リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章48

『――殺人は、癖になる』

他人の本心を知る方法が、この書庫にはある。ただし、その本が現れる条件は一つだけ。

🔒 ブラックボックス

――本心は、誰にもわからない

――どんな人間であっても、他人に見せるものとは別の顔を隠している。

笑顔の裏側に憎悪の表情が、怒りの形相の裏に悲しみの泣き顔が。

兄弟、姉妹、親子に夫婦、家族であろうと完全にはわかり合えない。

どれだけ関係を深めたところで本心はブラックボックス、決して暴くことはできない。

そうとも、それはわかっている。だが、だからといって、考えは放棄できない。

知りたい、わかりたい、聞きたい、暴きたい、それは傲慢だが切実な願いだった。

――否、存在しない、はずの手段だった。

📖 術

――ここには、その術がある

『死者の書』を読み解くことで、スバルはメィリィの人生を追体験した。

彼女がどんな思惑で動き、何を考えていて、最後に誰を憎んでいたのかを理解した。

彼女を欠片も理解できていなかったという事実を理解することで。

スバルのメィリィへの理解は、以前とは比較にならないほどに深まった。

この、『死者の書』こそが、真に嘘偽りのない、他者の本音を知る術ではないかと。

エミリアたちは味方なのか、敵なのか、スバルを殺した敵なのか、生かす味方なのか。

愛せるのか、愛せないのか。憎めるのか、憎めないのか。

――その答えが、彼女たちの『死者の書』を読むことで、理解できるのではないか。

🤏 ちっちゃい

――この子は、小さい

ベアトリス

「……スバル、やっぱり調子が悪そうなのよ。ここにいるのが落ち着かないなら、場所を変えて休んだ方がいいかしら」

ちらと見れば、少女の小さな、小さすぎる掌がスバルの肩の上にある。

この手を取り、力一杯に頭を押さえ付け、床に叩き付けたらどうなるだろう。

スバル

「ちっちゃい、な……」

ベアトリス

「む……いきなり何を言い出すのよ。このミニマムさこそが、ベティーの愛らしさの最たる所以かしら。スバルも、そう言ってたはずなのよ」

首は細く、骨も柔らかい。肩の上の手なんてスバルの掌ですっぽり覆えるぐらいに小さい。

――殺してしまえば、命がなくなれば、彼女の本も書庫に現れるのだろうか。

👧 声

――頭の中で、声がする

『わたしに、そうしたみたいにねえ』

どことなく甘く、年齢に見合わないほど艶めく、しかし妙に『馴染んだ』声色で。

極々短時間の間に、我が事のように感じられるほど身近となった声。

己の中に取り込んだ、死せる少女の声色が、ナツキ・スバルの意思を嘲弄する。

📚 元の位置

ベアトリスが、本を戻す

ベアトリス

「元の位置に戻しておくだけかしら。今はベティーまで朦朧とするわけにいかんのよ」

ベアトリス

「位置的には、わかりやすくて覚えやすいかしら。ただ、この書庫の本は勝手に移動する可能性があるから……」

スバル

「安全策とは言えない、か。……それは、うん、そうだな」

ベアトリス

「持ち出しも、かなり危ないって考えるべきなのよ」

スバル

「一期一会の図書館、って感じだな」

🧊 思考実験

――現実的に、逆算する

最初に断っておきたいのが、あくまでこれは必要に迫られた思考実験ということだ。

ただ、現実的に、合理性を突き詰めたとき、この選択が最初に頭に浮かんだだけで。

『言い訳はいいからあ、何をするつもりなのか説明してくれないかしらあ?』

はっきり言って、ベアトリスの命は薄皮一枚の『スバルの理性』が繋ぎ止めている。

合理性が理性を上回ったとき、あっさりと、命を奪い取ることに成功するだろう。

『じゃあ、半魔のお姉さんはあ?』

彼女は一度、目覚めたばかりのスバルに細い首を掴まれても、抵抗を見せなかった。

確かに、彼女にはプロレスラーもかくやという腕力があった。

――だが、それを発揮させなければ何のことはない。

『ふふふっ、それ、得意だもんねえ』

⚔️ 最大の壁

――ユリウスだけが、障害だ

ラムも、エキドナも、条件は同じだ。こうして考えてみれば、か弱い少女ばかり。

もっと適した人員がいくらでもいただろうに、人材不足も深刻だ。

スバル

「――ユリウス」

唯一、スバルと同じ男であり、剣まで手にした人物が障害として立ち塞がる。

それは言い方を変えれば、最初に倒すべきがユリウスである、ということでもある。

