第六章65
『二つ目と、五つ目と、それから――』
五つの障害が、たったひとつの通路へ一極集中してくる。
🩸 昼寝もできねえ
――外も中も、騒がしすぎる
「オイオイ、何を呆けてやがンだ、オメエら。オレがここにいンのがそンなに驚くことかよ。当然のこったろうが、ええ?」
「外も中も、こンだけ騒がしくしてりゃぁおちおち昼寝もできやしねえ。ただでさえ、酒もねえから退屈だってのに、こンなもン、我慢できるわきゃねえだろうが」
「……そりゃ、そっちの都合じゃねぇか。こっちはこっちで取り込み中なのが見えてるだろうが。ややこしくしてくれんなよ」
「はンっ! 稚魚がなンか言ってやがンのか? 悪ぃンだが声がちっさくて聞こえやしねえなぁ」
⚔️ 敵
――魂が、敗北感を覚えている
魂が、レイドの存在に敗北感を覚えている。
「――はっきりと、お前が敵だって俺の魂が認めてるから、か」
「いいぜ、稚魚。稚魚から昇格してやるつもりはねえが、オレが都合のいい援軍だなンて勘違いしねえところは褒めてやるよ」
「援軍だから喜べ、なんて言われても素で受け入れられる相手じゃねぇしな」
それが肯定されただけ。――勘違いなど、してはいない。
❓ 下りられない
――下りてこられないはず、なのに
「――あのさァ、レイド・アストレア」
「おう、なンだ、チビ。……小汚ぇチビだな。なンだよ、汚チビちゃん」
「あんた、初代『剣聖』だろ? それがまたなんでここにいるのかなァ? 僕たちの記憶だと、試験官のあんたは上の階から下りてこられないはずだろ?」
「妙なカラクリがあるのか、塔そのもののルールでも変わったのか。どっちにせよ、あんたがこうしているのは計算外で、色々とコースを考え直さなくちゃァいけなくなる」
「グダグダと、わけわかンねえこと抜かしてンじゃねえよ、汚チビクソ野郎」
「オレが下りられねえだぁ? 目ン玉かっぽじってよく見ろや、オメエ。自分が何馬鹿なこと言ってンのか、見てわかンだろうが、オメエ、オイこら」
🍴 名乗る
――名前を、名乗る
「ざっけンなよ、オメエ。オレはオレのやりてえことをやりてえようにやンだよ。誰の指図も受けるわけねえだろ、オメエ」
「あっははァ、すごいなァ、たまんないなァ、話になんないなァ。……だけど、獲物としちゃァ極上だね。俺たちの、『美食家』としての食欲にビンッビンッきてるッ! 暴飲ッ! 暴食ッ!」
「――魔女教大罪司教『暴食』担当、ライ・バテンカイトス」
それは獰猛な四足獣の狩猟風景、そう錯覚させるほどに野性味のある疾走で。
😑 偽名
――適当な、名を名乗る
「あー、面倒くせえな。じゃあ、オレは剣士、ハウロイ・ラリオル」
「誰だよ!?」
「オレの故郷の隣の家に住ンでた奴だよ」
「――イタダキマスッ!!」
「マブい姉ちゃんに言われンならともかく、オメエみてえな汚チビちゃんに言われても嬉しくなンかねえよ」
👟 仕置き
――壁に、押し付けて走る
雑に繰り出されるレイドの右足、その蹴りが真横からバテンカイトスの胴体を捉え、通路の壁に豪快に叩き付けた。
「鶏が絞められるときみてえな声出してンじゃねえよ、オメエ。言っとくが、鶏は絞めたら食ってうめえが、オレはオメエを喰うつもりはねえ」
「大人に飛び掛かってきてンだ。仕置きされる覚悟はできてンだろ、オメエよぉ!」
「オイオイ、こンな程度でわめいてンじゃねえよ。こンな調子じゃお話にならねえ。最近のガキは小汚ぇだけじゃなく貧弱になったもンだな、オイ、オイ、オイ、オメエよぉ!」
軸足が入れ替わって放たれる左の後ろ回し蹴り、その直撃が横っ面へと豪快に突き刺さり、小柄な体躯がゴム毬のように容易く吹っ飛んだ。
📉 対戦カード
――相手が、入れ替わっただけ
「あいつ、今さっきまでエミリアちゃんとユリウスが二人がかりで苦戦してた強敵、だったはずだよな?」
「……それで間違いないのよ。ただ、それ以上にあれが規格外ってだけかしら。だから、場合によっては状況はもっと悪くなったと言えるのよ」
「対戦カードが入れ替わっただけ、だもんな」
「それも、もっと悪い相手にかしら」
🕊️ 仲直り
❄️やっつけてくれて、ありがと
「大罪司教、やっつけてくれて、すごーくありがと……って、そんな風に仲直りするんじゃダメ?」
「はン、気ぃ抜けること言ってンじゃねえよ、オメエ。……つーか、なンだ、オメエ。マブすぎンだろ、どうなってンだ、冗談じゃねえ! 激マブじゃねえか!」
「こンな砂だらけのわけわかンねえとこで遊ンでねえで、今晩の酌しろや、オメエ」
「ええと、これも二回目なんだけど……」
⚜️ 友のおかげ
⚜️安寧の夜は、訪れない
「――残念だが、彼女はあなたの晩酌には付き合えない。何故なら」
「お?」
「幻影たるあなたに、安寧の夜は訪れないからだ」
「……なンだ、オメエ。ちょっとはマシな面構えになってンじゃねえかよ。なンかいいことでもあったのかよ、オメエ。女か。女だろ、オメエよ」
「女性の抱擁が傷付く心を癒すこともあれば、容赦のない友の叱咤が代わりになることもある」
「回りくどい野郎ってとこは変わっちゃいねえな。何が言いてえンだ?」
「つまり、今の私がこうして剣を握るのは、友のおかげということ――!」
