第六章43
『生者たちの塔』
今度は、記憶喪失を隠して振る舞う。『ナツキ・スバル』を演じながら、犯人を探す。
🐴 特別枠
パトラッシュだけは、特別だ
「別に、怒ってるわけじゃないのよ。ただ、釈然としないだけかしら。スバルを心配してたのはベティーやエミリアも同じで、その地竜だけ特別ってわけじゃないのよ」
「心配かけて悪かった。なんか、寝惚けて女の子に抱き着くってのも俺のキャラじゃないし、これも照れ隠しってことで」
「でも、パトラッシュも女の子よ?」
「うぇ!? いや、ほら、パトラッシュは特別枠っていうか、シード枠で無条件二回戦進出っていうか」
「む、それは聞き捨てならないかしら。釈明を求めるかしら」
「……ホントに、お前だけは特別枠だよな、パトラッシュ」
🎭 隠す
――今回は、打ち明けない
今回、スバルは意図的に、前回までとは違った行動を取ることを心掛けている。
すなわち――自分が記憶喪失であることを、エミリアたちに打ち明けていない。
それは言い換えれば、他人に成り済ますに等しい状況だ。
――どこまでいっても、『ナツキ・スバル』はナツキ・スバルでしかない。
一年、異世界で過ごしたところで、その人間性の根幹は変わったりはしない。
そして、『ナツキ・スバル』をトレースしながら、何が起きるか逆に見極めてやる。
この塔で何が起きて、誰がスバルを殺し、誰が誰に殺されるのかを。
🎬 目撃者
記憶が戻られたら、困る相手
スバルは『記憶喪失』を伏せることで、『死』のトリガーの可能性を検証する。
相手はスバルが記憶喪失だから殺すのか、それともそれが関係ないのか、だ。
「犯人が、俺の記憶が戻られたら困る奴だった場合とか」
殺人現場を目撃した目撃者が、何らかのショックで記憶をなくしてしまう。
現場を見られた犯人は記憶が戻られては困る。だから、目撃者を殺そうとする。
💪 力比べ
エミリアと、力比べをする
「いや、ちょっとした実験……エミリア、力比べしないか?」
「え、危ないからやめた方がいいと思うけど……」
エミリアの細腕にスバルを担ぐ力がないなら、先の推論はかなり強固に保証される。
「頼む、必要なことなんだ」
「……スバルがこんなに真剣なんだから、きっと大事なことなのよね」
「レディ、ゴーなのよ!」
(ノ`Д゚)ノ
「うおおおおお――っ!!」
――エミリアの腕は、びくともしなかった。
🤢 重なる
ラムの背中が、死相と重なる
「それで、あの悪ふざけはいったい何だったの?」
「あれは、スバルにお願いされたの。よくわからないけど、きっとすごーく大事な意味があったのよ」
「そうですか。ラムには理由をつけて、エミリア様の手を握りたかっただけのようにしか見えませんでしたが」
「それは穿った見方すぎるだろ! 何なら、次はお前が俺と力比べするか!?」
「いやらしい」
その原因は、こちらに背を向けてせっせと作業しているラムだ。
彼女の後ろ姿が、瞼に焼き付いた、あの死に様と瞬きするたびに重なる。
憤怒と無念が塗り固められた死相は、可憐な表情を呪いで引き歪めていた。
その死相の主が、こうして目の前で動き、確かな命を宿している。
👀 表情を見る
一人ずつ、顔を見る
ここから、広間には続々と塔内の関係者たちが集まってくる。
その、一人一人の表情を見落としてはならない。
「お師様! おはようッス! 昨日はよく寝れたッスか~?」
「……お前、今朝の俺を見て、なんかないか?」
「ショージキ、お師様見て何がどうってことはないッス! いつも通り、昔の通り、あーし的には最高に色男ッス! プロポーズ四百年待ちッス!」
「ふわあ……おはよう。今朝も眠たいわねえ……」
「落ち着いて考えると、わたしがお姉さんたちに合わせて寝起きしてあげる理由ってない気がするのよねえ」
「さすがに、死んでた子どもまで疑うのは考えすぎ、か……?」
😶 顔が強張る
ユリウスだけが、目を逸らす
エキドナの後ろに続いたユリウスが、部屋の奥に佇むスバルを見て、頬を硬くした。
それから、彼はふいと視線を逸らし、スバルを意識の外へ追いやった。
「――お前か」
その反応は、スバルが求めていたそれにかなり近い。
他の人間が誰一人、そうした反応を見せなかった以上、最も可能性が高いのは彼だ。
「……シャウラ、ちょっと頼みがある」
そこには、絶えることのない怒りの炎と、煮詰めたような憎悪の名残りがあった。
🗣️ 昨日の夜
――昨日の夜のことで、話がしたい
「――ユリウス、ちょっとお前に話がある」
「何かな? エミリア様の提案で、昼までは休息とするはずだが?」
「昨日の夜のことで、話がしたい」
その一言の効果は劇的だった。
ユリウスの黄色い瞳を、複雑で膨大な感情が過っていく。
「きな。場所を変えようぜ」
「――わかった」
🤝 密通
――君と、エキドナとの密通
「あの話はあの場で終わったものと、少なくとも私は考えているが、君は違うのかな?」
「――。ああ、違うね。全然全く、俺は納得しちゃいねぇよ」
「納得、か。なるほど、君らしい言い分だ。つまり、こちらの心情は後回しにして、自分の方の問題を解決したいと?」
