第六章30
『二層攻略反省会』
力ずくでは越えられない。ならば、どんな条件を差し出せばあの男は乗るのか。
🫖 憂い
――ひとりの、全てを憂う女がいた
――女、一人の女がいた。
女は全てを憂えていた。人を、争いを、世界を、あらゆる全てを憂えていた。
女には全てが小さく見えた。何もかもが、誰もが、守るべき幼子に思えた。
腕を振るえば千々に散る、そんな人々や世界を支配することは容易い。
しかし、女は自らの腕を支配ではなく、庇護のために用いようと、そう決めた。
🕳️ 力不足
手が、届かない
人を導くのも、人を結び付けるのも、人を手助けするのも、人に助言するのも。
いずれも、女一人だけでは及ばない。手が届かない。為すべきことに、至れない。
女は初めて、自分の力不足を呪うこととなった。
目の前は届いても、届かぬ距離は埋められない。
何もかもが見通せても、すでに起きた出来事は変えられない。
はるか先の災厄に、対処するための命がない。
力はあると、信じていた。それは願いには大きく届かなかった。
知恵はあると、驕っていた。それは望みを辿るための道を示さなかった。
やがて女は理解する。不可能だ。無理だ。できないのだと。
🩸 諦めない
――だが、諦めはしない
それを知った。理解があった。不可能を思い知った。――だが、諦めはしない。
一人で足りぬのならば、数を増やせばいい。
単独でなければ、同じ願いを持つものを集めれば、届かぬ願いへ手が届く。
扇動者と手を組み、天剣に戦場を与え、龍と取引きして、大願へと突き進む。
🫖 女
「救う。救ってみせる。救う道が見える。――救う道を、識っている」
扇動者が消え去り、天剣が笑みを忘れ、龍が遠き空へと飛び去っても、諦めない。
最初の賛同者をなくしても、足取りは途絶えない。女はもう、一人ではない。
🫖 女
「あるはずなんだ。あったのを識っているんだ。――識りたいんだ」
無数の躯に舗装された道を歩く。数多の命を犠牲にした、大願の成就を目指す。
――『強欲の魔女』は届かぬ願いに身を焦がし、自身の強欲に血を流し続ける。
🛏️ 絶対の絶対
エミリアが、有無を言わせない
「――ユリウスはちゃんと、ここで傷が治るまで休んでること! 絶対の絶対!」
気持ちの切り替えが早いのは美徳だし、有無を言わせぬやり口もありがたい。
理由を聞かなければ、言い訳をさせもしない早業だった。
「――しなきゃいけない話はきっとスバルがしてくれたはずだもの。だから、今はしっかり休んでもらって、それ以外のお話は後回しでいいの。でしょう?」
「無論だ。すでに君やエミリア様には迷惑をかけすぎている。この期に及んで、言いつけに逆らう恥知らずな行いはできない。素直に従うとも」
「別に、私たちがどうとかそんなことはいいの。ケガしてるのはユリウスなんだから、それが治るまで安静にしてなきゃダメってお話! 迷惑はいくらでもかけていいのよ。仲間なんだもの」
🐴 見張り
パトラッシュに、頼む
「パトラッシュ、ユリウスのことをお願いね。もしもまた何か変なことがあったら、大きい声で鳴いて私たちを呼んでね」
パトラッシュは、ユリウスを一人でいかせたことに責任を感じている目つきだ。
次は絶対にない、と意欲を燃やした姿勢には頭の下がる思いでいっぱいだった。
「ほれ見ろ。パトラッシュも『次は絶対にうぬを逃がさぬ』と仰せだ」
「何故か、本当にそう言っているようにも見えてくるから不思議なものだね」
「でも、うちの武闘派内政官のバイリンガルによると、大体、そんなニュアンスで合ってると思われる。淑女だから、語尾は『ですわ』かもしれないけど」
☝️ 俺のだ
どちらが、どちらのものか
「大人しく、傷の治療に専念させてもらうとするよ。こうして乙女たちに囲まれ、悠々と静養するのも贅沢なことだからね」
「言っとくが、この部屋にいる女子はアナスタシアさん以外は全員俺のだ」
(・へ・)
「私、まだスバルのものになってません。……思ったんだけど、私の騎士様なんだから、スバルが私のものなんじゃないの?」
(*゚▽゚*)
「それすげぇ嬉し恥ずかしい評価なんだけど!」
「とりま、休んでる間、さっきのこと思い出して頭抱えてゴロゴロしたくなるかもしれねぇけど、パトラッシュが見てるってこと忘れるなよ」
「安心したまえ。そんな醜態は晒さない。――優雅ではないからね」
「……調子出てきたじゃねぇか」
あの、長い階段に、ユリウスを独りきりにさせなくてよかった。
🧊 凍らせる?