🥢 挟み止める
――箸二本で、止まる
これだけ昂っている剣気の持ち主が、矛を収めたままにするなどとありえない。
故に、ユリウスは躊躇わず先制攻撃を仕掛けた。
「――余裕綽々って、それがどういう意味かわかってンのか?」
「そりゃな、何されても余裕でどうとでもできちまうから、どンな小細工したって関係ねえンだよ、バーカって意味だ」
――そのユリウスの先制攻撃を、レイドが手にした二本の箸で挟み止めたことにある。
「ま、悪くはなかったぜ? オレが相手でなきゃ、喰らうぐらいはしてやっただろうよ。――ンじゃ、いくぜ」
💧 流水
――計算が、狂ってしまう
「――へえ、本気でちょっと感心したぜ」
「なにせ、私があなたに勝てなくては、こちらの計算が狂ってしまうのでね」
「勝つ気でいンのかよ、吠えやがる」
「だろうね。だが、お付き合いいただこう!」
――レイドの剣勢が火炎だとすれば、ユリウスの剣勢は流水の如くだ。
単純な相性で言えば水は火を消してしまうが、炎の勢いが強ければそれこそ焼け石に水の格言通り、水はただ蒸発して無意味となるだけ。
だが、少なくともこの瞬間、ユリウスは自身が渇いて消えることを恐れず、レイドへと揺るぎない攻撃を叩き込んでいく。
🎼 剣舞
――合わせるのを、やめる
「相手がユリウスだけだなんて思わない、で!」
「はンっ! 忘れちゃいねえよ、激マブ! オメエは忘れるにゃ面が良すぎンだよ!」
「褒めてくれてありがとう! でも、ホントに覚えててくれてるのは一人だけだから!」
「ユリウスが、エミリアに合わせているのよ」
「わかるのか?」
「エミリアの思い切りが良くなって、ユリウスがらしく動けるようになったのよ。たぶん、エミリアが合わせる気をなくしたのが正解かしら」
「すげぇらしいコメント」
🔪 不協和音
――割り込んでくる
「――しゃぁぁぁぁぁ!!」
レイドの蹴りを喰らい、そのまま半死半生の状態で転がっていたはずの少年。
それが立ち上がり、あろうことか被害などないかのように戦場へ参戦する。
「ずいぶんと往生際の悪いことだ、大罪司教!」
「はっはァ! 俺たちをのけ者にして楽しもうなんて、そんな性格悪いことするのはやめてくれよ、兄様! いつもいつも独り占めかい? ズルいなァ、ホントに!」
「レイド! 見たらわかるでしょ! ここで私たちがケンカしてても仕方ないの! 手伝ってくれるか、せめて大人しくしててってば!」
「話のわからねえ女だな、激マブ。オレぁ今、それなりに楽しンでンだぜ? 空からお星様が降ってきやがったとしても、オレの考えは曲げられねえよ!」
🔥 熱
――胸の奥が、熱い
「スバル、スバル! どうしたのよ。何があったかしら!」
「……いや、これは、なん、だ?」
心臓が爆ぜそうなぐらいに拍動して、全身に流れる血の一滴までもが何かを訴えかけてきているような、処理し切れない恐ろしい感覚が脳に真っ赤な警鐘を鳴らしていた。
違う。これはおそらく、悪いものではない。警鐘は、この異変が伝えているのだ。
――それは、ぼんやりとした暗闇に浮かび上がる、ほんのりと淡い光だった。
それはスバルのすぐ傍らに一つあり、少し距離を離れて正面に二つある。
後ろ、そちらの方にいっぺんに四つもまとまって光がある。そこから大きく離れたところに一つがあって、そして、そして、そして――。
――もう一つが、すぐ頭上に迫っているのがわかって。
🦂 五つ目
――五つ目が、乱入する
「――ベアトリス!」
「ひゃんっ!」
刹那、灼熱が右足の腿を掠めていくのがわかり、苦鳴を上げる。
「くると、思ってたぜ、このクソサソリ……ッ!」
サソリはその鋏の先端にえげつなく抉られたスバルの肉を挟み、多量の血を通路に滴らせている。
乗り越えなくてはならなかった五つの障害が、ここへ一極集中してくる。
🖤 呑み込む
――このやり方では、駄目だ
バテンカイトスがいて、レイドがいて、巨大サソリまで現れて。
この方法では、ダメなのだ。もっと、こうではないやり方を――。
「――スバル!」
「スバル!」
「スバル!!」
――凄まじい勢いと衝撃を伴って、塔全体が激しく揺れ、轟音が響き渡った。
すぐ傍らの小さな体が、まるでスバルを守ろうとするように抱き着いてきた。
『――愛してる』
――そこに、ただ盲目的な愛だけを抱く闇が、スバルを呑み込まんとしていた。
🔁 戻ってきた
――この瞬間に、舞い戻る
「――スバル」
「そ、そうかしら! 急にびっくりするのよ。別に、嫌って言ってるわけじゃないかしら。ただ、本から戻ったばっかりで心配で……でも、ベティーの名前を最初に呼んでくれてホッとしたかしら」
「……書庫?」
🧣 エキドナ
「とりあえず、寝惚けているのかそうでないのか、それだけでもはっきりさせてくれると、ボクたちもやりようがあるかな、ナツキくん」
そして、認めざるを得ない現実を認めた。
――戻ってきた。この瞬間に。
五つの障害を乗り越えることにしくじり、スバルはこの瞬間に、舞い戻ったのだと。
第六章65『二つ目と、五つ目と、それから――』終了。
レイド
スバル
暴食
ベアトリス
エミリア
ユリウス