第六章40
『星空に見捨てられて』
三度目の朝。二度死んだと理解したスバルは、塔から逃げ出すことを選ぶ。
3️⃣ 三度目
――三度、同じ顔を落胆させた
何もかも、散々だった。文字通り、散る散ると書いて、散々だ。
見つかり、連れ戻され、何があったか問い質され。
「それじゃ、スバルは本当に、何にも覚えてないの?」
🧣 エキドナ
「姿が見えなくなったと聞いて困り果てていたが……まさか、こんな事態になっているとは思わなかった」
「いったい、どれだけ無様な姿を晒せば気が済むの、バルス」
「お師様、お師様。なんか、雰囲気がずんと暗くなったッスね~。それに……あれ、なんだろ。小便臭いッスね!」
どの反応も、大きく分ければ、すでに見過ごした反応だ。
一度目、二度目――これが、三度目。自分は三度、彼女たちを落胆させた。
💀 二度死んだ
――自分は、二度死んだのだ
「へ」
笑えてくる。同じ時間を、三度繰り返している事実が。
――自分は、二度死んだのだ。
一度目は途中で意識を失い、死の瞬間を味わうことがなかったから、自覚が抜けた。
だが、二度目はそうはならなかった。全身を破壊されて、やっと死んだ。
やっと死んだのに、舞い戻った。
死んで、舞い戻る。――『死に戻り』だ。
それが、この異世界で、ナツキ・スバルに与えられた、神様からの祝福。
🛏️ 部屋から出す
ラムが、妹を連れ出す
「とにかく、落ち着くまでスバルには休んでてもらいましょう」
「今のバルスを、レムと一緒に置かせておくのはゾッとしないわ。ラムは反対よ」
「……しかし、スバルの体調の回復に一番可能性があるのは、あの部屋の精霊に頼ることが望ましいはず」
「だったら……だったら、レムをあの部屋から出すまでよ。あの子の世話は、ラムがつきっきりで見る。もう、あの子を心配しているのは、ラムしかいないんだから」
「……レムが、可哀想だわ」
その言葉の真意がわからない。わかりたいとも、思えない。
🫥 他人
――伸ばされた手から、身を引く
「スバル、ここで大人しくしているのよ。きっと、ベティーが記憶の戻る方法を探してきてあげるかしら」
「一人きりで、蹲ってなんかさせないのよ」
声には悲痛な色と、しかし気高い決意があった。
「……ぁ」
伸ばした指を、スバルは肩を縮めることで避けようとした。
その身じろぎを見て、特徴的な紋様のある少女の瞳が痛ましく揺れる。
他人だった。彼女たちはどこまでいっても、他人なのだ。
――否。彼女たちにとって、ここにいるスバルが他人なのだ。
親しみも、気遣いも、本来の『ナツキ・スバル』へ向けられたものだ。
この残骸に向けられたものでは、ない。
😠 謂れがない
――殺される謂れも、ない
「殺される謂れだって、俺にはねぇよ……」
身に覚えのない親愛と信頼を向けられることは、まだマシだ。
だが、『ナツキ・スバル』が積み上げた、殺意の尻拭いを何故しなければならない。
良いことも、悪いことも、一緒くたにして全てが自分のものではないのだ。
「俺は、御免だ……」
🎒 三日分
水と食料を、持ち出す
そうするスバルの背中に、唯一の同席者であった黒いトカゲの鳴き声がかかる。
それは、どこかか細く、寂寥感を滲ませたものに聞こえたが、すぐに首を横に振る。
「餌は誰かが運んでくれるだろ。大人しくしててくれ」
いったい、誰がスバルを突き落とし、その命を奪ったのかがわからない。
だが、あの場所で、誰かがスバルの背中を押したことははっきり覚えている。
容疑者は七人――その中の、何人が敵なのか、味方なのか、わからない。
――本当は全員が、スバルを殺すために塔に集まった刺客なのではないか?
