第六章74
『ナツキ・スバル』
同じ顔と向き合って、探していた『何か』が最初からなかったことを知る。
🪞 鏡写しじゃない
――見慣れた顔が、少しだけ違う
短い黒髪、胴長短足、人でも殺していそうな三白眼。
どこからどう見ても、知っている顔――否、少しだけ違って見える。
「ああ、そうか。鏡写しってわけじゃないから、ちょっと違和感あるのか」
「そしたら改めて……よう、兄弟」
「いや、兄弟だとちょっと語弊があるか。ここは正確に……よう、もう一人の俺」
「――『ナツキ・スバル』」
👊 殴る
――その目を、やめろ
「なんで、俺はこんなところにいるんだよ!!」
「――それは、お前が俺に追いついた証拠だよ」
「お前が『死者の書』を読んで、俺に追いついた。お前が知らなかったこと全部、追体験って形で見てきたはずだ。俺の、異世界生活をな」
「――ふ、ざけるなぁッ!!」
「俺が、お前に追いついただと? 冗談じゃない! 嘘をつくな! まだだ! まだ、一番大事なことが、もっと重要なことが、何にもわかっちゃいない!」
「その目をやめろ!」
❓ ルイか
――お前は、あいつなのか
「お前、ルイか? 『暴食』の大罪司教! またお前なんだろ!?」
「……俺が?」
「とぼけるな!」
「そうやって、俺を食い荒らして今度こそ乗っ取るつもりか? いっぺん振られたのにしつこい奴が……そんなに『死に戻り』したいのかよ!?」
しかし、わずかな恐怖を踏み潰して叫んだスバルに、ペナルティは発動しない。
あくまで、自分と相手が同じモノであると、そう主張されているように思えて。
🗑️ 碌なモノじゃない
――そんなに、すごい力か
「――っ! いい加減、わかれよ! これがそんなにすごい力か? 憧れるような力か!? 死んで、やり直せるだけだ。使う俺がクソなら、結果だってクソだ!」
「だから、誰も救えなかった。……みんな死なせる。俺が弱いせいで、みんな、悲しませるんだ。今も、誰も救えないみたいに……!」
蟻に大砲を持たせても使いこなせない。結局、分不相応なのだ。
『死に戻り』は、世界の嫌なところばかりを見せてくる。
理不尽を、不条理を、目を背けたくなるような運命を、見せてくる。それなのに、どうして――。
💗 好きなんだよ
――みんなが、好きなんだ
「――みんなが、好きなんだよ」
「――みんなが好きなんだ。だから、やめられない」
「お前の置かれた立場のしんどさは、正直、想像するだけで嫌になるよ。何もかもまっさらな、初期レベルの状態に戻ったってのにステージ6からスタートだ」
「お前が吐いた泣き言も、全部わかる。それは、俺も何度も味わった傷だから」
『スバル』が味わった敗北を、苦痛を、『死』の嘆きを、スバルは全部知っている。
味わってきたからこそ、それが嘘ではないとわかっているからこそ、受け入れられない。受け入れたく、ない。
😖 見るんじゃなかった
――見るんじゃ、なかった
「わかるよ。お前も、俺がわかるってことがわかるはずだ。不毛な言い合いだよ、実際」
反論の言葉に力がない。当然だった。
だって、知っているから。それが嘘でも欺瞞でもなく、『ナツキ・スバル』の全部だと、知っている。
「お前の記憶なんか、見るんじゃなかった……」
「勝手に人の日記見といて、そりゃねぇだろ」
「お前の記憶なんか、見るんじゃなかった!」
「俺は、お前に希望を見てたかった。お前がすげぇ奴で、お前のすごさを支えてる『何か』がわかったら、俺も同じことができるんだって。なのに……」
🫥 凡人
――ただの、凡人だった
『ナツキ・スバル』が、ここにいるナツキ・スバルと何も変わらない、弱くてちっぽけな男なのだと、わかってしまった。