エミリアの発想が、たまに物騒だ
「……扉、凍らせて閉じ込めておく?」
「エミリアたんの無限の発想力には驚かされてばっかりだけど、それは最終手段にしたいかな。それやって、緑部屋の精霊を怒らせるのもゾッとしないし」
「ん、そうよね。ふふ、言ってみただけ。冗談よ」
――最悪、本気で力ずくで行動を封じる手段も、考慮してはいたのだ。
そんな差し迫った選択肢を取らずに済んでよかったと、スバルもホッとしている。
🌸 見透かす
ラムが、通路で待っている
「――騎士ユリウスの傷が癒えるまでに、その第二の『試験』とやらの突破の方法を見つけ出さなくちゃいけない、でしょう?」
「俺の顔、そんな詳しく内心が出るぐらいバラエティに富んでんの?」
「顔に心配事がまとめて貼り付けてあっただけよ。今、バルスが心配する相手や理由なんて、その部屋の中にしかいない。それだけの話でしょう」
「んなことねぇよ。この中に限った話じゃなく、一緒にいる連中はみんな心配してるっての。エミリアたんやベア子はもちろん、姉様のこともな」
「ハッ!」
「大丈夫。ラムはちょっぴり照れてるだけ。素直じゃないんだから」
⭕ 車座
小部屋で、顔を突き合わせる
「……遅いかしら。待たせすぎなのよ。ユリウスは平気そうかしら?」
「安心しろ。とりあえず、峠は越したっぽい。責任感が無駄に強い奴だから、あれこれと思い悩みはするだろうけど……もう、自棄は起こさねぇよ」
「スバルがそう言うなら、まぁ、そう信じてもよさそうなのよ」
「あの野郎について、お前に詳しく聞かせてもらいたいところだな、シャウラ」
「うひぃ、お師様おっかないッス! でもでも、そんな風に厳しくされるのもあーし嫌いじゃないッス。嫌よ嫌よも好きのうちってやつッス」
「だそうよ、お師様。いやらしい」
「濡れ衣!」
⚠️ 独断
ラムは、独断を許さない
「いいの。ユリウス本人にも言ったけど、無事に見つかってくれただけでよかったんだから。ね。みんなもそうでしょ?」
「エミリア様と一緒にされては困ります」
(゚д゚)
「え!? どういうこと!?」
「報告を聞く限り、第二の『試験』は塔にやってきた全員が越える必要がある。それなのに、騎士ユリウスは独断で二度目の挑戦を……これは一歩間違えれば、アナスタシア様の陣営との協力関係にも亀裂を入れかねない行いです」
「ユリウス一人の行動で、全員の挑戦が失敗するかもしれなかったから?」
「そうなっていた場合、ここまでの道程は全て無駄になります。二層にいる試験官がこちらを無事に帰してくれるかも怪しい。……そこの、エセ賢者も含めて」
「エセ賢者って、あーしのことッスか? その呼び方、マジ心外ッス!」
🤒 はしか
男の、はしかみたいなものだ
「騎士ユリウスらしくない、というにはラムはあの方のことを知らなすぎるわね。『暴食』のことを含めても、ああした行いをしない人と思っていたのだけど」
「そりゃ、俺も同意見だが……わからないってのと、俺の考えはまた別だからだ。男のはしかみたいなもんだ」
「はしか?」
「水疱瘡でもいいぞ」
どっちにしろ、『誰もが一度は経験する病』のようなニュアンスを込めた。
はしかや水疱瘡も、大人になってからかかれば被害は大きい。
「それが致命的にならなかった。……今回は、それでよしとしてくれ」
「――ラムはただ、他人に足を引かれたくないだけよ」
🩺 調子が悪い
ラムの様子が、いつもと違う
「姉妹の姉、塔にきて以来、あまり調子が良くない様子なのよ。長旅の疲れが出てるのか、角の療法の効き目が悪いのかもしれないかしら」
「もしくは、別に心配事がある……つか、それだろうな」
苛立ちをスバルやシャウラへぶつけるラム、それは普段の彼女らしくない態度だ。
レムを救う手立てを目前にしていながら、それに手が届かないもどかしさ。
心身ともに万全でないこと。
それが、ラムから常の冷静さを失わせている原因だった。
🦂 傍観者
メィリィが、割って入る
「それでえ、ケンカしたいだけなのお? それとも、話し合いがしたいのお? どっちなのか決めてくれないとお、わたしも付き合い切れないんだけどお」
「できればケンカはやめてよねえ。わたし、痛いのも怖いのも嫌いだしい」
「お前は……いや、正論だ。その傍観者ポジションに助けられるな」
先の『試験』からの撤退も、元を辿ればメィリィの発言のおかげだ。
「今後もその調子で頼むぜ。冷静な奴の目ってのは大事だ」
「調子いいんだからあ。そんなこと言っても、わたしの仕事は砂海を抜けたらおしまいでしょお? 他に役立つことなんてできないんだしい」
