第六章56
『これからの話』
犯行を未然に押さえたあと、スバルはその子を切り捨てない道を探す。
🪤 現場
――背中を押した犯人が、わかる
『死に戻り』を活かし、結果的に悲劇を未然に防げたことを喜ばしい。
が、この幼い少女が過去に二度、別の時間軸でスバルの背を押したことも、また実証された。
「……俺を殺した責任って、また変なこと言い出すのねえ、お兄さん」
「ひょっとして、記憶をなくした拍子に他にも色々と抜け落ちちゃったのかもしれないわあ。そうじゃなきゃ、こんな誤解したりしないはずだものお」
「誤解?」
「ええ、そうでしょお? ――わたしがお兄さんを殺そうとするなんて、ひどい誤解だわあ」
まさか、犯行現場を押さえられても言い逃れを敢行するとは思わなかった。
🔗 連鎖反応
――動機は、昨日の夜に生えた
「疑われるなんて心外よお。だって、本当にわたしがお兄さんたちを殺そうとするなら、こんな塔の中より砂丘の方が簡単にできたはずじゃなあい?」
「そうだな。確かにおかしな話だ。前々から俺たちを殺そうとしてたってんなら、そうするチャンスはいくらでもあった。でも、お前はそうしなかった」
「でしょお? だったら……」
「けど、俺を殺そうって動機が、今朝になって急に生えてきたんなら話は別だ。今朝ってより、昨日の夜からの連鎖反応って方が正解か?」
唇を結んだメィリィは余裕の微笑を消して、それから深々と嘆息する。
🎯 嵌められた
🦂切り捨てるには、もってこいの頃合い
「もしかして、わたしって嵌められたのかしらあ?」
「嵌めた、ってのはどういう意味でだ?」
「試したんじゃないのお? 記憶をなくしただなんて嘘をついて、わたしがお兄さんを突き落とそうとするかどうか……味方に不穏分子がいるなら、炙り出すのが定石だものお」
「塔について、わたしの利用価値もなくなったしい? ……切り捨てるには、もってこいの頃合いだものお」
つらつらと、指折り置かれた状況を確かめ、自分の不利を並べる少女が悲しい。
「それで、いったいどうやってわたしの始末をつけるのかしらあ? せっかくだし、意趣返しにここから突き落としてみる?」
🕊️ どちらもしない
――殺すつもりも、傷付けるつもりもない
「あんまり、長引く殺し方はオススメしないわあ。わたしが苦しみたくないのもあるけどお、お兄さんって隠し事するの下手そう……」
「――俺は、お前を殺すつもりも、傷付けるつもりもない。このあとも、明日からも、これまでと同じ付き合い方をしていくつもりだ」
「……は?」
メィリィの表情には明らかな狼狽が走り、彼女は無理解を宿した瞳でスバルを見た。
「幸い、お前の犯行は未然に防がれたから、当事者の俺たちが内緒にしとけば何も起きてなかったことにできる」
「ただ回避するだけだと、お前が違う手段で俺を殺そうって考えるだけかもしれなかったから、ちゃんと犯行現場を押さえる必要はあったけどな。それが悪趣味ってんなら否定はできねぇ。悪い」
😖 信じられない
🦂信じられない、と繰り返す
「不満? 不満って……不満なら、今、この状況がそうだわあ! 信じられない!」
「信じられない、信じられない、信じられないわあ……」
吠えながら、彼女の手は忙しなく自分の三つ編みに触れている。
それが、混乱に陥った彼女の精神的な自衛――同じ髪型をしていた誰かへの依存心の表れであると、スバルにはそう見て取れていた。
「今、わたしが何をしようとしたのか、お兄さんはわかってないのよお! そうじゃなかったら変だわあ。そうじゃなかったら……」
🌀 癖
――他の選択肢が、浮かばない
「お前の、突発的な衝動だよ。お前は、殺人が癖になってるだけだ。物事を解決するための選択肢に、他の要因が浮かばないだけだ。それは、お前のせいじゃない」
「――ッ! わかったように、言わないでよお! お兄さんに……あなたに! わたしの何がわかるっていうの!?」
「――わかるよ」
激昂し、噛みついたメィリィが冷や水を浴びせられたように硬直する。
「メィリィ。俺には、お前のことがわかる。気持ち悪いかもしれねぇけど、ひょっとしたら俺よりお前のことをわかってる奴はこの世に二人といないかもしれないぜ?」
👻 まやかし
――あれは、誰でもなかった
ナツキ・スバルの行動の先々に囁く声となって現れ、何度もスバルを殺人という名の問題解決へ誘おうとした殺しの誘惑。
「――いいや、そうじゃない」
この期に及んでどうかしている。目の前の少女の困惑と、焦燥を見ろ。
メィリィの抱えた苦悩を思えば、都合よく殺人を教唆する人格など備わりようもない。
あれは『死者の書』で同一化したメィリィなどではなかった。あれは、スバルの弱い心が見せたまやかしだ。
その証拠に一度だって、あの声の少女はスバルの前に姿を現さなかった。
🔪 その名前
――名前を、口に出す
