リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章73

『『ナツキ・スバル』』

あるはずのない一冊を開く。そこから先は、自分の足跡を辿る旅になる。

📕 菜月・昴

――漢字で、書かれている

スバル以外には通用しない、しかしスバルにだけ効果を持つ猛毒――。

『菜月・昴』の『死者の書』は、そんな強烈な意味を持ってスバルを貫いていた。

スバル

「なん、で……」

それ以前に、決定的な問題がある。

この『菜月・昴』の書のタイトルは、漢字で書かれているのだ。

スバル以外の、もう一つの世界の文字を知らない人間が見ても、きっとこのタイトルは象形文字か何かのようにしか見えないのだ。

🛤️ 既定路線

――誰かの、既定路線

この膨大な蔵書量の中から狙いの本を見つけるのは至難の業だ。

たぶん、神の見えざる手が働かない限り、不可能な類の。

スバル

「――誰かの、既定路線」

厳然たる事実として、スバルはここにこうして生きている。

そのスバルの『死者の書』がここにあるとしたら――。

😰 怯え

――ただ、怯えている

どうして思考が逸れていったのか、その原因が自分の臆病にあるとすぐに気付けたからだ。

――ただ、『死者の書』に怯えている。

だが、それは同時に、自分以外の『ナツキ・スバル』が確かにいて、この異世界で自分なりの道を歩んでいたことも意味している。

その足跡をスバルが上から踏み荒らし、塗り潰していることも。

スバル

「――結局、どうしたいんだよ、弱虫野郎」

息を強く吐いて、『死者の書』を、開いた。

🩸 一冊目

――腹が、裂けている

顔面が硬い感触を味わい、腹部が灼熱の感覚で脳を焼く。

――ああ、これ全部、俺の血かよ。

それでもまだ心が死んでいないのは、この死へと向かっていく命に、最後にやらなくてはならない使命が残されているからだ。

危ない。危険だ。くるな。逃げろ。脇目も振らず、まっしぐらに逃げろ。

それなのに――声が出ない。

🤝 重なる手

――入ってきてしまう

「――バル?」

銀鈴の声音が、入ってきてはならない空間へ、足を踏み入れてしまう。

命に代えてもやらなくてはならなかったのに、自分の腹が破けていたせいで。

その、倒れた誰かの手が、倒れているこちらの手と重なったのは、皮肉すぎる運命の悪戯だ。

どうにもならないとわかっているくせに、それでも誓おうとする愚かしさ。

「俺が、必ず――」

――お前を、救ってみせる。

🫃 傷がない

――腹に、傷がない

スバル

「な、い……ない、ない、傷が、ない。腹、斬られて、ない……っ」

スバル

「――腹を斬られて、死んだ、記憶」

スバル

「サテラ……」

あの記憶の中、見知った銀髪の少女は自分の名前を偽り、スバルと接していた。

スバル

「……に、しても、なんて無様な死に方しやがる」

スバル

「――これは、『菜月・昴』の『死者の書』だ」

🎨 塗り潰される

――自分との、戦いになる

メィリィの書を読んだ直後の混乱は、それでも自分と彼女とを差別化する手掛かりがあった。

しかし、今回はそうはいかない。他ならぬ、自分自身が相手なのだ。

自分と重なるということは、自分を塗り潰す行いに近い。

『ナツキ・スバル』という黒い絵の具を洗った水に、まっさらな絵筆を付けるように染まっていく。

スバル

「――エミリア。エミリア、エミリア、エミリア、エミリア、エミリア」

教えられた偽名を信じ込んだまま、最期の最後まで道化の役目を全うした。

だから、そこが今のスバルと、『ナツキ・スバル』との違いだ。

🔑 決定的な何か

――決定的な、鍵があるはずだ

この『ナツキ・スバル』も、『死に戻り』の力を利用していたはずだ。

あるいはそれは『死に戻り』ではなく、もっと違った形で発現した力だったのかもしれない。

エミリアが、ベアトリスが、ラムが、エキドナが、ユリウスが、メィリィが、シャウラが、その活躍を期待する『ナツキ・スバル』ならば、そのぐらいのことは。

スバル

「この先に、それがあるはずだ」

スバル

「――二冊目」

🔪 刻まれる

――何度も、刻まれる

――『ナツキ・スバル』の歩みは、無様で無計画で、救いようがなかった。

「てんでダメ。見たまま素人で動きは雑。加護もなければ技術もなく、せめて知恵が絞れるかと思えばそれもなし。いったい、どうして挑むのかしら」

そうして傷付けられる自分の周囲には、血塗れの老人と金髪の少女が倒れていて。

そのどちらも救えなかった。動くこともできなかった。

「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、悶えて」

🗡️ 背中

――呑気な会話が、頭上でされる

