第六章69
『理不尽な剣の鉄槌』
四百年前に死んだはずの男が、なぜ自由に歩けるのか。その答えが出る。
😤 勘違い
――面白くない、勘違いだ
「レイドが、ロイ・アルファルド……? だから、お前は……何度も、執拗に俺たちを……?」
「――オイ、待てや、オメエ。そいつは面白くねえ勘違いじゃねえか」
「冗談じゃねえぞ、オメエ。オイ、オメエ。オメエよ。オメエ、オレが余所の間抜けが化けてやがるなンて、そンなつまらねえ結論信じてンじゃねえぞ、オメエ」
それは往生際悪く、自分の正体を隠そうといった卑怯な振る舞いではなく、もっとシンプルな、子どもじみた憤懣が原因に見える。
「オレはオレに決まってンだろうが。そこが曲がらねえから、オレはここでこうしてンだよ。違ぇか? オメエ、違うってのか?」
🧠 精神
⚜️肉体は、彼のものだ
「まさか、ユリウス……」
「ああ、おそらく、君の想像で正しいだろう」
「先ほどは、私の言い方が悪かった。訂正しよう。――目の前の彼、その肉体はロイ・アルファルドのものだ。だが、その精神は違う」
「ロイ・アルファルドは、レイド・アストレアの『記憶』を喰らい、その『記憶』に自らの精神の主導権を奪われた。故に彼は制限なく、二層へ下りて、ここへきている」
そう、そうだ。これで、レイド周りの不可解な状況の全てに筋が通るのだ。
「『記憶』に引きずられて、本来の自分を見失ったってことかしら」
「もっと単純に、自我の強い方が勝ち残ったということでしょう。――自分本位という意味では、右に出るものがいなさそうだもの」
📛 名前ではなく
――喰われたのは、記憶だけ
それは、何故、喰われたレイドの存在が全員の記憶から失われていないのか、だ。
「原理としては、『暴食』が食したのはレイドの『名前』ではなく、あくまで『記憶』だったということだ。死者からは、『記憶』も『名前』も喰らうことはできない。それが、ロイ・アルファルドの主張だった」
「――っ! レイドが喰われるところに出くわしたのか!?」
「君の指示で二層へ上がったところで、ね。ちょうど、ロイ・アルファルドとレイドが交渉しているところだった」
「レイドが無抵抗だったからだ。――おそらく、『暴食』は何らかの理由で『試験』の対象外だったのだろう。だから、試験官の彼は相手に攻撃できなかった」
🎲 賭け
🩸腹を、食い破ってやった
「はン! オメエよ、そりゃ半分当たりで半分外れってとこだ」
「確かに、あいつらは『試験』の参加者ってわけじゃなかったが、別にやろうと思えばやれただろうぜ? ただ、そうしてたら今のオレはいねえだろ?」
「相手の自我を乗っ取れる。あなたは、そんな確信があったというのか?」
「いいとこ取りなンて真似だけはさせねえ。手前の全部を乗っけてくっから、賭けってのは面白えンだろうが。そこが、あのチビはわかっちゃいなかったけどな」
「オレを喰い尽くす、味わい尽くすってンなら、オレを収めるでけえ腹がいる。こいつにゃそれがなかった。だから、オレが腹を食い破ってやった。そンだけの話だ」
「生き返った……死者蘇生、ってことなのか?」
「結果的に、そうなったと言えるだろう。もっとも、死者の『記憶』に干渉できる状況と、その能力を持った存在が出会って初めて成立する、奇跡のような出来事だが」
❄️ 一つだけ
❄️邪魔するのは、やめてくれないの
「――ええと、一つだけ聞いてもいい?」
「あなたは……レイドは生き返ったのよね? それで、あの場所からも出られるようになって、それはすごーくおめでとうなんだけど」
「ああ、あンがとよ。これで、オメエともちゃンとした場所にしけ込めンぜ、激マブ。今夜の酌しろよ、オメエ」
「――? お出かけに誘ってくれてるの? でも、私、『でーと』はパックとスバルとしかしたことないから、ごめんなさい」
「自由になれたのに、私たちの邪魔をするのはやめてくれないの? もしかしたら知らないかもしれないけど、私たち、今、すごーく忙しくて……」
「言わせンなよ、激マブ。オレぁここで起きてっことはほとんど把握してンぜ。なンせ、この体のチビガキが妙に物知りでいやがる。――あぁ、気に入らねえな」
