第六章31
『塔共同生活のすゝめ』
塔の中の暮らしと、一ヶ月という期限。そして夜、通路を白い鳥が横切っていく。
🍚 腹の虫
会議は、腹の虫で終わった
――結局のところ、二層『エレクトラ』攻略会議の結論は先送りとされた。
結論を先延ばしにした最大の原因――それは、スバルの腹の虫である。
「考えてみたら俺、二日も意識なかったところから復活して、その足ですぐ塔の攻略始めてたじゃん……そりゃ、お腹と背中がくっつくわ」
腹が減っては戦はできぬ、ではないが、空腹は思考力にも影響する。
「正直、腹の虫が鳴いてくれて助かった部分もあるしな……」
『――ここで、あーしと一緒に楽しくやっていったらいいッスよ!』
何日でも、何年でも、何百年でも――。
臆面もなくそう言い切った様子に、忘れかけていた危険性をようやく思い出せた。
⏳ 期限
使える時間は、無限ではない
すでにスバルたちは、この監視塔への旅程に一ヶ月以上を費やしている。
帰還に同じだけ時間をかけると考えれば、最短でも三ヶ月近い旅となる。
エミリアやアナスタシアの参戦する王選には期限がある。
全体で三年――すでに一年と少しが経過し、残す期限は二年を切っているのだ。
費やせる時間はもちろん、積むべき時間も、無限ではありえないのだから。
「でも、そんな明日の明日の心配ばっかりしてても埒が明かないのよ。まず、大事なのは今日を踏まえた明日のことかしら。そのためにも……」
「今は、お腹いっぱいご飯を食べておけってか」
「それなのよ」
🤝 マナ徴収
手を繋ぐのには、理由がある
定期的に手を繋ぐのは、契約精霊が直接マナを徴収するためである。
が、そんなお題目を抜きにしても、二人はそれを拒まなかった。
「それにこの二日、俺が寝込んでる間はお前も不安だっただろ? 今日は安心して、俺にべたべた甘えてくれていいからな」
「馬鹿なこと言ってるんじゃないかしら。これは、スバルが寝込んでいた間、サボっていた分のマナ徴収を多めにしてるだけなのよ」
「とは言いつつ、マナ徴収しない間も寝込んでる俺の手を握ってたってのは?」
「それはマナと関係なく、ベティーの心の充足のためだから関係ないかしら」
「よし、ベア子。俺のことはいい。ぐんぐん、俺からマナを吸って肥え太れ……!」
「別にたくさんマナを徴収しても、ベティーはぶくぶく太ったりしないのよ! それに、意気込んでもスバルの元々持ってるマナの量はたかが知れてるかしら」
🪣 バケツ先生
エミリアが、バケツを提げている
「バケツか。エミリアたんってば、こんなときでも精が出るね。歌の練習?」
「ふふっ、何言ってるのよ、スバルったら。確かにバケツ先生にはいつも歌の練習を手伝ってもらってるけど、今はそんなときじゃないことぐらいわかってるでしょ」
「そりゃそうだ。じゃあ、なんでバケツ?」
「それは、バケツ先生に本来のお仕事をしてもらうためなのです」
「これ、水ってどっかから湧いてるの? 塔の周りって砂海しかないんじゃ?」
「あ、それは勘違いよ、スバル。塔のずっとずーっと向こうまでいけば、大瀑布があるはずだもの」
「そこまでして、ほんのバケツ一杯の水を汲んできてくれたのか。俺のために」
「スバルのためならそのぐらい全然してあげるんだけど、そうじゃないの。実はね、あの緑部屋の精霊が綺麗な水を出してくれるのよ」
☣️ マナ汚染
この場所の水は、魔法では作れない
「水を出すだけなら、私やベアトリスも魔法でなんとかできるんだけど……」
「砂丘や監視塔の周囲は瘴気の影響が濃すぎるかしら。その瘴気に長く触れたマナを飲み水に使うのは、できれば避けた方が賢明なのよ」
「大気汚染じゃないけど、瘴気が原因になるマナ汚染みたいなことって考えられるのか。やっぱり、飲み水とかで取り込むと体に悪かったり?」
「たくさん取り込めば、その分だけ内に瘴気を溜め込むことになるのよ。そうなったら、最悪、スバルのみたいに魔獣を引き寄せる体質になってもおかしくないかしら。身震いするのよ」
「自分で言うのもなんだけど、この体質って結構生きづらいからな……」
📅 一ヶ月
食糧が、期限を決めている
「水はいいとして、食べ物はどんな感じなんだ?」
「安心して。あの騒ぎがあっても、食べ物がどこかに飛んでっちゃったりしなかったから。全部、ちゃんと竜車に残ったまま。だけど……」