スバルの知らない時間で、スバルの知らない人たちと出会い、スバルの知らない物語を駆け抜けて、スバルの知らない景色を見ただけの、凡人なのだと。
「――お前を否定して、もっともらしいことを言ってやりたかった」
「だって、お前の気持ちはわかる。――お前は、俺なんだから」
📣 なんで超人じゃねぇ
――積み重ねただけの、願い
「ああ、わかってるよ! わかってたよ! お前が……お前が何度も立つのは、何度死んでも諦めないのは、そうできないだけだってことを!!」
「レムにあれだけ言われて、立ち上がれない奴がいるか!? オットーにぶん殴られて、自分が思い上がってるって気付いたよ! 父さんとお母さんが、あんな風に想ってくれてることぐらい、俺はずっと知ってた!」
「エミリアが好きだ。守ってあげたい。一緒にいたい。ベアトリスをようやく連れ出せた。あの子が苦しんでた時間の分だけ幸せにしてやりたい。幸せになる権利があるんだよ、あの子には!」
「――お前が諦められないのは、お前がただ、みんなが好きなだけだ! クソ野郎! なんで超人じゃねぇんだよ!! なんで、馬鹿なガキのままなんだよ!!」
「ラインハルトみたいに強くあれよ! ユリウスみたいに何でもできる奴になれ! それができなきゃフェリスみたいに役立てよ! お前が、どれか一つでも……」
「どれか一つでも……」
🫡 尊敬する
――お前は、すごい奴だよ
「……お前、ルイじゃ、ないのか」
「違う。俺はルイじゃない。残念ながら、とは言わないぜ」
「……『ナツキ・スバル』は弱くて、ちっぽけで、救いようのない大馬鹿だ」
「違いねぇ」
「でも」
「――お前は、すごい奴だよ、『ナツキ・スバル』」
――それは、二十回以上の『死に戻り』を見てきた、掛け値なしの本音だった。
🏠 一番身近な他人
――カッコいい、と思えた
「……一番身近な他人、か」
自分自身を、心の底から好きになれる人間は多くない。
だが、一番身近な他人として、ナツキ・スバルが『ナツキ・スバル』を見たとき、カッコいいと、思えたのだ。
「弱くて、どうしようもなくて、何にもできなくて、それなのに足掻いて、あいつらのことが大好きなお前を、尊敬する。だから――」
「――俺が、お前の『死者の書』を読んだ意味は、そこにあったんだ」
『ナツキ・スバル』がただの人間であることを知り、その行いを、道筋を、認める。
💔 愛せない
――あいつには、わからない
「……いきなり、恥ずかしい奴だな、お前」
「自分で言うのもなんだけど、俺のこれまでを見返して、よくそんなこと言えるな。言ってみたら、『ナツキ・スバルのゼロから始める異世界生活』ってヤツだぞ」
「ああ、主役の名前が自分と同じだと変な気分になるよな」
「ヒロインが母ちゃんの名前よりはマシだろ」
仮に、ルイ・アルネブが他者の人生を余すところなく喰い尽くせたとしても、あの顔は、声は、再現できないと思ったのだ。
彼女には幸福が、幸いが、幸せが理解できないから。
「誰も愛せないあいつには、誰かを好きだから『死に戻り』する気持ちはわからない」
🧩 唯一の接点
――何のために、ここにいる
「お前、どうしてここにいるんだ? 俺を待ってた、のか?」
「俺とお前がここで顔を合わせたのは、俺とお前の唯一の接点がここだからだ」
「塔内で、『記憶』のある俺と、『記憶』のないお前が交差するのは、この周回の『死者の書』だけだ。ここからあとでも、ここより前でも、俺とお前は出会えなかった」
「でも、だったら記憶の回廊にいたルイが、『死に戻り』を観測して、あんなにはしゃいでた理由がわからねぇ」