🚪 逃げ腰
――逃げ道を、塞がれる
「……ここだけの話、自由になったんなら、世界って大海原に覇を唱えにいったら? 問題を先送りにした感がすげぇけど、それなら」
「オメエ、逃げ腰かましてンじゃねえよ。ただでさえ、女に担がれてるって状況で死ンだ方がいいぐれえ情けねえンだ。恥の上塗りすンのか?」
結局、レイドは自由を得はしても、試験官としての役割を全うするつもりなのだ。
あるいは、一度、剣を交えると決めた相手を逃がさない。――そんな、ある種の戦士としての矜持かもしれない。
❄️ ごめんね
❄️仕方ない、と踏み込む
「――そう。どいてくれないんなら、仕方ないわ」
「ごめんね」
その一言が、相対するレイドではなく、肩の上のスバルへ向けられたものだと、気付いたのは一秒あとのことだった。
「――はン!」
半ば不意打ちに近い一撃を、レイドは着流しの懐から抜いた腕と、その手に握った箸で易々と受け止めていた。
「はン! さすが、話が早ぇぜ、激マブ! けど、オメエ、わかってンのか? オメエの『試験』は終わってンだぜ?」
「それなら! みんなのことも合格にして!」
「おねだりに可愛げがねえよ。とりあえず服脱げ、オメエ」
👊 届いた
🌸背中を、取る
「――手を引く理由? そんなのは簡単でしょう」
「ああン?」
「あなたが、ここでラムたちに無様に負けるからよ」
――あのレイドの背中を取った。
インパクトの瞬間、肉と骨の軋む音がして、ラムの白い拳の貫通力がレイドの内臓へと浸透、踏みとどまるレイドのゾーリの足裏で通路が爆ぜた。
「届いた……っ!?」
何故ならそれは紛れもなく、スバルの知る限り、レイドに初めて通ったダメージだ。
❓ やったのか
――大の字に、倒れる
華奢な腕から放たれるとは思えない威力の拳が、それこそ嵐のようにレイドへと打ち込まれる。
「やった、のか……?」
「――っ! 今なら、あいつをふん縛って戦闘不能にできる! エミリアちゃん! 氷で拘束して……」
「……スバル、いつ、調子が戻ったのよ?」
「え?」
呪いのように全身を蝕む苦痛、それが、掻き消えていて。
🩸 失血
――糸が、切れる
「ラム!!」
手をつくこともできず、まさしく糸の切れた人形のように倒れるラム。
その原因はラムの顔色と、べったりと彼の服を汚した血の赤だ。
「『コル・レオニス』の効果が、切れて……」
「――あー、ようやっと斬ってやれたかよ。オメエ、つまンねえことしてンじゃねえよ。女の後ろに隠れてるだけじゃねえか。稚魚の風上にも置けねえな、オメエ」
――レイドは、斬ったと言った。いったい、何を。
✂️ 見えないもの
――見えないものを、斬る
「つまンねえお遊びに決まってンだろ。大体、腹が破れてやがって、血が流れてやがンのに痛ぇも辛ぇも感じてねえなンて、馬鹿にしてンのか、オメエ」
「万全でやりてえってンなら受けて立ってやンよ。けど、こいつぁダメだ。オメエ、見えてねえのか。この女、斬られる前に死ぬとこだ」
「彼の言葉は正しい。ラム女史の傷は只事ではない。今も、瀕死の状態だ」
「出血が止まらないのは、おそらく血の凝固を妨げる薬が使われている。それ以外は、彼女の無茶をしてはならない体調の反動だろう」
失敗、した。――スバルの『コル・レオニス』は、独りよがりの失敗を重ねた。
傷の痛みと辛苦をスバルが引き取ってしまえば、傷の深刻さを意識しようがない。
ラム自身が無事のように振る舞えば、エミリアたちも気付きようがなかった。
🪨 床へ逃がす
――衝撃を、床へ逃がしていた
「見えねえもンを斬るのは得意なンでな。まぁ、勘でやンのは骨だ。それで、ちっとばかし時間がかかっちまった。盛大に殴ってくれやがって」
「ラム女史の攻撃を、全て足裏から床へ逃がしていたのか」
「オレの馴染みの女、トリーシャが得意だった方法でな」
通路に生まれた多数の傷は、レイドがラムの攻撃を通路へ逃がしていた証拠だった。
如何なる方法でか、打撃の衝撃を余所へ逃がす。――体術の極致、そう言えた。
「でも、上で私が強くぶったときは痛がってたのに……!」
