リゼロを読む WEB版・初見向け解説
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206話

第六章25

『二層エレクトラの待ち人』

白い部屋に、剣が一本刺さっている。抜いた瞬間、その正面に人影が立った。

🏔️ 野に捨てられる

――ひとりの、捨てられた女がいた

――女、一人の女がいた。

女は虐げられていた。家族に、一族に、愛すべき同族に、軽蔑され疎まれていた。

産み落とされる前、女には期待がかけられていた。それを生まれは裏切った。

残されたのは落胆と失望、与えられたのは侮蔑と嘲弄。それが女の唯一の所持品。

一族には悲願があった。かつての栄光と繁栄の証、神と呼ばれた始祖の再臨。

あらゆる秘術とあらゆる非道、犯した禁忌は数知れず、その結実が女であった。

だが、生まれた女は悲願を裏切り、一族は失意と絶望に女を見限った。

「どこへなりとも生きて死ね。それが貴様の罪業だ」

しかし女には、生きる術はなくとも生きる力はあった。

皮肉にも、それは犯した禁忌と重ねた罪過、一族の悲願が生んだ負の饗宴。

獣を殺し、生き血を啜り、地を這い回り、泥水を舐める。

💎 飼われる

言葉と、感情を教わる

野獣の如く山を荒らす女の噂を聞きつけ、男共がその命を狙い、女は捕えられる。

囚われた女は見目麗しく、男たちは女の命を奪わず、女は飼われることになる。

生きるために足掻く必要をなくし、男たちの欲望に晒され、生きるだけの日々。

いつしか女は寝台で、知らなかったものを男たちから得ることになる。

言葉を、知識を、生き方を、そして感情を。

いつしか待遇は変わり、身を飾るものを贈られ、宝石のように女は扱われる。

その日々の中、女は男たちに奇妙な感慨を抱いていく。

それが感謝や恩義に似た何かであると、そのときの女は気付けない。

女はその感慨を抱いたまま、住処にいた男たちの首を全て折った。

容易く、一息に、苦しませずに、一瞬で、全員を一纏めに、葬った。

😴 安息

そして、眠りに落ちる

住処を抜け出し、野に赴き、何の迷いもなく、女は自分の故郷へ帰りつく。

自分よりはるかに大きな体を持った人々に、女は奇妙な感慨を得る。

それが憎悪と復讐心だと、そのときの女は気付かない。

ただ、泣き喚き、許しを乞う声はなかなか痛快で、女は初めて心から笑った。

「ここで潰えて、無様に死ね。――それが、あんたらの罪業さね」

丁寧に丁寧に、一つたりとも残さず、余さず、時間をかけて、一人ずつ、確実に。

同族の亡骸は打ち捨てて、しかし男たちの亡骸は全て丁寧に埋めてやる。

そうして一人だけになった住処で、女は長い長い息をついた。

それが安息であるのだと、女は初めて幸福を覚える。

――『怠惰の魔女』は、延々と続く惰眠を、飽くなき安寧を貪り続ける。

🪜 大階段

部屋が丸ごと、階段に書き換わっている

六層から四層へ上がるまでの長い螺旋階段と比較して、その大階段は横幅も、一段の高さもかなり大きい。

そもそも、部屋が丸ごと階段部屋へと書き換わっているのだ。

スバル

「なんか、ずいぶんと長い間、ここで足踏みしてた気がする……」

エミリア

「え? 階段、見つけたばっかりだけど、急にどうしたの?」

ベアトリス

「――? スバル、なんでベティーのおててをこねてるのかしら」

スバル

「ここにいるって実感が欲しくて……おほん、それはもういいんだ。悪い」

🙈 避けていた

この部屋だけ、なぜか避けていた

スバル

「この大階段、実は最初からここにあったのに、みんなが揃って見落としてた、なんてことはないよな?」

ユリウス

「さすがに、これだけあからさまな階段を見落としていたとは考えにくい。――ただ、この部屋だけに限定した場合、その見落としも否定できないな」

エミリア

「スバルが寝てる間のことなんだけど、私たちはこの四層に集まったりしてたの。それで、どの部屋に荷物を置くか、みんなで歩き回ってたんだけど……」