😔 半端野郎
――疑い切れない
食料を持てるだけ持ち出しても、心が咎めることはない。
しかし、その判断は同時に、変わらず声をかけてくれたエミリアを。
記憶を戻す手立てを探すと言ってくれたベアトリスを。
記憶をなくしたことを信じ切れずに叫んだラムを――演技だったと疑うことになる。
無理だった。
「クソ、クソ、半端野郎……!」
どっちつかずの自分の醜態を罵り、スバルはこっそりと食料を袋に詰める。
それを、おおよその見立てで三日分、一人で食べる分だけ持ち出すことにした。
🪜 下る
階段を、下りていく
「俺が、二回死んだ時間は越えたかな……」
『死に戻り』の効果がさっそく発揮された。
こうやって、身に降りかかる死亡フラグを次々と乗り越え、綱渡りを続けていけと。
そんなのは、嫌だ。そんな目に遭わされるぐらいなら、こんな場所にいない方がマシだ。
「知るかよ!!」
優しくされたかもしれないが、偽りかもしれないのだ。
心配してくれたかもしれないが、その裏では殺意の刃を研いでいるかもしれない。
「その、伝えた相手が敵だったらどうすんだよ」
🚪 でかい扉
五層の、巨大な扉
「でかい、扉……」
見上げるほどに強大な扉が、恐ろしい圧迫感と共にそこに聳え立っている。
微かに、砂っぽい風が吹くのを感じる。扉が外と通じていることの確かな証拠だ。
「確実に殺される場所にいるより、能動的に助かる賭けをしてやる」
正常な判断ではないと言われればそうなのかもしれない。
だが、この状況下で『自分』さえ信じられなくなれば、待ち受けるのは暗闇だけだ。
扉の大きさはスバルの十倍ではきかない。
それが、スバルの掌で押されると、まるで機械仕掛けのように容易く押し開かれる。
🏜️ 砂の海
――外は、本当に砂漠だった
そっとスバルは隙間から外を覗き込んだ。
うっすらと夜の気配に呑まれつつある、広大な砂の海だった。
「……本当に、砂漠、なんだな」
遮蔽物も何もない環境で、地平線の果てが見えない状態なのだ。
だが、どれだけ距離があったとしても、永遠に詰まらない距離ではないはずだ。
一歩進めば、外の世界に一歩近付く。
外の世界に近付けば――元の世界に一歩、近付くのではないか。
一瞬、スバルの足が塔の中に残りかけた。
それを、スバルは振り切る。外への、元の世界への未練が、そうさせた。
ナツキ・スバルの帰る場所は、父と母の待つ、あの家なのだから。
🪱 化け物
――四歩目で、砂が炸裂する
砂を踏みつけると、思った以上に靴底が砂に取られる感覚がある。
それを力ずくで踏み躙って、ナツキ・スバルは外の世界へと、力強く歩み出した。
「――え」
踏みつけた靴裏が大きく炸裂して、スバルの体は宙に高々と投げ出されていた。
手足がなく、ぬめる体皮を持って、凶暴かつ残酷な牙を口に並べた巨躯。
恐ろしく巨大なミミズだ。体長、十メートルを下らない、ミミズの化け物。
「この、クソったれ……ッ」
👻 残滓
体が、勝手に動く
轟、と風の唸る音が聞こえ、体が意識の置き去りにされるような感覚を味わった。
飛び込んでくるミミズ、その右脇に転がり込み、初撃を躱す。
それをうまくやった自分の幻覚が見える。
その幻覚の行動をなぞるように、意識に遅れている体が動けばいい。
体が、自分の記憶よりもはるかに機敏に動いた。
脳裏に過ったのは、スバルにとって記憶にない『ナツキ・スバル』の一年間。
この過酷な環境で生き延びた『ナツキ・スバル』、その経験の残滓がある。
🌀 尾
――甘く、見た
転がる勢いを前身の勢いへ転化して、スバルは塔の入口へと全力で走る。
瞬間、ミミズの尾が砂の地面を割るように出現し、足下を刈るように炸裂する。
またしても体は宙へと投げ出されていた。
眼下、大口を開け、その体を貪ろうとするミミズの汚い口腔があった。
――甘く見た。
温室も同然の世界で過ごしてきた自分が出し抜けるなどと、甘かった。
浅慮で浅薄、その代償を、また命で支払うことになる。
「嫌だあああああああ!!」
⚪ 白い光
――白い光が、迸った
叫び、助けを求めて夜空に手を伸ばす。
触れられるものはない。あるはずの星すらも見えず、スバルは一人、落ちていく。
同じ名前を持った星にも見捨てられて、化け物の腹に呑まれ、消えてなくなる。
そんな、絶望を――。
――白い、光が迸った。
衝撃はミミズの横っ面に突き刺さり、その巨大な頭部を歪ませて、刹那、爆ぜる。
スバルを呑み込むはずの頭部がなくなり、ミミズの巨躯がぐらりと揺らぐ。
傷口をクッションに、スバルは身の毛もよだつ不快感と引き換えに命を拾った。
次々と、視界の端をちかっと光が破裂するたびに、ミミズの亡骸が撃ち抜かれる。
🌌 星が見えない
空には、星がない
頭上、ミミズに投げ飛ばされたときと同じ、星の見えない空がある。
何の因果か、命を拾った今も、空は変わらず、『昴』を見捨てたままでいる。
呆れられて、望まれて、見放されて、憎まれて、親しまれて、遠ざけられて。
生きたいのか、死にたいのか、いたいのか、いたくないのか。
「俺に、どうしろってんだよ……! 答えがあるなら、教えてくれよ……!」
返事のない中、スバルが聞きたい答えを、一番持っているのは誰なのか。
「――答えてくれよ、ナツキ・スバル」
📍 白い針
耳を、削がれる
何気なく、何の意味もなく、ただ、身をひねっただけだった。
――そのささやかな動きが、耳を掠めて突き刺さる白い光から命を救った。
「づっ」
白く光る、細長い針のようなものが、砂地に突き立っていた。
「これ……ぇ」
手を伸ばし、触れようとした途端にその白い針は塵へと変わる。
🕳️ 砂に呑まれる
――地面が、崩れる
そして、直後に、スバルの視界がぶれた。
大きくぶれた。それは上から下へ、だ。
尻の下の地面が崩れ、周囲の大地ごと地下へと落ちる。
「う、ぁ、あああぁ!」
飛びのいて、縋ろうとしても指は砂をすり抜ける。
蟻地獄へと落ちる虫のように、抵抗できないままに、砂底へ落ちる。
「誰か、誰か、助け……」
そうして、惨めに足掻く『昴』を、空の星は一欠片も気付くことなく。
第六章40『星空に見捨てられて』終了。
エミリア
シャウラ
スバル
ユリウス
ベアトリス