第六章63
『五つの障害』
砂丘中の魔獣が塔へ押し寄せる。スバルは手札を数え、配置を組み立てる。
🐾 群生地
――砂丘は、魔獣の群生地
――監視塔への魔獣到来。
靴裏に感じるのは、塔の床を微かに揺るがす地鳴りや鳴動。
「元々、アウグリア砂丘は魔獣の群生地でもあってね。自然の過酷さより、砂の中に入った人間を狙う魔獣の被害の方が深刻だったぐらいさ」
🧣 エキドナ
「一時は軍が派遣され、砂丘の魔獣を一掃する計画も立案されたことがあったそうだよ。もっとも、結果はこの地響きからわかる通りのようだけどね」
正確にはサバンナ級に魔獣がいると、そういうことらしい。
🦂 呼びにきた
――一人だけ、動揺していない
「――それで、わたしのことを呼びにきたってわあけ?」
唯一、魔獣到来の話を聞いて、『不安』を起因とした動揺を見せていなかったのが彼女だ。
魔獣を脅威と感じていない、そういう類の反応であったのだ。
「情けない話だが、その通りだ。君の力を借りたい」
ユリウスのその考えはわかる。スバルも、最初に浮かぶのは同じ案だ。
だがしかし、奇妙な感覚が胸の奥、スバルに警鐘を鳴らしている。
🍽️ 元凶
――魔獣を、送ってきている
「――『暴食』だ。大罪司教の『暴食』が、塔に魔獣を送ってきてる」
「――っ、何故」
「そこは俺が申し訳ねぇ。レイドの『死者の書』の中で、『暴食』の一人と会ったんだ。正確には、『暴食』の一人と再会した。昨日の夜も会ってたらしい。それが……」
「君の記憶が失われた元凶、というわけか」
「幸い、生涯ストーキング宣言された以外は綺麗な体のままだよ」
「なるほど。……ベアトリス様?」
「お前の懸念はベティーの不安でもあるのよ。ひとまず、異常は見られないかしら」
「信用がねぇ……」
🐉 空路
――陸ではなく、空でくる
「どうやら、昨日の夜の時点で相手は俺たちがここにいることを掴んでやがった。そこから半日ぐらい……ペット連れてちょっかい出しにきたってことは、そういうことか?」
🧣 エキドナ
「――陸路に時間が取られるなら、空路を行けば話は別だ」
「勝手な先入観で、飛ぶ手段は特別なもんだと勘違いしてた。魔法があるんだし、空を飛ぶとか一般的ってわけか」
「そんなことないかしら。空を飛ぶのは複合魔法の一種で、やり方は複雑なのよ。やるのは馬鹿か天才か、馬鹿で天才なヤツだけなのよ」
「メイザース辺境伯が、空から登城されるのは有名な話でしたが……」
「それが馬鹿で天才なヤツかしら」
「実際、飛竜繰りの技術は南方のヴォラキア帝国では秘伝として確立されている。帝国はその技法を独占しているが、『暴食』の手口なら奪取は容易だ」
🩸 台無し
――全てを、台無しにする力
『記憶』を喰らえば、隠し通したい謎から何まで全てを自分のモノにできて、『名前』を喰らえばそれをした事実さえ、相手の存在ごと帳消しにできる。
――記憶が人を形作るんだよ、とはよく言ったものだ。
『暴食』の、他者の記憶を奪い取る力は、全てを冒涜し、台無しにする悪意だ。
間違った手段で、道理に合わない方法で、運命を捻じ曲げようなんて。
――それサ、『死に戻り』するお兄さんが言っちゃうわけ?
「スバル!」
鋭い痛みが口の端にあり、それが自分で噛み切った傷なのが情けない。
👬 三兄妹
――相手は、こちらの手札を知っている
「すげぇわかりづらい一人称のせいでややこしいけど、たぶん。『死者の書』の中で管巻いてる奴が一人と、そいつの兄貴が二人、だと思う」
「――それでえ、お兄さんは何が言いたいのお? あれこれ寄り道ばっかりして、話が回りくどいのってお兄さんの悪い癖だわあ」
「悪かった! ただ、魔獣がバーッといっぱいきました! じゃあ、そこは魔獣の専門家であるメィリィ先生にお願いしましょう! って、その流れになるのはいかにも普通だろ? 言ったはずだぜ。相手は、俺の記憶を奪った奴らだ」
「それってえ……」
「俺のせいって前置きはするぜ? けど、奴らは俺の記憶を持ってる。――こっちの面子の強みはわかった上で罠を張る。俺たちは、それを上回らなきゃってことだ」
💗 愛してる
――内緒にされる方が、怖い
「大事な情報を内緒にされて、あとでわかったときの方がよっぽど怖いのよ。スバルの今の考えで正解かしら」
「ホントに? 大丈夫? みんな、俺のこと嫌いになってない?」
「なんでそんな不安がってるのよ。大丈夫かしら。みんな、スバルのこと嫌いになんてならないのよ。むしろ、す、す、す……」
「わかったわかった。大丈夫、安心した。愛してる」
言われるより、言う方が愛の言葉はよっぽど楽だ。自分の気持ちは疑う必要がない。
🌟 晴れ舞台
🌟師父参観日、と笑う
壁を潜り、塔の外に体が出た瞬間、砂を孕んだ猛烈な風と、聞き慣れない音の連鎖に迎えられる。
――それは、まるでスバルの耳には無数の硝子をいっぺんに割り砕くように聞こえて。
「うー、りゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃいッ!!」
「――シャウラ!」
「あ! お師様きてくれたッスか!? 嬉しいッス! あーしの晴れ舞台、もしくは職場見学って感じッス! 師父参観日って感じで、とくとご覧あれーッス!」