「おい、刺しちまったのか」

「仕方ねえだろ。表に逃げられてみろ。面倒どころの話じゃねえ」

「あーあ、こりゃダメだ。腹の中身が傷付いてっから死ぬな」

痛みから逃げ出す術、自分を守るための方法の取得はさすがに達者で心底呆れる。

まさしく無駄死に、犬死に、救えない。

似合いの最期だ。どうして、最初から最後まで、一分一秒を惜しまず、全身全霊を注ぎ込んで、生きられないのか。

😴 眠るように

――死んだことに、気付けない

眠っている間にもたらされる落命は、そのあっさりとした最期と裏腹に、冷たい毒を血管に流し込むみたいな残酷さを伴っていた。

『死』を恐れる人間の中には、眠るように死にたいと望むものが少なからずいるだろう。

その経験をしたスバルに言わせてもらえば、そんな『死』は望むべきではない。

『死』には、『死』の意味があるのだ。

人生の終焉には、終幕には、それとわかる終わりが付属していなければならない。

🤝 出会い

――裏切りの先で、切望する

次から次へと、命を狙われ、奪われ、砕かれ、ついには裏切られる。

何故、自分を殺した青髪の少女を、救わなくてはならない。

何故、彼女の言葉に力をもらい、進めるような気になったのか。

エミリアと出会い、パックと出会い、フェルトと出会い、ロム爺と出会い、ラインハルトと出会い、エルザと出会い、ベアトリスと出会い、ラムと出会い、レムと出会い、ロズワールと出会い、ペトラと出会い、アーラム村の人々と出会い――。

――どうしてもと、押し寄せる濁流に否を突き付ける。

8️⃣ 八冊

――過去に、囚われるな

スバル

「――これで、八冊」

一冊の『菜月・昴』を読み終えなくては、次の『菜月・昴』の本が見つからない仕組み――周回も、順序通りに進んでいる。

王選の開始が宣言されたあと、城でエミリアと仲違いし、結局は彼女の心を傷付けるだけ傷付けて、謝罪も反省もないまま、混乱の内で死んだ『ナツキ・スバル』。

どうしてわかってもらえないのか、と思う自分がいる。

一方で、どうしてそれでわかってもらえないと嘆くのだ、と思う自分もいる。

スバル

「過去に、囚われるな……」

そうでなきゃ、心が壊れる。

9️⃣ 九冊目

――万能の鍵が、あるはずだ

あるのは図抜けた諦めの悪さと、周りの人間に恵まれた幸運だけ。

だが、それだけではない。そんな、形のない『何か』ではない。

もっと明白で、明快で、一目でこれとわかり、それがあるからできるのだと、そう誰もが納得のゆく、万能の鍵がある。

スバル

「――九冊、目」

願わくば、『ナツキ・スバル』。早く、お前になってくれ。

――俺が、お前の足跡に、お前の傷に、『死』に、心が耐え切れなくなる前に。

🏠 父と母

――許さないで、ほしかった

父と母と、二人と言葉を交わし、二人に謝罪する『ナツキ・スバル』がいた。

異世界へ飛ばされ、この場所で生きていくために、二人に別れを告げる『ナツキ・スバル』がいた。

スバル

「父さん……お母さん……っ」

辛いのは、苦しいのは、『ナツキ・スバル』の気持ちが痛いぐらいにわかったことと、それを両親が許してくれることを、スバルもわかってしまったこと。

許さないでくれ。呪ってくれ。親不孝者だと、罵ってほしかった。

スバルの父は、賢一は。スバルの母は、菜穂子は。――最高の両親だった。

スバル

「違う……違う、違う違う! そうじゃない! こういうことじゃ、ない!」

🗝️ 何か

――『何か』が、あるはずなんだ

スバル

「教えてくれ、『ナツキ・スバル』! ――お前がどうして特別なのか! お前だけがどうして、特別でいられるのか! 『何か』が、あるんだろう!?」

スバル

「弱くて、情けなくて、ちっぽけでクソの役にも立たない俺を変えてくれ! もう、うんざりなんだよ! みんなが、苦しむところを見るのは、もう嫌なんだよ!」

――でなきゃ、認めるしか、なくなってしまう。

スバル

「お前が、俺と同じで、弱くてちっぽけで、何の力もない奴だって……」

スバル

「頼むよ、『ナツキ・スバル』。お願いだ。頼むから、やめてくれ……」

――超人であってくれた方が、ずっとよかった。

――だから、自分にはできないことができたのだと、納得させてほしかった。

🪞 お前は俺

――白い世界に、立っている

掴んだ本を、開く。

だって、痛みや苦しみよりも、最後の希望が絶たれる方がずっと辛いから。

スバル

「わかるだろ、『ナツキ・スバル』……」

「――ああ、わかるよ」

気付けば、スバルは書庫ではなく、見知った、ここではない場所へと移っていて。

「わかるよ、ナツキ・スバル」

「だって、お前は俺なんだから、な」

白い世界に立ち尽くす、見知った三白眼が、ナツキ・スバルを待っていた。

第六章73『『ナツキ・スバル』』終了。