第六章47
『わたしは許さない』
読んだ記憶が、自分の中に棘として刺さったまま抜けない。腕の中には、まだ本がある。
🌀 溶け合う
――自分と、他人が混ざる
暗い、暗い、暗い、暗い、暗い、暗い、暗い場所。
頭の奥の、奥の、奥の、奥の、奥の、奥の、奥の、奥。
――自分、俺、ナツキ・スバル。自分、俺、ナツキ・スバル。
――誰、わたし、メィリィ・ポートルート。誰、わたし、メィリィ・ポートルート。
肺が痙攣し、呼吸が苦しくなる感覚に喉に触れれば、蘇るのは強い圧迫感。
その後に襲いかかった、じわじわとした窒息の恐怖。
一人称、二人称、記憶、思い出、印象、感情、その他諸々を選別し、腑分けする。
そうしなければ、このまま、溶け合い、混ざり合い、剥がせなくなる。
🔍 心を鬼に
🧣エキドナが、待ってくれない
🧣 エキドナ
「――ナツキくん、君はいったい何を見た? それを話せるかい?」
🧣 エキドナ
「君が厳しい状況に置かれていることは察する。だが、現状はボクたちにとっても由々しき事態だ。できるなら早急に情報が欲しい。対処を、誤らないためにも」
「待って、エキドナ。今、スバルは大変な思いをしたばっかりで……」
🧣 エキドナ
「無論、それは承知しているよ。その無茶が、この場の全員のためであったことも理解しているさ。だからこそ、彼の判断に迅速に応える義務がボクたちにはあるはずだ」
その覚悟に、スバルもまた強く奥歯を噛みしめ、己の首に手で触れた。
「――メィリィの、記憶、だった」
🤍 せいじゃない
ベアトリスが、頭を抱く
『死者の書』が、メィリィの記録をスバルに見せた。
それが意味するところを、理解できないものはこの場に一人もいない。
「落ち着くのよ、スバル。落ち着いて、自分を取り戻すことに集中するかしら」
「……わ、るい」
「いいのよ。こんなときぐらい、ベティーに全力で寄りかかるかしら。……これは、スバルだけのせいじゃないのよ。思い詰めたらダメかしら」
スバルのせいではないと、ベアトリスは慈悲深くそう言ってくれた。
だが、これは誰のせいでもなく、『ナツキ・スバル』の犯した罪だ。
それを知らず、優しく語りかけるベアトリスが、あまりにも滑稽で、悲しく思えた。
🚫 資格がない
ラムが、
ユリウスを止める
「――私なら」
「二度目だから余裕がある、とでも? 二度目というなら、同じ条件のバルスがあの様よ」
「生憎、ラムは今のユリウスの精神が、バルスより安定しているだとか、マシだなんて評価していないわ」
「……辛辣だが、ラム女史の言葉に反論する根拠が私にはない。昨日、身勝手な独断専行をした体たらくでは、その資格がないだろう」
🧣 エキドナ
「単純に、多くの本を読めば読むほど負荷が増していく仕組みなのか……あるいは、自分と近しい人間の記録を見ると心が歪むのか、可能性は二分されると思う」
おそらく、エキドナの推測は正しい。
より近しい間柄の関係者――その、生々しい『命』の記録がもたらすモノは大きい。
スバルは『わたし』の奥底で、計り知れない虚無と向き合うことになった。
🔦 探しましょう
エミリアが、探そうと言う
「――とにかく、じっとなんかしてられないわ。メィリィを、探しましょう」
「探す……?」
――探す、探すとは、何なのだ。それに、何の意味があるのか。
――メィリィは、彼女は、『わたし』は、もう死んでしまったのに。
――死んでしまう前は、気にもかけてくれなかったくせに。
「見つけても、もう遅いのかもしれない。私たちは、あの子と一緒にいてあげるべきだったのに、それができなかったのかもしれない。でも、見つけてあげなくちゃ」
「誰も、あの子がどこにいたのか知らないでしょう? まず、見つけてあげて……それから、してあげられることを探すの。探しましょう」
しかし、エミリアのその提案に、この場の誰も反対しなかった。
🤥 見てない
――嘘を、選ぶ
「スバル、酷なようだが確かめたい。君が、『死者の書』で見たのは、メィリィ嬢の最期の瞬間も含めて、だろうか?」
メィリィの最期を見たのかと、その問いかけの答えはYESだ。
それを体感したナツキ・スバルは、あろうことか彼女の亡骸の隠蔽に加担した。
――本当は全員、メィリィの死にスバルが関わっていると知っているのではないか。
だが、そんな考えが浮かぶたびに、向けられる視線の色がそれを否定するのだ。
「――死ぬところまでは、見てない。塔の中なのは、間違いないはず、だけど」
内心に芽生えつつある危うい感情。
それは、罪を告解させようとしている、メィリィ・ポートルートの残した甘い呪いだ。
メィリィの亡骸を、エミリアたちに見つけてもらいたい。
見つけて、悔やんで、悲痛に歪んだ表情を見て、心にわだかまった感情の溜飲を下げたい。