「それをどううまく分配しても、一ヶ月もてばってとこだよな」
食糧が必要なのは乗員だけではない。騎竜であるパトラッシュやジャイアンにも。
塔を攻略し、無事に最寄りの街へ帰り着くための期限が一ヶ月なのだ。
「つっても、一ヶ月もこんなところにいるつもりないけどね」
「スバル……」
🥊 けちょんけちょん
相手が誰でも、関係ない
「相手が、過去最強の『剣聖』だろうと関係ねぇよ。あんな眼帯セクハラ箸野郎、俺の小細工とベア子の力でけちょんけちょんにして、さっさと突破してやるぜ」
「そうかしら。けちょんけちょんなのよ」
「けちょんけちょん……」
「けちょんけちょんってきょうび聞かねぇな」
(#゚д゚)
「ズルい! 今の! スバルとベアトリスが言ったのに!」
「なんだか、スバルに言われるとそれが簡単なことみたいに聞こえちゃう。でも、それがすごーく頼もしいのよね」
「ああ、信じて期待して頼みにして愛してくれていいよ。俺、そのための君の騎士」
「そうよね。頼りにしてます、私の騎士様」
「今、愛してって部分が否定されなかったから動揺する……」
🌀 くるくる
ベアトリスを抱えて、回り出す
「それに、今日の夕食当番は私だから! 一から十まで全部やりたいの!」
「どっちも本音っぽいのが、エミリアの難しいところかしら」
「エミリアばっかりズルいかしら。スバルはベティーのパートナーなのよ。ちゃんとその自覚を持って、振る舞ってほしいかしら」
「お前、ホントに可愛いなぁ」
(ノ//Д゚)ノ
「みぎゃーなのよ!」
「大丈夫、安心しろ。ちゃんとお前も愛おしいぞ。なんていうか、今、世界の全てが美しく見えるんだが、その中でもお前はとびきりだ。ベア子、愛してる!」
「わ、わか、わかった、わかったから! わかったから下ろすかしら!」
二人の声は、エミリアの「ご飯できたわよー!」が響くまで長く続いた。
📐 ガタガタ
この塔は、配置が気持ち悪い
居住区扱いの四層にしても、住み心地を良くするための工夫は何もない。
特別なのは緑部屋と、三層と二層へ通じる階段が設置された大部屋だけだ。
あとはいくつもの小部屋が、不揃いな間隔で点在するばかりであった。
「地図がないからあれだけど、あったら絶対に気持ち悪い配置だわ、この塔」
「大体、『試験』の性質があれだけ意地悪いのに、作った人間の性格の歪みを今さら気にしても仕方ないかしら。今さらすぎるのよ」
「あ! 今の、お師様の悪口ッスよ! このチビッ子、塔作ったお師様の悪口言ったッス! ここは大人げないレベルで叱ってやるべきッス! で、余った甘やかしはあーしにくれたらいいッス! どんとこいッス!」
「うるせぇ……」
「本当に悪いことしたんなら、スバルだってベアトリスを甘やかしたりしないでちゃんと叱ります。それに、小さい子が大事にされるのは当たり前のことよ。私もシャウラも、それは我慢」
「ベティーより年下のくせに、当たり前のように子ども扱いされるのが納得いかないかしら……」
🙇 ケジメ
ユリウスが、頭を下げる
「――食事の前に一言だけ、よろしいでしょうか、エミリア様」
「もちろん、どうぞ。でも、別に私に断る必要なんてないのに」
「アナスタシア様が不在の今、この場で最も尊ばれるべき方はエミリア様です。それに、すでに私の勝手でご迷惑をおかけしたあと。この期に及んで、とは参りません」
「殊勝な心掛けね。そのぐらい、前からわかっていてほしかったけど」
「無謀で意地っ張りなのはバルスだけで十分よ。特に、まともだと当てにしていた人に先走られては失望して当然でしょう。今後は、ないと思わせてほしいわね」
「ラム、今のは言いすぎよ」
「……申し訳ありません、エミリア様。以後、気を付けます」
彼女はユリウスを嫌っているわけでも、憎んでいるわけでもない。
ただ、本気でレムを救いたいと願い、心の全てを費やしたいと望んでいるだけだ。
🤝 おしまい
エミリアが、そこで区切る
「ラム女史にも、他の方々にも、大変なご迷惑をおかけしました」
「はい! ユリウスは謝りました。私は、その謝ってくれた気持ちを受け入れます。それで、このことで何が悪いってお話は私の中ではおしまい」
「俺はまぁ、言いたいことは言ってやったあとだし、これ以上は武士の情けで」
「ベティーも、ブシノナサケなのよ。このあとの働きで取り返せばいいかしら」
「――すまない」
