リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章54

『Re:ゼロから始まる異世界生活』

消えてなくなろうとしたスバルに、名前を聞く声が届く。

🖤 実直

――影だけが、願いを叶えてくれる

――世界は闇色に塗り潰されようとしていた。

螺旋のように、渦巻くように、ナツキ・スバルを魂ごと包み込もうとする漆黒の魔手。

触れた箇所から溶けるように、崩れるように、自分の存在が虚ろになっていくのがわかる。

だが、それが不思議なことに、全く嫌な感覚を覚えないのだ。

でも、それだけではない。――影が、魔手が、これだけが、実直だったからだ。

今にも消えてなくなりたいナツキ・スバルの心情を、この影だけが慮ってくれる。

🗣️ 愛してる

――それだけが、癇に障る

――愛してる。

耳を塞いでも、心を閉ざそうとしても、それはぴたりと閉じた心の隙間に指を入れ、こじ開けた隙間から滑り込み、直接、愛を囁いてくる。

やめろ、うんざりだ。

俺は、愛していない。俺は、俺を愛していない。

愛されていることは、知っていた。知っていたさ。

あの両親だ。父も母も、スバルのことを心の底から愛してくれていた。

両親に愛されているのに、愛される価値のない自分を愛せるはずがなかった。

この責め苦に耐え抜いたなら、俺の願いを叶えてくれるのか。

これを最後にできるなら、ナツキ・スバルは、消えても――。

🔔 そこまでよ

――声が、貫いてくる

「――そこまでよ」

世界ごと、ナツキ・スバルの存在を塗り潰すような怒涛の愛の告白を、貫くように銀鈴の声音が一閃、スバルの下へと真っ直ぐに届く。

光が、迸った。

それが、スバルを呑み込まんとしていた漆黒の魔手へと突き刺さる。

千の内の一を削った代わりに得たものが、その膨大な勢いの影からの敵意では割に合わない。

しかし、その一撃を放った人物は果敢に踏み込み、自らへ差し向けられる影の魔手を尋常でない身のこなしで回避、回避、回避、そして――。

❄️ 手を引く

❄️名前を、呼ばれる

エミリア

「――スバル!」

へたり込むスバルの名を呼んで、銀鈴の声の主が力ないその手を強く握った。

そのままスバルの体はぐいと引き上げられ、力ずくでその場所から連れ出される。

エミリア

「り、やぁっ!!」

発生したのは美しく発光する氷の結晶――スバルを閉じ込めた氷の檻、それと発生のルーツを同じくする、美しく壮烈な氷撃だ。

それが正面、壁を作るように展開した漆黒の魔手をぶち破り、強引に道をこじ開ける。

✋ もう、十分だ

――足を、止める

彼女の生存も確認され、しかし心は沸き立たない。

ユリウスも、ベアトリスもエキドナも、見殺しにした。

ナツキ・スバルは疫病神だ。死が、色濃くその存在に纏わりついている。

スバル

「――もう、十分だ」

エミリア

「え?」

スバル

「これ以上、足掻いても仕方ないって、言ったんだよ」

💢 してない

――なんで、助けにきた

スバル

「なんで助けにきた? おかしいだろ、そんなの。お前だって、俺が偽物だって……そう思ったから、氷の檻で閉じ込めて、殺そうとしたはずだ」

欺瞞の言葉、事実を恣意的に捻じ曲げ、悪しざまに語って傷付ける。

エミリアがもう一度、この手を取ろうだなんて、間違っても考えないように。

エミリア

「殺そうとだなんてしてない! 私は、様子のおかしいスバルから話を聞きたかっただけ。それで、スバルは話してくれたじゃない。記憶がないって。だから……」

スバル

「そんなのは! ただの、方便かもしれないだろうが! あっさり信じたのかよ? 馬鹿げてる。どうかしてるぞ! お前も、ユリウスも、ベアトリスも!」

⚰️ 死んだ

――言ってしまう

スバル

「いいや、違う……みんな馬鹿だ! 最後には……あんな状態で、最後には、エキドナまで、俺に謝りやがって……意味が、わからねぇ」

エミリア

「エキドナが、最後……? スバル、何があったの? エキドナたちは……」

スバル

「死んだ! エキドナは死んだよ! 両足が吹っ飛んで、痛いのと血が足りないのと……とにかく苦しんで死んだ! ベアトリスもそうだ!」