「でもねぇよ? 考える頭は一個でも多い方が助かるし、砂海で生き残れたことも含めて、塔の中じゃ一蓮托生だ。運が悪かったと思って俺に頼られてくれ」
「……ペトラちゃんの気が休まらない理由がわかったわあ」
「――? ペトラがどうしたって?」
❌ 弱点はない
弱点は、ない
「上にいたのはレイド・アストレアで間違いなかった。当人も認めたしな。で、当時からの生き証人であるお前に話が聞きたい。あいつは、どんな奴なんだ?」
「人間のクズだったッス」
「それは前に聞いたし、実際、この目で確かめたよ」
「『剣聖』レイドの性格、癖、人間関係、好きなもの嫌いなもの、弱点。そうね、弱点が聞きたいわ。話しなさい」
「すげーぐいぐいこられてるッスけど! 弱点なんか知ってたらあーしが突いて仕返ししてたッス! つまり、弱点はねーッス!」
「ちっ、使えない」
「お師様より偉そうッスね、この娘……」
🤨 癖
思い出せたのは、癖ですらない
「えーと……結局、シャウラは『試験』のことについては何も知らないのよね?」
「知らないわけじゃねッス。ただ、今はまだ語るべきときではないってだけッス。おそらく、全ての答えは塔の謎が解かれたときに明かされるッス」
「そうなんだ……すごーく、ドキドキするわね」
「純朴なエミリアたんを騙すな」
「戦ってるときの癖でもあれば、そこから突破口が見出せるかもしれないわ」
「癖ッスか。そういえば、あーしがレイドのセクハラの仕返しに殺そうとしたとき、あいつ、よく自分の尻掻きながら戦ってたッス! これは癖じゃないッスか?」
「それはおちょくられてるだけだな……」
「たぶん、美人に弱いッス。美人なら通れるとあーしは推測するッスよ」
「となると、俺とユリウスだけ置いてけぼりにされんのか……由々しき事態だ」
「す、スバルも見ようによっては、頑張れば、あの男の目を潰せば、きっと、その、通れるかもしれないと思えないこともないはずかしら……!」
「お前は可愛いなぁ」
🧊 殺す気がない
ベアトリスの、分析
「どっちにしても、エミリアが認められたのはたまたまの偶然なのよ。あの男が油断していて、エミリアの攻撃だったから当たっただけかしら」
「その心は?」
「エミリアが殺す気で殴ってたんなら、あの男も当たったりしなかったはずなのよ。だからあれは男の油断と、エミリアの勝利かしら」
「あれ? 今、私、褒められてる?」
「褒めたのよ」
「あ、やっぱり。ふふ、ありがと。すごーく嬉しい」
🔄 発想を逆転
ラムが、条件をひっくり返す
「しかし、殺意の有無で対応力が変わるって字面にするとカッコいいのに、実物があれだからな。どこまで本気でいるのやら、だ」
「……発想を、逆転させるべきね。バルスの言う通り、どこまで本気でいるのかわからない相手だけど、本気にさせてはいけないのよ」
「本気にさせちゃ、いけない?」
「エミリア様が試験官に認められたのは、相手の譲歩を引きずり出して、その上で条件を満たしたから……かなり、試験の突破条件は浮ついているわね」
「ファジーな条件ってのは同意見だ。試験官の気性が反映されてる」
「だから、試験官を楽しませつつ、試験として成立する条件を提示する。その上で試験官を負かすことが、二層を突破する条件なんだわ」
最も条件が緩い段階での勝利が、あれだ。
武力でもぎ取る勝利は、もはや不可能と考えるべきだろう。
「かといって、じゃんけんで勝ったらってわけにもいかねぇだろうしな……」
「大変ってより、これは三層とは別の意味で意地悪な試験だと思うぜ」
🕰️ 何百年でも
シャウラは、急がなくていいと言う
「――いいじゃないッスか。そんなに焦らなくても、ゆっくりやってったら」
「ゆっくり、っつってもな」
「お師様たちがいたいだけ、ずっとずっとずーっといてくれたらいいッスよ。あーしは何百年も、お師様がきてくれるのを待ってたんスから」
「それは……」
「いくらでも時間かけて、『試験』を順当にクリアーしてくれてったらいいッス。あーしはそれを、ずーっと見守ってるッス。――何日、何年、何百年でも」
それは、軽はずみに冗談と笑い飛ばせない、重みを伴った言葉だった。
シャウラは言った。『試験』を終えずに出ることを禁ずる、と。
そしてそれが破られたとき、たとえ相手がスバルであっても、容赦はしないと。
好意的であるから、親しげであるから、それが味方となるわけではない。
「――ここで、あーしと一緒に楽しくやっていったらいいッスよ!」
――信頼できる味方などではないのだと、その笑顔に痛感した。
第六章30『二層攻略反省会』終了。
ユリウス
スバル