第六章72
『■■・■』
何度も試し、何度も届かず、そして書架の隅で、ありえない一冊を見つける。
🔁 二回目
――同じ場所で、また目を開ける
これが確かに、歩みを止めていない証。これが、未来へ近付いている足音。
「――スバル」
「ベア、トリス……」
「――。どうやら、ちゃんと覚えてるらしいのよ。いい子いい子かしら」
「カウント、ワンか……」
彼女は優しい。ベアトリスは、とても優しい。
だから、スバルがいったい何を試みているのか。そんな話を知ったら、絶対に反対するに決まっている。
「ベアトリス、少し慌ただしいことになるぞ。――力、貸してくれ」
「――。そんなの、当然なのよ。ベティーは、スバルのパートナーかしら」
🥎 ギュンってしてドン
――武芸百般の、相手
「――ギュンってして、ドン!」
「あはっははァ! やるやるやるぅ! でもでも、そんなんじゃダーメ! そんなんじゃ負けてやれないなァ!」
気付いたら体が動いていた、をあらゆる場面で引き出すのがその権能だ。
――奪われる『記憶』は、肉体の経験値さえも包括している。
それは、スバルが自分の持ち歩く鞭の使い方を全く思い出せないことからも明らかだ。
「記憶をなくした場合の対策も、考えておいてほしかったな……!」
⛓️ セーブ
――手加減しているのは、こちらだ
圧倒的なセンスと常識外れな体術で、ラムは完全に場を支配している。
にも拘らず押し切れないのは、ラムがあと一歩、自分の戦闘力にリミッターをかけているから。
ラムが本気で動けば、その分だけスバルの方へと莫大な負荷がかかる。
それにスバルは耐え切れない。その可能性が、ラムに手を、足を止めさせるのだ。
「今、戦いは拮抗、してる……それを、崩せれば、勝機は……」
「――でも、今のスバルの傍を離れるのは抵抗があるのよ」
「力を、貸してくれ。改めて……頼む」
💜 ミーニャ
――背中から、撃ち込む
「――ミーニャ!!」
当たった対象を結晶化し、脆く儚い存在と化して砕く恐るべき魔法だ。
紫矢の巻き起こした光の乱舞がやむと、そこには甚大なダメージを受けた『暴食』の姿が――ない。
「――っ!?」
「え!? どこに……」
「バルス!」
🛡️ 盾
――ちょうどいい盾が、なかった
「――さすがに、今のは連続されるとしんどいからサ」
「ベアトリス」
「スバ――」
小さな体を反射的に突き飛ばした直後、鋭い感触に深々と胸を抉られる。
とっさの判断に迷い、ベアトリスが斬り倒されていたらと思うと想像しただけでゾッとする。
それと比べたら、肉の盾になるぐらい、なんだ。
2️⃣ 二カウント
――二回目で、わかったこと
上げて楽になるものではない。上げなくて楽になるものでもない。
だが、スバルがここで絶叫すれば、その叫びに心を砕かれる人が必ずいる。
「死ね、馬鹿」
・エミリアとラムに協力し、ライとの早期決着狙い、失敗。
・『コル・レオニス』でラムの負担を引き受けるのは、タイミングが肝要。
・――ベアトリスの奇襲は、『暴食』には相性が悪い。
🪱 魔獣ライド
――砂蚯蚓の、背に乗る
「――頑張ってえ、砂蚯蚓ちゃん!」
しかし、その大穴もほんの数秒で埋まり、飛び散った同類の屍を踏みつけ、魔獣の群れは足を止めずに突っ込んでくる。
「はぁ、ふぅ……もお、お兄さんったら人使い荒いんだからあ……」
凶悪な魔獣の本能を意のままに歪めるには、多大な精神力を必要とする。
――メィリィが本気で、スバルたちと塔を攻略しようと思ってくれていることが。
🎯 狙いは俺
――塔ではなく、俺を狙っている
「ホント、魔獣ちゃんたちってお兄さんのこと好きよねえ」
「全く嬉しくないことにな……っ」
監視塔を取り囲んでいた魔獣たちは、厳密には監視塔を狙っていたのではなく、その中にいたスバルを狙って集まっていた。