「あンときとは条件が違うだろうが、激マブ。オレは今、『試験』よりケンカを楽しみにきてンだよ。ケンカなら、『試験』より本気でやンだろうが。違ぇか、オメエ」
❤️ 心臓
🩸剣以外なら、逃がすぜ
「つーわけだ。オレの話はわかンだろ、オメエ。そう、オメエだ。オメエだよ」
「――剣にて、決着をつける。そういう意図だと?」
「おお、そうだ。言っとくが、剣以外なら何でもオレはあちこち逃がすぜ? 殴られようが魔法ぶち込まれようが関係ねえ。オレに勝ちたきゃ……」
「何故、私に拘る?」
「あぁ? オレがオメエに拘る? ざけンな。口先だけの、顔がいい野郎なンざ、オレが一番嫌いな人種じゃねえか」
「――オレに拘る理由があンのはオメエの方だろうが。オレがここで引いて、本気でそれでいいと思ってンのか?」
🦂 洗礼
――挟まれる
「――ちっ、面倒な奴がきちまった」
「スバル!」
白光がスバルを蒸発させる寸前、割って入ったのはエミリアの氷剣だ。
「――シャウラ」
ただ、その大サソリの周りに、置き去りにされて戦っていたはずのライの姿がない。
「違うかしら、違うのよ! ――くるかしら」
「くる?」
「だから、言ったじゃねえか。面倒な奴がきちまったってな」
🖤 呑まれる
――全員が、消える
誇張抜きに、体の浮かび上がる衝撃を受けてスバルの天地がひっくり返る。
「――ムラク!」
それぞれが、それぞれにできる最善の行動を――。
その、最善の行動を嘲笑うかのように、膨大な量の漆黒の影が塔を丸ごと呑み込んだ。
大サソリに抗い、魔法と体術を駆使して善戦していたエミリアも。
騎士剣を振るい、己を奮い立たせて伝説へ挑んでいたユリウスも。
スバルを守らんと、小さな体で魔法を行使してくれたベアトリスも。
それこそ瞬きほどの刹那で、伸び上がってきた影に絡め取られ、見えなくなる。
「――失敗した」
『――愛してる』
⚔️ 一閃
――影が、斬り払われる
「――オメエ、何眠てえこと考えてンだ、オイ」
「――嘘だろ」
「目ン玉かっぽじってよく見ろ。何が嘘だ、オメエ。オメエ、目ぇ開けてンのかよ。開けてよく見ろ、オメエ。オレの何が嘘だ」
所有者のなくなった剣が、『剣聖』の手の中で所有者以上の力量で扱われる。
スバルの周囲にあるのはどこまでも黒い空、どこまでも黒い底、黒い世界。
意識のない、昏倒したラムの熱い体だけが、その存在を主張していた。
🤜 ぶっ倒す
――最優の騎士が、倒す
こんな状況であろうと、得られるものがあるはずだ。
「お前も、絶対にぶっ倒すぜ。――俺の知ってる、『最優』の騎士が」
「そこはオメエ、最後までちゃンとオメエでかっこつけろよ、稚魚」
かつて、四百年前にあったと言われている、『魔女』と『剣聖』の伝説の一幕を。
「せめて」
一秒でも長く、生きていてほしい。
そんな願いを込めて、スバルは腕の中の、ラムの体を掻き抱いた。
🕯️ 最期
――いつも、誰かが傍にいる
――失われるたび、やり直すたび、求められるたび、流転して。
何度も、繰り返し繰り返し、一度しかないはずの最期を重ね続けて。
いつも、最期の瞬間、誰かが傍にいてくれることは幸せなことなのかもしれないと。
どうしていつも、最期の瞬間に寄り添ってくれるような誰かを、ナツキ・スバルは救い出すことができないのかと。
🌟 何でも聞く
――必要な、儀式をする
「お師様? 大丈夫ッスか?」
その問いかけを放つ彼女の表情に、瞳に、焦りや苛立ちのような感情は感じられない。
「お師様、聞いてるッスか? あーしとお師様以外の人たちも、面倒なことに巻き込まれてるっぽいッスけど……あーし、お師様のためにできることあるッスか?」
「ああ、そうだな。……俺のためにできること、か」
「はいッス。あーし、お師様のお願いなら、たとえ火の中水の中、大瀑布にだって元気よくフライアウェーイ! ッス」
「シャウラ、お前は俺の言うことなら何でも聞くのか?」
「もちのろんッス! お師様のお願いなら何でも聞くッス!」
「――シャウラ」
「――お前、俺が死ねって言ったら、死んでくれるのか?」
第六章69『理不尽な剣の鉄槌』終了。
スバル
レイド
ユリウス
ベアトリス
ラム
エミリア
シャウラ