『本を探す時間を考えると、時間はいくらあっても足りないものねえ?』

殺すのは必要だからしなくてはならない通過点であり、本命はその先にある。

殺した、失敗した、では終われない。その先に、目的の場所があるのだから。

🐴 味方なのか

――あの地竜も、味方なのか

ベアトリス

「スバル、ひとまず本はあれで良しとするのよ。いったん、精霊の部屋にでもいくかしら」

スバル

「パトラッシュ……」

ベアトリス

「……また、あの地竜の名前を。まったく、心配し甲斐のないパートナーかしら」

命懸けでスバルを守るために奔走してくれたパトラッシュだけが、味方してくれる存在。

『本当に? お兄さんが、ホントは『ナツキ・スバル』じゃないって知っても、あの子はおんなじことをしてくれるのかしらあ?』

『結局、お兄さんの味方なんて、だあれもいないんじゃないのお?』

馬鹿馬鹿しい指摘だと、そう笑い飛ばせてしまえばよかった。

だが、実際のところ、スバルにそんな余裕はない。心は、少女の言葉に半ば賛同していた。

🩹 気付かれる

――手首の傷に、気付かれる

ベアトリス

「ほら、スバル、手を貸すかしら」

言いなりになって手を差し出し、手を繋ごうとしたベアトリスが、何かに気付いた顔をする。

ベアトリス

「引っ掻き傷があるのよ。それも、こんなに……」

状況的に、ベアトリスはメィリィの死に方を知らない。

だが、これがいったい何をしてついた傷なのかは不安に思うはず。

準備不足の心臓が、早鐘のように鳴り始める。

眼前、ベアトリスはスバルの手元に目を落としていて、こちらの表情には気付いていない。

今ならば、とっさの行動でベアトリスを制することができる。

『どうするのお? もお、始めちゃうのかしらあ?』

😔 悪い癖

――また、自分を引っ掻いたのだと言われる

ベアトリス

「――また、自分の腕を引っ掻いたみたいなのよ。悪い、癖かしら」

スバル

「……ぁ?」

ベアトリス

「この位置は、良くないのよ。エミリアに見つかったら、なんて心配されるかわかったものじゃないかしら。ベティーも、あまり酷いようだと目こぼしできないのよ」

ベアトリスは、まるでスバルの腕の引っ掻き傷を見慣れているような態度だ。

自傷で、腕に傷がついていることに、戸惑いがない。

エミリアには隠していると言われても、それは衝撃だった。

✨ 治癒

――温もりが、敵意を溶かす

ベアトリス

「精霊のいる、あの部屋にいけばこの傷も治療されるかしら。それでも、見てられないから、ちょっとだけでも治しておくのよ」

じんわりとした感覚がもたらしてくれるのは、傷が癒されていく疼きだろう。

同時に、スバルの内側で、ベアトリスに対する敵意が急速に霧散していく。

この温もりと一緒に、手首の傷と一緒に。

ひび割れつつあったナツキ・スバルの人間性が、確かな修繕を受けたかのように。

『つまんないのお』

⏳ 準備が整うまで

――今は、まだ

確かに、選択肢ではある。だが、選択肢にはあるだけだ。

何も率先して、『死者の書』を望む方向へと、自らを誘導する必要はない。

この場では、ベアトリスに危害を加えることは得策ではない。

まだ、準備が整っていない。仮に最悪の手段を行使するとしても、万全の準備が整ってから。

ベアトリス

「さあ、いくかしら、スバル。みんなには、ベティーがあとで言っておくのよ」

スバル

「――わかった。面倒かけて悪い、ベアトリス」

ベアトリス

「それは言わない約束かしら」

🔁 癖になる

――『殺人は、癖になる』

一つ、これは余談だが、こんな言葉がある。

――『殺人は、癖になる』。

それは、かの有名な名探偵が世に残した言葉の一つだ。

――『殺人は、癖になる』。

殺人の嗜好に目覚め、欲求を満たすために犯行を繰り返す、といった意味ではない。

――『殺人は、癖になる』。

一度、殺人によって問題の解決を図ったものは、次なる問題が発生した場合。

やはり同じように殺人によって状況を打破しようと考える、という意味だ。

――『殺人は、癖になる』。

する必要のない殺人を、選択肢の一つとして考えている時点で。

すでに何か、一番最初の大切なものを掛け違えている。

――『殺人は、癖になる』。

自らの意思で犯した殺人は一つもなかったとしても、その行いを嫌悪していたとしても。

その行いに害された当事者の記憶を垣間見ていても、癖は抜けない。

――『殺人は、癖になる』。

癖は、抜けない。

――『殺人は、癖になる』。

第六章48『――殺人は、癖になる』終了。