第六章51
『生者たちの塔 PART2』
いるはずのない男が四層を歩く。その先で、塔の下層が炎に呑まれていた。
❓ 何故
――何故が、思考を塗り潰す
背後から届いた聞き覚えのある男の声に、スバルは呼吸を忘れるほど戦慄した。
何故、自分の左肩は外れているのか。
何故、部屋中に『ナツキ・スバル参上』の文字がこれほどまでに刻まれているのか。
何故、スバルを捕えたはずのエミリアやラムの姿がこの場にないのか。
何故、隠したはずのメィリィの亡骸がどこにもないのか。
何故、ナツキ・スバルの記憶は失われたのか。
何故、ナツキ・スバルは異世界に呼ばれたのか。
「何縮こまってンだ、オメエ。黙ってンじゃねえよ、感じ悪ぃ野郎だな、オメエ」
――何故、この場に下りてこられないはずの男が、ここに立っているのか。
😁 白い歯
――二層の番人が、四層にいる
この相手の場合、その行動の目的はスバルの恐怖を煽ることではない。
もっと端的に、相手を傷付けたり、命を奪うことにあるのだとそう思われたからだ。
「はンっ。なンだ、オメエ、その面ぁよ。ビビッてンのか、オメエ。泣きそうかよ、オメエ。こンな気持ち悪ぃ部屋で、胸糞悪ぃ奴だな、オメエ」
プレアデス監視塔、二層の番人――レイドと、そう呼ばれている男だった。
👁️ 気分だ
――眼帯の位置が、変わっている
「み、ぎめ……」
「ああン?」
「眼帯、左目に、してた、だろ。なんで、右目だ……?」
今、聞くべき内容では到底なかった質問。
「気分だ、気分! オメエ、眼帯なンざオレはどっちでもいいンだよ。こンなもン、お遊び気分で付けてるもンと変わりゃしねえンだ。付けてねえと見えすぎちまう。そンだけの代物なンだからよ」
眼帯の下には特にケガのない、彼の言葉通りの健在な目がそこにはあった。
本当に眼帯は「したいからしている」だけの代物だとわかった。
🦴 不格好
――肩を、無造作に嵌められる
「――なンだ、オメエ。肩、外れてンじゃねえか、不格好だと思ったぜ、オイ」
(゚Д゚)
「――ッ!?」
関節が外れた肩の骨と手首のひねりだけで嵌め込む。
ズレた骨が矯正され、鈍く生々しい音が響くと、スバルの左肩に自由が戻った。
世界を呪いたくなるような痛みにスバルの頬を涙が伝う。
「大げさにすンなよ、オメエ。オレがイジメてるみてえに見えンだろうが。実際のとこ、オメエをイジメたのはオレじゃなく、あの激マブの方だろうによ」
🔍 大体わかンだよ
――部屋を見ただけで、見抜かれる
「げき、マブ……?」
「あの銀髪の激マブに決まってンだろ、オメエよ。後ろの氷の檻と、オメエの外れた肩見りゃ大体のとこはわかンだよ。仲間割れでもしたかよ、面白ぇ」
「なんで、そんなことがわかる……?」
「こンなしみったれた塔にいりゃ、男と女のやることなンざ、必要以上に仲良くなるか、必要以上に仲悪くなるかのどっちかしかねえよ。オメエじゃムカつかせンのが関の山って思っただけだ。大した話でもありゃしねえ」
正論、と言うにはあまりにあんまりな結論。
💥 粉々
――氷の檻が、粉になる
彼は氷の檻をしげしげと眺めると、その氷格子に足をかけ、ぐいと力を込めた。
途端、氷格子がひび割れる音がしたかと思うと、次の瞬間に強靭な氷の檻の全体に破壊が一気に波及、氷格子が粉々に砕け散る。
スバルが力を込めてもびくともしなかった氷格子どころか、檻全体がその様だ。
「――まぁ、そこそこ動くみてえだな。上等、上等」
🚪 おさらば
――塔から、出ていくと言う
「待てよ! あんたは……あんたは、上の階から降りてこられないって話じゃなかったのか? それがどうして当たり前みたいにこの階をうろついてる!?」
「オレがいつ、二層から出歩けねえなンて言ったよ? ……なンて、それ言い出したらちっとばかし卑怯だわな。安心しろや。オレが出歩けねえって前提は間違っちゃいねえ。ただ単に、今は出歩けるようになっただけだ」
「ただ単にって……その、前提がどうして崩れたのかを聞いてんだろ?」
「そこまで懇切丁寧にオメエにご教授してやるつもりはねえよ。オレは出歩ける。オメエはビビッて小便漏らす。以上、しまいだ。――いや、しまいじゃねえな」
「オレはこっから出てくつもりだが、飯はいるし、水はいるし、酒もいる。ついでに女もいりゃぁ言うことねえ」
☝️ 隠れ蓑
――お前の問題は、お前で片付けろ
「出て、いく……? この塔を? でも、それじゃ、お前……『試験』とか、いや、もっと色々あるだろ? この状況とか、全部どうすんだよ!?」
「いや、オメエの全部とか知らねえよ。オメエの身内の始末はオメエで付けろ。オレには何にも関係ありゃしねえ。ああ、待て。一個だけ気持ち悪ぃ放置はあンな」