💥 砲門
――無数の砲門が、開く
バルコニーの広さ一杯、横一列に展開するのは空中に生じた無数の砲門だ。
「――インフィニティッド・ヘルズ・スナイプ!!」
「何それ、カッコいい!!」
白光は砂に着弾すると、激しく光を放って大地を吹き飛ばす。
白光の数は百に迫り、一発の威力は魔獣を二、三体もまとめて撃ち砕く。
ユリウスがスバルたちを呼びにくる間も、彼女が一人で奮戦していたことを思えば、すでに討伐数は千に迫るか。
🐜 焼け石に水
――それでも、削れていない
そんなシャウラの絨毯爆撃さえも、蟻の大群のように塔の周囲を埋め尽くす魔獣の群れの前には、まさに焼け石に水という抵抗しかできていない。
「おい、おい、おい……これ、聞きたくねぇんだけど、まさか」
「この足場からでは、塔の一方向しか見えない。だが、塔の反対側でも同じ光景が広がっている。そう考えてもらって間違いない」
「塔の、こっち側だけ壁に砂糖水塗ってるって可能性もあんだろ」
「もしそんな馬鹿な真似した奴がいたとしたら、ベティーが横っ面を本気で引っ叩いてやるかしら」
🪱 仕込み
🦂ぶっつけて、あげるわあ
「まずはこの場を乗り切るのが最優先……! メィリィ!」
「おっきい声で呼ばなくたってわかってるわよお。でも……そんな調子いいこと期待しないでよねえ。いくらわたしだって、ここまでたくさんの悪い動物ちゃんには対処しきれないわあ」
「――だから、仕込みをしてた子たちを動かして、ぶっつけてあげるわあ」
全長が二、三十メートルはあるであろう、巨大なミミズが出現、その巨体で周囲の魔獣を押し潰していく。
「こんなこともあろうかと、仕込んで手懐けておいたってわあけ。ホントはこっそりと逃げ出すつもりだったのに、こんなところで出しちゃって失敗したわあ」
🫳 悪ぶるな
――悪ぶらなくて、いい
「地なのか癖なのか知らねぇけど、悪ぶんなくていいよ。別に、俺たちを置いて逃げようとしてたとか、そんなこと信じてねぇから」
「む、なんでそんなこと言い切れるのよお」
「そりゃ、俺がお前でお前が俺で、みんな違ってみんないいだからかな」
「はあ?」
つまり、二重の意味でメィリィの存在が、魔獣のスタンピードを食い止めたのだ。
前回、図らずもスバルの手で命を落とした少女こそが、この事態を打開する鍵を握る存在なのだ。
5️⃣ 五つ
――障害を、数え上げる
――砂丘を埋め尽くす魔獣の大群。
――塔へ攻撃を仕掛けてくる、『暴食』の大罪司教。
――塔内を我が物顔で徘徊する、凶悪な巨大サソリ。
――塔のみならず、砂丘までをも呑み込まんとする莫大な黒い影。
――そして、いつしか塔の中を自由気儘に歩き始める、レイド・アストレア。
「こっちの戦力が、俺とベアトリス、エミリアちゃんとラム。メィリィにシャウラ、それとエキドナにユリウス……」
🧣 エキドナ
「番外で二頭の地竜と、治癒してくれる緑部屋の精霊も加えておくかい? 選択肢として持っておく分には悪くないと思うよ」
「ここはあーしに任せて先にいけッス!」
「このぐらい、わたしがなんとでもしてあげるわあ。お姉さんたち、無事に見つけてきてくれなきゃ承知しないんだからあ」
⏳ 遅すぎる
――二人が、戻ってこない
「――おい、待てよ。いくら何でも、遅すぎないか?」
「エミリアちゃんとラムは、緑部屋にレムたちを迎えにいっただけだよな?」
「この状況だ。ただ居場所がわからないだけなら、ラム女史がどうとでも方法を見つけるだろう。もしくは、エミリア様が壁を壊すなどして姿をお見せになるはずだ」
「ラムはともかく、お前の中のエミリアちゃん評価どうなってんだよ。あんな可愛い細腕で壁が壊せるわけねぇだろ。仮に壊せても、壊す性格じゃない、よね?」
「自信がなくなってるのがいい証拠なのよ。でも、ベティーも嫌な予感がするかしら」
🐉 パトラッシュ
――一人だけ、足りない
「――バルス!!」
「――ッ! ラムか!?」
その背にはラムがしがみつき、細い腕にはしっかりと眠り続けるレムの体を抱きしめているのがわかった。
「ええ、何とかね。バルスが居眠りしている間に大変な目に遭ったわ。どうしたらあんな事態で眠りこけていられるの。さっさと立ちなさい」
「悪かったよ! 姉妹で責めるな! ほら見ろ、ちゃんと立ってる! 走ってる!」
「ああ、俺も聞きたいことがあるし、話したいことがある。お前、一緒にいったはずの……」
「――通路の向こうで、『暴食』の大罪司教を名乗る相手と出くわしたわ」
❔ 知らない人
――誰かが、戦っている
🧣 エキドナ
「『暴食』の大罪司教と言ったね? それが、通路の向こうに?」
「ええ、そうよ。――そして、その『暴食』の大罪司教と、誰かが戦っている」
🧣 エキドナ
「……誰か?」
ラムの言葉は変わらず、覇気と自信に満ち満ちているが、それだけに不明瞭な部分が存在することがひどく遠大な違和を生じさせる。
「――銀髪の、知らない人が『暴食』の大罪司教とぶつかっているわ。ラムたちに、逃げなさいとそう言って、今も」
第六章63『五つの障害』終了。
ユリウス
メィリィ
スバル
ベアトリス
シャウラ
ラム