「あいつは記憶の回廊に居座ってるだけで、あそこの支配者ってわけじゃない。あそこの支配者は……たぶん、もっと性格悪い奴だろうと思う」
「――『賢者』フリューゲル」
正直、シャウラが不憫だ。可能なら、その師匠とやらから奪ってやりたい。
🎲 五分五分
――記憶の統合は、どうなる
「――なぁ、記憶の統合って、どうなると思う?」
「わからん。明確な、これって答えはない気がする」
「実際のところ、お前の方がここに詳しそうだけど、知ってると有利なルールとか俺より知ってるとかない?」
「俺の解体新書は読んできただろ。五分五分だよ」
「……うっかり、俺とお前がぶつかり合って対消滅、とかしたらどうする?」
「言うなよ。お前が不安に思うことは、大体俺も不安に思うんだから……」
「そりゃそうか。なら、どっちが勝っても恨みっこなし、でいい?」
「いや、めちゃくちゃ恨むけどね、俺は。で、俺が恨むってことは、お前も恨むってことだから」
📝 引き継ぎ
――知らない分を、渡していく
「まず、メィリィな。あいつ、ちょっと色々爆弾抱え込んでて大変だけど、話せばわかる奴だからちゃんと話してやってくれ。今、俺の中でメィリィ先輩が熱い」
「それと、塔の中にでかいサソリがうろついてるんだけど、それの正体はシャウラな。……それ、あいつがやりたくてやってるわけじゃないんだ。あいつも、助けてやってくれ」
「ルイと会ったときにレムに背中蹴っ飛ばされたよ。……うん、さすが、俺のレムだった」
「いや、俺のレムだから」
「いや、俺の」
「ラムが言ってたな。雪解けの季節になったら、見えなくなったものがちゃんと見えて、顔を出すはずだからって。……さすがだ」
🙏 ありがとう
――ありがとう、を並べる
「父さんと、お母さんに謝ってくれて、ありがとう」
「オットーと、ガーフィールを助けてくれて、ありがとう」
「ペトラもフレデリカも、アーラム村のみんなも、助けてくれて、ありがとう」
「ベアトリスを、連れ出してくれて、あの子と手を繋いでくれて、ありがとう」
「エミリアを、好きになってくれて、ありがとう。俺も、あの子が好きだ。大好きだ」
「……ああ、わかってる」
「――ナツキ・スバル。お前はすごい奴だって、俺はちゃんとわかってるから、お前ならきっと大丈夫だから」
「ああ。――俺たちなら、大丈夫だ」
🌻 夏休み
――夏休みが、終わった
「大丈夫、か」
「そうだよな。大丈夫だよな」
「ちゃんと、お前がすごいって、わかってるから」
「……ああ、でも、うん。これは、言わなきゃだ」
「――俺の夏休み、終わっちゃった、な」
――手と手を合わせる、ベタなやり取りが最後だった。
💧 涙
――繋がりは、した
おそらくは、イレギュラーな形で統合は行われた。
スバルの存在自体、起きた出来事自体、全てがイレギュラーだった。
何となく、それを拭う気になれなかったのは、その流れる涙がきっと、スバルが流したものではないように思えたから。
不意に、ナツキ・スバルの無自覚な、二十回の『死』がフラッシュバックした。
「お前も、十分以上にやべぇ橋渡ってるじゃねぇか……!」
確かに、スバルが言っていた通り。――お前のことなら、尊敬できる。
🍽️ 見えたか
――そこに、小柄な人影がいる
それは、変わらぬ白い空間。
イレギュラーな事態が作り出した、記憶の回廊に生じた空白地帯。
つい、数瞬前まで、スバルと手を合わせる、もう一人のスバルがいた場所。
――そこでへたり込む、小柄な人影を見下ろし、スバルは黒瞳を細めた。
「どうだ。お前が見たがってたものは見られたかよ。――ルイ・アルネブ」
第六章74『ナツキ・スバル』終了。
スバル