「死なずに済んだんだしい、それでよかったんじゃなあい? わたしは別に、騎士のお兄さんのことは気にしてないわあ」
「お師様がノープロって言ってるんで、あーしもノープロッス。ノーパソッス」
「ノーパソは違ぇだろ……」
――直接の謝罪にも、ラムだけは許すとも許さぬとも言わなかった。
🍽️ 当番制
食事は、当番制になっている
「――それじゃ、改めてご飯にしましょう。今日は、私とラムで準備しました」
「火は使わせていないから、少し男らしい以外はまともなはずよ」
「ええ、そうよ。すごーくまともなの。……まともって変な言い方じゃない?」
エミリアの得意な氷魔法を応用すれば、簡易的な冷蔵設備を運用できる。
おかげで果物や生鮮食品も保存が可能で、食事事情はかなり安定している。
「ホント、E・M・S(エミリアたん・マジ・食の女神)! できれば一生、俺のために味噌汁を作ってほしいぐらいだぜ」
「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない」
もうここには、ダイスキヤキを真っ黒に焦がしていた少女はいない。
何故なら、火を使わせない調理を主に担当してもらっていたからである。
🥔 蒸かし芋
ラムは、やらないだけだ
「――じっと見て、何か文句でもあるの?」
「……いや、一ヶ月も旅しててあれだが、いまだにラムが料理できるの慣れねぇなと」
「屋敷でラムが厨房に立たないのは、できないからじゃなくてやらないだけよ。蒸かし芋ならいざ知らず、普通の料理に腕を振るうつもりはないわ。その仕事は、フレデリカとペトラに譲ってあげる」
「ええ、そうよ。……なんで、蒸かし芋だけは特別なのかしら」
ラムはメイド仕事に留まらず、何をやらせても相応にうまくやるはずだ。
つまり、レムが健在だった頃から、やろうと思えば今と同じようにやれていた。
そうしてこなかったのは、彼女の生来の怠け癖が原因――では、あるまい。
そのことを、スバルはあえて掘り起こしたいとは思わなかった。
🍖 食べっぷり
シャウラの食べ方には、品がない
「想像ついたけど、お前の食い方には品が欠片もないな」
「もぐもぐ……あ? お師様、今、なんか言ってたッスか?」
「食いながら口を開けて喋るな。食うか喋るかどっちかにしろよ」
「じゃあ、お師様とお喋りするッス! あーし、お師様となら永遠に話せるッス!」
「この流れでお喋りの方を選ぶテンプレ外しか。……静かに食べろ」
「これだけの料理、なかなかのものッス。あーしの目は誤魔化せないッス。あーしも料理の腕上げて、お師様の胃袋をぎゅっと掴んで今夜は寝かさないぜッス」
「野心が駄々漏れねえ」
「シャウラ、あなたの気持ちはわかったわ。でもね、料理の道はすごーく厳しくて険しいのよ。それでも覚悟があるなら、私も、真剣に弟子のこと、考えてみる」
「エミリアたんも変なとこでたまに図々しいな」
🧪 魔獣食
魔獣を食べる研究が、あったらしい
「あーしの食生活は、それはもう尋常じゃないッス。大体、仕留めた獣を焼いて食うだけッス」
「仕留めた獣って……外の魔獣とか?」
「魔獣の肉が、体に良いか悪いかなんて考えたくもないのよ。ただ、すぐに悪影響があるってほど、危険なものとも言われてはいないかしら」
「記録によれば、過去に魔獣を食することを目的とした研究者がいたそうだ」
「魔獣は必ず襲いかかってくる。それを倒せば、安定して食糧が得られると、そう考えたものがいても不思議はない」
「で、うまくいったのか、それは」
「かなり、味に問題があるらしい」
「シャウラ女史、実体験ではどのような感想を?」
「汚水に浸した砂みたいな味がするッス」
「あ、香辛料じゃダメなやつだ」
🌙 また明日
その夜は、そこで解散になる
「実際、ぽんと解決案が飛び出る問題ってわけでもねぇ。時間は取りたいとこだ」
「スバル、ベティーはエミリアたちと一緒に竜車にいるのよ」
「おお、わかった。悪いな、ベア子。夜更かしするなよ。背が伸びなくなると、小さいままになって……それ可愛いな。よし、夜更かししろ、ベア子」
「心配しなくても、ベティーはこれ以上大きくなったりしないかしら。ずっと可愛いままなのよ。だから、早く寝てもへっちゃらかしら」
「ん、また明日ね。……スバルも、あんまり夜更かししちゃダメよ」
🚪 鉢合わせ