「両方とも腹にイライラしたもんを抱えてるってのに、そんなことはありませんって平気な顔でいろってか? できるかよ」
「――ならば、いったい他にどんな選択肢がある」
「私の想いは昨夜も告げた通りだ。そして、それ以上を伝えるつもりもない。君と、アナスタシア様……エキドナとの密通に、私はまるで気付かなかったのだから」
「俺と、エキドナの密通……?」
思わぬ事実が飛び出してきて、今度はスバルが虚を衝かれる。
💔 惨めに
――これ以上、惨めにしないでほしい
「君に悪意がなかったことはわかっている。彼女は信頼できる……いや、彼女を信じる以外に術はない」
「アナスタシア様をお救いするには、その可能性を求める以外にないんだ。……取り戻せたところで、あの方が私を覚えていなかったとしても」
「あらかじめこれだけは伝えておこう」
「……なんだよ」
「後生だ。……これ以上、君の前で私を惨めにしないでほしい」
ただ、ひどく胸の奥がざわつく感覚だけがあり、スバルは押し黙ってしまう。
「昨夜の話と言われ、少し怯えたよ。――君が、謝罪を口にしたらどうするべきかと」
「俺が、謝ったら……」
「そのときは、私は君になんと答えたのだろうね。それも、もうわからないことだが」
自分が、猛烈に嫌な人間になったような気がした。
🫂 抱きしめる
――都合のいい女、と言われて
「――お師様、あれでよかったんスか?」
「あの調子だと、たぶん、ユリウスは書庫とは関係ないっぽいな。……ただ、自分に対する不信感がまたちょっと募ったけど」
ユリウスを呼び出すにあたり、スバルはシャウラを助っ人として隣室に控えさせた。
最初に死体を見つけた彼女は、容疑者の中でも一番、危険性が低いと見立てている。
「うえー、ご褒美もなあなあにされたッス。でも、あーしはそれでも挫けないッス。お師様にとって都合のいい女、それがあーしの存在意義ッス」
「……そこまでする価値が、ナツキ・スバルのどこにあるんだよ」
「――っ! ああ、クソ!」
棒立ちの彼女へ歩み寄ると、両手を広げて思い切りに細い体を抱きしめる。
「都合のいい女とか、そういうことは考えなくていい。俺が悪かった」
一方的に利用だけしようとして、スバルは『ナツキ・スバル』と同じになるところだ。
「お師、様……」
「お前がいてくれて助かった。……そんだけだ」
❓ 最も未知
――最も未知なのは、『ナツキ・スバル』
「ユリウスが、書庫で俺の記憶を奪った相手って案は的外れか……」
エキドナとの密通、それが『ナツキ・スバル』のどんな思惑によるものかは定かでない。
少なくとも、今のスバルが昨夜の自分に不信感を抱くには十分な理由だ。
「お前、いったい何してて、誰に狙われてんだよ、『ナツキ・スバル』……」
対話できない間柄なのも含め、スバルにとって最も未知の存在は『ナツキ・スバル』だ。
――本当に、『ナツキ・スバル』は彼女らの仲間だったのだろうか。
🦂 用事がある
メィリィが、話しかけてくる
「いっそ、パトラッシュとか地竜だけがいる楽園で暮らせた方が幸せなんじゃ……」
「――あ、聞いちゃったあ」
「うえ!?」
「別にそれがお兄さんの本心でも笑ったりしないわよお。わたしだって、悪い動物ちゃんたちとだけ暮らしていける場所があったら、そこで暮らしたって構わないと思ってるものお」
「悪いけど、話し相手が欲しいなら別を探してくれ。向こうの方にシャウラがいるぞ」
「半裸のお姉さんと話すのもいいんだけどお、今はお兄さんに用事があるのよお」
「俺に用事ってのはなんだ? 手短に済む話か?」
「ええ、別に長くは取らせないわあ」
🌙 昨日の夜
――昨日の夜の話だけど
聞く姿勢になるスバルに、メィリィは自分の唇に指を当て、その指先を舌で舐める。
子どもらしい見た目に合わない、どこか艶めいた仕草。
「――昨日の夜の話だけど、わたしはどのぐらい真剣に受け止めたらいいのかしらあ?」
そう、艶然とした微笑のままに、少女はスバルに言ったのだった。
🕳️ 記憶が飛ぶ
――意識が、途切れている
「――ん、あ?」
息苦しさ、いがらっぽさのようなものが喉にあって、咳き込む。
「あれ、俺は……」
――何をしていたのだったか。
確か、直前までユリウスと話していて、それからシャウラとの茶番があり。
パトラッシュのところへ向かおうとして、途中でメィリィと――。
🩸 引っかき傷
両手首に、傷がある
「いてっ……」
右手と左手の両方、手首の上あたりに引っかき傷のようなものが刻まれている。
「づっ、なんだこれ……!」
引っ掻き傷の表現は当たらずとも遠からずで、鋭利な刃物の傷では決してない。
深々と爪を立て、肉を抉るような勢いで、力を込めた傷。
💀 動かない
――足が、投げ出されている
床に、白い足が投げ出されている。
足は動かず、だらりと力が抜けた状態だ。
視線を、その足先からゆっくりと上へ向けていくと、すぐにスカートがあり。
「――は?」
それから、そこに、ぴくりとも動かなくなった少女が、倒れていた。
――メィリィが息絶えた状態で、スバルの眼前に倒れていた。
第六章43『生者たちの塔』終了。
ベアトリス
スバル
シャウラ