない。
🚀 開戦
――塔のシステムを、ぶち壊す
「――っ! くるかしら!」
「ベア子! メィリィ! 時間を稼ぐ! 俺たちの勝利条件は、エミリアたんの勝利!」
「合点承知なのよ!」
「それって、具体的にどのぐらいなのかしらあ?」
「エミリアたんのできる、最高速度だよ」
彼女の繰り出す結果はいつも、彼女の出せる最大にして最高火力。
「さあ、やるぜ、運命――いや、塔のシステムをぶち壊す!」
🫀 羨望
🧣その差は、傍にいる人の差
🧣 エキドナ
「君は、自分が忘れられたことが恐ろしくないのかい?」
「すごーく怖いし、寂しい。でも、膝を抱えてる時間がないから。でしょ?」
エミリアは言っていた。――スバルが覚えてくれているから、不安じゃないと。
同じ状況に置かれたエミリアの強さを見れば、その差はなんなのか思わずにいられない。
その差は、傍にいる人間の差。支えようと、傍らにいる人間の違いではないか。
「――そのスバルに、頼られたんだもの!」
強く強く、自分と、自分に寄り添う相手のことを信じる彼女への、羨望など。
⚔️ 劣勢
――概念ごと、斬り裂かれる
「オラオラオラオラ! そんなンでオレをどうにかできンのかよ、オメエ。舐めてンじゃねえぞ、オメエ」
それでもユリウスが劣勢に陥っていることは、悲しいかな、素人目にも一目でわかるほど歴然とした差があった。
「飛び散っちまえ、オメエ」
縦一閃、衝撃波を伴った斬撃は大気を斬り、空間を斬り、概念を斬り裂く。
信じ難いことに、斬られた空間の復元する引力だ。それが一度は死から逃れたユリウスを引き戻し、まんまと次なる一撃の射程範囲へ放り込む。
🧊 そこまでよ
❄️頭の上に、氷が落ちる
「――そこまでよ」
二人の頭上へ展開した異物――それは、天井を埋めるような強大な氷塊だった。
「ハッ!!」
氷塊の落下点と、レイドの振り上げる箸とが衝突、奇跡的に点と点で力が均衡し、箸がたわむ。
「……やってくれるじゃねえかよ」
「ずいぶンと好戦的だったな、オイ。そンな女は嫌いじゃねえが……ああ!? なンだ、オメエ、マブすぎンだろ!?」
🏅 突破済み
――手が、動かない
「助けられた形なのはわかるが……エキドナ、彼女は? いったい何者なんだ?」
🧣 エキドナ
「端的に言わせてもらえるなら、彼女はユリウス、君と同じ立場の人間だ」
「ユリウス、今なら私、あなたの気持ちがすごくよくわかるわ」
「なンだ、オメエ。なンでか、オメエを止める手が動かねえ。……オメエ、『試験』突破してやがンのか!」
「ええ、そうよ! あなたは、私の胸を箸で触って負けたの!」
「かっ! なンて本望な負け方してやがンだ。覚えてねえのがもったいねえったらねえぜ、激マブ!」
🪧 ただのエミリア
❄️あとでまた、必ず会いましょう
「行かれるがいい。私と同じ、その名前を知らない麗しの貴方よ」
「貴方には貴方の役割がある。それが、私の力になることではないことはわかる。だからそれでいい。――どうか、万全に」
「――。ええ、あなたも!」
「エミリアよ」
「私の名前はエミリア、ただのエミリア。――あとでまた、必ず会いましょう!」
🧣 一の騎士
🧣君は、アナスタシアの騎士
「君はどこへも行かず、私の戦いを見届けるというのか?」
🧣 エキドナ
「それを、君が許してくれるのなら。……いいや、そうじゃない。そうすべきだと、他ならぬボクが判断したんだ」
🧣 エキドナ
「この塔の中では、どこにいたとしてもボクの立場は不安定なものだ。ならば、自分の意思で君の後ろに立つ。だって……」
🧣 エキドナ
「――だって、君はアナスタシア・ホーシンの騎士。そうだろう?」
実感のないモノを信じるのは、とてつもなく勇気のいることだ。
「存外に、力をもらえるものだね。勇気を振り絞った誰かが、もはや何者でもないかもしれない私を信じ、期待してくれているということに」
😄 笑う
――戦いの最中に、笑う
🧣 エキドナ
「――ユリウス、君に伝言だ」
「伝言?」
🧣 エキドナ
「ああ。塔の至るところでみんなが戦っている。だからね。――さっさと片付けて、他の人の援護に回ってくれ、だそうだ」
――ユリウス・ユークリウスが、戦いの最中に笑みを浮かべることなど。
「――彼が殻を破ったのならば、私もまた負けてはいられない」
🪧 名乗り
――名前を、返上する
「オメエ、やる気になったンかよ」
「失礼だが、戦いには常に真剣に向き合っている」
「違ぇ違ぇ、そうじゃねえ。オレが言わなくても、オメエもわかってンだろ?」
「『棒振り』レイドだ。この名前だけ、覚えて散ってけ」
戦いにおいて、剣を交える前に名前を交わすのは、戦士として対等と認めた証。
「改めて名乗ろう。私はユリウス・ユークリウス。ルグニカ王国、王選候補者、アナスタシア・ホーシン様の一の騎士。――名無しの騎士を気取るのは、返上だ」
☁️ 雲の上
――一層は、外だった
「まだ何にも、終わってなんかいないんだから……!」
信じられることと、信じてもらえていることが、今のエミリアの全部を支えている。
「――出た!」
壁はなくなり、天井は失われ、広がっているのは凄まじく青い空。
「一層って、外のことなの……? ここ、雲よりも高い……」
🐉 神龍
――そこに、待っているものがいた
――それは静かで、あまりにも堂々としすぎていて、気付けなかった気配だった。
「あなたは……」
『――汝、塔の頂へ至りし者。一層を踏む、全能の請願者』
そんなエミリアを、心が弱いといったい誰が貶められようか。
何故なら全ての存在は、この存在の前にひれ伏すしかない。
「――我、ボルカニカ。古の盟約により、頂へ至る者の志を問わん」
🌸 豚のように
――選ぶ権利が、あるとでも
「あァ、まったくッ! せっかく奪ってやったってのに、碌に使いこなせやしない感覚じゃないか、僕たちってばさァ!」
「この塔の中にいるご馳走たちは、僕たちが根こそぎに舐っていいってわけだッ! いいね、いいよ、いいさ、いいとも、いいから! 暴飲ッ! 暴食ッ!」
「――それを選ぶ権利が、自分にあるとでも思っているの? お気楽なものね」
血や炎と同質の色をしていながら、ひどく冷たい熱を孕んだ瞳が、ライの獰猛な飢餓感を憐れむように見下ろしていた。
「聞いた話だと、ラムとレムの姉妹愛を引き裂いてくれたのがあなたらしいわね。――豚のように鳴きながら死になさい」
第六章79『READY STEADY GO』終了。
スバル
ベアトリス
メィリィ
エミリア
レイド
ユリウス
ボルカニカ
ライ
ラム