ベアトリス

「そのとき、この部屋はなんとなく全員が避けたのよ。無意識のことだったけど、今にして思えば……」

スバル

「なんか、認識阻害的な方法で遠ざけられてたんじゃないかって?」

だとすれば、この部屋には最初からこの大階段があったのかもしれない。

🙅 初めて見る

シャウラは、この階段を知らない

シャウラ

「ん? なんスか、お師様? はっ! ひょっとして、あーしが役立てる場面がきたッスか!? お師様のためなら、何でもするッスよ! 連帯保証人にもなるッス!」

スバル

「お前、絶対意味わかってなくて言ってるよな! それは親兄弟とか友達に言われてもなるな。一応、確認しとくけど、お前、この階段のことは……」

シャウラ

「苦節、あーしがここで暮らして云百年……初めて見るッスね!」

スバル

「メィリィ、遊んでていいぞ。スコーピオンテール引っ張ってやれ」

メィリィ

「別に、お兄さんに言われなくても遊んじゃうけどお」

シャウラ

「痛い痛い痛いッス」

📈 三日で三分の一

進みは、悪くない

スバル

「とはいえ、ペースは悪くないよな。三層の『試験』だって、言っちまえば俺は初回クリアしてるわけだし、塔の攻略は三日で三分の一が終わったといえる」

ベアトリス

「四百年以上も進展がなかったことを思えば、とんでもない進捗ペースかしら」

スバル

「そう言われると、確かにやべぇな。……いや、でも、俺って案外、何百年も動いてない歴史を動かす男だからな。歴史を動かす男ってパワーワード感がすごい」

『白鯨』の討伐協力、『怠惰』撃破、『大兎』の討伐。

墓所の『試練』突破に一部貢献し、大罪司教『強欲』を倒し、人類未踏の塔へ到着。

スバル

「過程省いて功績だけ箇条書きすると、俺って馬鹿みたいだな……」

🤝 いたわって

エミリアが、黙って手を握る

スバル

「って、あれ? どしたの、エミリアたん。急に俺の手なんて握って」

エミリア

「……ううん。ただ、スバルはもうちょっと、もう少し、自分のことをちゃんといたわってあげた方がいいと思うの」

スバル

「俺ぐらい自分にダダ甘な奴ってそうそういないし、エミリアたんとかベア子が優しくしてくれるから、これ以上は贅沢だよ」

エミリアは何か言いたげに唇を震わせ、しかし言葉が見つからない。

ただ上目遣いにスバルを見つめるだけに留まり、握られた手の力が微かに増した。

アナスタシア

「ナツキくんのこれは、もう根っこの部分の問題やと思うよ。一日二日ですーぐ直るもんとはうちには思えんもん」

エミリア

「――? よくわからないけど、やり方を教えてくれたら私、頑張ってみるわよ?」

アナスタシア

「そんなん絶対にイヤやん……うち、地竜に蹴られるの御免やし」

🏃 駆け上がる

上がっても、上がっても、終わらない

スバル

「――しゃーねぇ。文字通り、次への階段が真ん前にあるんだ。ここでいかなきゃ男じゃねぇ。さぱっと挑んで、ズバッと攻略してやるぜ」

ユリウス

「生憎、この場にいるのは私と君を除けば女性ばかりだがね」

スバル

「心意気の問題なんだよ、水差すな! よし、いくぞ、ベア子!」

ベアトリス

「んきゃーなのよ!」

ベアトリス

「やっぱり、空間が捩れてるとしか思えないかしら。これだけ一直線に上って、塔の外に飛び出す気配がないのよ」

駆け上がる階段には、上階の近付く気配がない。

下るエスカレーターを逆走しているような徒労感があった。

⬜ また白い

また、白い部屋だ

スバル

「白い部屋、再び……ってか」

ベアトリス

「かしら」

エミリア

「わ、またこの部屋?」

スバル

「うっかり、三層に上がってきたってことはないか?」

エミリア

「それはないと思うの。四層から三層に上がるのに、段数は五十四段だったけど、ここは四百四十四段あったもの。十倍ぐらい上がってきてるでしょ?」

スバル

(゚д゚)

