リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章41

『安らぎの臭い』

砂の下の暗闇を這い進む。臭いに導かれた先に、一枚の扉が立っている。

🌑 真っ暗

――暗闇の中で、意識が戻る

――意識が戻って、最初に感じたのは息苦しさと圧迫感だった。

スバル

「ミミズと……白い、光……」

地面が陥没し、巨大なミミズの亡骸と一緒に地下へ呑み込まれたことは思い出せた。

挙句、そのまま窒息死かと思われたが、そうはならなかった。

スバル

「ここは……砂漠の地下、か?」

光源のない空間らしく、ほとんど手元も見えない暗闇の状況だ。

――本当に、自分が生者の世界に居残れているのか、それすら危うく思える。

🍞 食い散らかされている

食料が、荒らされている

水を求めた指は空振りし、何度か探ってようやく革袋を見つけた。

スバル

「中身が空なのに、二度ビックリ……か」

水と同じように、食料の方にも期待は叶い、そして裏切られた。

――砂山の周辺に、まるで食い散らかすように食料が散らばって落ちているのだ。

何かが食い散らかし、放置しているのがわかる。

ミミズに対して抱いた、捕食されることへの恐怖が込み上げる。

元々、この場所はあの巨大なミミズが這い出してきた、化け物の通り道だ。

共生関係にある化け物が生息していたとしても、何の不思議もない。

🐾 這う

四つん這いで、逃げる

壁どころか、地面を頼るように四つん這いになる。

地面があることを、道があることを、自分の存在を確かめるようにして這い蹲る。

スバル

「痛ぇ……クソ、痛ぇ……」

白い針が掠めた右の耳が、まだ再生途中だった右手の爪が、痛みを訴える。

今はとにかく、得体の知れない恐怖から遠ざかるために、逃げ続けるしかなかった。

👃 臭い

――臭いが、鼻に届く

――這い蹲っての逃走が始まって、小一時間ほど経ってからのことだ。

――それは、唐突に鼻腔に滑り込む、奇妙に惹き付けられる臭いだった。

奇妙なそれを、かぐわしいであるとは決して呼べない。

しかし、暗闇に視界を封じられた世界では、その突然の臭気は新鮮に感じられた。

それ故にスバルは、壁に頼って歩く幼子のように、それに惹かれて這いずり始めた。

鼻を鳴らし、犬のような姿勢で、臭いに導かれながら空洞の奥へと。

🖤 心地よい

――孤独が、愛おしくなる

――怖い、恐ろしい、何とかしなければ。

そんな、人として当然の感情を抱いていたのは最初の間だけだ。

今や、スバルはこの静寂と暗闇が、誰もいない『孤独』な空間が愛おしかった。

ここでなら、傷付けられずに済む。

ここでなら、脱出しようと足掻き続けるだけでいい。

ここでなら、何も考えなくても、自分にはするべきことがある。

生温い泥濘に身を委ねるような停滞感が、切迫した心を抱擁する。

そのまま、それに溶けて消えてしまえたら、それはそれで、構わないのではないか。

🧱 行き止まり

――道が、途切れる

スバル

「ここにきて、行き止まり……?」

スバル

「何のためにここまで……いや、待てよ」

スバルは、間違いなく、漂ってくる臭いを頼りにこの場所へやってきた。

風が流れる余地があるなら、こうして砂の奥で行き止まりになるはずがない。

左右と正面、下は見落とすはずがない。ならば、見落としかねないのはどこか。

――星に見捨てられ、仰ぐことを恐れた上ではないのか。

スバル

「――あった」

🧗 登る

背中と足を突っ張って、登る

穴に体を入れて、壁に背中を押し付ける。

壁も砂でできているため、角度を誤ればすぐに崩れて目論見は破綻する。

幸い、穴の壁には所々に窪みがあり、孤独な登壁者を適度にサポートしてくれる。

スバルの知らない時間で鍛えられた体は、不自然な状態での活動に耐えるよう訓練されていたらしい。

新しい車に乗り慣れるように、エンジンを積み換えた体にも徐々に適応する。

🚪 扉

――一枚の扉が、立っている

スバル

「――出口」

思ったほどの感慨はない。

ただ、思っただけだ。――壁を登り切ったことなど、これを前にすれば些事だと。

スバル