スバル

「あの子も、俺を庇って……自切なんて、馬鹿げた仕組み……俺が気付いてればよかったのに。それができなくて、死んだ。俺を、忘れないって、そう……」

口ほどにもないとはこのことだ。口先だけの大望、それを言葉にして、すぐに。

スバルを死から遠ざけて、安堵したような顔で、この世から消滅して。

🫥 俺じゃなくても

――俺じゃなくても、いいだろ

ナツキ・スバルが、誰かに希望を託されることなどあってたまるものか。

ナツキ・スバルが、誰かにその心を信じられることなどあってたまるものか。

ナツキ・スバルが、誰かにその罪を赦されることなどあってたまるものか。

ナツキ・スバルが、誰かに共にあることを願われることなどあってたまるものか。

スバル

「……俺じゃなくても、いいだろ」

スバル

「俺なんか無視して、削ぎ落としてくれよ。もっと、強い誰かとか、頭のいい誰かが、やってくれる。俺は……」

強くも、賢くも、ない。そんなスバルを、望まなくてもいい。

🏚️ 盗品蔵

❄️私とスバルが初めて会ったのは

エミリア

「――私とスバルが初めて会ったのは、王都の、盗品蔵って場所だったの」

その唐突で、脈絡のない言葉を受け、スバルは唖然と、ただ肺の中の息を抜く。

エミリア

「そのとき、私はすごーく大事な徽章をフェルトちゃんに盗られちゃって。それを取り戻さなくちゃってパックと大慌てだったの」

エミリア

「……それで、追いかけた先で、メィリィのお姉さんと戦うことになって、危なくって、でも、ラインハルトが助けてくれて。それで、ホッとしたところをメィリィのお姉さんに狙われて……それを、スバルが助けてくれて」

エミリア

「それが、スバルと私の初めての出会い。……思い出した?」

問いかけに、スバルは首を横に振った。

当然だ。それは、エミリアと『ナツキ・スバル』の記憶だ。

🏰 屋敷

――思い出した?

エミリア

「でも、スバルは私を庇ったせいで大ケガしちゃって、それでロズワールの屋敷に一緒に連れ帰ったの。そこでベアトリスが文句言いながら治療してくれて、ラムと……きっとレムとも、スバルは仲良くなったのよ」

エミリア

「そうしたら、今度はお姉さんじゃなく、メィリィが魔獣をけしかけて悪さをしたの。それをスバルとラムが食い止めて、ロズワールが魔獣をやっつけて、私はお留守番……『でーと』の約束をしたのも、このとき。……思い出した?」

首を横に振る。

覚えていない。そんなことは、していない。――俺は、していない。

エミリア

「屋敷では色んなことがあったんだから。マヨネーズを作ったり、みんなでお酒を飲んだり、パックが雪を降らせたり、『王様げーむ』をして……それから、王選のために王都に呼び出されて、ね」

エミリア

「スバルと、初めて大ゲンカしたのも、このとき。私はもう、スバルに無茶して傷付いてほしくなくて、なんでそんなに優しくしてくれるのかわからなくて、怖かった。だから、全部、ケンカしたときに終わりになっちゃうって、思ったのに……」

💭 覚えてる

❄️でも、私は全部、覚えてる

エミリア

「それで、なんて言ってくれたか。……思い出した?」

スバル

「思い……」

出せない。出てこない。出てくるはずがない。

スバルは、ここにいる自分は、彼女の求める『ナツキ・スバル』ではないのだと。

何故、お前なんだ、『ナツキ・スバル』。

俺とお前で、どうしてそこまで違っている、『ナツキ・スバル』。

エミリア

「――でも、私は全部、覚えてる。スバルが言ってくれたこと、してくれたこと、しようって約束してくれたこと。全部、覚えてるの」

何も、ない。どこにも、ない。

この、体の内側には、頭の中には、心の奥底には、魂の果てには、何にもない。

💥 誰の話をしてる

――そんな奴、どこにもいない

スバル

(#゚д゚)

「覚えちゃ、いない。思い出せも、しない。お前は……お前は! お前らは! 誰の話をしてるんだよ!?」

スバル

「誰かのために命を張れて! 誰かのためにとっさに動けて! 誰かのために頑張ろうって走れて! 誰かのために命懸けで何かを成し遂げられる! そんなことってあるかよ!? そんなこと、できるかよ!?」