📕 どーでもいい
シャウラは、本で遊ぶ
「状況的に、メィリィ嬢に何かあったとすれば事故の可能性が高い。階段やバルコニーで足を滑らせたり、塔の外へ出てしまった可能性は……」
「――それはないッスよ」
「もし、チビッ子2号が塔の外に出てたんなら、あーしがキリングマシーンになってたはずッスもん。それがないってことは、誰も外に出ちゃいねーってことッスよ」
「シャウラ女史、その本で遊ぶのはやめてもらいたい。あなたには……」
「悲しむ心がないのか、的なことッスか? 確かにチビッ子2号はあーしにべたべたしてたッス。あーしも、別に2号のこと嫌いじゃなかったッスけど……究極、あーしはお師様以外のことはどーでもッスから」
そこに強がりだったり、偽悪的に振る舞った素振りは見受けられない。
それがシャウラの疑いなき本音なのだと、少なくともスバルにはそう信じられた。
🚪 手分け
――手分けして、散っていく
「――手分けして、メィリィを探しましょう。スバルは、ベアトリスとここにいて」
「ベアトリス、スバルをお願いね。レイドのところは、私が見てくるから」
「適任なのよ。――エミリアも、お前たちも、気を付けるかしら」
「ラムは……先に、レムの無事を確かめにいくわ」
その遠ざかっていく背中を、スバルはかける言葉もなく見送り――。
『わたし』を、見つけて、もらいたいと――。
🌟 お師様に聞きたい
シャウラは、指示を仰ぐ
「――それで、お前は一緒にいこうとは思わないらしいのよ」
「あーしの役目って、あくまで星番ッスよ? そりゃ、その冠を取ったら、あーしは身も心もお師様のもんッスから、お師様のお願いなら全力で聞くッスけど」
「なら、お前もメィリィを探しにいくべきかしら」
「――ホントに、そうッスか?」
色の気配の強い見た目に反して幼く思えたシャウラが、初めて見せる表情があった。
「お師様が望むんなら、あーしは月を撃ち落とすことだってしてみせるッス。だから、半魔とかチビッ子1号、イキャメンの頼みじゃなく、お師様に聞きたいッス」
「お師様、あーしはどうしたらいいッスか? チビッ子2号、探しにいくッスか? それとも……」
🎭 三つの願い
――三つが、一つの体に同居している
『わたし』の命を、『ナツキ・スバル』は二重の意味で、味わい尽くしたのだ。
――スバルは、メィリィの『死』に関わったことを隠したい。
――スバルは、自分が隠したメィリィの死体を見つけてほしい。
――スバルは、『わたし』を殺した『ナツキ・スバル』を憎悪している。
故に、スバルの中に矛盾した願いが生まれ、それを叶えるために行動させる。
「――シャウラ、メィリィを探してこい。エミリアたちを、手伝ってくれ」
「リョーカイッス。お師様のお望みなら、あーしは何でもえーんやこらーッス」
🖤 邪悪
――邪悪なのは、一人だけ
「おかしな、もんだな……」
前回、前々回、さらにその前と、誰かがスバルを死に追いやったことは事実だ。
だがそれすらも、内に潜む『ナツキ・スバル』が企てた罠だったのではないか。
エミリアたちも、メィリィも、誰一人、本当の悪人なんていなくて。
邪悪なのはナツキ・スバルただ一人だけなのではないか。
❓ なんで優しい
――なぜ、そんなに優しいんだ
「スバル、あまり思い詰めたらダメなのよ。その本も、手放した方がいいかしら」
この、ベアトリスが向けてくれる感情。
それは本来、『ナツキ・スバル』にこそ向けられたものだ。
「……なんで、お前は、そんなに優しいんだ?」
「――。また、ずいぶんといきなりな質問なのよ。どうしたっていうのかしら」
「いや……」
💢 なぜ、あんな男が
――なぜ、あの男が好かれる
ナツキ・スバルだけが持ち得ない、眺めるだけしかできない、宝石。
何故、あんな男が。何故、あんな残酷な人間が。
何故、ああも醜悪に嗤う男が。何故、エルザの死に関わった男が。
何故、メィリィを嗤って殺せる男が。何故、『わたし』の死を隠そうとした男が。
何故、あんな男が、男が、男が、好かれる。彼女たちに、好かれるのだ。
知りたい。知らない。自分だけが、スバルだけが、『わたし』だけが、理由を知らない。
😈 教えてあげちゃおっか
――答えを知る方法が、腕の中にある
本音を、本心を、彼女たちが、どうして、『ナツキ・スバル』を信じるのか。
それを知る、方法――『わたし』が、教えてあげちゃおっか?
脳裏に響く声が、残酷にナツキ・スバルを誘惑する。
そして、自分の頭蓋を支配した難問の、その答えが身近にあると、気付いた。
今も、自分の腕の中に、答えを知る術ならあるではないか。
「スバル?」
――黒い、分厚い本が、知りたがりの好奇心を、惨たらしく歓迎しているように見えた。
第六章47『わたしは許さない』終了。
スバル