「――扉」

――そこに、奇妙な扉が一枚だけ、何にも頼らずに佇んでいたのだ。

🫀 俺のための扉

――これは、自分のための扉だ

スバル

「見える」

壁や床と一体化することなく、ただ漫然と立ち尽くす一枚の扉。

これに何の意味があるのか、一目でわかるものがいるだろうか。

スバル

「――俺以外に」

奇妙な確信があった。この扉は、自分のものであるという確信が。

地下に流れ込んだ風、その風が運び込んだ臭い、それを辿って辿り着いた自分。

全てが、この場所へとナツキ・スバルを招き寄せていた。

まるで、愛おしい恋人に触れるように、スバルは弾む心地で扉に歩み寄る。

💎 七つの宝玉

光ったのは、四つだけ

両開きの扉の中央、開け放つための取っ手があり、その部分に奇妙な紋様が見えた。

――見えるのは、七つの宝玉。

スバル

「――ぁ」

その宝玉を目にしながら、スバルは扉に手を触れた。

途端、扉の宝玉が眩く光り始める。――その数、四つ。

七つある宝玉の内の、四つが眩く輝いて、ナツキ・スバルの来訪を歓迎し――。

――鍵持たぬものの訪問を、扉の主は認めなかった。

😶 戻っている

――瞬きの直後、塔の中にいる

スバル

「は」

見える。当然だ。ここには光がある、色がある。自分の足場も見える。

石造りの床の上に立っている。――石造りの、床の上に。

ここは、塔の中――プレアデス監視塔の、第五層。

ある種の、強い決意を以て飛び出したはずの、あの場所へと舞い戻っている。

スバル

「ば」

かな、とは続かない。言葉が、どうしても出てこない。

裸足の素足、脱いだ靴が爪先に当たって転がり、スバルは奥歯を強く噛んだ。

🌋 憎悪

――なぜ、俺が逃げなければならない

スバル

「なんで、俺が逃げなきゃならない」

煮詰めたマグマのような灼熱の憎悪が、いつしかスバルの中に熱く渦巻いている。

孤独の時間の終わりと、安寧の暗闇の終わりと、縋り付く臭いの終わり。

あの場所にあった全てを、強制的に取り上げられたことへの謂われなき憎悪だ。

誰かが、スバルを殺そうと画策し、一度ならず二度、命を奪った。

そのことを平静とした仮面の裏に隠す場所に、どうしていられる。

🔪 叩き潰せばいい

――当たりを引くまで

――容疑者は、塔の中にしかいない。

その中の犯人当てをするのか。それができないから逃げ出したのか。

馬鹿め、馬鹿め、馬鹿め、何もわかっていない。

――容疑者のいずれかが当たりなら、当たりを引くまで叩き潰せばいい。

幸い、奴らは全員、スバルに対して油断している。

その犯人も、まさか自分がスバルに疑われていることなど知る由もない。

一度死んだ自分は、誰かが自分を殺そうとしていることを知っている。

その凶行が再び行われる前に、殺そうとしている相手を殺してしまえばいいのだ。

スバル

「ひは」

💀 頭がない

六層で、地竜が死んでいる

最下層へ辿り着いて、目的の馬車を見つけたスバルは、しかしそこで足を止めた。

馬車のすぐ傍ら――そこに崩れ落ち、すでに事切れている巨大なトカゲだ。

その頭部は消し飛び、首から上をなくした体が床に横倒しになっている。

流れ出した血はすでに渇いていて、惨劇から相応の時間が経過しているのがわかった。

スバル

「――針」

あの白い針の攻撃と、ここに転がるトカゲの亡骸とは印象が一致する。

となれば、あの攻撃は塔の中の誰か――容疑者、いずれかの攻撃だった可能性が高い。

スバル

「――正体を、隠すつもりをなくしたってことか」

🔪 ナイフ

――目に物を、見せてやる

寝床として扱われているらしき馬車を荒らし、大振りのナイフを見つけた。

扱いとしてはおそらく、サバイバルナイフのそれに近いものだろうか。

しかし、この状況では立派に、スバルの目的を叶えてくれるだろう凶器。

スバル

「誰が、敵だか知らないが……」

――目に物を、見せてやる。

頬を歪めた笑みを作り、憎悪がその身を後押しする。

救われるためならば、逃れるためならば、凶行すらも正当化されると信じて、進む。

――その頬を、薄れ得ぬ恐怖の涙が伝っていることに気付かぬままに。

第六章41『安らぎの臭い』終了。