スバル

「――ふざけるな! そんな奴が、ナツキ・スバルのわけがねぇ!」

スバル

「俺は知ってんだよ! ナツキ・スバルがどれだけ情けなくて、どれだけクズで、どれだけどうしようもなくて、どれだけ腐った野郎なのか!」

スバル

「ナツキ・スバルにそんな価値があるもんかよ! ナツキ・スバルはクズなんだ! どうしようもねぇクソ野郎なんだよ! 俺が誰より、それを知ってるんだ!!」

🪧 ただのエミリア

❄️私の名前は、エミリア

エミリア

「――私の名前は、エミリア。ただのエミリアよ」

スバル

「――ぁ?」

言葉の、意味がわからない。――否、意味ではない。意図がわからない。

エミリア

「話さなきゃいけないことも、聞かなくちゃダメなことも、たくさんある。たくさんたくさんあるの。でも、今は一つだけ、聞かせて」

エミリア

「ユリウスが、ベアトリスが、エキドナが。そして今、私が手を引いて、一緒に走って、どうしても守ってあげたくて、死なせたくなくて、そうやって……」

エミリア

「そんな風に、私たちに思わせてくれたあなたは、誰?」

エミリア

「お願い。――あなたの名前を、聞かせて」

🫀 肯定

――それは、否定ではなかった

エミリアの問いかけに、胸の奥で心の臓が震えた。

――それは、ナツキ・スバルの、肯定だ。

目の前のあなたは偽物だと、本物のナツキ・スバルを返してほしいと、そう言われた方が、まだマシだった。

だって、それは他ならぬ、スバル自身が望んでいたことなのだから。

ここに至るまで、ナツキ・スバルに言葉をかけた全員が、同じことを願った。

こうして全てを忘れ、どうしようもない醜態を晒しても、なおも変わらず。

スバル

「……どうして、なんだ? どうしてここで、ナツキ・スバルなんだ? あいつに、何ができる? あいつに、何を期待するんだよ……」

スバル

「あの、弱くて、頭も悪くて、情けなくて、意気地のない奴に、何を」

💗 好きな人

❄️一緒にいるのは、スバルがいい

エミリア

「――あなたの、言う通りかもしれない」

エミリア

「スバルより強い人はいるし、きっと頭のいい人だってたくさんいる。でも、私はどんなときでも、一緒にいるのはスバルがいい。スバルがそうしてくれるって信じてるし、願ってる。だって……」

エミリア

「だって、助けてくれるなら、できるから、そこにいたから、そうしてくれる人より――好きな人にそうしてもらえた方が、ずっとずっと、嬉しいもの」

微笑みながら、ほんのわずかに頬を赤らめて、言った。

エミリアの言葉を受け、一瞬、確かに自分の中の全ての時が止まっていた。

そうか、『ナツキ・スバル』。お前、あんな美少女に惚れてたのか。

身の丈に合わないにもほどがあるだろう。あんな子が、振り向いてくれるもんかよ。

🟠 名乗る

――俺が、ナツキ・スバルだ

エミリア

「――私の名前は、エミリア。ただのエミリアよ」

エミリア

「――お願い。あなたの名前を、聞かせて」

スバル

「俺は……」

――託され、信じられ、赦され、願われる。

それが『ナツキ・スバル』なら、その『ナツキ・スバル』がどこにもいないなら。

スバル

「――俺の名前は、ナツキ・スバル」

スバル

「ユリウスに託されて、ベアトリスが信じて、エキドナが赦して、エミリア……君に、願われる、その男の名前が、ナツキ・スバルなら」

桜色の唇を震わせた問いかけに、血で赤黒く汚れた唇が答えを返した。

スバル

「――俺が、ナツキ・スバルだ」

🤝 呉越同舟

――救われたいわけでは、ない

その胸中、『ナツキ・スバル』への不信感は、欠片も拭えていない。

だが、いい。それでも、いい。

救われたいわけではない。救ってほしいと、縋り付くわけでもない。

救われてほしいと、思った。助けたいと、願った。

願わくば、走り出した切っ掛けよ、走って目指した行く先よ、同じであれ。

思い描いた道行きが同じであれば呉越同舟、お前が嫌いでも、文句はないから。

――俺に、『ナツキ・スバル』に、エミリアたちを、救わせてくれ。

スバル

「ありがとう、エミリア。――俺に、そう思わせてくれて」

エミリア

「――スバル、私は」

🕳️ 崩れる

――通路が、握り潰される

それまで、まるで二人の対話を邪魔するまいと、世界が根こそぎ気遣ってくれていたみたいに静かだった状況が、一瞬にしてひび割れる。

スバル

「――エミリア!」

通路が形を失い、足場をなくしたエミリアが大きくバランスを崩す。

その彼女に向かって、まだかろうじて足場を残したスバルが強く床を蹴った。

距離が縮まり、たなびく銀髪に追いつき、ついには細い、彼女の体を抱きしめる。

エミリア

「スバル……っ」

たぶん、腕の中で位置を変え、自分が下になろうとしていた。

それでは、助ける側と助けられる側があべこべだ。

🤞 忘れない

――終わりから、始める

スバルたちを迎えるのは、この塔を包み込み、あらゆる全てを終へ導く、漆黒の影なのだから。

――否、その、逆だ。これは、きっと、始まりになる。

一度は始めたことを、今一度、ここで、新たに、終わりから、始める。

ここで、この世界で、この場所で、エミリアと交わした言葉を、本物にする。

君たちが、俺にかけてくれた言葉を、君たちが覚えていないで、忘れてしまったとしても。

君たちに、俺がぶつけてしまった言葉を、君たちが覚えていないで、忘れてしまったとしても。

俺が覚えてる。全部、覚えてる。今度こそ、しがみついてでも、忘れないから。

スバル

「たとえ、君が忘れても――俺が、君たちを忘れない」

――ずっと、覚えていろよ、ナツキ・スバル。

流転し、全てが失われ、何もかもがゼロになり、目論見通りに終わりがくる。

そして、何もかもがゼロとなった場所で、始まるのだ。

第六章54『Re:ゼロから始まる異世界生活』終了。