「か、数えてたの、エミリアたん?」

エミリア

「ふふ、実は階段の段数を数えるのが最近の密かな趣味で……なんで頭撫でるの?」

彼女の頭をスバルたちが代わる代わる撫でていく。

⚔️ 剣

部屋の中央に、剣が刺さっている

ユリウス

「モノリスではないな。――剣だ」

鞘から放たれた抜き身の剣が、その先端を白い床に突き刺し、立っている。

柄を上に向け、真っ直ぐに突き立つその剣は、ひどく美しくスバルの目に映った。

華美な装飾があるわけではない。素材の良し悪しなどスバルにはわからない。

ただ、過剰な装飾もなく、最低限の鋼に留まるその在り方が、美しく見えたのだ。

スバル

「雰囲気からして、さながら『選定の剣』ってとこか……」

アナスタシア

「はいはい、よぉ我慢したね。偉い偉い」

🗡️ 抜ける

その剣は、あっさり抜けた

エミリア

「大丈夫。スバルはちゃんと私が守るから」

スバル

「ああ、守られるぜ」

スバル

「とはいえ、塔ができた頃から刺さりっ放しの剣ってことになるからな。それが劣化してないだけ、十分に異常事態だ」

一瞬、これが呼称通りに『選定の剣』だった場合の懸念が脳裏を過った。

――が、ほんのわずかに力を込めた途端、床に突き立つ先端があっさりと抜けた。

『――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ』

👤 影

剣の正面に、影が立っている

振り返ると、全員が息を詰め、一点に目を向けていた。

そこに、一つの影が出現していた。

「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」

それは今度は脳に直接響く自分の声ではなく、正面の人影から発された他人の声だ。

声が、まるで馬鹿の一つ覚えのように、その文言を繰り返す。

――赤い、長髪を無造作に背に流した男だった。

身長はかなり高い。スバルより頭一つ分は上背がある。

その身に纏うのは鎧ではなく、防護に何ら寄与しない紅の着流し。

右腕の袖を抜いて剥き出しになった裸身、その胴回りに白いさらし。

左目は不細工な文様の入った黒い眼帯が覆い、右目は届かぬ天を映した空色だ。

静謐に佇んでいれば、絵画に残したくなるほど整った美貌。

――それを、野蛮で残酷、狂気的な笑みが台無しにする。

この世で最も美しい凶獣――そんな存在に、スバルは呼吸することを忘れる。

😨 怯える

シャウラが、動けない

とすん、と軽い音がして、直後に少女が声を上げるのが聞こえた。

シャウラが床にへたり込み、その傍らでメィリィが目を白黒させている。

ただでさえ大きな目を見開いて、美少女が決してしてはいけない顔。

可能であれば、本能の訴えに任せてこの部屋から飛び出していたはずだ。

ただ、震える足がそれを許さなかっただけで。

――あの、ケンタウロスすら一方的に始末したシャウラが、怯えて動けない?