打ち込まれたデコピンの威力に、スバルの体が背中から通路の壁にぶつかった。
「言ったろうが。何でも答えがもらえると思ってンじゃねえよ、雛鳥か、オメエ。稚魚なのか雛鳥なのか、ちったぁ足下固めろや、オメエ」
「都合よく出てきたオレを、オメエの不安やら疑問やら後悔やらの隠れ蓑にしてンじゃねえよ。オメエのことはオメエで片付けろ。オレを使って慰めてンじゃねえ」
苛立つには感情がいるが、レイドはスバルの存在など意に介していない。
故に、声には苛立ちすらなかった。
〰️ 震動
――塔が、揺れている
「――ああ、きやがったな」
しゃがみ込み、地べたに尻をついていたから気付いた。
微かな震動だ。塔が、揺れている。
歯を鳴らして笑い、目を輝かせたレイドが草履で床を踏みしめ、歩き出した。
「レイド! おい、待て! 待てよ! せめて、何をするつもりでいるのか……」
🌀 落ちた場所
――二度、落ちた場所へ戻る
レイドが足を止めたのは、通路を抜けた先にあった吹き抜けの螺旋階段。
記憶をなくしたナツキ・スバルが二度、突き落とされて死んだ場所だった。
しかし、現状の閉塞感を打開したい思いが、忌避感を凌駕した。
――場所が、スバルを殺したわけではない。悪意がスバルを殺したのだ。
忌避感を抱くべきは場所ではなく、そうなった要因と、そうした犯人。
🔥 地獄
――眼下が、炎で埋まっている
――眼下、大階段の終着点である五層が、どこからか湧き出したおぞましい炎の魔獣の群れに埋め尽くされ、地獄の様相を呈していた。
(゚д゚)
「――は?」
蠢く赤々とした炎と、塔内に響き渡る無数の赤ん坊が泣き喚くような絶叫。
馬のような四足と胴体、そこから生えた人間のような腕と上半身。
人間の上半身には牙の生え揃った口腔があり、恐ろしい火力の炎が塔内の酸素を焼き尽くさんとしている。
その魔獣が、おおよそ二十体以上、階下の五層で飛び回っているのが見えた。
⚔️ 応戦
――一人だけ、戦っている
魔獣の群れの合間を駆け抜け、細い剣を振るって応戦する一人の騎士の存在。
「――ユリウス!」
思わず、スバルの唇が彼の名を呼んだのは、生存者を見つけたことへの感激があった。
次なる誰かとの再会が、その相手の亡骸でないとは言い切れない。
そんな不安は常にあった。だから、その不安が破られたことは朗報ではあった。
数の上では不利だが、一体一体の実力はユリウスには及ばないといったところか。
とはいえ、攻撃手段が剣だけのユリウスにはいずれ限界が訪れる。
――そうして彼が焼け死ぬことがあれば、その『死者の書』が書庫に加わるはずだ。
🕳️ 落ちる
――男が、身を投げる
「他の連中はどこへやら、だ。――ま、都合がいいっちゃいいわな」
「お、おい、どうする気だ?」
「オメエ、質問ばっかだな。オレに聞いてばっかじゃなく、たまにはオメエの方で予想外の行動してみろや。オメエと話してても面白くねえよ」
「オレに言わせりゃ、オメエの方がどうしてえンだよ。身内が下で、気持ち悪ぃ魔獣に囲まれてンのに棒立ちか? 弱ぇ奴は選択肢が少ねえな。言い訳だけうまくなりやがる」
そのまま、レイドの体はゆっくりと眼下へ倒れ込み、支えのないまま宙へ投げ出される。
真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐに、レイドの体が落ちていく。
👟 踏み潰す
――そのまま、着地する
真上から、超高所からの草履の一撃を背中に受け、ケンタウロスの馬の胴体がひしゃげてへし折れる。
魔獣はその巨躯を嘘のように押し潰されて、どす黒い血をぶちまけながら五層の床の染みへと変わった。
スバルなら死んでいた高さを飛び降りて、魔獣を草履の裏で踏み潰しながらもぴんぴんしている、レイド・アストレアの暴挙であった。
「あなたは……何故、ここに」
「何故、何故、何故。聞くこと一緒かよ、オメエら。もっと他になンかあンだろ。女にモテる秘訣とか、うまい酒の銘柄とか、どうしてそンなに強いンですか、とか」
🥢 試験の続き
――箸を、向ける
その手に、何の冗談か、細い木の棒――箸が握られているのが見えて。
「女にモテる秘訣は顔。うまい酒は火酒『グランヒルテ』。――オレがどうして世界で一番強ぇのか、そいつはオレがオレだから」
次の瞬間、動きの止まっていたケンタウロスの全身に亀裂が走り、血が噴く。
魔獣は自身の肉体の崩壊に遅れて気付いて、『死』をもたらす痛みに絶叫した。
「――そら、『試験』の続きだ。オレが飽きる前に、もぎ取ってみろよ、オメエよ」
第六章51『生者たちの塔 PART2』終了。
レイド
スバル
ユリウス