「五つの障害の大部分が、俺の責任ってのは間違いなさそうだ」
「……『試験』の破壊を禁ぜず、か」
『試験』を終えずに去ること、『試験』の決まり事に反すること、それを禁じる。
にも拘らず、『試験』を破壊することそのものは禁じない。それが、何を意味する。
💥 千切れる
――上から、白光がくる
何故なら、頭上から襲いくる白光が、砂蚯蚓の太い胴を消し飛ばしたからだ。
「――シャウラ」
塔内で、誰かがルールを破った。それに従い、シャウラは自我を失って大サソリへと変化した。
シャウラに殺されてやるのは、この心がどれだけ摩耗したとしても、避けたい。
そこを曲げてしまったら、今度こそ、人でなしになる。
鈍い音が響いて、砕けてはならない骨の継ぎ目が砕ける。
ただ、鼻だけが生きていた。甘い、匂い。腕の中の、さっきまで、そこにあった、匂い。
7️⃣ 七カウント
――七回目で、わかったこと
・メィリィと塔の外へ脱出、魔獣を誘き出す効果あり。
・魔獣の狙いはスバル。影や大サソリの狙いも、おそらく同一。
・――ナツキ・スバル単体では、メィリィを守れない。
🔺 三対一
――今度は、誰も忘れていない
スバルが『死に戻り』した時点で、エミリアと『暴食』の戦いは始まっているのだ。
故に、エミリアとラムのタッグがライと戦う状況は変えられない。――だが、それならそれで、やりようはあるのだ。
「――ユリウス!」
「わかっている!」
「ははッ! 名無しの騎士様までご参戦だァ!」
「生憎と、それが挑発のつもりなら手が緩い。スバルの方がよほど痛いところを突く」
「それ、仲間同士なのにどうなわけ?」
「いい加減、とっとと退場なさい」
「そいやっ!!」
🚪 ばっははーい
――戦い続ける、意味がない
「……あァ、やってくれるなァ。僕たち相手にここまでやれるなんて大したもんだよ」
「……それとも、妹と交代して、体ごと他人にスイッチするか?」
「――。ははァん、なるほどね。お兄さんは俺たちの『日食』と『月食』について知ってるってわけだ。けどさァ」
「――これだけ不利な状況で、それでも僕たちが戦い続ける意味ってあるかなァ?」
「――っ! マズい!」
「ばっははーい」
ライ・バテンカイトスは、大罪司教であって戦士ではないのだ。
😖 あと一歩
🌸あと、もう少しだったのに
「……じゃあ、もうおしまいなの?」
「――あと、もう少しだったのに!」
「あと一歩、もう少しで、レムをあんな目に遭わせた輩を……っ」
監視塔の知識に頼るのと違い、『暴食』の権能の被害を『暴食』に問い質すのは直接的で、確実に思われた手段であった。
それをみすみす取り逃したとあっては、落胆するのも当然のこと。
🩸 オレの庭
――足音を、隠さない
「――状況ってもンは、相手のことなンざ考えねえで動き回るもンだぜ」
「オレがオレの庭を歩くのに、なンで他人を気遣ってやる必要があンだよ」
「いつから、この塔があなたの庭になったの?」
「オイオイ、勘違いしてンなよ、激マブ。言っとくが、オレが庭っつったのはこンなしけた塔のことじゃねえよ。オメエ、オレの庭っつったら世界全部に決まってンだろ」
「そう。――下衆ね」
💢 排除
――誰も、立ち上がれない
「悪くねえ。が、そンだけだ。トリーシャなら一発で地面割ったぜ」
「……怪物」
「怪物なンかと一緒にすンなよ。オレの価値が下がンだろうが」
「――なンだ。これもオメエかよ、稚魚」
「――っ、ダメ! それ以上、スバルに近付かないで!」
「邪魔だ」
蹴りが、手刀が、ことごとく、戦士として最高峰のはずのラムとユリウスを撃墜する。
🟣 立ちはだかる
🟣死んだように生きるのは、ごめん
「べ、あ……無理、だから……」
「無理でも無茶でも関係ないのよ。それはスバルの専売特許……それなら、スバルのパートナーであるベティーにとっても専門分野かしら」