緑部屋の前で、鉢合わせる
「スバルか?」
「……と、お前か」
「なるほど。どうやら、君も私と同じ目的でこの部屋へきたようだ」
「目的の相手は違うだろうけどな。……俺は、今夜は譲ろうか?」
「この場は、私こそ君に譲ろう。思えば、君は今朝まで二日も意識がなかった。その無事の報告だけはできたが、きっと、彼女も夜を焦がれていたことだろう」
「お前はそれで平気なのか? 傍に、ついててやりたいだろうに」
「できれば、アナスタシア様が目覚めるのを傍で見守りたいのは事実だ。……ただ、目を覚まされたとき、最初になんと声をおかけするか。それに、迷いを抱いていることも事実だよ」
「第一声は、心配してました。起きてくれてよかった、じゃねぇの? 問題は第二声からだろ。それは……まぁ、お前次第だな」
「君の発想は自由だ。――それが、私は羨ましい」
💬 後悔の数
後悔した回数なら、こちらが上だ
「――ユリウス、やっぱり、お前はアナスタシアさんが起きるのを待った方がいい。俺の方の用事が済んだら起こすから、そうしろ」
「言っとくが、後悔した回数は俺の方がきっとお前より多いぜ。その俺からのアドバイスだ。ちょっとは真に受けてくれや」
それをユリウスがどう受け取ったか、返事はなかった。
しかし、ユリウスならば悪い方向には転がるまい。そのぐらいの信用はあった。
🪑 椅子ができる
レムの寝台の横に、椅子が編まれる
「そして、一番奥にはお前がいると」
漆黒の地竜は、まるでスバルがくることを知っていたかのように自然な態度。
自分の寝そべる蔦の寝床を半分開け、スバルが座るスペースを開けている。
「お前ってヤツは本当に……傷も、だいぶよさそうだな」
ベッド脇にスバルが立つと、蔦が集まり、座るための椅子を作り出してくれる。
「至れり尽くせりにも程があるな」
「レムが夜を焦がれた、なんてユリウスは言ってたが……」
それは間違いだ。
誰にも邪魔されずに話せる時間を待ち焦がれていたのは、スバルの方なのだから。
😱 いない
アナスタシアが、いない
俯いていた顔を上げ、スバルはその場で何度か瞬きする。
「寝てた、のか?」
眠るスバルを支えるため、椅子は大きな背もたれのある卵型に変化していた。
精霊の、おもてなしの精神が強く出過ぎている。
目覚めの原因は、長い尾を伸ばして肩に触れたパトラッシュだ。
(゚д゚)
「――嘘だろ?」
アナスタシアが寝ていたはずのベッドに、彼女の姿が見当たらない。
「まだ、ベッドはほんのりあったかい。……探さねぇと」
🕊️ 鳥
通路を、白い鳥が横切っていく
「――は?」
あってはならないもの、ありえないものを見たときに漏れる、呆けた声。
呆然と見開かれるスバルの視界を、何かが悠然と横切っていく。
それは白い両翼を広げ、通路を華麗に飛んでいく、一羽の鳥だった。
「なんで……塔内に、鳥が?」
塔の壁面に、外と通じる窓のようなものは全くない。
内と外を繋げるのは五層にあった大扉だけだ。
「――ッ! ま、待て!」
🪶 羽根
行き止まりで、鳥が消える
「――!? 消えた? んな、馬鹿な」
四層の通路は一周できるように繋がってはおらず、半周ほどで壁に阻まれる。
鳥が扉を開けられない限り、必ず捕まえられると睨んでいたのだが。
「壁にぶつかって、落ちた雰囲気もない。これは、どうなってる……?」
「――これ、羽根だよな?」
「いや、待て……ここに、羽根が落ちてるってことは」
🫥 まやかし
壁の、下半分が偽物だ
「あ――!?」
指が、すぐ傍にあった壁を掠めたと思った瞬間、すっとその壁を素通りする。
目の錯覚ではない。おそるおそる触れれば、壁に触れられなかった。
壁はスバルの腰から上には実体があり、それより低い地点にはまやかしが張られていた。
入口を塞いだように見える幻惑。
以前、魔女教が岩窟に作った隠れ家にこうした仕掛けがあったことを思い出す。
「――虎穴に入らずんば、虎児を得ず、だ」
🌌 バルコニー
壁の向こうは、外だった
「ぷあっ!」
その顔に外気が――冷たい風が、触れたことに気付く。
そこに広がっていたのは、想像を絶するほど高い場所から覗ける夜の砂丘。
それを見下ろしている、星が煌めく黒い空。
風に紫の髪をなびかせるアナスタシアと、そんな彼女の周りを囲む無数の鳥たち。
第六章31『塔共同生活のすゝめ』終了。
スバル
メィリィ