これほどのプレッシャーを放ちながらも、男は一歩もその場から動かない。

――否、男はプレッシャーなど放っていない。男は、立っているだけだ。

ただそこにいるだけで、『魔女』に匹敵する存在感を他者に与える生き物なのだ。

👣 後ずさる

全員で、下がる

息を呑み、瞬きすら忘れていた瞼を力ずくで閉じて、一瞬、落ち着く。

それから男から目を逸らさぬままに、一歩、後ろへ後ずさった。

スバル

「え、エミリア……」

エミリア

「わ、かってる……」

距離が開く。なおも、男は動かない。ただ、それを繰り返す。

彼女たちを連れて、この場から撤退。可能なのか。

そもそも、あの男はそれを見過ごすのか。あの男の目的は何なのか。

何のためにここにきて、『試験』とは、この剣は何のために――。

🗣️ 澱む

繰り返しに、澱みが生じる

「――天剣に至りし愚者、彼の者の……ゆる、しを……」

スバル

「――ぁ?」

🩸 男

「天剣、愚者の……許し、をぉ……あ、ああお、おーおー、あー」

スバル

「な、なんだ? なんだなんだ、何が起こる?」

🩸 男

「あ、あ、ああああああ――ッ!!」

男は自分の頭に手を当て、乱暴に髪を掻き毟りながら絶叫した。

😵 失神

シャウラが、白目を剥く

シャウラ

「ひやぁぁぁ! お師様お師様お師様助けてぇっ! いやッス! 助けてぇ!」

スバル

「お、お前、さっきから何を――」

「――るっせえぞ!! 二日酔いの頭に響くンだよ! 喚くンじゃねえ!」

シャウラ

「あふっ……」

それまでの暴れぶりがなんだったのか、シャウラは呆気なく白目を剥いた。

スバルの腰にしがみついたまま動かなくなる。精神の均衡を失い、失神したのだ。

スバル

「嘘だろ、お前……」

彼女の戦闘力だけは折り紙付き――その彼女が、これほど怯えるなどと。

👞 一歩

ユリウスが、前に出る

ユリウス

「只者ではないと、そうお見受けする」

🩸 男

「あぁン?」

ユリウス

「いいや、ふざけてなどいない。こちらも、戸惑ってはいる。突然にこの場に貴方が現れたのだ。――警戒も、やむを得ないと思ってもらいたい」

🩸 男

「なンだ、オメエ。ややこしい喋り方してンじゃねえぞ、オメエ。オレの子分と似た喋りしてンじゃねえぞ、オメエ」

🩸 男

「――いい女、いい女、エロい女、ジャリ、ジャリ、子分、雑魚」

ユリウス

「残念だが、私は君の子分ではない」

🩸 男

「かっ! その言い方、ますます子分そっくりじゃねえか、真似すンじゃねえ」

異常に白い歯と、異様なまでに整った美貌と、異貌の狂気が混ざり合う。

鮫のような笑みだった。

💬 オメエ

会話は、成立しない

🩸 男

「おう、オメエ。説明しろや。なンだ、ここ。オレに何してくれてンだ、オメエ。上等くれてンじゃねえぞ、オメエ。ちゃきちゃき話せや、オメエ」

スバル

「いきなり、現れて……ずいぶん、偉そうだな、お前」

🩸 男

「なンだ、オメエ。何寝てンだ、オメエ。いいご身分かよ、オメエ。エロい女侍らせて肉布団ってか、オメエ。そこ代われ、オメエ」

スバル

「生憎、当人の意思を尊重して、そのお願いは却下だ……」

🩸 男

「あー、あー、あぁ? ンだ、オメエ。あれか、オメエ。ふざけてンのか、オメエ」

スバル

「……人の面見るなり、失礼か、オメエ」

🩸 男

「かっ!」

▶️ 始めっか

男が、勝手に始めようとする

🩸 男

「わかった。――ンじゃ、始めっか」

スバル

「始めるって……待て! さっきから、お前勝手に話進めすぎだろ!?」

🩸 男

「るせえな、オメエ。さっきっから散々、オレが寝言で説明してやっただろうが、人の話はちゃンと聞けや、オメエ」

エミリア

「――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ」

🩸 男

「かっ! そっちのいい女は雑魚とは違えな。……よく見たらやべえな、オメエ。なんだ、その面、マブすぎンだろ、オメエ」

エミリア

「まぶ……?」

スバル

「お前が! ここの試験官! そういうことで、いいんだな?」

🦶 一歩でも

条件は、一歩動かすこと

🩸 男

「――知らねえ。他人の付けた肩書きになンざ興味ねえよ。オレはオレ。オメエはオメエ。それ以上に何がいる。オレとまともにお話したけりゃぁ、こっからオレを一歩でも動かしてみろや、オメエ」

笑い飛ばせなかったのは、その条件が『試験』に値するほど難易度の高い条件だと、すんなり受け入れられたからだ。

――天剣に至りし愚者、彼の者の許しを得よ。

目の前に立つ男が『天剣に至りし愚者』だとすれば、許しを得る方法は教わった。

ユリウス

「ルグニカ王国、近衛騎士団所属。ユリウス・ユークリウス」

対等に、これから雌雄を決する相手への最低限の敬意。

「名乗る名なンざねえよ。――オレは、ただの『棒振り』だ」

大図書館プレイアデス、第二層『エレクトラ』の試験。

制限時間『条件付無制限』。挑戦回数『条件付無制限』。挑戦者『条件付無制限』。

――試験、開始。

第六章25『二層エレクトラの待ち人』終了。