「わざわざ、死に急ぐ必要はねえンだぜ、ガキンちょ」
「生憎と、もう死んだように生きるのはまっぴらごめんなのよ」
「ウル・ミーニャ」
「ナツキ・スバルの大精霊、ベアトリス」
「いいぜ。――『棒振り』、レイド・アストレア」
最後の最後まで、スバルは声が出ない。しかし、目は開けたまま、閉じなかった。
🔟 十五カウント
――十五回目で、わかったこと
・『暴食』は、目に見えて不利な状況となれば逃走する。
・放置したレイドは、必ず最終的にスバルを殺しにやってくる。
・――もう二度と、自分より先に誰かを死なせない。
🫂 また会えた
――たったの、十五回で
「ベアトリス――っ」
「――ふわ!? ど、どうしたかしら!? スバル!? スバル!?」
「落ち着くかしら、スバル。もっとちゃんと、何があったのか話すのよ。ちゃんと、大切な全部を、思い出すかしら」
ループを重ねる個人にとって、何度となく経験することからは新鮮味が薄れる。
それと比べて、スバルはまだ――たったの、十五回。
「馬鹿か俺は。いや、馬鹿だ俺は」
――『ナツキ・スバル』だったら、こんな失敗など、決して。
🟣 普通の男の子
🟣スーパーマンなんかじゃない
「――スバルは、元から何でもできるスーパーマンなんかじゃないのよ」
「何度でも言うかしら。スバルは、何でもできるスーパーマンなんかじゃないのよ。いつだって目の前のことに必死で、みんなのために傷付いて……痛いのを我慢するのだって得意じゃない、普通の男の子かしら」
「そ、そんなはずねぇよ。そんなはず。だって、そうじゃなきゃ……」
「そうじゃなきゃ?」
「そうじゃなきゃ、こんな……」
🦵 足が動かない
――置いて、いかれる
「――スバルは、ここで大人しくしているかしら」
「な……! 馬鹿なこと言うなよ、ベアトリス! 俺は大丈夫だ!」
膝を立て、どうにか力を込めようとしても、バランスが保てない。
どうやっても、姿勢が崩れ、立ち上がることができなかった。
「――スバル、足りない部分はベティーたちが埋めるかしら。だから何もかも、自分一人でやろうなんて思わなくていいのよ。だって」
「だって、それがナツキ・スバル流かしら」
🧣 エキドナ
「ナツキくん、ボクは君に期待している。すぐに追ってくる必要はない。それでも、君が最後の一押しになるかもしれないとはね」
「わたしは、休んでてもいいと思うわあ。でも、わたしに偉そうなことを言ったのはお兄さんなんだからあ、そこはもうちょっと頑張ってよねえ」
📣 出てこいよ
――姿を、見せろと叫ぶ
体にこんな呪いのようなモノを背負うような体験をして、それでも根っこが変わらないことなどあるだろうか。
「ナツキ・スバル、参上……」
「もし、俺の中に、本当にお前がいるなら……出てこいよ……!」
「こい、こい、こい……! 姿を見せろ、『ナツキ・スバル』!!」
「クソ、クソ、クソ……! 俺は! 俺じゃ、ダメなんだよ! お前が必要なんだよ、『ナツキ・スバル』!」
誰も悪くなんてない。誰も、互いを傷付けたいわけじゃない。それがわかった。
そんなみんなを助けたいのに、助けるための力が足りない。
📕 ありえない本
――弱い反応が、書架にある
「……『コル・レオニス』」
しかし、ベアトリスに言われたように、この場で足を止めて、一歩、中核から離れた位置で塔内の状況を俯瞰したのは、これが初めてだったかもしれない。
「――この、反応は」
それは仲間たちの存在を感じるのと比べると、はるかに弱々しい感覚――だが、間違いなくそこにある、感覚だった。
一冊の、黒い表紙にタイトルだけがある、ひどく素っ気ない無味乾燥な本。
「――菜月・昴」
――そこに、あるはずのない、『死者の書』があった。
第六章72『■■・■』終了。
ベアトリス
スバル
エミリア
ライ
ラム
メィリィ
ユリウス
レイド