その大きすぎる空洞に匹敵するほどの『恐怖』を与えられた経験と、唯一、光る思い入れがあった。
「――エルザ・グランヒルテ」
「それが、お前が俺を殺そうとした理由だろ?」
他人が土足で足を踏み入れることを、決して良しとしない状況へと踏み込まれたことへの怒りだ。
「人の家に上がるときは靴を脱ぐのに、他人の心には土足でずかずか上がり込むのが菜月家の家風だ」
🪞 養殖
――慕って、愛して、憧れていた
――メィリィは、エルザを慕っていたし、愛していたし、憧れてもいた。
だから、それを奪われて悲しみ、苦しみ、憎悪し、激怒し、殺意と失意を抱いた。
むしろ、メィリィの不器用さは極まっていたと言っていい。
――環境が作り上げた養殖の殺し屋、それがメィリィ・ポートルートだった。
「復讐、したかったのか?」
「……わからないわあ」
「仮にそうだったんだとしても、エルザは……」
「そんなこと望んでない。それはわかってるわあ」
エルザは、メィリィにとって光だったかもしれないが、その光が照らした道を歩くのは普通の人間には過酷すぎるのだ。
🤲 預けろ
――この場は、俺に預けろ
「お前が、自分の感情を持て余してるのはわかってる。でも、その答えはたぶん、ここですぐに出せるようなもんじゃない。だから」
「この場は俺に預けろ。悪いようにはしない。少なくとも、悪くならないように俺は努力する。お前も、そうしたいと思ってくれるなら」
「……信じ、られないわあ。お兄さんの、口先だけなら何とでも言えるものお」
「俺の口先が信じられないって言われると、わりとそこは反省だ。どうも、昨日までの俺は約束破りの常習犯だったらしいんでな。だから」
「だから?」
「俺とお前の約束じゃなくて、俺たちとお前の約束にしよう」
❄️ 証人
❄️私もちゃんと聞いてた
「――ん、大丈夫。私もちゃんと聞いてたから、約束の証人よ」
「お姉さん……聞いて、いたの?」
「スバルに、立ち会ってほしいってお願いされたの。……メィリィが危なくなったら止めてほしいって、そう言われて」
「わたしが、危なくなったら……? お兄さんが、じゃなくて……?」
「ええ、メィリィが危なくなったら。それでよかったのよね、スバル」
「――。ああ、そう。それだけがちょっと、本気で不安要素で」
「――? なんで顔を背けてるの? スバル、どうかした?」
「いや、その、直視するには可愛くて……」
自分の意識がなくなり、『ナツキ・スバル』が表出したとしても、きっとエミリアなら――否、仲間たちなら、どうにかしてくれると信じて。
👀 見張るのは
❄️見張るのは、スバルの方
「聞いて、メィリィ。スバルの言ったこと、私は信じてる。メィリィがそれを信じられないっていうんなら、一緒にスバルのことをジーっと見てたらいいわ。それで、もし約束を破るようなら、私が一緒に怒ってあげる」
「お兄さんを、見張る……? そんなのって、変だわあ。おかしいじゃない。お兄さんとお姉さんが見張るのは、わたしの、はずで……」
「もし、メィリィが悪さをしようとするなら、それはスバルがメィリィとの約束を破ったとき。だったら、見張るのはスバルが約束を守ってくれるかどうか。順番通り、よね?」
彼女の頭の中で、事実と状況と対処と解法がめためたに入り乱れていく。
「お前の中の、わやくちゃな感情にちゃんと整理がついたとき、それでも俺を殺さなくちゃって思うか、そうじゃないって思えるか……俺も、倫理の授業を頑張るよ」
🫳 撫でる
――途中下車は、許さない
「俺は、お前が途中下車するのを許さない。お前がいくつなのか、詳しいことはわからないけど……俺がお前ぐらいのとき、俺は周りの大人に散々助けてもらったよ」
「だから、俺はお前が嫌がってもお前を助けようとする。どうしたらいいのかわからないって、周りの手を拒むにはお前はまだラブリーすぎるよ」
その細い首を絞めたりしない。もっと別の解法を、『ナツキ・スバル』に提示する。
メィリィは、死ぬ必要なんかない子だ。
「お願いだから、スバルを……私たちを信じて、メィリィ」
「この砂の塔は、あなたが大きな何かを決めるには、狭すぎる場所だもの」
「ここから出て、もっと広い場所で、答えを出して。私たちも、すごーく頑張るから」
🖤 忘れたくない
――やり方だけは、真似しないで
「エルザの、こと……忘れたく、ないわあ」
「ああ、いいよ。好きな人のことを忘れる必要なんかない。ただ、まぁ……」
接点はないのに、身近に見知ったような感覚を覚える彼女。
そんな相手の回想に、スバルは何故か無意識に自分の腹を撫でながら、
「――好きな人でも、やり方だけは真似しないでほしいかな」
――メィリィが力なく、迷いを残しながら、それでも頷いてくれたのは、それからたっぷりと、何十秒もの沈黙を経たあとだった。
第六章56『これからの話』終了。
メィリィ
スバル
エミリア